40.苦労人
その日、水属性魔術を操る英傑・濃霧の魔術師『ファルト・ミザール』は、ある報告を受けて頭を抱えていた。
「また清澄の幻術師『ヴァニーユ・ブロンド』が新たな魔術を開発してしまった」
英傑、それから魔術協会の全体指揮を執っているファルトは、また仕事が増えることを想像しては机に突っ伏していた。
彼女が魔術を開発する度に大学の教科書を書き換える必要がある。
さらに上級魔術師の中で再現可能な魔術師がいないか一応確認は取るが、使えそうな者はほぼいないだろう。
他人に再現することが非常に難しい魔術の数々は、彼女の分析力ありきで成立しているところがある。
しかも彼女はまだ十四歳……近々十五歳になるような少女であり、「本当にこんな魔術を人間が使えるのか!?」と訴えてくる魔術師も少なくない。
そんな魔術師たちの嘆きをファルトが毎度処理することになるのだ。
「雷造の魔術師殿の影響力も凄かったが、彼女の影響力も既に馬鹿にならない程だぞ。彼の教育はどうなっているんだ……」
とは思うものの、かつて教壇に立っていたこともある雷造の魔術師の教え子たちの中ですら、ここまで緻密で完璧な魔術を使う者などいなかったことを考えると、ヴァニーユの天性の才能でしかないと認めざるを得なかった。
彼はしばらく机に突っ伏し十分嘆いてから、仕事に戻ったのだった。
森の草花が咲き誇る季節になり、彼らの服装も軽くなってきた頃。
「ヴァニーユ!! 電線が作れるようになったぞ!!!」
そのフローライト森林に歓喜の声が響き渡った。
驚いた鳥たちが羽ばたいて逃げていく様を見届けてから、彼女はサーシャの電線の安定度を確認した。
「かなり良い感じです。そのまま距離を伸ばせますか?」
ヴァニーユがそうサーシャに尋ねると、彼はふふんと得意気に魔石へとかざしていた手を離したのだ。
実を言うとサーシャはここのところずっと、この手を魔石から離す練習もしていた。
「どうだ! これで両手が自由に動かせるようになったぞ!!」
「いつの間に……、練習していたのですか?」
「そうだ! まだ光は多少揺らめくが、魔力を送る量は安定しているぞ!」
サーシャの胸元で光る魔石の光はるんるんと踊るように輝いており、その喜びをめいっぱいに表していた。
最初は隠していたようだったが、どうやら感情が魔石に現れても気にしなくなってきたようだ。
元々サーシャは感情のままに表現するところがあるので、魔石が揺らめこうが大して変わらないことに気が付いたのだろう。
両手の指先へ電線を繋げたサーシャは、その距離をゆっくりと伸ばしていく。
仄かに青色に輝く電線は、伸ばしてもかなり安定していた。
「マナを使って形を変化させることは?」
「それも少し、出来るようになったぞ」
詠唱を加えたサーシャは、伸ばした電線を少したるませてから、縄跳びをする時のように指先を同じ方向へとくるくる回した。
安定した電線が柔らかな弧を描き、くるくると回るそれを見て、ヴァニーユは彼の驚異的な成長っぷりに顔を綻ばせた。
「すごいです、これならもう少し先へ進めそうですね」
「鎖を作れるようになるだろうか!?」
「そうですね、まずは鎖の形を作ってみましょう。私は陽属性魔術で代用しますね」
ヴァニーユは詠唱しながら魔力を込め、陽属性魔術を鎖の形に整えていく。
陽属性魔術の場合、基本的にはマナを借りずに自身の魔力を使う為、雷属性魔術とは少し違うが、教える分にはさほど問題ないだろう。
重みを持たない鎖はその場に浮いたまま、サーシャの前へと差し出された。
「まずはここまで。形をイメージしながら、鎖を一つ一つ繋げてみてください」
「やってみよう」
サーシャはまず、電線を作った時の太さで丸をつくり、そしてそれをもう一つ繋げようとしたが、うまく繋げることが出来なかった。
鎖というより、電線がただ重なったものになってしまい、不安定だ。
「もう少し硬さを意識して魔力の濃度を濃く込めてください」
「……濃く込める……」
手本を見ながら同じように艶やかな金属を再現しようとすると、なんとか一つ作り上げられた。
だが、バランスを保ったまま維持することが難しく、二つ目を繋げようとした所で弾けて霧散してしまう。
「道のりは遠そうだな」
「いえ、二つ繋げられそうだったではありませんか。サーシャならきっとすぐに出来るようになります」
ヴァニーユはこの短期間で急成長をしたサーシャを信じ切っている。
彼ならすぐ目標としているこの雷の鎖も作れるようになることだろう。
そしたら……こんな日々も終わってしまうのだろうか。
この日々が無かったかのように、今までの日常に戻っていくのだろうか? と、ヴァニーユの心はほんの少しの陰を落とした。
彼女はずっと、彼に話しておきたいことがあったのだ。
サーシャと会えなくなる前に、彼だけでもいい、自分を知ってくれている人がほしかった。
それは彼女の、ささやかなわがままである。
「サーシャ」
「どうした? ヴァニーユ」
「貴方に、聞いて欲しい話があります」
「――ヴァニーユの話ならば、何でも聞きたいと思っているぞ」
サーシャはその彼女の表情を見たことがあった。
昔の話をする時、彼女はこうして寂しそうな表情をする。
寂しそうに、そして悔しそうな表情をするのだ。
「ありがとうございます、サーシャ」
「礼などいらぬ」
木の下へと二人並んで腰をおろし、彼女は穏やかな森を眺めながら、過去を語り始めた。




