25.結界術で炎を消す
――結界術で炎を消す。
そうヴァニーユが口にした言葉を、サーシャは頭の中で何度も反芻してからその意味を飲み込んでいく。
体がひんやりと冷えていくような、それでいて熱くなるような感覚と共に呼び起こされる彼の中の記憶。
己の無力さを痛感した時の記憶が、熱となって体中を駆け巡り、心臓を打ち鳴らす。
「そ、それはわたしにも可能なのだろうか?」
「普通の炎でしたら消せるはずです。まぁ、魔術の炎でしたらまた別ですけどね」
「……そ、そうか」
ヴァニーユは彼の様子がいつもと違うことに気付いた。
疲れているのかもしれないけれど、それにしても今の彼の目は……驚きや喜びとは全然違っているように見えたのだ。
そして、『普通の炎でしたら』と話した時、落胆しているようにも見えた。
「サーシャ様……?」
「……実はほんの少し前、あるものと戦闘になってな。己の無力さを痛感したのだ」
「戦闘経験があったのですか?」
ヴァニーユは、実戦訓練などでの話だろうか? と少し考え、再びサーシャの話の続きを聞く。
「師匠に魔術を教わりたいと、ここへ来るようになったのもそれが関係しているのですか?」
「あぁ。……だがやはり、魔力のこもった炎は簡単には消せぬものか」
「サーシャ様の使う雷属性魔術とは相性が悪いですし、結界では防げはしても消火はできないでしょうね」
「やはり、そうか……。いや、それが聞けただけでも、少し心が落ち着いた」
いつの間にか、冷えた空気が肌を刺すようにして流れていく季節になっていた。
サーシャは立ち上がりぐいっと伸びをすると、ヴァニーユを見下ろして手を差し出す。
「ヴァニーユ、ありがとう。またいろいろと教えてくれないか」
「――もちろんです」
彼女はその手を取り、彼にぐいっと引き上げられた。
引き上げられた力は強かったけれど、痛くはなく、彼の優しさがにじみ出ているようだった。
二人は師匠と護衛の元へと戻ってから、それぞれの家路についた。
ヴァニーユとライラックは家へと帰ると、魔石を使って暖炉に火を起こし、のんびりと二人で夕食を共にしていた。
すると、パンを食べていたライラックが、ふとヴァニーユに問いかける。
「サーシャ様の様子はどうだい?」
ヴァニーユはスープの温かさにほっと息をつきながら、彼の最近の様子を思い浮かべた。
おじが聞きたいのはサーシャの魔術に関してだろうけれど、ヴァニーユがすぐに思い出すのは、慌てふためいたり全身で喜びを表す彼の表情だった。
それを思い出すと彼女は口角を上げて、視線を落とす。
「頑張っていますよ。課題がどんどん増えてしまっていますが、彼ならきっと大丈夫だと思います」
「どんな風にヴァニーユは教えているんだい?」
「魔力の基礎と、彼がなぜ暴発させやすいか、その原因や対処など教えました。――そしたら」
ヴァニーユは思わずライラックの前で笑ってしまった。
本当は、あの時嬉しかったのだと思い出すように。
「彼、自分でどうしたら溢れる魔力を抑えられるかというのを考えて、魔石を持参して来たんです。今ペンダントにしているところのようです」
「魔石か……魔力をそちらへ流しながら使うということか」
「はい。私には思いつきもしなかったことで……本当に彼は頑張っていますよ。自分の力に合わせて柔軟にやり方を変えていける。彼はちゃんと育ちます」
ヴァニーユは自分が思っていたよりも、サーシャに期待をしていたようで、するすると言葉が出てくることに自分でも驚いていた。
ライラックを見上げれば、彼は嬉しそうにヴァニーユに微笑みを見せていた。
「そのように楽しそうなヴァニーユは初めて見るな」
「そんなこと……ありま、せん。師匠と居る時も楽しいです」
師匠には自分の心の中が見えているようで、ごまかしたくて少し言葉がもごもごとしてしまう。
確かに日々がこんなに楽しく、次に彼と訓練する時はどうしようかと考える日々は今までなかったのだから、ライラックの言葉は間違ってはいなかった。
「ヴァニーユ」
昔から変わらない温かさをもつ師匠の声が、この二人の空間を優しく包み込む。
「楽しい時間は、大事になさい。己と合う友人こそ尊重し合い、どんどん意見を交わしていきなさい」
「……ライラック師匠」
「ヴァニーユのそんな嬉しそうな顔が見られるようになって、私は幸せ者だね」
師匠はそう言い残し、食器の片付けを始めた。
ヴァニーユにとってサーシャは、友人と呼べるのだろうか。
むしろ今、彼と私の関係とは何か?
先生と生徒……?
師匠を共にする弟子同士……?
なんとも言い難い関係に頭を悩ませながら時間は過ぎていき、ヴァニーユは就寝した。
願わくば、友人と呼べるそんな日が来るならば……。
彼はそれを受け入れてくれるだろうか。




