87無自覚な力までおまかせを
二人は対峙する。自分をキメラと名乗るジンエと、自分を式神と名乗るツヅミ。共通するのは、どちらも自然で出来た産物ではない。いずれも造られた存在。もしかしたら、それが彼らを引き合わせたのかも知れない。だが造られた存在同士でも、境遇は違う。手を取り合うようなものではない。だから二人は対峙する。チグハグだらけのシンパシーが余計に拍車をかけていた。そんな中、レタは腑に落ちない様子だった。
「ツヅミくん、あんた・・・、さっきの攻撃は一体?」
それは先ほど見せた彼の攻撃だった。何かしらの能力が働いたのか、ジンエの頬に痛々しく残っていた。ジンエの頬は、ぐにゃりと捻じ曲げられたかのような跡がくっきりと残っており、皮膚は内出血を起こしている。その拳に込められたツヅミの能力が発動して、あのような現象を起こしているのかとレタは推測していた。だから彼女は自然のままに不思議がり、そう聞いた。だがツヅミは彼女の問いに対し、呆然とした顔で目を点にしていた。
「殴っただけッスよ?」
(殴った・・・だけ?)
ツヅミはあっけらかんとした表情でそう返した。何故、そんな事を聞くのかと思う始末である。その言葉を耳にしたレタもジンエも時が止まったかのように、思考が一瞬停止し固まっていた。お前こそ何を言っているんだ、とも捉えられる表情を浮かべてから数秒後、漸く我に返った。
「いやいや、それじゃあ説明付かないわよ!」
「あぁ!あぁ、そうだとも!何故、あなたのパンチ一発で私の頬が、こんな幾何学的に変形してしまうのですか⁉︎」
二人は畳み掛けるようにツヅミへと問い詰めた。全く持って納得が出来ない、そんな様子だった。ジンエに至っては殴られて、彼の言う通り幾何学的に変形してしまった頬に指を差しながら、説明を求めていた。敵からも味方からも問い詰められた事で、思わずたじろいでしまったツヅミは愛想笑いを ワンクッション入れた。
「い、いや・・・、そんな事言われても、自分にもよくわっかんないスよねー‼︎あははーーーッ!」
再び彼は後ろ髪を掻きながら、無垢な笑みでそう返した。それは決して隠している訳ではない。ツヅミ本人は知らなかった。理解をしていないのだ。自分の特異な体質がある事を・・・。
(くそ、なんだこいつは⁉︎いや、これはもしかして・・・。しかし、確証に至るには・・・。)
ジンエは長く伸びた爪を噛んだ。この得体の知れない式神という存在を。だが、彼の中で一つの仮定が生まれていた。ただしそれは、簡単に受け止められる仮定ではない。むしろその仮定はあって欲しくないと思う程だった。ジンエはその考えを投げ捨てるように首を横に振った。そして、彼の中でどうしても気になって仕様がないものがあった。
「というか、なんでトンファーの棍棒部分じゃなくて、柄の部分で殴っているのですか!それじゃあ、ほぼ殴ってるだけじゃないですか⁉︎トンファーの意味、無いじゃないですか‼︎」
その拭い去ろうにも中々出来ず、ジンエは苛立ち混じりに口を走らせた。彼がそう思うのも無理はない。ツヅミの攻撃がそもそも特殊過ぎたのだ。ツヅミが行う攻撃の打撃部分はトンファーではなく、彼の拳であった。つまりトンファーは握っているだけ。謂わばメリケンサックの要領でトンファーを掴み、自らの拳で殴っているだけだったのだ。それがどうにもジンエは解せなかった。あまりに非効率であり、折角のリーチを完全に無駄にしていたからだ。だがそんな彼の指摘に対しても、やはりツヅミは首を傾げていた。
「え?トンファーって、こうやって戦うんじゃないンスか?」
「いや、違うわよ!」
レタは思わず反射的にツッコんだ。ツヅミの回答に食い気味でツッコむ。当然である。トンファーとは本来、攻防一体の武器であり、最も小回りの効く打撃武器でなのだから。柄の長さだけのリーチもある為、強力な突きや遠心力を活かした叩きつけなどがポピュラーな使い回し。だがツヅミはそれらを全て無視し、自分の拳で殴るだけだった。どうにも解せないレタとジンエ。何故理解してくれないのか、とツヅミはトンファーをくるくると回しながら、どうにも煮え切らない顔を浮かべていた。ご機嫌斜め気味に時計の長針を指で回すかのように、ツヅミはへそを曲げていた。
「えーーー、だって・・・。」
すると、突如として空気が一変する。凪が体躯を裂くような烈風へ変わった。そう認識した頃には、もう彼は動いていた。先程までその場に居た筈のツヅミの姿がそこになく、既に床を強く蹴った後だった。ツヅミは宙に飛び上がっており、今まさに拳を構え、渾身の右ストレートを浴びせようとするところだった。
「な・・・ッ⁉︎」
気付くのに数コンマ遅れた。ジンエが取れる行動は既に限られていた。反撃は不可、回避も間に合わない。このままでは再び顔面にさっきと同様の攻撃が当たってしまう。直撃は避けたい。そう思った彼は防御・・・ではなく、左腕を使った。いや、正確には左腕を捨てる覚悟で受け止める事を選んだ。
ドンッ
烈風は衝撃と共に四散した。寸前で受け止めたジンエの左腕は、あらぬ方向へと複雑に折れ曲がっていた。ジンエ自身も油断をしていた訳ではない。ましてや端末を守る結界を張る心得もあるくらいだ。防御面においても抜かりはなかった。だが彼の防御ですらモノともせずに貫通し、キメラとなった不気味な左腕をひしゃげさせた。
「ほら、こっちの方が……、強いッスよ?」
握り締めていた拳を広げ、反論を文字通りねじ伏せた。彼に理屈は必要なかったのだ。あれば良い、力とはこういうもの。難しく考える必要はない、シンプルで良い。それこそが彼の強さなのかも知れない。その光景を目の当たりにしたレタは言葉を失っていた。同時に彼女もまた、とある結論に至る。ツヅミが放った攻撃、そしてダメージ痕。むしろ、それしか考えられなかった。
「ぐ・・・ぬぁッ⁉︎」
具象から数歩遅れて、痛みは加速する。鈍く荒い痛覚は、ジンエの身体を急速に駆け巡り、重い悲鳴が喉奥から込み上げた。
(管理長だかって奴の外傷は少ない・・・。けど、遅れて後で肉体が捻じ曲がっている。内部から壊れているこの感じ。これってまさか……、超振動ってやつなの?)
超振動。
物質を内側から崩壊させる高周波の衝撃。分子同士の結合を乱し、外見を保ったまま内部を破壊する力。本来であれば、繰り出す本人の身体も耐えられない。だがツヅミの振動は外向き指向性として放たれている。異常値となる骨密度と、常時発生している微振動。それが無意識の防壁となり剣や銃などが扱えなかった。そして、彼が巡り会ったのがこのトンファー。それはこの超振動さえも逃す“アース”となっていた。ーーだから彼は、壊れない。
ゴキッ・・・、ゴキキ
キメラと化したジンエは、血管が強く浮き出る程太くなった首を数回捻った。鈍めの音を鳴らしながら骨を戻すが、痛みはまだ続いている。 ジンエの殴られた事で受けたその損傷は、見た目よりも大きく上回るものであった。そして、結論に至った。
「はぁ、はぁ・・・、な、成程。今ので、確証しましたよ。あなたの攻撃の正体を!」
だがその結論には、些か疑問が募るばかりだった。額にシワを寄せ、自ら導いた結論の傍らに疑問を添えていた。
(これはまさに、超振動・・・。それしか考えられない。けど、どうして奴の身体は無事なのだ⁉︎解せん・・・。全く持って解せん。有り得ない、有り得る訳がないのだ!)
そう彼は、そのツヅミの特異体質となる原理まで辿り着いていなかった。超振動という人が作り出せない力、ましてやこの威力。通常では繰り出す本人の方がダメージが大きい筈。それを無傷で、何の対価もなしに繰り出すこの攻撃に、ジンエは解せなかった。苛立ちを滲ませたジンエの問いに、再びツヅミは頭を悩ませる。しかしそれは、答えづらいという訳ではない。彼が抱えるその答えは、彼にとってあまりにシンプルで飾り気の無いものだったからだろうか。両手を腰に当て、考えに考えた彼は大きく口で吸い込むと、そっと口を開いた。
「いやー・・・、正体も何も、ただ殴ってるだけッスよーーー?」
そのあまりにシンプル過ぎる回答に、時が静止した。さーっと景色は色味すらも忘れ、漠然とした絵面で硬直した。三秒、いや五秒程の時が過ぎた頃合いだろうか。彼女らは、ハッと我に返ったと同時に肝心な事に気付き始める。
(ま、まさか・・・。)
(こいつ・・・。)
(自分の能力に気付いていないーーーーー⁉︎)
彼女らの心の声はシンクロした。決して本人らがハモっている事すら、気付く事はないところだが。呆れを通り越した彼女らは、蒼白とした色味で口をあんぐりと開けていた。そう、ツヅミは自らの能力を自覚していない。気付いていないのだ、自分に超振動という力が働いている事に。つまり彼の超振動は、無意識に発動している。本人の意思とは関係なく、一定の条件下で発動しているのだ。実のところ、彼の声量も銃や剣が扱えないのにも、この超振動が働いている為である。
「ええぃ、ならば!」
気付いていないのであれば好都合。ジンエはそう思った。要は、ツヅミが自分の力を悟る前に倒してしまえば良いだけの事。そう決意が固まった時、ジンエの周りにノイズが走る。入り混じったマナを軋ませ、キメラ独特のプレッシャーの波を狂風に煽られるように押し寄せてきた。その時、レタたちの目付きがガラリと変わった。ドクンっと血管の中で、大玉が流れ込んできたような異質な違和感。
バサッ
「なっ⁉︎」
ジンエの背中から無数の針が一斉に伸び、伸縮自在の槍と変貌した。それは肉片を寄せ集めて出来た槍。鉄製で出来た槍よりもずっと禍々しく、戦慄く気持ちを誘惑させる槍。数の暴力、それらが無数に切先を向けていた。
「覚悟ッ!」
ジンエは右手をサッと払った。すると、指揮に煽られた無数の槍たちが一度に突っ込んできた。
ズドドッドドドドドドドドッ
伸縮自在に降りかかる槍はまるで、一本一本が別の生き物かのように襲い掛かっていた。ウネウネとその肉の管が蠢くように動き、数の暴力と化したジンエの攻撃。ツヅミは寸前で回避を試みる。サッと胸の高さまで垂直跳びをして回避し、そのまま大きく後ろへと下がった。見れば、突き刺さった床はまるで散弾銃でも浴びたかのように穴だらけになっていた。
「うわーーー!それどうなってんスか⁉︎それもう人間じゃないっすよ‼︎」
「さっき“キメラ”だって云ったじゃない!ツヅミくん、早く逃げて!」
「だーいじょぶッスよ、お嬢。」
ツヅミはレタの顔を見ると、ニッと笑ってみせた。それは決して、余裕の表れというだけではなかった。自分だからこそ大丈夫、という自信があったからこそ溢れた笑顔だった。
ズズズ・・・ッ
ジンエは解き放った槍を自分の体へと引き戻す。伸び切った槍を引き戻し、元の背中へと陣を取った。
「うわ、なんか掃除機の電源コード引き戻すスイッチみたいッスね!ホント、どうなってるんスかそれ⁉︎」
「あー、アレたまに絡まるから嫌いなのよね。逆にめんどくさいというかさ。」
「やかましいわ!誰がスイッチ一つで巻き戻る便利機能だッ‼︎」
ツヅミたちの会話が逆鱗に触れたのか、つい丁寧口調も忘れてしまい、苛立ちが先走っていた。彼の怒りは治らない。余程の自分の力が掃除機のコードを巻き戻す動作と同程度、と思われた事が気に食わなかったようだ。今度は両手を勢い付けるように振り回すと、背中の無数に伸びた槍たちが俊敏に動き回る。一瞬も要らなかった。あっという間にツヅミの周りを肉片で出来た槍で囲い込んでしまった。
「これなら・・・、多方向から同時攻撃!私は一発でも当たれば良かろうなのです‼︎さぁー、あなたの負けです!屈しなさい、このキメラの力にィィィいいいいいいいいいいいい‼︎」
ーーだが。ツヅミは臆さなかった。動じなかった。代わりに、ただ前へと進む。臆する事なく、ただ真っ直ぐジンエへと。無数に囲まれた槍など、ツヅミにとって関係無かった。ただ、己を信じてトンファーを握り込みながら、前へと突っ込む。ジンエは歯軋りを鳴らせた。ならば、と無数の槍へ指示を飛ばす。突き刺せ、穴だらけにしてしまえと。命令はシンプルである程、直感的に早く威力も増す。これでチェックメイト、ジンエはそう思っていた。
ドゴォッ
その確信は、通し柱を失ったかのように足元から崩れ去る。キメラの攻撃よりも早く、式神のトンファーもとい右ストレートはジンエの鳩尾へと直撃していた。彼の拳は深くジンエの身体へと減り込み、重く鈍い痛みが水面に伝わる波紋のように広がり始める。
「ぐ、ふぉあッ⁉︎」
胃液と入り混じった涎を大量に吐き溢す。それは超振動が作用する第二波。内臓を直接に握り込まれ、胃と腸の位置を逆にされたような感覚。当然、生身の人間が味わえば正気など保ってられない。彼がキメラであるからこそ、膝をつく程度で済む事が出来た。
「なーに言ってんスか。いくら何本も攻撃したって、あんたは一人に変わりないじゃないっスか。ボスが言ってましたよ。物事の先入観に捉われるな・・・。」
トンファーをくるくると回しながら、彼は丁寧に口を開きながらとある人物を思い浮かべる。彼のボス。つまりは式神の主である伏黒の事だった。こうは見えてもツヅミは、心から伏黒を崇拝している。伏黒が教えてきた言葉は一語一句、大切にしまい込んでいる程である。
「がはぁッ!ど、どうして、どうして、我がキメラの力は完璧のはず!妖怪や悪魔を超越した上位種・・・。それなのに、なんで式神程度の、訳のわからんあなたなんかにぃ・・・!」
ジンエの思考は入り混じっていた。それは彼の体と同じキメラのように。怒り、苛立ち、妬み、悔しさ、そして憎悪。誰もが目を背けたくなるような色が入り混じり、ドス黒く畝る。
「ほら、ちゃんと人の話は聞いてほしいッス。物事の先入観に捉われるな、本当に掴むべきものはいつだってその奥にある。ってね!」
「もういい!やめだ!貴様をサンプルにして研究にしようと思ったが、トサカに来た!貴様はこの悪魔の力で串刺しにして、デカい風穴を開けてやるウゥゥゥゥゥウウウ‼︎」
そうしてジンエの背中から生えていた無数の槍は、一本の巨大な槍へと収束し始めた。怒りに身を任せた一撃。痛みを受けた腹を抱えながら、ふらつきつつも立ち上がる。
「もうやめた方が良いっスよー!もう勝負着いたじゃないっすかーー‼︎」
「キメラの再生力を舐めるなぁああああああ!小僧如きがぁあああ!この程度の傷、造作も無いわぁあああああ!」
怒声を飛ばしながら、覇気を強めるとジンエの体に変化が現れた。先程まで受けた頬や腕、そして今し方ダメージを負った腹がみるみると元に戻ろうとしていた。元の形へと修復するように、筋肉が細胞レベルで回復していった。
「か、身体が元に戻って・・・、そんな!そんな事が⁉︎」
「さっきの戯言も冗談も言えなくしてやろう!さぁ、串刺しになってしまえぇえええええ‼︎」
これまで与えたダメージが嘘のように消え去り、戦闘前の完全回復へと至る。いや、正確には違う。これはアップデート。ツヅミの攻撃を記憶し、新たなステータスが構築された別物だった。それはジンエの憎悪が拍車をかけた副産物か。一撃必殺の反撃へと躍り出る。しかし・・・。
「・・・おい。」
瞬間、空気がサッと凍りつくように一変する。そのドスを効かせたような声を発したのは、式神の青年。だが、これまでのツヅミとは雰囲気をガラリと変えさせていた。それは、言うならばまるで別人。
「つ、ツヅミ・・・くん?」
バキィィィ・・・インン
ジンエが放った巨大な槍は、瞬きを許す事なく粉々に砕け散った。
「え?へ・・・?」
その一瞬で何が起きたのか、まるで理解出来なかった。それは攻撃を受けたジンエもそれを見ていたレタも。気付けば、巨大な槍はそこにはなく、バラバラとなった肉片が床に散らばっていた。驚愕。その二文字が徐々に恐怖へと塗り替えるには、そう遅くは無かった。小刻みに震えながら、ジンエは対峙する青年へ目を向けるとその恐怖の権化が何かを悟った。ゆらりと舞う赤髪、青く燃えるような瞳。そこに無垢な笑みはなく、逆鱗に触れた猛獣がそこに立っていた。
「テメェ・・・、今、ボスの事なんつった・・・?」
「ひぃッ⁉︎」
まるで分厚いガラスを押し付けられたかのようなプレッシャー。足は竦み、瞳孔が揺れる。無意識に歯はガタガタと音を奏でながら震え出し、一瞬にして恐怖に支配される。ジンエが纏っていた闘気は真水をかけられたようにすっかり鎮火されてしまい、戦意を失ってしまっていた。彼の脳裏に浮かんだ言葉は、勝てない。今これ以上、ここに居たら確実に殺される。
(な・・・、なんだ・・・。このプレッシャーは・・・。こんなの、こんなの!素手で、生身でライオンと戦うようなもんだぞ・・・!無理だ、こんなのと戦う事自体が間違ってる!すぐに、応援を。いや、今は早くこの場から逃れなくては!くそ、何故だ。何故動かん。)
ジンエは完全に萎縮してしまっていた。勝てないと判断した彼は、撤退を試みようとした。だがその足はぴくりとも動かない。意識が身体とリンクしない。それは悪魔の血が拒絶しているのか。彼の身体と混合した悪魔が拒絶反応を示していた。
(やられる・・・!動け、動け!動け・・・、いやだ、まだ死にたくない!動け、キメラよオオオオオオオおおお‼︎)
彼の内心は悲鳴で溢れ返っていた。そして、自分が犯した業を気付かされる。無理矢理に混合された悪魔がもたらす最後の足掻き。それが彼の足を止めた。
カツーー・・・ーーン
凪に煽られた波音さえも聴こえるほど静まり返ったこの部屋に、一打のクレッシェンドとなる革靴から弾かれる足音。その奏者は赤髪を揺らし、今も尚内包させた怒りが収まり切らない。彼が握り締めた拳を、タブーを口にした者に制裁を加えるまでは・・・。
「そのツラ・・・、ただで済むと思うなよ?」
ギリリ・・・っとトンファーを強く握り締めた。刹那、風がフッと切れる。
ドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ
繰り出されたのは殴打のラッシュ。そこに型は無い。流派も無い。ただあるのは、相手を殴るという動作のみ。攻撃は一点に絞られた。ジンエの顔面を中心に握り締めた拳が左右から降り注ぐ。一打が繰り出される度に疾風が巻き起こる。そのラッシュは反撃すら許さなかった。
「あ、わ、バハッ、ぶ、ぶへ、あ、ああ、がッ。」
ジンエはただノーガードで受けるだけだった。防御どころか受け身すらままならない。途切れ途切れの断末魔を吐き溢しながら、徐々に意識が遠のいていく。それでも殴打の雨は降り注ぐ。嵐のように吹き荒れる殴打のラッシュはしばしの暴走を経て、ピタリと止まる。振り翳した右腕。空気が歪むような錯覚。ツヅミが繰り出す超振動が、その周囲を湾曲させるようであった。
「そういやぁ、サインがまだだったよなぁ?」
「ふ、え・・・、ま、待って・・・。も、か、勘弁して、くははい・・・。」
ジンエの戦意はとっくに喪失していた。両腕は引き千切れ、打撲とアザが目立つ身体。顔はまともに喋られない程ボコボコに凹んでしまっており、必死の命乞いから流れる涙すら傷に沁みていた。それでも止まらない。逆鱗に触れたツヅミの怒りは、まだ治らない。この男にケジメをつけさせる為に、それまでは止まらない。ツヅミの握り締めた拳が周囲の風を震わせる。それは超振動からなる空気の歪み。ギリリ・・・と音を軋ませた拳。
ーー今、撃鉄が弾かれる。
「オラァッ‼︎」
ドゴォォッ
ツヅミが放った渾身の一発がジンエの顔面へ炸裂し、床へと叩きつけた。
「ぶへらーーーーーーーッ⁉︎」
断末魔が制御室に響き渡った。ボコボコに膨れ上がった顔に打ち込まれた拳が深く減り込まれた。数本の歯が飛び散り、折れ曲がった鼻からは噴水のように鼻血が溢れ出していた。ジンエは完全に意識を失い、言葉にならない声を途切れ途切れに発しながら消沈する。
(な、なんなの・・・。)
レタはその光景を見て、固まっていた。見惚れていたとはまた違う。予想以上に暴れ回った式神を見て、驚きを隠せずに大きく口を開けていた。
「あ、お嬢ーーー!やったッスよーーーーーーー!あははーーー!」
ポッと花が咲いたかのようにツヅミはレタへと振り返ると、先程までの逆上した様子は雲のように消え去っていた。いつもの無垢な笑顔を振り撒き、ぶんぶんと子供のように手を大袈裟に降っていた。
(なんなのよ、この子はーーーー⁉︎)
レタはこの時、思った。この子の前ではタブーは控えておこう、と。
・・・。
・・・・・・。
戦闘を終えた事で、二人はすぐに作業へ取り掛かった。ツヅミは気絶したジンエが目を覚ます前に縛り上げ、椅子に固定させた。ジンエの宣言通り、彼が気を失った事により端末の周囲にかけられていた結界は解除されていた。漸く端末に触れられるようになり、早速レタは端末を操作する。キーボードを叩き、制御システムへとアクセスした。普段の事務作業でもそうだが、ジェニーからパソコンの扱いを教わっていた彼女は、迷いなく作業を進める。そうしてメインコンピューターへと辿り着いた彼女は、周囲を覆っていたジャミング機能を停止指示を送った。タンっとキーを弾くと、“complete”という文字が画面上に映し出された。
「良し、とりあえずこれで・・・。外との無線を妨害していたジャミングは解除出来たと思うけど・・・。」
「おぉー、すっごいスね、レタ嬢!意外とパソコン使えるんスねーーーーー‼︎てっきり電気屋の店員さんにインターネット下さいって言いながらパソコン指差すタイプかと。」
「凍らすわよ、マジで。」
額に血管が浮き出るほどの憤怒を静かに見せた彼女は、ぐいっとツヅミへと振り返った。流石にやばいと思ったのか、ツヅミは直ぐ様そっぽを向き口笛をわざとらしく吹きながら目線を逸らしていた。すると・・・。
ザ、ザザザ、ザザ・・・
彼女らの耳元で無線のノイズが走り渡る。
〈っとお!おぉ、電波が戻った!社長さん、レタたちと通信出来るようになったよ!〉
それは外でモニタリングをしているジェニーたちの声だった。
「あら、ジェニー。なんだか数ヶ月ぶりみたいな挨拶ね。」
〈最悪、そうなるところだと思っていたところだよ。〉
控え目な冗談を交えながら、互いの安堵を確認した。とりあえず生きている、無事でいる。それだけでホッとしていた。特にジェニーは口から溢れるセリフとは裏腹に、酷く心配しているようだった。バックアップサポートという役を任されておきながら、姿も声も失ってしまったのだから、彼としてはこの安堵は当然だろう。
〈レタさん、無事ですか⁉︎近くに居るのは、反応的にツヅミでしょうか?〉
続いてテンジョウも、安否確認を求めた。彼もジェニーと同じく安心していた様子だった。勿論、彼らも何もしてこなかった訳ではない。あの手この手とジャミング解除など、通信復活を行えるよう最善を努めていた。だが結果は鳴かず飛ばず。どうする事も出来なかった。だからこそ、彼らの安堵はその吐息の音をインカム越しでも拾える程だった。
「お、テンジョウさん!お疲れ様でーーーース‼︎ボクらは無事っスよーーーー‼︎」
〈まぁ、元気そうで何よりです。〉
「他のみんなは?」
「レタさんがジャミングを解除してくれたので、それを基にジェニーさんが解析中です。間も無く他の皆さんとも連絡が取れる筈です!〉
安堵も束の間。むしろジェニーにとっては好奇。ジェニーはすぐに回線復帰の作業に取り掛かっていた。自前のハッキングツールを巧みに操り、散り散りになってしまった他の仲間たちへの安否確認。そしてインカムの交信を精査させていた。
「そ、なら良かったわ。」
〈それまで、一旦状況を整理しましょう。大丈夫そうでしたら、お聞かせ願いますか?」
「えぇ、休憩がてらそうしましょう。あたしも色々あって疲れてたところなの。」
彼女はドっと疲れが肩にのしかかったのか、沈み込むように椅子へと座り込んだ。まずは状況整理。彼女はこれまでに起こった地下施設の出来事を、順を追って説明を始めた。




