36.歌う理由
そうして何度も電線の挑戦をしてから、一度少し休憩をとろうとヴァニーユに言われ、クールダウンの時間をつくった。
ヴァニーユと共に木の下へ座り、頭を真っ白にして空を見上げる。
今日は晴れており、爽やかな風が木々の間をゆるりと吹き抜けていくような、穏やかな日だった。
風か……風といえばヴァニーユの風属性魔術も素晴らしく美しい魔術である。
そしてふと、サーシャはある考えが浮かんできた。
ヴァニーユもそうだが、雷造の魔術師も既存の魔術を応用して新たな使い方を生み出していたお方だ。
雷属性魔術での造形魔術も、彼自身が編み出したものだと聞く。
更に応用して魔術式を組み換えれば、この国の結界術も今よりさらに発展するのではないだろうか? と、サーシャはヴァニーユを見ていて思う。
一昔前よりはずっと良くなったそうだが、それでもまだまだ結界術も発展出来る気がするのだ。
「ヴァニーユは、魔術の開発などはしているのか?」
単純にふと思い付いたことを、隣で魔術を見てくれていたヴァニーユにそう尋ねてみた。
「していますよ。使い手の少ない光属性魔術と幻術を中心に、風属性魔術の応用や……結界術も国に依頼されて進めていますね」
「していたのか!?」
「これでも英傑ですし、師匠から引き継いだ魔術式の研究などもありますので」
どちらかといえば、ヴァニーユはそのような研究の方に強く、他の英傑にもそこで認められている。
任務で戦闘をすることもあるが、それよりも新たな魔術の応用を考えている方が、性に合っているのだ。
「結界術にも手を出していたのか?」
「まぁ結界術は、英傑の『拡散の結界師』様が基本的に開発を進めています。私は開発されたものを読み、穴がないかを確認したり、口を添える程度ですので」
英傑『拡散の結界師』は、まさにサーシャのよく使う拡散術式の組み込まれた結界術を編み出した人物である。
それまで結界術とは単なる壁であった。
魔術を遮るものでしかなく、その強度すら以前は弱く脆いものであったが、その常識を塗り替えたのが拡散の結界師である。
「すごいな、ヴァニーユは!!」
「いえ、そのようなことは……」
たじたじとするヴァニーユをなんだか新鮮に感じたサーシャは、つい身を乗り出していつものように彼女に詰め寄る。
「ちなみにヴァニーユが英傑になってからはどんなことをしたのだ?」
「え、いやだからそこまでのことはしていな……」
「そういえば詠唱を歌うというのもヴァニーユ以外では聞いた事がなかったぞ!! あれもヴァニーユが開発したのか!?」
「そうですけど……ちょっと落ち着いてください、サーシャ」
「やはりヴァニーユが開発したのか!! シェリー村の竜害の時には既に歌ったと聞いている。ということは英傑になる前のことであろう!?」
「勘弁してください!」
サーシャの勢いに押されたヴァニーユは、少しだけ昔話を聞かせたのだった。
――あの頃、ライラック師匠に拾われた後のヴァニーユは、しばらくの間、感情が湧かなかった。
今を生きることを諦めてすらいた彼女は、己の絶望さえも感じ取れてはいなかった。
ただ世話をしてくれているライラックのつくるごはんを食べては、窓から外を眺める日々の中、声をかけ続けてくれていたライラックの存在に徐々に気付いていき、そしてその人が日常で魔術を使っている事に気付いた。
ライラックは幻術を使い、童話の世界を映像として映してヴァニーユに見せてくれた。
幼いヴァニーユを、正しく幼いままに扱い、愛情を注いでくれた。
ライラックが愛情を注いでくれていたことによってヴァニーユの凍り付いていた心が溶けていき、そして気付く。
自分は心までも死ぬ寸前だったのだと。
絶望すらも感じ取れない程に、心が死にかけていたのだと。
それを救ってくれたのが、ライラックである。
その愛情に気付いた時、彼女はその人に何かを返したいと思った。
何かを返すには、何かを学ばなければ始まらない――そう考えた。
『私は魔術が使えます。魔術を教えてください』
そうお願いしたのは、ヴァニーユの方からだった。
歌うことで魔力を薄く伸ばすようなイメージを持てることに気付いたのは、索敵魔術を習得した後のことだ。
ヴァニーユは歌うことが好きだった。
それすら許されない期間もあったけれど、ライラックと生活を共にし、しばらくたった頃に自分が歌が好きだったことを思い出したのだ。
かつて、父と母と暮らしていた頃の彼女の家には、洋梨を半分に切ったような形状のリュートと呼ばれる楽器があり、母がよく聴かせてくれていた。
それから音楽が好きになったヴァニーユは、よく歌うようになった。
彼女が歌声に詠唱を乗せると、吹く風が柔らかく応え、様々な音を届けてくれた。
鳥のさえずり、木々のゆらぎ、人々の笑い声。
それらを聴いているうちに、孤独感が癒されていったのだ。
こうして、清澄の幻術師は詠唱を歌に乗せて魔術を用いるようになったのである。




