19.孤高の幻術師
ヴァニーユは英傑にしては幼く、まだユーリス学園中等部の所属である。
しかし彼女は、学園でも自分の存在を知られることを嫌がり、度々幻術で姿をくらませていた。
そんなヴァニーユを、ある生徒は尊敬し、ある生徒は侮蔑し、彼女が功績を上げる度に学園中がその話題で持ちきりになるほど、注目を集める存在となっていた。
けれどその注目のせいで、ヴァニーユにとって学園という空間自体が恐怖の対象にすらなっていた。
そうして学園生活を過ごしているうちに、ヴァニーユは逃げ回っていて気付かなかったある噂を聞くことになった。
『ヴァニーユ様が見てる』
『いつどこで見られているかわからない』
そうして、生徒たちがヴァニーユを気にして生活していたことに気付いたのは、教師からそれを聞いた時だった。
「あなたの事情は聞いているわ。生徒たちへの影響も最初は不安ではあったけれど、いい方向に働いているみたい」
「いい方向、ですか?」
「あなたが見ているかもしれないから、悪いことは出来ないそうね」
存在が確認出来ない、確認出来たとしてもそれが本物かどうか誰にも区別が付けられない。
だからこそ、ヴァニーユの存在自体が見えない監視役として機能し、生徒たちへの抑止力として働いていた。
「卒業まで大変でしょうけど、よろしくね」
ヴァニーユにとってそれは、良いことなのか悪いことなのか、判断が付かなかった。
生徒たちはヴァニーユに注目はしていても、近寄ってくる人はいない。
ヴァニーユも幻術で姿を消し、人を避けて授業を受けている。
寂しさは感じていなかった。
人に構われない方が、楽だと思っていた……ついこの間までは。
『ヴァニーユ!!』
最近、そうやって笑う彼の呼ぶ声が頭の端にチラつくようになってきていた。
ただ、ふとした瞬間に声がチラつく。
魔術の授業中や、帰り道、日の沈んでいく空を眺めている時。
存在感の大きい彼が、はしゃいだりしょぼくれたり、いろんな顔を見せてきそうだなと、そう考えるようになってきた。
「幻術師殿、こちらです!」
ヴァニーユはその日も、学校を休んで幻術師の仕事をしに、ある施設の崖の上まで来ていた。
崖の下では幼い子供たちが遊んでいる様子や、職員が何かの指導をしているような様子が伺える。
その施設は、王都から少し外れた山の中腹にあった。
「こちらから、子供の魔術の使用が確認出来ました」
「何名ほどいましたか?」
「二名ほど確認が取れました。火属性魔術と、水属性魔術の初級魔術でした」
「証拠を集め終えたらお伝えしますので、施設の前で待機していてください」
そう命じ、ヴァニーユは人払いをしてから己の魔術に集中した。
魔法陣を思い描きながら、詠唱を歌に乗せて風を起こす。
施設の中へ魔術をするりと通していき、一部屋ずつ丁寧に『探して』いく。
情報を集め終えると、彼女はそのまま部隊に状況や証拠の在処を説明し、施設全体に幻術をかけた。
それは、人の思考回路を鈍らせ、時間が一時的に止まっているかのように見せる幻術である。
身体に影響の無い程度に時間感覚を狂わせる魔術であり、使用するには制限がある。
ざわつく心を落ち着けるように深呼吸をする。
ここで感情を荒立ててはいけない。
今ここで助けられるのは、ヴァニーユだけなのだから。
幻術をかけると同時に部隊に合図し、ヴァニーユも施設の上の階へと駆け上がり、扉のノブに手をかける。
しかし、そこには鍵がかかっていた。
逸る気持ちを押さえ込みながらも、彼女は風属性魔術の詠唱をして、部隊に声を届ける。
「皆さん、鍵を探し出して上の階に届けに来てください。こちらに人が居るはずです」
彼女は部屋の中にいる人の安全を優先して、部隊に鍵を探すよう指示を出した。
彼女の魔術では、この頑丈な扉は破れない。
破れる威力を出してしまえば、中にいる者も危険に晒してしまうかもしれない。
慌てず、冷静に、ヴァニーユは胸に手を当て、彼らが鍵を届けに来るのを待った――。
いつの間にか日はすっかり沈み、闇色の空には星が煌めいていた。
「清澄の幻術師殿。施設内職員の確保並びに子供たちの保護が完了致しました」
「お疲れ様です。ありがとうございました」
心の中は、今でもざわつきが治まっていなかった。
ヴァニーユは魔術師協会へ依頼の報告をする為、その場を立ち去る。
彼女は知らなかった。
その部隊の指揮官が、彼女に憧れを持っていたことを。
「彼女は本当にすごいお方だ。一人であの距離から、あれだけの魔術を使うだなんて」
彼らは既に何度か、ヴァニーユに協力を依頼したことがあり、圧倒的な力で、それでいて澄んだ湖のように静かに解決するその背中に惚れ惚れしていた。
「圧倒的魔術の才能、この国の中でも最も優れた緻密なコントロール力、そして孤高の幻術師……かっこいい」
「彼女は弟子など取らないのでしょうかね」
「まだ中等部だと聞いたし、これからじゃないか? ……それにしても、中等部でここまでの才能があるということは」
彼らは静かに施設を見上げ、苦虫を噛み潰したような顔で彼女や、子供たちの事を思い浮かべる。
「彼女も、そうだったのかもしれないな」
寒い風が彼らの横を流れていき、冬の訪れを告げていた。




