26.切るように
サーシャのペンダントが手元に届く頃には、外は一面銀世界が広がっていた。
寒さでくしゃみが出るヴァニーユは服をもこもこするほど着込み、いつものようにサーシャを出迎える。
「見てくれヴァニーユ!! どうだろうか!?」
楽しそうなそんなはしゃぎ声と共に現れたサーシャは、ヴァニーユに胸元のペンダントを見せ付けると、誇らしげな顔を見せた。
その勢いに最近慣れてきた彼女は一歩足を下げ、それから冷静に彼の胸元を見上げる。
シンプルな魔石のペンダントが光に反射して青色に輝いていた。
思っていたよりも落ち着いた仕上がりになっており、彼に静かに馴染んでいる。
「はい、綺麗な仕上がりになりましたね」
「これならば片手が空くぞ!!」
「そうですね。最初は魔石に触れて流し込む方が使いやすいとは思いますが、慣れてきたら手を使わなくても使えるようになると思います。頑張りましょう」
「おう!! 頑張るぞ!!!」
いつも以上に張り切っているサーシャは、さらに前のめりになってきらきらとした瞳をヴァニーユに向けてくる。
それに彼女はまた一歩下がり、今日の予定を告げた。
「では今日から、杖を使わずに魔術を使う練習を始めましょうね」
ヴァニーユが次の段階について話すと、にこにことしていたサーシャの表情が、そのまま固まった。
「杖を……やはり置くのか?」
「置きましょう。そんなに嫌なんですか?」
「い、いや、本当に出来る気がしなくてな……」
彼は魔石のおかげでだいぶ安定して魔術を使えるようになり、かなり成長を見せ始めていたが、空間に満ちているマナを使うことに関してはとても苦手に感じているようだった。
索敵魔術にもマナを使うが、サーシャはまだ他人のオドを感知出来るまでには至っていない。
それでも、ヴァニーユは彼が魔力の扱い方に慣れれば、きっと近いうちに出来るようになるはずだと信じていた。
「それでは、杖を置いて魔術を使えるようになるまでの流れを説明します。最初はろうそくの炎を、杖を使って結界術で消してみてください。感覚が掴めてきたら杖を置いて練習しましょう」
「……わ、わかった」
サーシャは胸元にある魔石を握りしめ、ヴァニーユが用意してくれたろうそくの炎を眺める。
彼女が風属性魔術で風の流れを変え、炎が消えないようにしてくれているので、その場は無風の状態であった。
ろうそくの炎に、サーシャはいつも使っているように杖を向ける。
結界術といっても、炎を消すにはいくつか方法があることだろう。
結界術には大きく分けて、『平面結界』と『立体結界』、それから『球体結界』がある。
平面結界は単純な構成になっており、比較的発動が簡単である。
立体結界や球体結界のほとんどは人の身を守る時などに使うことがある。
ここでサーシャは考えていた。
普通の炎を消すにはどうすればいいか?
水をかける以外であると、風で吹き消すことや、直接炎に物体をぶつけること、それから炎を閉じ込めて鎮火を待つことも可能かもしれない……けれどそれには時間がかかる。
「球体結界、展開」
そして、サーシャが最所に使ったのは、手のひらサイズの球体結界だった。
ヴァニーユはその様子をじっくりと見つめ、彼がどう選択して魔術を使うのかを静観していた。
手のひらサイズの球体結界は、小さい分頑丈に作りやすい。
それを彼は、どうする気だろうか。
サーシャは手元に作った球体結界を片手に持ち、「せいや!!」と言って投げる。
すると勢いよく飛んでいった球体結界は炎の横を通り過ぎ、木にぶつかり、コロコロと転がり落ちた。
ころころとサーシャの足元へと戻ってくるその球体結界を彼は手に取ると、それを真剣に眺めて呟く。
「うむ、失敗だな」
彼はふぅと一息つき、もう一度構えた。
「待ってください、サーシャ様」
その時、ヴァニーユがサーシャを一度止めた。
彼女の声には動揺の色が見えており、振り返ったサーシャは小首をかしげて不思議そうに彼女を見返す。
「どうしたのだ?」
「色々、色々言いたいことはあります。どの結界を使うべきかの指示をしなかったこちらの落ち度もあります……が」
「うむ?」
「どうして球体結界を投げて消そうという発想に思い至ってしまったのでしょうか?」
頭を抱えて彼を見つめるヴァニーユの顔色が青ざめていた。
彼女自身の指示不足……だがしかしサーシャもめいいっぱい考えてこの結論に至ったのかもしれない。
「申し訳ありません、サーシャ様。このくらいなら先にお手本を見せればよかったですね」
「うむ? 大丈夫だ、きっといつかは当たるようになるぞ!」
「その自信はとても素晴らしいものですが、もっと簡単な方法があります」
ヴァニーユはサーシャのいる位置まで行き、手をろうそくへと向けた。
「サーシャ様、あの炎はただ炎があるだけではありません。ろうそくから芯に繋がり、そこで火が燃えています」
「……? そうだな」
「つまり」
ヴァニーユはピンポイントでろうそくの芯と炎の間に平面結界を展開し、切るようにその流れを切断した。
すると、ろうそくの炎は一瞬でふっと消えたのだ。
「単純に、これでいけます」
根本を処理してしまえば、より小さな力で流れを断ち切ることが出来る。
サーシャが唖然とその光景を見てから、首をグイっと彼女に向けると、きらきらとした瞳を向けてヴァニーユへと詰め寄った。
「うぉぉぉ!! すごいぞ!! 本当に結界で炎が消えた!!」
「難しいという程の事ではありませんので、落ち着いてください」
ヴァニーユは三歩程下がってサーシャの驚きに満ちた顔を眺めながら、その結界の使い方のコツを彼に教えたのだった。




