86混ぜられたモノまでおまかせを
一方その頃、レタとツヅミへと場面は切り替わる。
「お嬢、あれ?エレベーター向かうんじゃなかったんすか?」
つい先程、話し合いの中で決めた目的地は、下へと繋がるエレベーターであった。だが彼女はエレベーターの道中、その脇道に進路を逸らした。真っ直ぐ進む筈の道が逸れた事に、ツヅミは思わず声をかけた。いくら地図の読めないツヅミであっても、その違和感は拭い切れない。ツヅミは本来の方向へと、不安そうに指を差していた。
「そうなんだけどね、ちょっと気になってね。ほら、ここ。」
そうしてレタが見せてくれたのは、この施設のマップだった。全体マップを指で巧みに操作し、エレベーターの道中にある一際大きな部屋をクローズアップさせた。
「これ、なんて読むんスか?」
そーっとツヅミはデバイスを覗き込んだ。ぽんっと白い指がタップされると、詳細が本を捲るように表示された。彼女が指し示してくれたその部屋の名は“Power Control ROOM”と記載されていた。しかし、語学に疎いツヅミにはあまりに難解だった。日本語以外の文字とわかった途端に、意味どころか読み方すら諦める。そう、ツヅミは小学生の教科書ですら、無言で静かに閉じてしまうほど勉学を嫌っていた。英語なぞ、彼にとって以ての外である。そのあまりの潔い諦めっぷりに彼女は、溜め息も忘れるほど呆れ返っていた。
「動力制御室。」
「何するとこなんスか?」
「もうー!鈍いわねぇー!良い?今、私たちは外と連絡が取れない状態なの。流石にこのままじゃ不味いわけ。何とかして連絡を取って、作戦を行動する必要があるじゃない?けど、この部屋の名前を見て、ピンっときたのよ。確証は無いけど、この部屋にある何かが邪魔してるんじゃないかってね!」
レタはツヅミでも分かるように順序立てて説明をした。ところどころ小刻みに「うんうん」と相槌を踏みながら、真剣に話を聞いていた。そうして、彼の中で点と点が綺麗に結ばれたのか、目を丸くさせると無垢な笑顔で拍手を振る舞った。
「おー!レタ嬢、流石っすね!んで、それはどこにあるんスか?」
拍手喝采を振る舞うツヅミは素朴に聞いた。完全直感型の彼に、じゃあ実際のところどっちに進めば良いかと聞けば、地図など見ずにその場のノリで指を差す事だろう。ましてや彼女らが持つデバイスには、自分が何処にいるかという現在地までしっかり表示してくれる安心設計だ。それでもこの式神の青年は分からないのかと、レタは心の中で酷く幻滅していた。
「あんた、ホントによくここまで来れたわね?」
ただ心の中では、と述べたが実際はレタである。この辺りは分け隔てなく、シンプルに素が出ていた。目を凝らせば彼女の後頭部にも適量の縦線が浮かび上がる程であり、ツヅミの素っ頓狂な返答に口をあんぐりとさせていた。だが、それでも彼のスタンスは変わらない。むしろ平常運転なのかも知れない。
「えへへー!そうッスか?ボク褒めても、なーーーーーんも出ないっスよ?」
ツヅミは後頭部を恥ずかしそうに摩りながら、純粋無垢な笑みでそう返した。そう、彼の中では最も都合の良い意味へと変換されていた。
「褒めてないって・・・。」
思わず額に手を当てた彼女は、強く共感した。あぁ、そういう事か・・・と。あの執事の苦労さが今だと滝を全身で浴びるように、その苦しみが分かる気がする。彼女は、そう思っていた。出来る事ならば変わりたい。出来ればイサムペアか、それが叶わなくともせめて伏黒と・・・。それが叶えばどれだけ気持ちが楽か、この先が彼女の中で本当に思いやられるばかりだ。だがこの状況で贅沢は言ってられない。まずはそれを早く改善する為にも、外部との連絡を取れるようにしなければ・・・。そう、彼女は口ではあぁは言ったが、実のところ早いところ他の皆と合流したい気持ちで一杯だった。でなければ、程なくして彼女の堪忍袋の緒がフツリと千切れてしまいそうだからだ。
「あーーー、けど。このデバイス手に入れたのボクっすよ?」
まるで誰もマークしてこなかったところにボールが落ちてきたかのように、ツヅミはポツリと告げる。だがその言葉の音色には決して嫌味たらしさはなく、むしろの素の感情を高く上げたフライボールのように投げていた。確かにそれもそうだ、と彼女は糸に電流が走るように気付かされた。本来であれば、願ってもみない貢献である。この右も左もわからず、サポート役であるジェニーと連絡が取れない今、このマップがどれだけ重要な事か。そう思うと、さっきまで抱えていた蟠りは不思議と霧のように晴れ渡り、彼女はそっと口角を上げた。
「それもそうね。そこはツヅミくんお手柄よ、本当に。」
レタは波風の少ない静かな笑顔を見せながら、ツヅミの頭を優しく撫でた。
「わーーい!お嬢に褒めて貰ったーーッ‼︎」
するとツヅミは両手を大きく広げながら、歓喜を奮わせていた。それはまるでテストで満点を取ったのを褒められた小学生かのように、全身を使って喜びを最大まで溢れさせる。差し詰め彼女はツヅミの担任の教師か母親か、そう包み込むような笑顔を振る舞うが内心は少し憐んでいる。ふと、彼女は直感した。この子は、褒めて伸びるタイプ。それならば、適度に褒めてあげようと。
「そこの階段を降りて、すぐの部屋らしいわ。」
「じゃあ、まずはそこに行ってカチコミッすね!」
「えぇ、そこを破壊すれば、ジェニーたちと連絡が取れるようになるかも知れないわ!本丸は、その後よ!」
そうして彼女らの目的が定まった。まずは外部との通信を回復させる事。動力制御室という名称なのであれば、この施設の何らかの機能を停止させる事が出来る筈だ。彼女は、そう睨んでいた。もし仮に無線が回復しなくても、この施設に何らかのダメージを与える事が出来る。どちらに転んだとしても、それは彼女にとって好都合だった。だから、どちらでも良い。それが無線の回復に繋がるのならば、願ったり叶ったりだからだ。
「んじゃ、行きましょーー‼︎」
ツヅミはフラッグシップのように高く拳を突き上げて、大股で歩を進ませた。
「ちょっと!」
「はい?」
彼女の抑止にピタリと止まる。リモコンの一時停止ボタンでも浴びたかのように立ち止まると、レタの方へ振り返った。
「階段はこっち、そっちはエレベーター。なんで地図あるのに間違えるのよ・・・。」
そう・・・。彼が向かおうとした場所は、またも真逆の方向であった。先ほどの話を聞いていなかったのか、と不安を滲ませる行動にレタは言葉を失いそうになる。だが、それでもスタンスがブレないのが、空気ブレイカーことツヅミである。
「いやぁ、それほどでもー!」
「さっきからどこの幼稚園児よ、それ・・・。」
妙に既視感のある返答に、彼女は頭を痛ませていた。やっぱり誰かと代わりたい。徐々に彼女の中で、この子を制御出来る自信がひび割れていくのをひしひしと感じさせていた。彼よりも先に階段を一歩降りた。カツーッンと木霊を響かせる小さな階段は、まだ薄暗い下の階層へと導かせた。
・・・。
・・・・・・。
ダンッ
突如として響き渡る発砲音。動力制御室に居た者たちは、何事かと一斉に出入り口のドアへ振り返った。静寂という空気を丸ごと掻っ攫うような銃声に、その部屋は緊張に包み込まれていた。見れば出入り口のドアフックは鍵錠ごと弾け飛び、ガランと生気を失ったドアが間抜けな音を奏でながら開かれた。
「な、何者だ⁉︎」
「侵入者か⁉︎見張りはどうした⁉︎」
その出入り口に佇んでいたのは、レタとツヅミだった。ツヅミはニコニコとした無垢な笑顔を見せる一方、レタは今し方発砲したばかりの氷で出来たショットガンを肩に掛けていた。
「どーもーッス!ウーバー○ーツでーーースッ!!」
「弾丸、届けに来ましたー。」
ジャキっと冷気を帯びたショットガンの銃口を、その者たちへと向けた。
「ひっ⁉︎」
だが、正確には違う。彼女が向けた銃口の先は、人へは向けられてはいなかった。彼女の目標はその奥。彼らの後方に構えるこの施設の動力を担っている端末たちだった。ここに居る組員数は、五名。通路で遭遇した者たちと違って武装は無かった。白衣こそは着ているが、銃はおろか防弾チョッキすら装備していない。それには理由がある。彼らが居るこの動力制御室は、文字通りこの施設の様々な動力を管理している部屋。電力管理や室温調整だけでなく、外部からハッキング防止のジャミングも担っている。収容される組員数以上に端末がずらりと並べられ、モニターには各階層のデータが映し出されている。ここに居る者たちは、それらを適正に管理する為に用意されたもの。だから彼らには武器はない。この施設のシステムを潤滑に回す事こそが、彼らの使命なのだから。
「大人しくしていれば、アンタたちに危害は加えないわ。」
そう伝えると、彼女はぶっきらぼうに床へ何かを投げ飛ばした。
ドシャッ
白衣を着た者たちは、それを見て驚愕した。
「な・・・。」
彼らが驚くのも無理はない。床に投げ捨てられたのは、つい一時間程前まで談笑していた見張りの者だったからだ。いつもと変わらぬ会話を交えた後、見張りの交代を任された彼が気絶した状態で倒れているのだ。これをあの二人がやったのか、と信じられない様子であった。この男にも“ギフト”対策を用意していた。マナ圧縮装置による絶対的な防衛手段。にも関わらず、侵入者であるレタたちは無傷である。危害は加えない。それは半強制的な脅しでもあった。抵抗するようであれば、コレと同じ二の舞となるぞ、という。止むを得ず、白衣の者たちは両手を挙げた。下手な抵抗は無意味。いや、この女ならば躊躇なく発砲する。そう上から畳み掛けているような重圧が押し寄せていた。
「お嬢、やっぱここも人間だけのようッスね!」
「人間がこんなところで一体何を・・・。けど、いずれにしてもだけど!」
ざっと見渡した限り、そこにいる者たちはどれも人間だった。連れてこられて強制的に働かされているというものはなく、あくまで自分に担われた職を全うしている雰囲気。だから、彼女に躊躇はなかった。ゆっくりと端末の方へと歩み寄り、銃口を構える。
「ちょッ⁉︎な、何をするん・・・だ・・・!」
慌てて白衣の者は止めに入ろうとした。だが、それすらも叶わない。レタは氷のように冷え切った眼差しをその者へ向けると、まるで喉の奥まで凍らされたかのように言葉を失う。圧倒的な格上が放つプレッシャー。非戦闘員である彼らに、その抵抗力はなかった。
「これは、破壊させて貰うわね!」
ダンッ・・・ビシ、ビシビシッ!
一発の薬莢に込められた大量の氷粒が一斉に弾け飛ぶ。氷の飛礫は一つの端末を蜂の巣状に貫通させると、バチバチと火花を飛ばしながら機能を失った。
「や、やめろ!貴様ら、何が目的だ!」
「そ、そうよ!あなたたち、無茶苦茶だわ!」
端末からは黒煙が溢れ出し、鉄が焼け焦げるような臭いを漂わせていた。白衣の者たちもその光景は、尋常ではなかった。これではバスジャックより、よっぽどタチが悪い。レタはフォアエンドを素早く前後に動かした。勿論、氷で出来た彼女の銃に、このリロード行為は無意味である。だが周囲にガチャリと響き渡るコッキングは、白衣の者たちを絶句させるには充分だった。
「何って、ジャミングを行なってるのは、どうせここなんでしょ?それ、壊しに来たの。」
「まままま、待て!それなら、今解除してやるから、これ以上システムを壊されては・・・!」
そう慌てながら抑止を促す彼らの言葉に、レタはニヤリと口角を上げた。
「ふーーん、って事はジャミング以外に壊されちゃ困るモノがあるって事よねぇ?」
「ぐぐ・・・。」
それは完全に言葉を掌握された瞬間でもあった。悔しさを滲ませながら、男は歯を食い縛っていたが同時に反論も出来ないでいた。レタの考えは概ね正しく、彼らにとって図星だった。だが彼らもこれ以上は部外者には言えない。この施設の秘密を漏らす事と同義だからだ。だからこそ、レタは尚も演じた。
「ジェニー!聞こえるかしら?」
ザ、ザザッザザザー
わざとらしく耳元へ手をかざし、無線の感度を確認した。当然ジャミング解除が出来ていない為、電波は不良。砂嵐のような雑音、荒い紙ヤスリを強く擦ったような音が耳元で激しく響く。
「まだ、駄目っぽいッスねー!」
ここまで空気ブレイカーと謳われたツヅミだったが、何かを直感したのかレタに倣って演じる事にした。無線のイヤホンを外し、くるくると回しながら威圧を飛ばしていた。レタの狙いは情報だった。ここまではあくまで脅し。彼らの命と引き換えにジャミングの解除だけでなく、この施設の情報が欲しかったのだ。動力制御室であるならば、ジャミング以外にも何かしらの制御を担っていると踏んでいた。後の攻略に役立てられるのであれば、情報も取得した上で制圧したいとレタは計画していたのだ。そうして彼女は、次の端末に目を向けるとゆっくりと歩み寄る。
「じゃあ、そっちか。」
銃口を向け、今まさに引き金を引こうとしたその時だった。彼女の肩に、トンっと何者かの手がそっと置かれた。そして、今までに感じた事のないプレッシャー。それは足音もなく、そこに居た筈の空気が歪んだ。
「おっと、お客人。それ以上の発砲は、やめてもらおうかな?」
「誰っ!?」
レタはすぐに肩に置かれた手を振り払い、距離を取った。彼女の頬には、冷や汗が滲み出ていた。強烈な悪寒、恐怖。やや低音域で、喉を震わせるような声色だった。やはりこの男も白い軍帽を被っており、白衣を羽織っている。共通しているのは武器を持っていない事。だがそれが最大の違和感でもあった。武器を持たずして、この覇気とプレッシャー。それは妖怪や悪魔とも似付かず、人間特有の覇気ともどこか違っていた。
(な、何、コイツ?人間・・・、なの?全く気付かなかった・・・⁉︎)
レタは困惑していた。目の前に佇むこの男は何者なのかと。人間の臭いはするが、それ以上のモノが覆い被さっている。一つは血の臭い。人間の嗅覚では感じることは出来ないが、男の衣服や手、口周りからは血の臭いがしていた。もう一つは人以外の何か。それがあまりにも不気味だった。得体の知れないもう一つの何かが彼女を睨んでいるようだった。
「お初目に掛かります。一応、この部門の管理長を任されておりますジンエと申します。」
「あら、ご丁寧にどうも。邪魔だから、どいてくれるかしら?」
ジンエと名乗り出たその男は、静かに頭を下げた。眉は無く、細目で薄らと小さく黒目を覗かせる。その丁寧口調がまた、ゾクリと逆撫でされるようで居心地が悪かった。
「管理長!」
「あなたたちは、ここから避難なさい。後は私が対応しよう。」
この場からの撤退を促したジンエは、組員を守るように両手を広げた。一目散にと彼らは慌てながら走り、その場を逃げ出したが出入り口に居たツヅミはそれをスルーした。いや、正確にはスルーせざるを得なかった。ジンエから目を離せなかったのだ。その一瞬の隙すら命取り。野生的な勘が撤退する者たちへの追撃をしてはならないと刺激していたのだった。こいつは一癖も二癖も違う。そう感じたツヅミは、肩を回しながら彼へ一歩近付き臨戦体勢を取った。
「おっ?ボス戦ッスかー?」
「アンタ、何者なの・・・?」
「おや、自己紹介はした筈ですが。私はただの、この部屋の管理長ジンエですよ。」
白い軍帽のツバを摘みながら、ジンエは顔を上げた。その独特な威圧は、今まで出会ってきたどの者よりも冷徹で、静かな闘志をぶつけていた。レタは生唾を飲み込み、奥歯を噛み締める。気付けば、無意識に手が震えていた。これは武者震いか恐怖か、それともその境目か。いずれにしてもそれは小さな恐怖として、ひしひしと感じさせていた。
「聞き方が悪かったわね。訂正するけど・・・、さっきから溢れてる、その妖気は・・・、何?」
「おや、強者の覇気では誤魔化せませんかね。」
ゴキゴキ、ベキ
ジンエの指に力が必要以上に入る。指の骨とは思えない程の鈍い音を重厚に響かせた。横顔に添えるように手を翳すと、まるで別の生き物が指の中で蠢くように奇怪に動かしていた。
「冗談・・・。そんな違和感、見逃す訳無いじゃない!」
「ほぉ・・・?」
レタはその違和感に気付いていた。あれは人間ではない。人間の形をした別の何かだと。
「ツヅミくんッ!!」
「分かってるッスよ、お嬢!」
それは傍らに居たツヅミも直感していた。素早くそう判断したツヅミは、即座に行動へ移る。一気にトップスピードで駆け、残された端末の破壊へと向かった。背中に仕込ませたトンファーを取り出し、力を込めながら距離を詰めようとしていた。
(あれは、化け物よ・・・。今は優先すべきじゃない。まずは、あの動力源を破壊しないと。)
いずれにしても、ここの部屋の破壊は必須。例え、自分たちが負けたとしても破壊だけはしなくては。そう、その一心が最優先が彼女らにはあった。まずはこの施設のシステムの破壊を。得体の知れないこの男は後回し。そう思っていた。だが・・・。
「おっと。ところがギッチョンです。」
ツヅミの攻撃が端末に触れようとする僅か数センチの隙間。ジンエはその僅かな隙間に素早く針を通すように、印を刻んだ。
パキィーッン
この二秒と待たずに作られたのは、ツヅミの攻撃すらも弾く防御壁だった。それらは端末たちを守るように、六角形の青白い盾が何枚も繋ぎ合わさり、シェルターとなっていた。
「~~~~ッ!?固っっっっっったーーー‼︎」
あまり頑丈さに、重わずツヅミは奥歯を噛み締めた。同時に違和感も覚え始める。この防御壁には殴ったという感覚がなかった。むしろ自分の攻撃が跳ね返ってきたような感覚。それが最も近い感覚だった。当てた筈の攻撃が真っ直ぐ自分の元へと返ってきた。絶対防御とは、まさにこの事か。それを見たレタは最悪の想定を考えながら、爪を静かに噛む。
(まぁ、そう簡単に、破壊させてはくれないわよねぇ・・・。)
レタの中では破壊、即離脱。それが最優先だった。だが、それはもう叶いそうにない。何故ならば、その最悪の想定が最も有力であろうと悟ったからだ。その証拠にジンエの表情は静かな自信を映し出している。
「一応、この辺は精密機器が多いですからね、結界を張らせて貰いました。効力は、今ので理解してくれた事でしょう。当然のセオリーですが、簡単には壊せませんよ。」
「何それ、アンタを倒さないと結界が解けないみたいな言い方ね。」
ジンエが張った結界は反射型の防御結界だった。対象から攻撃を守ることに特化している。それに加えて、相手の攻撃をそっくりそのまま弾き返す性質まで持ち合わせていた。特にこれが厄介だった。拳や銃での攻撃は勿論、マナを用いた攻撃も弾き返す。これを解くには二つ。結界を直接解呪するか術者を倒すか。だがツヅミは勿論、レタも解呪の心得は無い。残されたのはジンエという得体の知れない人物を倒す事だけ。
「おや、私としてはそのまま引き返して頂きたいのですが。」
「どーだか。アンタに後ろなんて見せられないわ。」
彼女の頬から静寂に乗せた脂汗が流れていた。その僅かに見せた緊張は、焦りか恐怖か・・・。
「ふむ。」
糸のように細い瞳が瞬間、見開く。ゾクリと脈を打たせるようなプレッシャー。それを見たレタは、胸を打つ一打の衝撃が全身に警告を促しているようでもあった。明らかな異常者、こいつは普通じゃない。何かある、別の何かが人の皮を被って、人の真似事をしている・・・。そして、その確信は現実へと答え合わせでもするかのようにベールを一気に引き剥がした。
「だって・・・、アンタからは、ベットリとした血の臭いがするんだもの。」
「おやおや、気付かれてしまいましたか。」
冷酷を映し出したその薄らとした瞳からは、別の何かを呼び起こす。それはあまりに突然に、唐突に、常軌を覆して、いとも容易く引き千切った。ツヅミはこの時、咄嗟に体が動いた。一秒でも早く前に、手を前に、一歩でも早く前に、とーー。
「レタ嬢!危ないッス!!」
ガシィィイッン
ツヅミはレタを庇った。その先に見えるのは三本の大鎌。だがその大鎌は人が造った物とは違っていた。鎌の柄とジンエの腕は枝で結ばれているかのように繋がっており、一つの生命体のようであった。そうして二人は漸く気付かされる。目の前に対峙する本当の正体を。
「なっ、その姿は・・・!?」
その光景にレタは驚愕した。心音が嫌に聞こえ始める。得体の知れないもの程、恐怖は滲み寄るように増幅する。
「驚きましたか?これが我々の力です、故に証明でもあります。」
ジンエの体は、人から掛け離れていた。右腕は太い血管が浮き出しており、体色は赤黒く変色している。腕の先は人の体なぞ簡単に引き裂けるような鋭利な大鎌が三つ。肩には槍のように尖った細い腕が数本。背中には無数にびっしりと生えた針の山。口は大きく裂けており、右目は握り拳ほどまで腫れ上がり、ギョロリと見開いていた。体躯から溢れ出るマナは毒々しく、まるで周りの空気やマナを溶かしながら食べているような異常感。その常軌を逸した姿に、胸の奥で高鳴るのが恐怖の心音だと気付くのはそう遅くはなかった。
(今のは一体・・・。いやそんな事よりも攻撃が、見えなかった・・・?ううん、あまりにも唐突過ぎる・・・。な、何なのよ・・・、あの姿は、一体・・・。)
レタは人ならざるモノに対し、困惑していた。それだけでなく、人間業とは思えない攻撃の速度。自分自身がその攻撃に反応出来なかった。ましてや、油断などしていなかった。それにも関わらず、攻撃は既に始まっていた。ツヅミが居なければ、どうなっていたか・・・。
「何スか、それ・・・!どんな手品ッスか・・・。」
「いやしかし、私も驚きました。まさか、今の攻撃を反応しただけでなく、受け止めるとは。」
かろうじてトンファーで受け止めてはいるが、ツヅミの力でも弾き返す事が出来なかった。互いの獲物が鍔迫り合いとはなっているが、ツヅミは両手で抑えるのに精一杯の様子だった。かたやジンエは奇怪に変貌した右腕一つのみで押し込む。
シュルル
だがそれ以上の深追いは不毛と判断したのか、ジンエはそっと刃を引いた。
「お嬢、こいつ・・・。やばいかもっスよ?」
「やばい?そんなチンケな物じゃないですヨ、コレワ!」
ジンエは大きく腕を広げながら、空へと見上げるように高く顔を上げた。まるでこれから壮大なオーケストラの指揮を振るわんとするように、おどろおどろしいドス黒いマナを放出した。
「コレは人類の叡智を注いだ科学の結晶。そして、妖怪や悪魔どもの力を混血させた究極の生物兵器・・・!我々は未来の象徴たるこの力を、“キメラ”と呼んでいます!」
「き、“キメラ”ですって・・・⁉︎」
「難しい事は抜きに、簡単にお伝えしましょう。要は人間、妖怪、悪魔、それらの良い所取りです。故に・・・ッ!」
すかさずジンエは白衣のポケットに忍ばせていたモノを取り出した。彼が左手に持っていたのはペンライト型の器具。先端のボタンを一瞬の躊躇を与える事なく押し込んだ。
ガウゥゥゥゥゥウウウゥン
次の瞬間、部屋一帯が“その突然”に包み込まれる。普段の何倍ものしかかるような重圧。息が詰まるような感覚、焦点がうまく合わせられない程の目眩、それらが一度に覆い被さってきた。
「どわッ⁉︎な、何すかコレーーッ⁉︎」
「マナが・・・、力が入らない・・・⁉︎」
それは、決して勘違いによるものではなかった。レタは震えながらにして感じ取っていた。自分の中のマナが流れ込まない。血液と同じように身体中を駆け巡っている筈のマナが、ぴたりと堰き止められていた。レタは立ちくらみを起こし、思わず膝をついてしまった。
「魔導圧縮装置。コレにより周囲一帯のマナを圧縮させました。ただの妖怪であるあなたたちなら、これが最も効果覿面です。」
「・・・やって、くれるじゃない。随分と見くびられたものね、あたしたち妖怪を・・・。」
「どうだか。ほら、今はもう満足にさっきの銃を生成できないのでしょう?所謂、万事休す・・・というものです。クク・・・、クハハハハははははははははははははーーーーーーーーーッ‼︎」
ジンエの高笑いが響き渡る。それは確信した勝利を実感した瞬間だった。誰が見てもレタは絶望、誰が見てもジンエに軍配が上がるのは明らかだった。そう、ここまでは・・・。
「フッ。」
ーーこの異分子を除いては・・・。
ドゴォォォォッォォォン
ツヅミは真っ先に飛び込み、ジンエの顔面に向けて拳のストレートをお見舞いさせた。それは誰もが油断していた瞬間。レタも、当のジンエでさえ、殴られるこの瞬間まで気付かなかった。
「ぐはッ⁉︎」
拳は大きく頬に減り込み、衝撃はそれだけに飽き足らずにそのままの勢いを残したまま身体ごと吹っ飛ばした。その刹那の間に何が起きたのか、吹っ飛ばされたジンエはすぐに起き上がり、状況を理解しようにも困惑が邪魔をする。本来であれば魔導圧縮装置で妖怪や悪魔は動く事すらままならない筈。それなのに、ツヅミは立っている。立っているだけじゃない。とんでもない速度で向かってきて、自分をぶん殴った。この事実が信じられなかった。
「き、貴様!なななななな、何故、こここの状態で、魔導圧縮装置の前で、動けるのですかぁッ⁉︎」
「いやー、なんでって言われても・・・。」
突然と投げかけられたジンエの質問に、腕を組みながらツヅミは考え込む。額に“の”の字を書きながら一頻り深く考えて、漸く彼の中で納得のいく答えに辿り着いた。
「自分、式神なんで・・・、そういうの、関係無かったみたいっすね!あははー!」
例に倣ってツヅミは後ろ髪を掻きながら、照れくさそうにそう答えた。
「ツヅミくん・・・!」
「だーーーいじょぶっすよ、お嬢!」
レタは圧縮装置により体が言う事を聞いてくれなかった。床に膝を突いて以降、立ち上がる事が出来ない。けど、ツヅミは違う。それはツヅミの特異性でもあった。彼は当然だが人間でもない。だが妖怪や悪魔でもない。彼は伏黒が作り出した忠実なる式神・・・。それこそが魔導圧縮が行うマナの抑止を潜り抜けさせたのだ。
「ぐぬぬ、私を傷付けた事、後悔させてやりますよ!サンプル風情がァアア‼︎」
一瞬の油断。だがそれこそが許されなかった。自分は妖怪や悪魔の上位種、キメラ。何事もいかなるものでさえ、劣悪種に劣るなどプライドが許せなかった。もはや、理性を置き去りにし敬語をその場に投げ捨てていた。
「良いっすよー!けどこっちも、あんたの後ろにあるヤツにお嬢の弾丸届けたいんスよ。だから・・・。サインして貰いますよ、あんたの血でね・・・‼︎」
式神とキメラ。その二つが今、ぶつかり合う。




