91個にして群までおまかせを
地下施設、マナ収容所。戦いのプレリュードが始まっていた。蟻のように群れる改造ラークたちは、鋭利にさせた脚を刃物のように扱い、群れを成して襲いかかる。一体一体が機械的な殺意を瞳に宿し、レタたちに降り掛かっていた。レタはすぐに氷の銃・六花を起動させた。六花から放たれる氷の弾丸は、襲いかかるラークを次々に撃ち抜いた。元々は相手を氷で拘束する為の技。
ダンッ・・・パキィイイン
だが一定水準以下の弱い相手ならば、六花でも充分に機能停止させる事は出来た。群体ラークは個々に見れば、戦闘力は然程無い。体長は二メートル弱で真っ黒な硬い甲殻を持ち合わせているが、力や防御に至っては低級クラス。
ズダダダダダッ
レタの六花を左手にも構え、二丁で応戦した。それでも波のように押し寄せる群体ラークが、氷の弾丸から溢れる。
シュッ・・・、ドドォォオオッ
溢れたラークたちへの処理は、主に伏黒とツヅミが直接対応した。単調な攻撃パターンは、伏黒たちの相手ではなかった。氷の弾丸から逃れたラークたちの単眼を確実に叩き潰した。彼らの連携は息のあった流れるような動きだった。伏黒が蹴りで単眼を叩き、戦場を空ける為にツヅミがラークを吹っ飛ばす。集団混戦は戦場の足場を如何に確保出来るかである。一方のティミッドは戦況を観察していた。守矢と名乗る男の動き、群体ラークの特徴、そして味方陣のコンディション。ステータスは極めて快調だが、蟻の巣から溢れ出すように群体ラークの波は止まらない。
「もう!ワラワラ、ワラワラ・・・ッ!次から次へと、キリが無いわね!」
レタは苦言を呈しながらも、トリガーを引き続けた。一体あたりの戦闘力は無い。だが、これは数の暴力。開始して既に五十体以上は倒しているが、その軍勢へのダメージは微々たるものに過ぎない。どれだけラークたちを倒しても、後ろから次から次へと新たなラークが襲い掛かる。彼女の苦言通り、キリがなかった。レタは感覚を研ぎ澄ませ、一体でも多く撃ち落とす。一分でも長くその集中を持続出来るように、感覚を怠らなかった。
「ははは、まだ前奏ですよ?」
戦場の中心でただ一人笑うのは、この群体ラークを操る男・守矢。上機嫌に鼻歌を鳴らし、指揮者のように指揮棒を振るう仕草まで見せていた。守矢は、直接手を下さない。群体ラークを指揮するだけ。故に、彼には充分な余裕があった。直接動かないからこそ、体力消耗はレタたちは歴然だった。
ガッ
また一体、ツヅミが伏黒が倒した群体ラークの一体を壁際まで吹っ飛ばす。そういえば・・・、とツヅミは何か脳裏に留まったとある事を思い出す。
「ってかお嬢、大丈夫なんスか?虫みたいなのダメだって言ってたっスよね?」
「大丈夫よ、ツヅミくん。あれは四本足、あたしがダメなのは六本からよ!」
レタは一瞬だけ手を止めて、銃を握ったままサムズアップを掲げてみせた。そう、レタは虫が苦手というのは些か語弊である。正確には脚が六本以上の生物が生理的に受け付けないのだ。ラークの脚は四本。姿こそは虫に限りなく近い。本人曰く、苦手バロメーターには影響されないらしい。どんなに小さい身体をした蜘蛛でも絶叫級に悲鳴をあげるのに対し、現にラークたちの姿を見ても悲鳴一つ出していない。
「それで良いのか、雪女よ。」
その絶妙で良い加減な彼女のルールに、伏黒は呆れていた。
「皆さん、談笑は程々にですぞ!」
「ええ、その通りです!ここへ来た事を後悔させてあげましょう!さぁ…、悪魔の群れに溺れるが良い‼︎」
ゾゾゾゾ・・・
守矢が両手を大きく広げると、影の中から新たな群体ラークたちを呼び出す。男の狙いは明白だった。敵人の司令塔である守矢は、瞬間的な蹂躙を目指していない。ニヤリと北叟笑んだ守矢は、レタたちに指を差した。目標は目の前の敵を叩き潰せ、シンプルな指令伝達。数百を超えるラークたちを一度に使役する為には、指示はシンプルでなければならない。故に・・・。
「ギシャーーッ!」
単調で機械的ではあるが、その数の暴力は充分に効力を発揮する。どれだけ倒しても、次のラークが溢れ出す。それを見たティミッドはいち早く、守矢の策略に気付いていた。戦況として、今は戦力に大差はない。時間が経てば経つだけ、戦況は徐々に劣勢となる。この戦いには、劣勢を掻い潜る為の抜け道が必要だった。
「ふん!」
「ほいッ!」
ドシャッ
伏黒とツヅミの連携は良好。伏黒が叩き、ツヅミが後処理。時にはその役割を逆転させて、臨機応変に対処する。ツヅミはトンファーをくるくると回しながら、要所要所で息を整える。伏黒は肩を鳴らしながら、次の撃墜へと移行する。はらりと揺れる白髪混じりの前髪を上げ、伏黒は一拍置いて溜め息を溢した。
「ふむ・・・。幸いなのは、こいつらの戦闘力がそこまで高くないところか。どう見る、ドラキュラ。」
伏黒は戦況を終始見据えていたティミッドへと投げかけた。彼は口髭を撫でながら、眉を歪めていた。
「いやはや、これは何とも。恐らくではありますが、あの男は長期戦を望んでいるのでしょうな。我々の体力消耗を狙っているか、なんらかの時間稼ぎか、はたまたその両方か・・・。」
ティミッドの推測は、凡そ当たっていた。いずれにしても守矢は、レタたちへねちねちとした長期戦を望んでいる。だから、守矢は直接手を下さない。直接的に敵陣へダメージを与えるのではなく、少しずつ精神的に追い詰めていく。体力消耗とメンタルの崩壊。その粘り強さが守谷には自信があった。
ダンッ
「それじゃ、長期戦には司令塔叩きが筋よね。」
レタは氷のリボルバー銃をくるりと回転させ、襲い来るラークを撃ち抜いた。リボルバーが回転すると、マナで生成された氷の弾が込められる。
「然り。戦況を観察してみて分かりましたが、あの群体ラークたちの意思は感じられませんでした。意思伝達は全て、あの男に決定権があるのでは・・・、と思われますな。」
「お!じゃあ、あいつブン殴れば良いって事っすか‼︎なら・・・ッ!」
レタが司令塔叩きがベストだと聞いた瞬間、ツヅミは内包していたやる気を湧き出させた。トンファーを握りながら、ブンブンっと片腕を張り切って回し始めていた。彼の狙いは勿論、敵陣の司令塔である守矢へ一直線。実際、その答えに間違いはない。司令塔を叩けば、その下は機能が停止する。ツヅミは直感ですぐに行動に移した。それは理屈よりも早く、それがベストと思い立ったら身体は既に前を向いていた。突風が吹いたかのようなスピードで、一気に守矢との距離を詰める。
「ツヅミくん⁉︎」
彼女がツヅミの行動に気付いた時には、もう遅かった。その猪突猛進は、もう誰にも止められなかった。ツヅミは大きく飛び上がり、ギリリと軋ませながらトンファーを握り込む。
「話は早いッスよねぇーーーーーッ‼︎」
ツヅミが放つ渾身の一撃が今まさに守矢へ直撃する寸前の事だった。
「キシュキシュキシュ・・・。」
男の周りに群がっていたラークたちが一斉に集まり出したのだ。その動きは実に奇妙な動きだった。まるで自分の巣を守るように寄せ集まり、守矢の前に巨大な防壁を作り出す。その生きた壁は寸分の隙間すらも埋め尽くすくらい寄せ集まっており、ラークの最も硬い部位である甲殻を向けていた。
「どわッ⁉︎気持ちわるッ‼︎」
あまりの光景にツヅミは仰天していた。ツヅミは突如として作られた防壁よりも、ワラワラと密集したラークたちに身の毛が弥立っていた。振り被ろうとしていた攻撃は勢いを失い、防壁の前にツヅミは立ち尽くしてしまっていた。生きた防壁の先には、北叟笑む声が漏れていた。
「素晴らしい観察力です。御名答、このラークたちに意思はありません。ですから司令塔である私を叩けば・・・。と、なるのが定石でしょう。」
「ぐ・・・、ぐぐ・・・ッ!」
守矢が一歩前へと進むと、その進路を譲るようにラークたちは守りの陣形を崩し、ずらりと綺麗に整列する。
「だからこそ、王は守られるのです。仮初のブリキ兵によってね。」
それはまるで、王の前に整列する騎士たちのようであった。本来ならばツヅミの攻撃で、その防壁もろとも粉砕出来たのかも知れない。けれど、ツヅミは攻撃をやめた。野生的な直感が、攻撃を抑止させていた。このまま突っ込んでしまったら、危険ではないか・・・と。ツヅミには超振動という圧倒的な破壊力を持つ攻撃がある。だが、群がる数の暴力とは、個の力をやり方次第で制圧出来る。生きた防壁は、ただの守りだけに特化したものではないと悟ったのだ。不可避の反撃、攻撃をすれば夥しい数の反撃が来る。
「少々厄介だな。ここに居る連中は・・・。」
苦虫を噛み潰すような顔をした伏黒は、ネクタイを整えながら苦言を呈した。指揮系統は守矢が担っている。だが大量に湧いているラークの群れが攻撃と防御を機械的に連携している。ラークの数は無限と言っても大げさに見えない数。守矢を叩けば、この戦いが決する事は誰もが熟知していた。だが、ラークたちの前に塞がれている。そこで一歩後ろで戦況を見据えていたティミッドが疑問を浮かべる。
「しかし、妙ですな。上の階ではマナ圧縮装置なるもので、吾輩たちを抑止かけてきたのに・・・。」
「あいつは使ってこないわね・・・。何か訳があるのかしら?」
「多分っすけど、それ使ったらこいつら使役できないからじゃないっすか?」
「・・・。」
ツヅミの発言に、サーっと潮が引いたように静寂が訪れる。まるで時の針すら静止してしまうような沈黙。彼が呟いたその一言は、限りなく確信を突いたものだった。誰もが「あ、成程。」と呟くならば、その後の言葉を失う。一見何も考えていないように見えるこのツヅミは、時に意外性溢れる物を口にする。ツーっとレタの頬に冷や汗が流れ落ちると、コクリと生唾を呑み込んだ。
「ちょっと思ったんだけどさ。あんた、絶妙なところで凄い事閃くわね・・・。」
彼女が浮かべるその表情は、驚きと呆れがブレンドされたようだった。レタは素直に感心したいところではあるが、虚をつかれたのがツヅミだけに何とも煮え切れなかった。
「いやぁ、そうっすかーーー⁉︎それほどでも~~!」
ツヅミは照れ臭そうに後ろ髪を掻いていた。これだけで見てしまえば、純粋無垢な青年である。
「今回は褒めておくわ。で、執事さん。そんな絶妙なタイミングで作戦があるんだけど。」
「ふん、命令ならば雪女如きなぞ、聞かんぞ。」
「命令じゃないわ。これは・・・、提案よ。」
レタの絶妙な切り返しに、伏黒は目を逸らしながら鼻息を鳴らした。些か納得出来ないところではあるが、それが最善と捉えたのか。彼は腕を組みながら、静かに頷いていた。
「ボス!ボクはあいつを倒せるなら、なんでも良いッスよー‼︎」
「束の間の協力戦というヤツですな。吾輩、輸血はバッチリですぞ!いつでも参りましょう!」
「まぁ、たまにはお前の悪知恵に付き合ってやろう。」
皆の意思は固まっていた。レタの奇策に期待の目が集まる。伏黒も溜め息を漏らしていたが、雪女の作戦に興味を示していた。
「そ。なら、これ前金ね。」
するとレタはどこからともなく、一枚の紙切れを取り出した。
「なんだそれは?」
「うちの喫茶店の割引券よ。」
彼女の手に待つその紙の正体は、十パーセントオフと記載されたクーポン券だった。それを目にした伏黒は、一気に顎から額に掛けて赤く沸騰させると憤怒を露わにさせた。
「き、貴様・・・。こういう時は、奢りとかであろうが!」
「はぁ?こっちだって商売してんのよ。それにレディに対して財布を開かせる気ぃ?」
「調子に乗るなよ、雪女!こちらは貴様らのスポンサーだぞ!」
「スポンサーでも株主でも、関ッ係無いわよ!あんたこそ、商売舐めんな!」
怒声が行き交う二人を誰も止める事が出来なかった。本来対峙している筈の守矢ですら、圧倒され硬直していた。むしろこの二人は、何に対して言い争っているのかを理解出来ないでいた。
「もう良い・・・。早く作戦を言え・・・。」
ついに折れた伏黒は、これまでにない深い溜め息を吐いた。頭を抱えながら、レタへ降参を提示した。
「はーーーーい!じゃあ、作戦ターーーーーーーーーイムッ!」
人一倍ネジが飛んだボリュームで大声を発したツヅミが、両腕を大げさに広げながらアピールした。
「認めよう。」
何を思ったのか守矢は、冷静な口調であっさりと承諾した。
(あ、そこは認めるんだ。随分、律儀ね・・・。)
四人は円を囲うようにしゃがみこみ、作戦タイムへと入った。
・・・。
・・・・・・。
「待たせたわね!準備万端よッ!」
ザッと一同は立ち上がった。レタは握り込んだ拳に有り余る力を震わせながら、爛々とした瞳を宿していた。
「まぁ、こちらは一向に構いませんけどね・・・。強いてアドバイスするなら、もう少しボリュームを下げた方が・・・。」
作戦タイムは、およそ一分弱。守矢は律儀に腕を組みながら、ラークたちと待っていた。だが、彼がタジタジになるのも無理はない。何故なら、その貴重な作戦内容が彼にはダダ漏れだったのだ。目の前に敵がいる事をわかっているのか、と疑問に持ちたくなる程で言い合いをしていた四人。その大半は、怒声に罵声だった。正直、誰がどう出てくるのかも丸聞こえなくらいだ。
「あら?聞こえてたかしら?」
「空気的に聞いちゃまずいかなと思うくらい。」
流石にと律儀に思った守矢は、そっと耳を両手で塞いでいた。それでも指の隙間をすり抜けてくる罵声の数々。嫌でも作戦内容は聞こえていた。
「あぁ、問題ない。舞台は整ったのだ。」
伏黒は珍しくシャツの第一ボタンを外し、ほんの少しだけネクタイを緩めた。
「何をしても無駄な事。大人しくこちらのサンプルとなって、実験の潤滑油になってくれれば、手間が省けるのですがねぇ。」
しかし、守矢は余裕に満ちていた。作戦内容が聞こえていようといまいと。それは彼にとって些細な事。戦力は歴然であり、数も圧倒的に守矢側が優位であった。侵入者を確保し、すぐにサンプルにして捉えておきたい。そう鼻歌を奏でながら後の事を考えている程、余裕を持ち合わせていた。
「さぁ、とっとと捕まってください。至極の痛みを与えてあげましょう!」
「それを言うバカって・・・。」
レタはジャケットを大きく広げた。まるで大きな翼を広げるように翻す。そして中から現れたのは、天使の羽根・・・とは程遠い、重厚感溢れる金属製の筒。
ガチャッ
「相当のドMだと思うけどッ‼︎」
ジャケットの下から取り出したのはどこに隠し持っていたのか、二丁のアサルトライフルだった。両手にアサルトライフルを握り締め、二丁の銃口を守矢へと向けていた。
「なっ⁉︎こんなところで銃器⁉︎」
守矢は驚愕していた。いやむしろ、実に馬鹿げているとその光景に唖然としていた。仮にもここはマナ収容所であり、“ギフト”や人間が捉えられている。周りには精密機械の数々。とても銃器を振り回すようなところではない。
「いや、お嬢も縛られてたからそっちの類じゃ・・・。」
「ツヅミくん!それ以上言ったら、流れ弾飛ばすわよ?」
ツヅミが発したタブーをレタは聞き逃さなかった。ナイフのように鋭い視線が、ギラリとツヅミへと向けられる。心臓どころか内臓ごとひっくり返るんじゃないかと思う程、その覇気に驚いたツヅミはサッとすぐに視線を逸らした。
「さぁーーー!ばっちこーーーーいッ‼︎」
先程のやりとりは無かった事にしていた。野球部の外野選手のように低く体勢を屈めながら、わざとらしい挑発を送った。
「あなた、正気ですか⁉︎こちらには……、人質がいるのですよ‼︎」
そう、ここには人質がいる。流れ弾が当たろうものなら、研究は四散し、折角蓄えたマナは台無しになってしまう。滲み出る焦り。それは守矢の心情を確実に歪め始めていた。奴が撃つ前に、食い止めなければ・・・。だが人質を盾にすれば、下手には襲ってこない筈。だから、敢えて守矢は「人質」という言葉を用いた。こちらも相手の心理を揺らす。そう狙っていた・・・。しかし、そんな小賢しさなぞレタには通用しなかった。ふふんっと彼女は鼻で笑うと、銃口の先の震えはとっくに収まっていた。
「バカね。人質ってのは、生きてるから、意味が、あるのよぉオオオオオオオーーー‼︎」
ダダダダダダダダダダダダッ
レタの渾身の叫びと共に躊躇なく放たれた弾丸の雨。氷の銃とは違い、鉄焦げた匂いが風に乗った。弾の軌道は、守矢へと一直線。音速を超えた銃弾たちが一斉に掃射される。
「ちぃ!無茶苦茶な!私を守れ、ラーク!」
「キシュキシュ・・・。」
焦りを滲ませながらも、守矢は火急の如くラークへ命令を飛ばした。銃弾から自分を守れ、と。信号を得たラークたちは迅速に動き、再び生きた防壁を一瞬にして作り出した。また攻撃を防がれてしまう、と思うところだろう。だがその瞬間、レタはニヤリと薄い笑みを浮かべていた。
パチ・・・ンッ
アサルトライフルをあっさりと手放したレタは、周囲の空気を弾くような誰もが耳に残る程の指を鳴らした。その一瞬だけ時が止まったかのような錯覚が、守矢の確信を歪ませる。
「そう来ると思ってたわ・・・!」
レタはこの瞬間を待っていた。ラークたちが一斉に守矢へと集まる瞬間を。彼女は雪女。その力は、自在に氷を操る。銃弾がラークたちへと当たる瞬間、実弾は氷の弾丸へと変化していた。数十発にも及ぶ弾丸は氷となり、氷で拘束する技“六花”と同等の効果を得る。だが装弾数は、六花の比ではない。
パッキィィィイン
瞬く間に氷の弾丸を受けたラークたちは、氷漬けとなっていった。
「こ、氷だと・・・⁉︎ラークたちが氷漬けに・・・‼︎」
「あら・・・、言ってなかったかしら?あたしは雪女よ。実弾を氷に変える事くらい、イージーなのよ。」
そう、実弾であるアサルトライフルは謂わばブラフ。守矢の動揺を誘う為の道具だった。狙うのは、圧倒的な力でもゴリ押しでもない。常識を打ち破るほんのちょっとの意外性。
「小癪な真似を!だが、司令塔である私が堕ちない限り!ラークは・・・、無限に湧くんですよ‼︎」
ゾァ・・・
氷漬けとなったラークたちを覆い潰すように、再び群体ラークが密集し始めた。司令塔を落とさない限り、この増殖は止まらない。だが、無限の兵隊がもたらす陣形にも穴がある。大体な力は必要としない。必要なのは、戦況を見極めた知恵。
スト・・・ッ
そっと守矢たちの前に現れたのは、ティミッド。シルクハットを軽く摘みながら、静かに会釈を振る舞う。
「だから・・・、吾輩が居るんですぞ?」
「頼んだわよ!ティミッド!」
ダダダダダダダダッ
レタは弾丸が切れるまでアサルトライフルを掃射した。ティミッドの攻撃を邪魔されないように牽制をする。防壁となっているラークを確実に一体ずつ氷漬けにさせていった。だが、すぐにラークは補充される。生きた防壁は傷を追っても、すぐに治癒を繰り返す。これだけで見れば不毛に思えるだろう。だが、真意は違う。彼女らの狙いは、その先だった。
「ここが密閉された空間で助かりましたぞ。では、遠慮なく・・・。」
ティミッドの合図がきた。レタは残されたアサルトライフルも放り投げると、すぐに両手で耳を覆った。
「今よ、みんな!耳を塞いでッ‼︎」
二つ目の合図。彼女の叫びを合図に、伏黒とツヅミも耳を塞ぎ始めた。ティミッドは大きく息を吸い、両頬に空気を目一杯蓄えるとぷっくりと風船のように膨らませた。
「 飢えた十六の夜・・・。」
キィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・・イインン
大きく開けた口から放たれたのは、鼓膜を捻じ曲げるような高周波。
「ぐ・・・がぁ・・・、な、なんだ・・・⁉︎こ、これは・・・⁉︎」
未だかつて聞いた事のない高周波に、三半規管が強制的に刺激される。守矢は思わず立ち眩みを起こし、一瞬とはいえ意識が遠のいていた。気付けば大量の汗を流しており、口から溢れる涎が止まらない。
ドッドッドッドッド・・・
数秒、周りの音を食い殺されたような感覚に陥り、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえてしまう錯覚。無意識に胸元へ手を当てると、心臓がいまに飛び出しそうな感覚が走っていた。この一連で何が起きたのか・・・。守矢は困惑していた。自分の体に異変が起きたのは、間違いなくドラキュラから放たれた音。
(ーーあり得ない・・・。この私が、ただの妖怪や悪魔如きに劣っている、だと・・・⁉︎)
しかし、理屈がわからない。自分の体に何が起きたのか・・・。理解が、思考が、遅延する。
「聞きましたな?吾輩の超音波を・・・。」
シルクハットの下から薄く笑うティミッド。再び静かに会釈をすると、そっと彼は緩やかに顔を上げた。
「・・・⁉︎な、ラークたちが!き、機能していない、だと⁉︎」
先程まで意のままに操っていた筈のラークたちがピクリとも動かなくなっていた。守矢の命令は先程から何度も飛ばしている。だが、一向にラークたちは反応を示さない。まるでゼンマイの力を失ったブリキ人形のように、静止を繰り返していた。
「うひぃ~~~、すっごい音でしたっスね~!」
その音は例え意識して耳を塞いでいたとしても、物凄い音だった。だが意識しているのとしてないとでは、単純だが大きく異なる。虚を突かれた瞬間とは、想像以上にダメージを負う。
「き、貴様!ぐ、うぅぐ・・・、一体、な、何をした⁉︎」
「おやおや、何を言うのかと思えば・・・。」
ティミッドは黒縁のメガネをくいっと掛け直す。キラリと眼鏡が反射すると、光の奥に潜む紅い眼光を覗かせていた。
「ジャミングはそちらも使っているじゃあないですか。けれど、悪しからず・・・。」
「ぐぐ・・・、小癪な・・・ぁあッ‼︎」
守矢は何度もラークへ指示を飛ばした。しかし、どれだけ叫ぼうとも、ラークに反応はない。彼はここにきて漸く、己に降りかかった絶望を垣間見た。滲んだ焦りは、蒼白を加速させる。
「妨害は、あなただけの専売特許じゃあないんですぞ。吾輩の特許を奪わないで欲しいですな。はーーーーはっはっはーーーッ!」
豪快に笑うドラキュラ。レタたちの反撃が今、始まった。




