47.彼は願った
ライラックは長い詠唱の後、雷属性魔術で巨大な蛇を造り出した。
雷造の魔術師といわれる所以となったその魔術を目の当たりにし、サーシャとゼスは一瞬呼吸することを忘れるほどに、その魔術に魅入ってしまった。
ヴァニーユですら、ここまで大きな魔術を見るのは久しぶりのことである。
幻術で飛竜を出来るだけ雷の蛇に寄せていくと、その雷で出来た大きな蛇の口が開き、バクリとそれを吞み込んでいく。
空気がピリ付き、肌が粟立つようだった。
バクリバクリとその雷の蛇はもう二頭呑み込むまでには、そこまで時間はかからなかった。
痺れ、焼けた飛竜たちは、雷の蛇の下へとぼとぼと落ちていく。
さすが師匠……とヴァニーユが関心している時だった。
――その直後、残りの三頭が鋭い爪でゼスの結界を破壊してしまう。
蛇の威力は強いが、高密度な魔力の塊は動きが遅く、ばらけていた三頭の飛竜との距離が遠い。
それを見たヴァニーユが急ぎ風属性魔術で飛竜を押し返そうとするが、飛竜の勢いの方が強く、ヴァニーユの風は容易く突破されてしまった。
ゼスがもう一度結界を展開しようとするが、硬い結界術の詠唱は長くなってしまう為、既にこちらへとやってくる飛竜の動きに合わせて展開することは至難の業だった。
うち、二頭の飛竜はこちらを無視して王都へ向かい、こちらには一頭が向かってくる。
標的が分かれてしまった。
一頭はゼスの拡散結界が囲い込むことに成功し、最短詠唱のライラックの雷撃がそれを撃ち抜く。
ヴァニーユは風を起こし二頭の飛竜の動きを少しでも減速させようとするが、ほとんど効果がなかった。
幻術をかけるにしても、あのスピードに追い付くことはできないだろう。
王都の結界は地面から徐々に展開されていくのが見えたが、結界が先か飛竜が先か――そう焦った時、ヴァニーユはサーシャが王都へ向けて詠唱をしていたことに気が付いた。
「サーシャ?」
その詠唱を終えて現れたのは、王都と飛竜を阻むように展開された、広い平面結界だ。
サーシャはその平面結界に沿うように雷の鎖を絡めていく。
魔力が強いからこそ出来る、広範囲結界と雷属性魔術を組み合わせた、彼独自の魔術だった。
「雷鎖」
そう低く呟かれた声が耳に届くと同時に、雷鎖を纏う平面結界がしなり、飛竜を覆いつくすように残りの二頭を絡めとる。
ヴァニーユは息をすることも忘れ、その魔術に魅入っていた。
動きを鈍らせた上に痺れて動けなくなっている二頭の飛竜に、ヴァニーユが慌てて杖を構えて詠唱を唱える。
あの魔術は飛竜にとって攻撃魔術とまでには至っていなかったのだ。
飛竜の上に強い光の玉が輝き、そのまぶしさにこの場にいる誰もが目を細めた。
サーシャのおかげで動きを止められた飛竜に、ヴァニーユはその詠唱を届ける。
その陽属性魔術の具現化の光は追加の詠唱を歌うことでその眩さを強めていき――そして。
動けないままの二頭の竜を正確に貫いた。
「それで、どういうことだか説明していただけますか?」
ヴァニーユの前には気まずそうな男が二人、視線を逸らして立っていた。
本当なら正座させて反省させたいくらいだが、さすがに王族と現英傑に向けてそんなことが出来るほど怖いもの知らずではない。
とはいうものの、ヴァニーユは彼らにとんでもない秘密を抱えられたままこれまでサーシャに魔術を教えてきたという現実と、まだ向き合えずにいた。
心を落ち着かせるべきなのだろうが、さすがに許せることではない。
「あのな、ヴァニーユ……」
「はい」
「……すまなかった」
「説明を求めているのですが?」
いつもより低いその声に、男たちはビクリと肩を震わせ、視線を泳がせている。
ヴァニーユだって頭が痛くなるようなことはしたくない。
しかしさすがに、さすがに黙って許せる程まだ大人にはなりきれていないのだ。
「……最初はゼス・ポート殿が提案してくれたのだ」
「え、殿下っ?」
ゼスは自分を売られたような気持ちになるが、睨みを利かせたヴァニーユにすぐに口を閉じて黙る。
普段人に興味の無さそうな彼女がここまで感情を出しているところを彼は初めて見た。
「そうですか。それで?」
「……わたしが、魔術の訓練を本格的に受けたくなってだな……、雷造の魔術師殿に前々から相談していたのだ」
しゅんと眉を下げて告げるその声は、いつもと違って少しむくれているようだった。
少し可哀想な気がしてきたが、この件は完全にサーシャが悪い。
「夏前の生誕パーティ前までの訓練ならば許すと、雷造の魔術師殿に許可を頂いたのだ」
「生誕パーティ……ってまさか」
「王族の子供は十八まで身分を隠し育てられる。その為わたしに残されたチャンスは、十八になる前の今だけだったのだ」
呆れたものだと言うのは簡単だが、彼の話を聞いたことのあるヴァニーユには納得も出来てしまった。
サーシャは半年前、火竜に遭遇したと話していた。
人を守りたいと……恐らくはこの先、国民を守りたいと、そこまで強く願ってしまったのだろう。
彼は本来、守られる側であるのに。
ヴァニーユは頭を抱えたまま、じと目で師匠に視線を移した。
このおじも一応グルである。
「理解はしましたし、貴方のしたいこともわかりました」
「ヴァニーユ……」
「それはそれとして反省してください」
「……はい」
「ゼス・ポート様も」
「はい。申し訳ございませんでした」
ひとまず、反省の時間ははここまでだ、今日は色々なことがありすぎたと、ヴァニーユは立っているのも辛くなってきていた。
「帰って休みましょう」
「あぁ。そうだな」
ふらつくヴァニーユに肩を貸そうとしたサーシャは、ヴァニーユにひらりと逃げられる。
届かなかった手を見下ろしてひとつため息を吐いたサーシャは、そのうち機嫌を直してくれるだろうかと不安になったのだった。




