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幻術師ヴァニーユのアリア  作者: RIM


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24.彼女と魔術の始まり

 目が覚めた時、サーシャは柔らかい布が頭の下にあるのを感じていた。


 それは彼女の着ていた深緑色のケープのようだった。




 体を起こしながら、どれくらい眠っていただろうかと考える。


 しかしまだ日は暮れていないようだった。




「起きましたか?」




 探していた少女の澄んだ声が届き、サーシャは振り返る。


 彼女は木に寄りかかって座っていたようだった。




「体、少しは回復しましたか?」


「あ、あぁ。よく眠れた」


「それは良かったです」




 ヴァニーユは木の下に居るまま、サーシャを手招きした。


 彼はケープを手に取り、彼女の元へと寄り、隣に座る。




「これはヴァニーユのケープだろうか。感謝する」


「あのままではサーシャ様の頭が痛くなりそうでしたので。今日はもうお疲れでしょうから、少しだけ私のお話に付き合っていただけませんか?」


「ヴァニーユの話か……?」


「私が……杖がなくとも魔術を使えるようになった時のお話です」




 ヴァニーユは一呼吸置いてから、遠い昔の記憶を呼び起こすようにして目を伏せ、彼に話し出した。




「――実は最初からだったんですよ」




 ヴァニーユは最初から、杖がなくとも魔術を使えるようになっていたという。


 それは、一般的な魔術師としての成長の感覚からすると奇妙なことであった。




 一般的に魔術を学ぶにはまず、体内のオドの成長を待つことが必要とされている。


 でなければ、魔術自体が発動しないからだ。


 そして高等部へ上がると共に、生徒は魔術を学び始める。


 最近ではそういう教育方針になっていることが多いのだ。




 しかし、ヴァニーユはまだ中等部の少女である。


 そのことにサーシャはこれまで違和感がなかったわけではない。


 その数は少ないが、確かに中等部以下の子供でも魔術を使えることは、なくはないからだ。




 しかしそれを含めて考えても、この年で『英傑』にまで上り詰めた理由は何かしらあるのではないだろうか。


 そしてサーシャには、その理由に心当たりがあった。




「最初から魔術が使えたというのは……そう覚え込まされていたからか?」


「はい」


「雷造の魔術師殿に引き取られる前の話だろうか」


「……サーシャ様は、知っておられましたか」


「わたしの近くにも、居たからな」




 不思議なことにヴァニーユは、「自分だけじゃなかった」と、ほんの少し安心する気持ちが広がっていた。


 この人は知っている、それならば少しだけ話しても大丈夫だろうか。




「お話してもいいでしょうか」


「もちろんだ、聞かせてくれないか。ヴァニーユの話は不思議となんだって聞きたいのだ」




 ヴァニーユの中から、罪悪感のようなものが薄れていく。


 彼女はこれまで、人を避けるようにして暮らしてきていた。


 それに理由がなかったわけではない。




 どろりとした人間の闇に染まる心を浴び、彼女は自分を殺して生きていた頃がある。


 その頃、魔術を覚えさせられたのだ。




「私が魔術を初めて使ったのは、五歳の頃です」


「……それは随分と早いな」


「はい。あまりにも早かったです。何もまだ解っていない頃でした」




 人の悪意も、野望も、支配欲も、何もかもを知らなかった。


 逃げ出せる程の力もなかった。




「私は、両親に愛されて四歳まで育ちました。その後両親は亡くなり、孤児院に引き取られました」


「――そうか」


「そこで私は、言われるがままに魔術を覚え込まされ、風属性魔術を使えるようになりました」




 オドが成長途中の子供が魔術を覚えられることなど、稀である。


 しかし大人は、その稀な子供を引き当てようと、ギャンブルのように子供たちに魔術を覚え込ませ、将来は自分たちに仕えさせようとしていたのだ。




「その後、師匠がその孤児院から、私を助け出してくださったのです」




 ヴァニーユは、師匠のことを誇りに思っている。


 尊敬し、彼のように子供たちを救いたいと、自分も動いている。




「最初から、私は杖を使わずに魔術を覚えました。師匠に教わってから杖も使えるようになりましたが、正直あまり使いどころがありません。なので、どうしたら杖を手放して魔術を使えるようになるかということを、うまくは教えられないのです」


「なるほど、それならば確かに難しい問題だな」


「はい、私は杖の便利さを経験してこれませんでしたから」




 またほんの少し、ヴァニーユに罪悪感が乗ってくる。


 自分が息をするように出来てしまうことを、人に教えることがこれ程までに難しいことだとは、今まで人を避けて暮らしてきたヴァニーユには経験がなかったからだ。




「では、どのような魔術からならば、杖を使わずとも使えるようになりそうか、わかるだろうか?」




 サーシャがそうヴァニーユに尋ねると、彼女は最初に覚えた魔術を思い出す。




「私の時は、風属性魔術の『風散』でした」


「模擬戦の時にわたしの雷を散らした、あの魔術か」


「そうです。最初はろうそくにつけられた魔術の炎を散らす訓練から始まりました」




 風散は、同じ程度の魔術を放ち、対象を打ち消すものだ。


 それにはまず、対象の魔術の程度がどれくらいのものかを測る必要がある。


 ヴァニーユはその頃から既に、観察力に優れていたのだ。




「この方法を基にするなら、一瞬だけ火力の出る魔術を繰り返すことで、杖がなくとも魔術を使えるようになれるのかもしれません」


「雷でも出来るであろうか?」


「可能だと思いますが、雷属性魔術だと対象に大きな影響が出るため、一人での訓練が難しいと思います」




 雷や炎は、対象になったものが焼ける可能性がある為、訓練する時に注意が必要である。




「そこで、まずは結界術の応用から始めましょう」


「応用……?」


「結界術で、ロウソクの炎を消す訓練をしましょう。杖なしで」




 ヴァニーユのその提案に、サーシャは目をぱちくりとさせてから、ゆっくりとその言葉を飲み込んだ。




「結界術で、炎を消す……だと?」





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