44.非常事態
とてつもないスピードでヴァニーユ達のいる方角へと向かってくる飛竜は、ライラックの展開した広範囲結界へと打ち当たっていた。
サーシャの護衛はその広範囲の半球体結界に更に二重に結界術を展開すると、木々よりも高い位置で飛竜を目視した。
一つは広範囲結界の内側に頑丈なものを、そしてもう一つは飛竜が結界の外から王都に回り込まないよう外側から包むように、行動範囲を制限するように展開した結界である。
しかしこれらの結界も、あの頑丈な爪と体当たりで幾度となく攻撃されれば、壊されるのも時間の問題だろう。
普段は澄まし顔をしている護衛の彼は結界を壊そうとする飛竜を見据え、思わず舌打ちが出ていた。
彼がこの森から王都へ結界を張るには距離が足りないが、幸い王都の中心には非常時用の結界が設置されている。
この場しのぎの結界よりは、展開できれば王都の結界の方がより強固だ。
ただしその結界を展開するには、濃いオドを流し込み続ける必要がある。
上級魔術師ですら、それが可能な者はごくわずかだろう。
例えサーシャの魔石の力を今借りたとて、すぐに使うことなど出来るはずがない。
現状、あの魔石の力を暴走させることなく、受け取ってすぐに使える者など、清澄の幻術師くらいなものだろう。
彼女はそれ程までに魔術のコントロールに長けている。
羨ましい程に。
結界を張り終えた彼は、下にいる彼らの様子を伺う。
王都の結界の存在はサーシャも知っているはずなので、彼が魔術協会に指示するはずだ。
サーシャの護衛が飛竜を足止めしている間にヴァニーユは魔石の力を借り、王都の魔術協会にいる、ある人物を探すことにした。
彼女が杖を使い詠唱を歌う場面を初めて見たサーシャは、間近で見るその美しい姿に目を見張る。
サーシャとヴァニーユの周りを渦巻くように風が吹き荒れると、その先を王都の魔術協会へと伸ばしていった。
ヴァニーユは魔石から受ける魔力を含めた自身の魔力使用量をとてつもない計算力で予測しつつ、不可能を可能にしていた。
そして風の先がするりと目的の場所へと通り抜けると、彼女はその相手に問いかけた。
「失礼します、濃霧の魔術師様はいらっしゃいますか」
濃霧の魔術師『ファルト・ミザール』は水属性を操る英傑であり、魔術協会の頂点に立つ者だ。
数々の仕事に追われて意識が半分抜けかけていたファルトは、その柔らかい中に緊張を含んでいる声を聴き取り、はっと意識を取り戻す。
自分以外に誰もいないはずの部屋の中で聞こえてくる声……こんなことが出来る者を彼は一人しか知らない。
『まさか清澄の幻術師? そこにいるのか?』
「その場にはいません。今フローライト森林から繋げております」
『フローライト森林から繋げているだと!?』
どれだけの距離があると思っているんだ……と信じられない目でどこへ向けていいのかもわからない視線を宙に向けるファルトは、もう何を言われても驚かない気でいた。
しかしそんな願いは次の瞬間にはすぐさま散っていたのだ。
「非常事態です。西部から飛竜が七頭、このままだと王都へ向かいそうです」
『飛竜だと!? そちらの状況はどうなっている?』
「それが……」
ヴァニーユはそこで口を閉じてしまった。
なぜなら、正確に伝えようとも、サーシャと護衛の立ち位置がよくわかっていないのである。
いや、サーシャはどうやら『殿下』であるということだけ判明したのだが。
「わたしが代わろう」
サーシャはヴァニーユに近付くと、その魔石に声を向けるようにして話し始めた。
「わたしは『アシュリー・アレクサンドル・リアトリス』である」
深みのあるその声は、いつものサーシャからは考えられない程に厳かな音を響かせる。
『――は……で、殿下!?』
「うむ。今こちらにはわたしと、雷造の魔術師、清澄の幻術師、それから拡散の結界師、計四名がいる。うち、雷造の魔術師と拡散の結界師が飛竜の足止めをしている。その間にそちらで王都の中心にある結界を展開し、住民の避難を促したい。今、動ける英傑はいるだろうか?」
やはり聞き間違いではなく王族……その上第一王子だったとは、ヴァニーユも一瞬動揺してしまった。
さらに今告げられたことにより、護衛の彼が実は拡散の結界師ということがサラリと判明した。
そう、ヴァニーユが共に魔術を開発していたはずの、あの拡散の結界師である。
実を言うとその時顔を合わせて話すことを避けていたため、ヴァニーユは拡散の結界師の顔を知らずにいた。
情報量が多い中、驚いている暇もないと判断した濃霧の魔術師ファルトは、今動ける者を記憶の中から手繰り寄せる。
確か炎属性を操る業火の魔術師がその辺をふらふらしていたはずだと思い出し、それをサーシャことアシュリー殿下に伝えた。
全体指揮を執るのにファルトが必要である為、王都の結界は業火の魔術師に展開してもらうのがいいだろう。
「そちらは任せよう。出来る限りこちらで足止めをするが、もしもの時は王都を守ってくれ」
『承知いたしました』
方針が決まったところで、ヴァニーユはファルトとの接続を切った。
後のことはファルトに任せれば大丈夫だ。
疲れている場合ではない、こちらもそろそろ攻撃を始めなければ、飛竜七頭全てを倒すことはできないのだから。
そうしてヴァニーユは空を見上げ、この後どうするかと思考を巡らせた。




