30.村人の声
――彼女は、時々夢を見る。
それは響き渡る自分の笑い声、母と父の優しく包み込んでくれるような温かな愛情。
「――、――――!!」
「――――?」
「――――――、――」
音は聴こえない、もはや彼らの声は思い出せないからだろう。
けれど心は記憶している、あの頃の幸せな日々を。
しかし、やはりそれは夢なのだ。
満たされた空間なのに、失いそうで防衛したがる今の心が警告をする。
――その後の虚無感を、彼女は知っている。
ふと目が覚めれば、頬を伝う涙の跡がひんやりとした空気に当てられ、冷たく痛んだ。
以前竜害にあった、リアトリス王国の北部にあるドレッター山。
その麓にあるシェリー村では、今でも復旧作業が続いている。
村の被害は清澄の幻術師と雷造の魔術師の助けにより、最小限に抑えられていた。
しかし地竜の出た村は踏み荒らされ、家を無くした者もいた。
地竜の出た地としても名を広めてしまったシェリー村は腫れ物扱いされるようになり、人の行き来も減り、村を出ていく者もいた。
ヴァニーユとライラックは時々、そんなシェリー村の様子を見に行くことがある。
「あ!! 幻術師のお姉ちゃんだ!!」
村の子供がそう言って、シェリー村に訪れた二人に駆け寄る。
ヴァニーユは毎度のことながらたじたじになりつつも、ここでは幻術を使って隠れようとはしなかった。
「こ、こんにちは」
「こんにちは!! 雷造のおじちゃんもこんにちは!!」
「やぁ、こんにちは。あれからどうかな? 雪が積もる季節になってしまって、大変じゃあないかい?」
「おじちゃんがくれた魔石のおかげでだいぶ助かってるよ!!」
ライラックは以前このシェリー村へ訪れた時に、陽属性魔術を込めた魔石と火属性魔術を込めた魔石を、いくつか預けていったのだ。
火属性の魔石は村の大人に預け、陽属性の魔石は子供たちが火傷をしないようにと丁度良い温度で広間に置いてある。
今日はその陽属性魔術の魔石に魔力を込める為にやって来たのだ。
「ヴァニーユ、魔石のことは頼んだよ」
「はい、師匠」
ライラックは火属性の魔石の在庫確認と交換にやって来ていた。
「その火が出る魔石、どうやってつくってんのじいちゃん?」
「知り合いの業火の魔術師にお願いしてるんだよ」
「業火って今の英傑じゃね!? じいちゃん何者だ!?」
ライラックはそんな話を子供たちとしながら、村の家を回って行く。
その間にヴァニーユは村の広場にある陽属性を込めた魔石へと向かった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃんもすごい魔術師さんなの?」
ヴァニーユの後ろからひょこっと現れた女の子が、そうつぶらな瞳でヴァニーユを見てきた。
ギョッとして心臓が忙しく音を立てるヴァニーユに、女の子は首をかしげて覗き込む。
「陽って、すごい人が使う魔術なの?」
「……すごいかどうかは、わからないけど」
「でも竜のことやっつけたのお姉ちゃんなんでしょ?」
「あれは……私がやりました、けど」
少し呼吸を整えてから、ヴァニーユはその女の子に目線を合わせて、不器用ながらも笑ってみせる。
「あなたや村の皆さんが、ちゃんと師匠の元まで逃げてくれたから、私も遠慮なく魔術が使えたのです」
「そうなの?」
「村の被害を抑えられたのは、あなた方のおかげでもあるのですよ」
ヴァニーユはあの日のことを思い出す。
索敵魔術で住民の皆が避難出来ているか確認はしたが、それでも不安があった。
風属性魔術で付近の家の隅々まで人の気配が無いか確認をして、攻撃魔術も村に被害が出ないように陽属性魔術で竜のみを撃った。
そこまでしても、不安があったのだ。
本当に全員無事だったのか、誰も巻き込んではいないか。
けれど今、こうして村の子供たちは笑顔を見せているし、住民もヴァニーユを見ては感謝の言葉を言ってくれる。
サーシャと出会う前は、住民と話しても不安しかなかったが、今は少し違うように感じる。
何が変わったのだろうか? 言葉には出来ない。
けれど、ちゃんとこうして村人の顔を一人一人、見られるようになった。
そこには笑顔があり、感謝の涙があり、竜害を乗り越え協力し合う村人同士の団結が見える。
ヴァニーユはこれまで、こうした姿を見てこようとはしていなかったのだ。
助けるだけ助けて、人々の感謝を受け取ることもしようとしなかった。
けれど、それを変えたのは確実に、あのサーシャであり、感謝を受け取ろうと思えるようになったことで、彼女の景色が色付いていく。
あの日この村に来ていて、シェリー村を助けることができて良かった。
彼らの表情や声も、この先ずっと覚えていたい。
シェリー村を救った英傑・清澄の幻術師は、魔石に陽属性魔術を込めながら願う。
『この村がこの先、穏やかでありますように』




