29.彼の護衛
ヴァニーユとライラックと別れ、サーシャと護衛は帰路につく。
彼女たちと出会った頃から季節が一つ移り変わり、これまでの訓練のことを振り返りながら雪の積もった森の中を静かに歩んでいた。
道無き道を進み続けると、見慣れた道へと出る。
いつものように二人がそこへ待たせていた馬車へと乗り込めば、すぐに馬車が進み始めた。
その車窓は布で塞がれており、揺れと共に移り変わる雪景色は二人から見えない。
今日は杖を使わずに結界術が使えたとのことでご機嫌なサーシャに、ふと護衛が問いかける。
「サーシャ様、訓練は順調そうですか?」
「あぁ、ヴァニーユのおかげで知らなかったことがどんどん出来るようになってきた。彼女は本当にすごいぞ」
「それは良かったです」
彼女の第一印象といえば、師匠の後ろで怪訝そうにこちらを見ている小柄な少女の印象が強かった。
本当にあの噂の清澄の魔術師なのか? と疑っていた程に。
しかし彼女の魔術師としての才覚はずば抜けており、サーシャはすぐに興味を持っていた。
今では彼女の不安や事情にも触れたサーシャは、なにか彼女の力になりたいとも思うようになってきていた。
サーシャ自身、これを良い変化だと受け止めている。
今では興味だけではなく、彼女自身とも仲を深め合えたならと願うようになっていた。
ひとつ、サーシャは護衛に彼女のことについて尋ねたいことがあり、彼を見上げる。
ひょろりと背の高い彼は座高も高いので、サーシャは少し羨ましく感じていた。
サーシャもまだ背が伸びるかもしれないが、しばらくは彼の背を抜けそうにない。
「ゼス・ポート殿、貴方から見て清澄の幻術師はどう映る?」
『ゼス・ポート』と呼ばれた護衛の彼は、表情を変えずにサーシャを見下ろす。
ここまで彼の護衛として空気に徹して来た彼――ゼス・ポートは、表情を変えずに間を置き、それからこれまでのヴァニーユのことを思い返しながら話し始めた。
「彼女はまだ幼すぎるかと思っておりましたが、達観してらっしゃる。やはり噂や報告で聞くのと実際に彼女自身を知るのとでは全然違いました」
「貴方はわたしの訓練に同行する前は、清澄の幻術師と対面したことはなかったのか?」
「そうですね。彼女は本当に逃げるのがお上手ですので……」
その護衛は珍しく困り顔をしつつも、微かに笑みを見せて言う。
「私だけでなく皆も、最年少の彼女のペースを崩す気はないのです。魔術の発現の早さに関しては薄々察している所もありますので」
「……うむ、そうして貰えているなら彼女もきっと助かっているであろう」
どうやら彼女は周りから見守られている存在であるようで、サーシャは少しほっと息をついた。
それならば今はこのままで大丈夫そうだ。
「今の彼女は、サーシャ様との訓練を楽しそうにしているように感じます」
「……貴方から見ても、そう見えるだろうか?」
「はい、もちろん」
サーシャが口角を上げると、胸元にある魔石の輝きが揺らめく。
それを隠すように、彼はその輝きを握りしめる。
この光が安定するには、まだかかりそうだ。
「私も今が一番楽しいと感じている。しばらくは彼女の元で魔術のコントロールを学び、この膨大な魔力の手綱をしっかりと握れるようになりたいと思っている」
馬車がしばらく進み、そろそろ到着する頃だろうかとサーシャは車窓にかかる布を少しずらして外を確認する。
窓の外は魔石の置かれた街灯が定位置に並んでおり、森とは違う街並みを照らしていた。
彼の住む学生寮が近付いてくると共に、胸の中に静かなもやが広がる。
ヴァニーユと会った帰り道は、いつも少しこのような気持ちになるのだ。
今日この一日がこれで終わってしまうのかと思うと、寂しさが胸に広がる。
一日が過ぎる度に、終わりの日も近付いてくるような気持になってしまう。
それでも魔石に魔力を込め続けながら彼女の仏頂面を思い出していると、なぜだか温かな気持ちになれた。
今度弟に会った時には、彼女の話もしたいものだ。
停まった馬車から降りた彼は、静かに学生寮へと帰って行った。




