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便箋小町  作者: 藤光一
第二章 失踪映画館編

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92/93

92その力は“界”までおまかせを

 僕の目の前に現れたのは意外な人物だった。高飛車な態度、減らず口。どこかの少し古風な喋り方をする女性。その彼女は、大木の前に物動じせずに凛として立つ。絹のように整った後ろ髪を一本に束ね、彼女自身が発する覇気に揺らされる。僕が見間違える筈がない。彼女こそ、飛川コマチ……。便箋小町を束ねる女社長だ。


「・・・状況は、大体把握した。驚く程、劣勢ではないか。」


 彼女は腕を組みながら、戦況を見据えていた。確かに、今の状況は劣勢どころか最悪だ。チップたちは囚われ、センも捕まり、僕は地面に這い蹲っている。誰がどう見ても劣勢もいいところだ。けど、どうしてここに飛川コマチが・・・?あまりの突然の出来事に、僕はあんぐりと口を開けたままだった。


「しゃ……、社長……。どうしてここに……。」


 そうして溢れたのは、素朴な疑問だった。僕の質問に対し、彼女はちらりとこちらへ目を向けると鼻で笑っていた。


「無論、仕事の依頼だ。私は、それ以外で動かんよ。」


「それって、つまり・・・。」


 彼女もこの失踪事件の真相を追って、ここまで来たのだろうか?経緯は謎だが、どうやら彼女もこちらに敵意は無いようだ。もし失踪事件絡みであれば、利害は一致している。失踪事件の黒幕はここに居るあの大木、マザーラークだ。


「感動の再会も、募り募った話もまずは後だ。優先すべきは、この木を切り倒す事だろう。」


 社長はそう云うと、白い手袋を脱ぎ始めた。半妖の手。指先から手首にかけて、金色の毛を纏った獣のような手だ。状況を見据えた彼女は、すぐに戦闘体制へと入っていた。彼女が持つ独特の構えだ。肩幅ほどに足を開く。肩の力は抜き、膝を軽く曲げる。重心を落としたその構えに、一切の隙はない。その構えの型は、ゼロレンジコンバット。


「乖ッ!」


 彼女が呪文を唱えると、足元に黄色く輝く印が浮かび上がった。力強い風が吹き荒れ、改めて僕は彼女のマナの鼓動だと気付いた。わかっていた、彼女のとんでも能力に。どんな逆境も跳ね返し、いかなる強敵も粉砕したあの力を。パリパリと稲妻が走るような音を弾かせる。彼女の背後には、鋼鉄で出来たような一対の巨大な豪腕が現れていた。いや、しかし待てよ・・・。


「社長ッ!待ってください!何をする気ですか⁉︎」


 僕は思わず声が裏返ってしまった。何故、この人はこの状況で“乖”を?あれは、完全な物理破壊だ。空気を握り潰すようにミシミシと軋ませ、その力強さを僕はよく知っている。だが、そんな僕の心配に彼女は怪訝な表情を浮かべている。何を云っているのだお前は?とでも顔がそう云ってる。


「愚問だな、この悪魔を倒すに決まっているのだよッ!」


「それじゃあ、ダメなんです!」


 だがそんな忠告は、一歩遅く届かなかった。僕のセリフを丸ごと飲み込むと、一対の巨腕が唸り声のような音を軋ませながら動き出していた。その動きは術者である彼女の動きに対し、完全にリンクしていた。彼女が構えると、巨腕も同じ型を模す。


「ふんっ!」


 そして、繰り出す正拳突き。彼女の拳の間合いなぞ、関係はない。必要なのは、マザーラークと巨腕との距離。握り拳を作り出した巨大なそれは、人間サイズでみれば絶望レベルの鉄槌。これは比喩でもブラフでもない。れっきとした巨大な鉄拳だ。


ドゴォッ


 鉄拳は真っ直ぐにマザーラークへと命中した。まるで、車が叩きつけられたような衝撃音だ。近くにいるとはいえ、ビリビリとその衝撃が伝わってくる。けど・・・。


「オォオオオオオオオーーー⁉︎」


「ムブブゥーーーーーッ‼︎」


 衝撃音に追いかけるように届いたのは、彼らの苦しむような悲鳴だった。マザーラークの身体から伸びた枝を数本折り、拳で殴った跡がくっきり残るほど減り込ませていた。けど、云わんこっちゃない。確かにマザーラーク自体にはダメージを与えられても、あれじゃダメなんだ。攻撃すればするだけ、その反動も痛みも全てチップたちに流れ込んでしまう。それに体力に関しては、明らかに囚われているチップたちよりマザーラークの方が上。体力やマナを吸われている以上、あのままではあいつを倒す前にチップたちが死んでしまう。


「ほぅ・・・。興味深(おもしろ)い、そういう事か。」


 ペロリと舌を出した彼女は、眉をより一層尖らせた。彼女はマザーラークの反応を見て、すぐに“乖”を解き、煙のように一対の巨腕が消えた。


「奴に打撃は効かないんです!攻撃は、今捕らわれているチップたちにダメージがリンクされます・・・。だから、チップたちを助けるのを優先しないと!」


 とはいえ、どうするつもりだ。斬撃も駄目、直接的な打撃も駄目。確かなダメージはあっても、こちらが不利だ。


「なに、皆まで云うな。」


 けれど、何故この人は・・・。この人はこんなにも嬉しそうな顔で見上げているんだ・・・。


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオーーー・・・!」


 マザーラークの呻き声が響き渡った。低音を揺らすような音が耳に纏わり付く。思わず耳を塞ぎたくなるような声だが、彼女はその威嚇にすら動じなかった。ただじっと腕を組みながら、威勢を保つ。ふとあの大木を見て気付いたのは、先程社長が攻撃した部位が回復していた事だった。さっきまであった筈のダメージ痕が無い。こいつ、自己再生能力まで持ち合わせているのか・・・。折角ダメージを与えても、これじゃあ長期戦でじっくり戦う事も出来ないじゃないか。


シュッ


 すると今度はマザーラークの反撃。身体から伸びた枝や根を使い、槍や鞭のように操り始める。その数は、一本や二本ではない。数十本単位の武装。これでは巨大な一体というよりは、複数人で構成された兵と戦うようなものだ。


「木のくせに良く叫ぶ。大人しく光合成でもしていれば良いものの・・・。」


 ナイフを飛ばすように殺気を放った社長は、ダンっと足踏みをした。そうして彼女の足元から青白い印が浮かび上がると、その印からは複数の鎖がジャラリと音を奏でながら飛び出してきた。


ジャラララ・・・


 あれは確か、“戒”。初めて、社長が見せた技の一つだ。確か、あれは相手を拘束させる能力だった筈。


ジャキッ・・・キキキキキ


 鎖達はまるで蛇のように一斉に飛びかかり、襲い掛かろうとする枝や根に絡み付く。そうか!あれなら攻撃をする訳じゃなく、相手を絡め取り“壊”を使う事で強制的にマナを根絶させる事が出来る筈。彼女は、それを狙っているのか。身体を動かすエネルギーを断ってしまえば・・・!


「“壊”!それであいつを無効化させるんですね!」


「馬鹿か、君は。あいつは植物のように周りのマナを吸収し続けて、自分の力にしているんだ。“壊”でそのマナを壊死させるには、あまりにも時間が掛かり過ぎるのだよ。」


 そう云いながら、彼女は数本束ねた鎖を振り回し始めた。ヒュンと風を切る音は、触れれば皮を持っていかれそうだ。やがて束ねた鎖が高速で振り回す事で、一つの円を描く。風の音は鋭く、僅かに鉄の匂いを孕んでいた。マナの壊死が目的じゃないとしたら、彼女は何の為にあの鎖を取り出したんだ?ますます分からず、思考が止まる。いや・・・、この人の場合は、並の常識を当てはめてはいけない。この半妖の社長は、それだけ規格外なんだから。


「まずはッ!」


 チラリと横目を流す。その先は、捉えられたセンへだった。彼女は、まだ完全に取り込まれていない。センまで取り込まれて、青天狗の能力をコピーされては非常に厄介だ。だから、最初にセンの救出に目をやった。次の瞬間、円を描いていた鎖を解き放った。鎖の先は真っ直ぐにセンを捉えた巨大な掌を模した影へと飛ぶ。


ジャラララッ


 社長が飛ばした鎖は物凄い速度で、影の手を雁字搦めに縛り上げた。そうして彼女の足元に浮かび上がる青白く輝く印は、その色に重なり合うように黄色い光を帯び始めた。


「壊ッ!」


 鎖が先程よりも強く縛り上げられる。指の関節など御構い無しに、あらぬ方向へと縛り上げた。発動した“壊”により一時的にではあるが、マナで生成された影の掌は形を保てなくなり、フッと消え失せた。


「きゃッ!」


 センを捕らえていた手が無くなった事で、そのまま重力に逆らう事なく彼女は落ちていく。って、このままじゃあの子、床に叩きつけられるじゃないか!そう思った僕は、全身の痛みなど気にせず走り出した。これを火事場の馬鹿力というのだろうか。まさに無我夢中になって、僕は落ちていくセンを追いかけた。普通なら間に合う筈もない距離なのに。けれど、間に合うとかどうとか関係なかった。少女を助ける、その一心だけだった。


「センっ!」


 僕は、彼女を呼び叫んだ。間に合え、間に合えと己を鼓舞する。さながら野球部のフライボールをキャッチするみたいに僕は走った勢いを活かし、両手を掲げたままスライディングした。だが、そう上手くいかないのが僕である。


「ふんぎゃ・・・。」


 僕はセンが落ちる寸前の位置でマザーラークの根に足を躓いてしまい、スライディングの勢いのまますっ転んでしまった。


バサッ


 翼を羽ばたかせる音が聞こえる・・・。あ、そうか。冷静に考えれば、彼女飛べるんだっけか。


「ご、ごめん。イサム・・・、だ、いじょーぶ?」


「だ、大丈夫・・・。」


 彼女は心配そうに僕の顔を見つめていた。だから、この瞬間が無性に恥ずかしかった。あぁ、もう。なんであんなにムキになってたのかなー。額が冷や汗でびっしょりだよ。耳の裏が妙に熱いのが気のせいじゃないんなら、きっと僕の耳は赤くなっているのだろう。ストっとゆっくり空中から降りたセンは、改めて社長を見つめていた。生唾を飲み込むように、その緊張は尖らせる。


「あの、あの人は、一体何者なの・・・。凄い気迫と覇気・・・。あんなの普通じゃ、ないわよ・・・。」


「彼女は、飛川コマチ。便箋小町の社長で、半妖の飛川コマチだよ。」


「あれが、噂の・・・、便箋小町・・・。」


 彼女は、その言葉を恐る恐る噛み締めた。便箋小町、その名は妖怪たちの中でも広く浸透している。当然、彼女もその存在を知っているようだった。だが実物を見るのは初めてなのだろう。一度社長の姿を見てからというものの、それっきり目を離せなくなっていた。ビクッと武者震いを起こし、頬に汗が伝う。


「そして、僕の上司でもある人だよ。ちょっと曰く付きのね・・・。」


「ちょっと待ってよ、イサム・・・。あれが半妖だって?あんなの、大妖怪レベルの覇気よ・・・。」


 センの言葉は、冗談を云い合うようなものではなかった。身体をわなわなと震わせ、社長へ指を差す。その指先すらも焦点が定まらないくらいに震えている。彼女には一体、社長の事がどう見えているのか。大妖怪って、そんな大それたもんなのかあの人は・・・。いや、でも確かにあらゆるところで常軌を覆しているけれども。でも彼女が流す頬の汗は、本物の恐怖の象徴なのだろう。今でも信じられないといったような眼差しをして、こちらへ振り向く。まるで目の前で通り過ぎていく化け物を見たかのような瞳だ。そんな、凄いのか、あの人って・・・。


「え・・・?そうなの?」


 僕は自然と首を傾げた。いやいや、大妖怪って……。そんなまさか。


「ふむ・・・。して、ここからは第二幕で良いかな?」


 すると、社長は後ろ髪を束ねていた紐に手をかける。まるで漸く本気を出せるといったような、抑えていた力を解放させようとしているようだった。しゅるりと固く結ばれていた紐が解かれていく。彼女の長い髪が扇を広げるように、山なりに栗色の花を咲かせる。


「さて、理屈はわかったところだが・・・。一筋縄で行かぬなら、そこに一筋通せば良いだけの事。」


 その光景は、今回が初めてではない。リリィに取り憑いた悪魔、エンヴィとの戦いで見せた彼女の能力。


「ッ⁉︎」


ドク・・・ンッ


「この覇気は・・・!」


 刹那、心臓を抉り取るような強烈な鼓動を打ち付ける。その一打は、場合によっては恐怖までも連想させていた。風は凪、どこまでも静寂でいて、水面に浮かぶ波紋すら音を奏でない。彼女の足元には、また新たな印が浮かび上がっていた。切っ先まで研ぎ澄まされた異様な覇気、僕はそれを知っている。彼女は、この一撃で勝負を決める気だ。


「出来れば解放してやりたいところだが・・・生憎、手加減は出来ん。それは先に謝罪だけしておこう。・・・許せ、ラーク。」


 静寂は解放される。黄金色に輝く瞳を開き、そっと彼女は試合を彷彿させた眼差しでマザーラークを見つめた。


「怪ッ‼︎」


ドンッ


 重圧が周囲に溢れ返った。同時に異形を纏わせる。黄金色に染め上げた一対の獣の耳とふわりと長く伸びた尻尾。毛の先は白く透き通り、黄金色のグラデーションが風に揺れる小麦のような美しいコントラスト。これが彼女のもう一つの姿であり、本来の姿“怪”。


「な・・・、姿が・・・変わった・・・⁉︎」


「妖怪の力を、開放したんだと思う・・・。あれはそういう力だから・・・。」


 彼女の力は、常に白い手袋と髪留めで抑え込んでいる。謂わばあの姿こそ、リミッターを取り外した姿。センが驚くのも無理はない。


「妖怪の力って、さっきまであれだけ強い覇気を放っていたのに・・・、なんなの、この・・・。心臓を握り潰されそうな、この感覚は・・・。」


 並大抵の“ギフト”ならば、彼女の実力はわかってしまうのだろう。規格外、想定外。人と妖怪の力の両方を持つ存在、半妖の飛川コマチ・・・。僕はその姿をみて、ふと思った。ひょっとしたら、彼女もまたここで出会った“キメラ”に近い存在ではないだろうか・・・と。謂わば、彼女こそ“キメラ”のプロトタイプ。半妖にされてしまった悲しき犠牲者、なのかもしれない。


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオーーッ‼︎」


 マザーラークの呻き声が響き渡る。あいつも変身した社長の姿に反応を示している。でも、興味とかそんなものじゃない。あいつはきっと、そんな社長すらも取り込もうとしているんだ。より強いマナを、より強い存在を自分の体躯に取り込む気なんだ。


「粋がるな木偶の坊。まぁ、気持ちはわかる。貴様の目の前にいるのは、絶対の強者なのだからなッ!」


「オオオオオオオオオオォォォー!」


ヒュ・・・っ


 先に仕掛けたのはマザーラークだった。鞭のようにしならせた枝や根を操り、攻撃を始めた。だが、そこに小手調べはもうなかった。奴の攻撃は一本や二本で収まらず、その鞭の数は十を超える。完全にマザーラークは、社長を獲物として認識している。捕食ではなく、その力を取り込む為という確信に。しかし、その縦横無尽に襲い来る鞭に対し、彼女は動じなかった。猛る闘気だけは絶やさずに。


バシィッ


「ふむ。」


 無数の鞭は瞬く間に、社長を捕らえた。手首、足首、首元など各部位を巻き付ける。それでも動じない。じっとマザーラークを見つめるだけだ。ただ、このままでは彼女も取り込まれてしまう。一瞬生じた劣勢に、僕が彼女へ叫ぼうとした瞬間の事だった。


ジュ・・・ッ


 何かが燃え尽きたような、もしくは何かが燃え始めたような音。どちらとも捉えられる寂しさが滲む音だった。その音が鳴り止んだ頃には、彼女を縛り上げるものは文字通り無くなっていた。周囲に残るのは、焦燥感溢れる焼け焦げた匂い。


「この程度であれば、痛みはあるまい。下手に攻撃は出来んからな、少し粗治療で行くとしよう。」


 その瞬間、僕は脳裏に電流を走らせた。


「まさか!」


「どうしたの、イサム?」


「まさかあの人、あの技を使う気じゃ・・・。」


「そんなやばいの使う気なの?あの人・・・。」


 困惑した様子でセンは僕の顔を覗いていた。だが困惑しているのは、僕も同じだった。社長がやろうとしている事、それは多分、嫌な予感というやつだ。僕の嫌な予感は、大抵よく当たる。


「あぁ・・・。あの時見たのは、無機物を全て一瞬で燃やす力を見せていた・・・。けど一瞬とはいえ、あれだって痛みがある筈だ。そうなるとチップたちだって・・・。」


「あれだけの覇気だわ。今のあの子たちじゃ耐えられないわよ!」


 社長の能力を話すとセンは、血の気が引いたかのように顔を青冷め始めていた。それは社長から放出されるマナの総体量が物語っているのだろう。力は歴然の差、ヤドリのどのメンバーよりも群を抜いて彼女は強い。それ故にあの技は、今のチップでは耐えられない。


「社長!それはダメです!今すぐやめて、他の方法をッ‼︎」


「案ずるな・・・、案ずるなよ垂くん。さっきも云った筈だ。“理屈はわかった”とな。」


 僕は必死に叫び、彼女がやろうとしている事を止めようとした。けれど彼女はゆっくりとこちらへ振り向くと、珍しく微笑みを見せながらそう返した。僕はその光景に少したじろいだ。彼女には、まだ作戦があるという事か・・・。僕は、あの人をどこまで信じれば良いんだ。どれだけ動けるようになっても、どれだけ強くなっても、僕はまだ彼女の背中を見る事しか出来ない。それで良いのか・・・。それしか出来ないのか・・・。自然と僕は奥歯を噛み締め、拳を強く握った。


「オォオオオオッ!」


 マザーラークは彼女に呼応するように低い声を唸らす。その声が合図かのように、事は動き出す。再び無数の鞭を携えて、構え始めるマザーラーク。同時に、社長も大木に円を描くように走り出した。呼吸は短く最小限に、目の前の風を切るように駆け抜けた。


ズザザザザザザザザザッ


 動き回る木の根を華麗に躱す。社長は、走るのをやめない。むしろ、更にスピードを上げる。次に飛ばしてきたのは、矢のように鋭く尖った枝。


「ふッ、ほッ・・・!」


 彼女は独特なステップを駆使し、寸前で身を翻し回避した。翻した反動を利用し、社長は大きくジャンプした。ジャンプした先はマザーラークの幹。しかしどういう訳か、彼女は幹に対してほぼ垂直に立っている。物理法則をガン無視に立っている彼女は、ニヤリと笑みを浮かべた。それは挑発、巨大な木に対しての小さな挑発だった。


「オオォ⁉︎」


「こっちだ、木偶の坊。」


 社長は敢えてマザーラークに気付くように声をかけ、再び挑発を送る。今度は人差し指でこちらへ手繰り寄せるように、クイっと手招きするハンドアクション。余裕と挑発。それらが混ざり合って、マザーラークを逆撫でさせた。


「オォォオオオオオオ⁉︎」


 マザーラークは自分の身体に取り憑いた異物を追い払おうと、攻撃を再開させる。振るった鞭は風を切り、逆鱗に触れたかのように先程よりもその鞭は乱れを増していた。


ドンッ


 だが、そんな攻撃も彼女には全て見えていた。襲い来る鞭を避け、今度は垂直に幹の上を走った。本当にどういう理屈なんだ、あれ・・・。


ズザザザザザッ


 どれだけ雨のように降り注ぐ攻撃も、社長には擦りもしなかった。風のように躱し、上へ上へと駆け上がる。


「ムブムムムーーーーッ‼︎」


 避けた攻撃は全て、自分に返ってきていた。ダメージは勿論、マザーラーク自身にもチップたちにも・・・。


ト・・・ゥン


 一際太く伸びた枝へと飛び移った社長は、巨大な大木を睨み付けていた。あれだけ走り回っていたのに、息の一つ上がっていない。


「さて、漸く飛び乗れたか。余計な枝が多くて、見栄えが悪いな。」


 しかしなんだろう、この胸のざわめきは・・・。不安とはまた違う。けど、絶対な安心ではない。


「社長!」


「あの人、一体何をする気なの・・・?」


 センは僕に問う。そんなの僕が聞きたいくらいだ。わかっていたら、とっくに解説しているところだよ。すると、一瞬だけ呼吸が止まったような感覚に陥った。勿論、それは気のせいの筈。けれど、そう錯覚してしまうような不思議な感覚が胸をざわつかせた。


「界・・・ッ!」


キィィイイイイイイイン


 彼女の発した言葉を合図に、一瞬にして何かに包み込まれた感覚が走った。何に触れた?何に触れられた?いや、分からない・・・。得体の知れない何かが、走り抜けた・・・?


「今のは、一体・・・。一体何を・・・。」


「界・・・、あれは繋がりの可視化だぜ、新人。」


 その声は聞き覚えのあるものだった。僕は知っている、この声を。飛川コマチが居るって事は・・・。そう思った僕は、すぐに後ろを振り返った。


「その声は・・・、メル・・・⁉︎え、いや・・・、そ、それに・・・君は・・・。」


 振り返った先に居たのは、やはりメルだった。全身毛だらけの一頭身、言霊の妖怪メル。けれど、驚いたのはそれだけではなかった。僕は目を疑った。目の前の光景が信じられなかったからだ。メルを抱える一人の少女。真っ白なドレスを身に纏い、緩やかな金色の髪を靡かせる少女の姿。ドレスに合わせたツバの長い純白の帽子。そして、ブルーサファイアの宝石で出来た青い瞳。その少女の名は・・・。


「そうですわ、あれはコマチ様の能力。マナの流れ、呪術などで結ばれた線を見る、“怪”状態のコマチ様が使える力。それが繋がりの可視化ですの、お兄様。」


「メリィ・・・。まさか、君はメリィなのかい?でも、あの時・・・確かに・・・!」


 そうだ、メリィはあの時、機能停止になった筈。社長に宝石を抜き取られて・・・。でもここに居るメリィは、本物だ・・・。声もそのまま、仕草も、立ち振る舞いも、あの時のままのメリィだ。何故、ここにメリィが?僕は困惑した。生憎、頭の中は情報過多で絶賛大渋滞だ。そんな困惑したままの僕と目が合ったメリィは、一瞬だけクスリと笑みを浮かべるとすぐにマザーラークへ目を向けた。


「事情は後で説明しますわ、お兄様。まずはここを解決しないとですの!」


「ちょ、何あのモフモフは・・・。それにあれは人形・・・よね?」


 困惑しているのは、僕だけではない。漏れなくセンもその一人だった。僕に負けず劣らず、困惑している。あたふたと目を泳がせていたが、僕も説明出来るほど状況を理解出来ていない。思わぬ加勢・・・、いや味方、で良いんだよな。そう思って、良いんだよな・・・。


「あ、あぁ・・・。けど・・・。」


「あぁ、だからお前は休め。ここからは、先輩の背中を見せてやる。」


 もじゃもじゃのメルを抱えたメリィは足音を奏でる事なく、そっと僕の前へと歩み寄っていた。ていうか、今あいつなんて云った?先輩の背中って、あいつが戦うのか?それにメリィだって、戦える身体じゃない筈なのに!僕は言葉を失っていた。彼らが行うとしている事に、文字通り理解が追い付かない。


「メル様、行きましてよ!」


ビシッ、ビビシッジジ・・・


 稲妻走る。空気中の見えない物質を感電させる音が至る所でバチバチと響かせていた。


「術式印展開(コネクト)ッ!」


 メリィの呼応に変形が始まった。彼女の腕が花のように開くと、中から機械的なパーツがいくつも飛び出してきた。あれ、彼女って自動人形(オートマタ)だったよな。こんなSF映画に出てくるような変形ロボみたいな事出来たっけ?ガチャガチャと変形を繰り返し、人の腕だったものからまるでレーダー機のような造形へと変わっていた。


「伝送解離ッ!」


 追いかけるようにメルも叫ぶ。頭頂部をピンとアンテナのように尖らせ、青白く発光し始める。やがてその光は、言霊を抱えたメリィも包み込み始める。


「こ、これは・・・、マナの増幅・・・なの?しかもこんな高濃度に・・・。」


 高濃度・・・、そうか!メルと社長と常時接続状態だ。メリィ増幅は、そのまま社長へと流れる。謂わばこれは、バフ強化。社長の力を最大限にサポートする為の行動って事なのか。


「マチコーー‼︎準備は出来たぜ!やっちまえーーッ!」


「あぁ……、こちらも見(・)え(・)た(・)ところだ……。」


 パリッと社長の髪にも電流が走る。同時にこの空間全体を包み込む殺気が、ゾクリと脈を打たせた。彼女の手は、青白い光に包み込まれていた。次第にその光は緩やかに伸び、やがて一本の刃のように成形させた。光の手刀・・・。ふわっと舞った栗色の髪がやけに神々しかった。狐のように尖った耳をピクリと動かすと、時は加速する。


「マザーラークよ!貴様の繋がりは、私が断ち切るッ‼︎」


 光の手刀を振りかざす。その刃は刹那、彼女の身体より何倍も大きく伸ばした。そうして、刃は静かに振り下ろされる。


ズ・・・シャ・・・ッ


 刃はマザーラークを両断させた。


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ⁉︎」


 大木は呻き声を鳴らしている・・・が、斬れていない。確かに、さっきの光の手刀で切り裂いた筈なのに。マザーラークには傷一つ付いていない。けれど、あいつは何か苦しんでいる・・・?


「な、一体何をしたんだ……。」


「わ、わかんないけど・・・、何かとんでもない事してるのは、確かだわ・・・。」


 もう何が何だか、状況が破茶滅茶過ぎて訳がわからなかった。全く、解説班はどこだよ説明してくれ。僕と傍に居たセンはあまりのとんでも光景にあんぐりと口を開けるばかりだった。すると・・・。


「お・お・・・オオオオオオ・・・」


 マザーラークが突然、ピタリと止まり出した。あれだけ好戦的に暴れ動いていたのに、まるで電池が切れた玩具のようにピクリとも動かない。


「う、動きが止まった・・・?」


「あいつの能力、界にはただ繋がりを見るだけじゃねぇ。もう一つ役割がある。更にマナを凝縮する事で見えたその線を断ち切る事が出来る・・・。今回の場合は、あのガキどもと繋がった痛覚の切断。あとそれ以外、諸々だな。」


「諸々ってなんだよ。」


「諸々は、諸々だ。痛覚の共有、マナの流動、そして裏(・)で(・)糸(・)を(・)引(・)い(・)て(・)い(・)た(・)も(・)の(・)、だぜ……。」


 なんだその含みのある云い方は。こいつ、いやというか便箋小町は、今回の事件に対して何かを知っているのか?それこそ彼女らがここに現れた理由なのかも知れない。ここはスルーする訳にはいかないな。僕は恐る恐る、生唾を飲み込んだ後に口を開いた。


「それって、どういう意味の……?」


「えぇ。あれはラークであってラークではありませんわ。あれは器だけの存在。何者かに改造された存在ですの。マナを蓄える為のシステムだけが生きた存在、私の妹、エンヴィーとは真逆。あれにラーク自身の意思はないんですの。」


 ラーク自身の意思がない?それに改造って・・・。そうか、“キメラ”という存在もあったんだっけか。だとしたら、このマザーラークなるものも“キメラ”の一端として、改造されていてもおかしくないか。身勝手な人の為に良いように改造された悪魔、でも僕らの目の前にいるのはそ(・)う(・)だ(・)っ(・)た(・)も(・)の(・)。ここにいるのは、マナを集め蓄える為のシステムであって、器でしかない存在。それがこのマザーラークの正体って訳か。


ガンっ


 すると突然メルが僕の顔面に飛び移ってきた。というよりは、顔面目掛けて体当たりしてきた方が正しい。ギョロッと目が合うと、凄んだ表情で奴は睨み付けてきた。


「おら、新人。ぼさっとすんな。先輩が道を開けたんだ、さっさとガキども救出してこい。」


「いや、休めってさっき・・・。」


「つべこべ云わずに、今は私たちに従ってくださいまし!そこの青天狗様。あなたなら、その翼で飛べまして?」


「え、えぇ・・・。わかったわ!」


「結局、こうなるのかよぉおおお!」


 何がなんだかわからない状況ではあったが、僕とセンは云われるがままにチップたちの救出に走った。云いたい事も聞きたい事も山程だけど、今優先すべきはそこじゃない。今はメルたちに従って救出に向かおう。



・・・。



・・・・・・。



「良し、チップたちを救出したぞ!」


「えぇ、こっちもソーアたちを回収したわ!」


 それから僕とセンは手分けしてチップたちをマザーラークから引き抜いた。素っ裸で手足を拘束されていたけれど、機能停止した為か案外引き抜くのは軽い力で行えた。センもすぐにソーアとシウンを救い出し、シウンには彼女が着ていた上着を被せていた。そのまま二人を担いだ状態で翼を広げると、悠々とメルたちのところまで飛び移っていた。当然、僕はそんな羽も無ければ腕力も人並みだ。素っ裸のチップを担いで降りるしかない。けれど、そんなことはどうでも良い。漸く、こいつを救い出す事が出来たんだ。息は・・・、かなり浅いな。それに酷く弱ってる。多分、相当マナを吸われているって事だよな。まだ安心は出来ない。安全なところまで早く行って、治療してあげないと。とりあえず、チップ。お前が無事で良かった。


「ふむ。これで大丈夫であろう・・・。さて、我々も目的を果たすとする・・・ッ⁉︎」


 安堵の息は束の間、社長は何かに反応した。バッと振り向くと、再びあの大木を睨み付ける。え、まだそっちに向かってる最中なんだけど、何これ。どういう状況なわけで?すると、幹の奥が脈打ち始める。


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ~~~ーーーーッ‼︎」


「おおおおおおおおおおおおおおおおぉおおおおお⁉︎」


 再び鳴り響いた呻き声に驚いた僕は、その声に心臓が弾け飛びそうになった。チップを抱えたまま走った。それもう火事場の馬鹿力の如く。精神論で己の体力なぞ関係なく息を切らし走る走る。


「な・・・⁉︎まだ、動けるのか、あいつ‼︎」


「ちっ、確かに線は切った筈なんだがな・・・。」


「と、なるとあれは・・・。」


「ぜはぁーーー!なんなんですか、今度は⁉︎」


 漸く皆のところへ辿り着いた僕は、まるでホームベースに帰ってきた盗塁選手の気分だった。だが歓迎された気分はそこにはない。なぜなら、僕の後ろでは再び緊張が走っていたからだ。


「あぁ、どうやら暴走のようだな・・・。」


 暴走って、あれか・・・。暴走ってことか。全く、少しくらい休ませてくれよ・・・。

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