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便箋小町  作者: 藤光一
第二章 失踪映画館編

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84憚る既視感までおまかせを

「ふ、ふん!弾を弾いた程度で調子に乗りやがって!」


 火蓋は切って落とされた。それもあまりに突然に。まさかエレベーターから現れたのが敵だったとは。冷静に考えれば、そりゃ敵の根城なんだからエレベーターから敵が現れても可笑しくないよな。今思い返せば何ての事のない、なるべくしてなった事案だ。こうなってしまったら、もう逃げる必要はない。幸運にも相手は一人だ。対して、こちらは二人。小銃をこちらに構える白衣の男。対するこちらはナイフと刀。リーチでは負けるが、戦闘経験は恐らくセンの方が数段上だ。それは先に見せた跳弾で返したカウンターだ。それを見せられたあいつは、度肝を抜いていた。そしてこの小物感満載の慌てっぷり様。


「そうかしら?あなたは、その程度だと思うけど?」


 それは実際に交えたセンも理解していた。体術もスキルも圧倒的に上。なんならあいつは、多分普通の人間だ。と云っても銃を扱える程度のスキルしか持ち合わせていないのならば、こちらに充分の利がある。だが白衣の男は妙にまだ余裕を持ち合わせていた。彼女の言葉を鼻で笑うと、白衣の内ポケットからスマホを取り出した。


「刀一本で何が出来る!人数もリーチも、こちらが断然上なのだからな!」


「人数?何云ってるの?あなただけじゃない?」


 すると左右の通路から、ドタドタと足跡が忙しなく近付いてきた。まさかこいつ、応援を呼びやがったのか。しかもこのT字路沿いで呼ばれてしまったら、完全に挟み撃ちにされてしまう。僕らは直ぐ様、来た道へ後退りをした。程なくして左右から計七人の援軍がやってきた。ご丁寧に皆、白衣を着てるだけじゃなく小銃まで構えた状態である。当然、彼らが向ける銃口の先は僕らだ。


「侵入者発見!これより援護します!」


「曲者を見つけたら、こうなるのが普通だろう?」


 八本の銃口が一斉にセーフティを解除し、問答無用で向けられる威嚇は思わず手を挙げたくなるくらいだ。けど、やっぱりどれも普通の人間だ。悪魔でも妖怪でもない。ただの銃を持った人間だ。まさか、この失踪事件を企てていたのが人間だって云うのかよ。それはそれで少し複雑な気持ちになるな。とはいえ、この人数はさて、どうしたもんか・・・。


「うげ、仲間呼んだのかよ。」


「それも随分な数、呼んだわね。まるで巣を攻撃された蟻さんみたい。」


 対するセンは、何とも落ち着いた様子だった。小銃を向けられているというのに、あろう事か彼女は刀を鞘に収めた。だがそれは、降参や降伏をする為ではない。これは彼女の戦闘スタイルとして、戦闘フェーズへと移行しただけに過ぎない。それどころか相手に対して揶揄を送る程、余裕すら持ち合わせている。彼女は体勢を低く構え、そっと柄に手を添える。ガラスのように瞳を尖らせ、白い吐息が漏れそうな音を鳴らした。それは彼女が持つ独特なプレッシャー。その集中力は、思わずこちらまで背筋に電流が走るような程だ。


「何とでも云うがいい!私をコケにした事をボッコボコにして後悔させてやるッ!」


「あの・・・、サンプルにするならあまり傷付けない方がよろしいのでは・・・?」


「馬鹿者!体さえ手に入れば、こちらの物なのだ!生死は問わん!体勢を整えろ!」


「ハッ!」


 彼らは少し揉めているようだった。けど負けてしまったら、生きてようと死んでいようと碌な目に合わなそうだな。そういえば、最初に会ったエレベーターの男だけ軍帽を被っているけど、他は被っていないんだな。この施設にも階級みたいなものがあるのかな。会話からして多分、あの軍帽を被っているのが上級兵的な存在か。と、云う事はあの軍帽を倒さないと次から次へと下級兵を呼ばれてしまうって事か。逃しても駄目、こちらが逃げても駄目。確実に奴らを全滅できるように攻略していかないといけない訳だ。だったらここは、センだけに任せるのは得策じゃないな。ここは二人掛かりで攻略するのが筋だろう。そう思った僕はセンへ声をかけた。


「セン・・・、僕も加勢するよ!」


「大丈夫よ、イサム。私なら大丈夫。」


 と彼女は返すが、目線はこちらには向けていなかった。集中を研ぎ澄ませ、じっと相手を睨みつけている。獲物を捕捉した鷹のように鋭い眼光を目にし、ジリっと右足を少し前へと滲み寄らせた。


「二人まとめて捕えよッ!」


 軍帽の男が薙ぎ払うように号令を飛ばした。今まさに白衣の兵たちが小銃のトリガーを引こうとしたその瞬間。フツリとその光景に一筋の線を加えるかのように、刹那止まったような感覚に陥る。それは顎下から離れ落ちる汗が、床に落ちる事を忘れてしまったかのように空中に留まっている感覚。世界中の時計の針が彼女によって静止されてしまっているんじゃないかとさえ、そう彷彿させていた。そして、繋ぎ止めていた糸のように細く透明な一筋が彼女の一声でフツリと切れ落ちる。


「抜刀・・・、颪(オロシ)。」


キンッ


「な・・・、銃口が・・・⁉︎」


 次に僕が見た光景は、先頭にいた三人が手に持つ小銃の銃口がスッパリ切り取られていた。その一瞬の出来事に、この場に居る誰もが驚愕を露わにする。気付いた頃には、切り取られた銃口が床へと落ちていたのだ。カランッと生気が抜け落ちたような音を奏でると、それはより一層恐怖すら滲ませるようだった。勿論、それをやって退けたのは僕ではない。僕の傍らに居る黒羽の少女、センだ。


「銃はここが無いと満足に撃てないんでしょ?」


 これが彼女の抜刀・・・。曰く、普通に刀を振るうより、鞘から刀を引くこの抜刀こそが彼女の最速だという。だがその刀は再び刀身を見せる事無く、既に鞘の中に収められている。正直、僕は何も見えなかった。ほんの、ほんの一瞬だけ風が靡いた程度。なんて事のない、小窓から差し込む風を浴びた程度だ。先頭集団は切り取られた銃を投げ捨て、その光景に逆上したのか一気に突っ込んできた。


「ぬぉオオオオオオオオオ!」


 三人は一斉に素手で飛びかかり、彼女を抑え込もうとした。それは数の暴力。ーー後先を顧みない、ただの暴力だ。だからこそ、センは冷静でいられた。


「武器に頼っていたら、武器に負けちゃうわ。だから、鍛錬は欠かせないのよ。」


「ぐはっ⁉︎」


 横一列に飛びかかる男たちをセンは刀一本で薙ぎ払った。刃を抜かず、鞘のまま男たちの横っ腹目掛けて思いっきり殴ると、三人まとめて壁目掛けて吹っ飛ばした。受け身を取る隙すら与えず吹っ飛ばされた三人は、抵抗さえもなく仲良く失神していた。いや、というかセン。君、そんなに強かったの・・・。


「う、うぉオオオオオオオオオ!」


ダダダダダダダダダダッン


 すると今度は次鋒に構えていた三人が小銃を一気に放射した。まるで雨が横から降ってきたかのように、一斉に弾丸たちが僕らへと振り注ごうとしていた。


「う、ぉおお⁉︎う、撃ってきた⁉︎ちょ、まじか!うぉおおお⁉︎」


 けど、それは不思議な感覚だった。妙に奴らが放つ弾の軌道が見える。これもカイデンとの修行のお陰か、僕は最小限の動きで飛んでくる殺気という弾幕をすり抜けていた。


「ふッ、ほッ、ハッ。」


 センも安定の回避を行なっている。それどころか、徐々に相手へと近付き自分の間合いへと詰め寄っている。黒羽を大きく広げてはいるが、銃弾は彼女のその翼すら捉える事が出来ないでいた。


「銃弾が当たらないッ!化け物かよ、コイツらは‼︎」


「化け物なんて失礼ね。私は青天狗よ。」


 そうセリフを残した頃には、丁度彼女の間合いに入った瞬間だった。刀の切先まで充分に届く範囲。チャキっと金具が擦れる音を鳴らすと、彼女の深く吸い込んだ息遣いがそっと添えられる。


「抜刀・・・、漣(サザナミ)。」


 小さく発せられた彼女の声と共に、複数の風が一斉に吹き荒れた。それはまるで小さな波が幾重にも重なり、岸まで寄せるような風が走った。瞬間、彼らの小銃は意図せず沈黙した。


カン・・・ラカラァカラン・・・


「と、トリガーが・・・⁉︎」


 床に落とされたのは小銃のトリガー部分。その部品だけが綺麗に切り取られていた。パキッと何か弾けるような音を奏でると、トリガーの破片は粉々に砕け散り、真っ黒な砂状になった。彼女と男たちの距離は、本来なら刀が届く筈もない。だが彼らの小銃は、確かに沈黙した。遠くで聞こえる細波のように。真実は超高速の斬撃から生まれる風圧・・・、だろうか。いや、それしか考えられない・・・。正確無比な真空の刃が彼らの指をくぐり抜け、的確にトリガー部分のみ斬った・・・、という事だろうか。


「レタのお陰で、銃の弱点は大凡知ってるの。」


 銃自体の無力化。それこそが敢えてトリガー部分のみを破壊させたセンの狙い。彼女が繰り出した技により、相手を怯ませるには充分過ぎる技だった。当然、そんな隙を彼女は見逃さなかった。ふと目を離した頃には、既に男たちの懐まで接近しており、再び鞘で思いっきり薙ぎ払った。


「ぶへぇ⁉︎」


 彼らもまた同時に吹っ飛ばされ、先程倒した連中のところへと山積みされていった。その一撃は見た目よりも相当な威力のようで、どの者も白目を向いてすっかりのびてしまっていた。本当にあっという間だ。つい先程まで軍帽の男も合わせる八人も居た筈が、気付けばもう二人しか立っていない。その内の一人はすっかり足が竦んでおり、ガタガタと肩を揺らしながら小銃を構えていた。


「ぐ、ぬぬ・・・、女一人に何をしている!さっさと・・・⁉︎」


 焦りを露わにした軍帽の男は痺れを切らし、銃を構える、が・・・。


「えぇ、けど誰に指示をしていたのかしら?」


「い、いつの間に・・・、全員やられている・・・だと⁉︎」


 傍らにいた最後の仲間も、フツリと天井に張らせていた糸が途切れたように静かに倒れる。特にセンが何かをした訳ではない。多分、純粋に恐怖がキャパシティの限界値を超え、勝手に失神してしまったのだろう。彼女はキンっと刀の金具を弾ませると、ガラスの破片を向けるような鋭い視線がギラリと静寂させていた。


「私の動きが見えない時点で勝負は決しているわね。」


「さぁ、答えてもらおうか。この施設は、一体何なんだ!」


 僕はここぞとばかりに前に出た。心の中ではちょっと云ってみたかったセリフでもある。ぶっちゃけた話、ここまで僕何もしてないけど。殆どセンが対処してくれた訳だけど。だが、軍帽の男は不敵な笑みを浮かべていた。それは壺の奥底でジッと睨み付ける蛇のように・・・。


「ふふふ、答える義理は無い!何故ならば、貴様らもここのサンプルになるのだからな!」


「まだそんな事を云って、状況を見ればわか・・・⁉︎」


カチッ


 すると何かが歪むような感覚・・・。そう表現すれば、良いのだろうか。無理やり空間を捻じ曲げられるような感覚と共に、瞬間目眩しを受けたみたいだ。軍帽の男が握り締めていたのは小銃ではなく、棒状の機器だった。丁度ボールペン程の大きさの物を握り締めており、彼の親指には赤いスイッチが添えられている。なんだ・・・、一体何をしたって云うんだ・・・?


「な・・・⁉︎」


 すると突然、センが膝を突き始めた。彼女の身体は震えていた。彼女は目を疑っていた。思うように立ち上がらない自分の体が信じられないといった表情で、震える手のひらを彼女は見つめている。刀を握り締めていた拳すら、まるで刀を掴む事すら拒むように、その指の先まで力が入っていないかのような・・・。


「こ、これは・・・。」


「マナが消えていく・・・、刀の出力も・・・。」


 マナが、消える?どう云う事だ・・・。さっきまでのセンとは全然違う。これではまるで、赤子の力にまで戻ってしまったかのようだ。センの身体に一体何が・・・。いや、この空間にあの男は・・・。


「センに何を⁉︎」


「魔導圧縮装置・・・。私の周囲一帯のマナを圧縮させて貰ったぞ。これで満足に動く事も出来まい!」


 そうか、これまでの自信はその装置があるからか。つまりこいつらは、それを使って“ギフト”たちを無力化させていたのか。センは強い。だがそれはあくまで、体躯に内包させた洗練されたマナがあるからでもある。謂わばマナとは“ギフト”たちにとって、エンジンを動かす為のガソリンのようなもの。それを根こそぎ圧縮されてしまっては、どれだけ高出力のエンジンがあったとしても動かす事は叶わない。故に彼らは、この圧縮装置なるものさえ起動出来てしまえば、普通の人間が銃を持つだけでも充分な圧力になる。


「マナを圧縮・・・。」


「これで身動きを封じれば、普通の人と変わりはしない。この銃で、充分脅威になるのだよ!」


 成程、これは完全に相手は“ギフト”キラーを構築しているって事か。って、ちょっと待てよ。あの男が発動させたのはあくまで、マナの圧縮。根本的な動きを封じている訳ではない。現に人間であるあいつはビクともしていないし、僕も例外なくマナ圧縮の影響を受けていない。むしろ、僕には“気”が無いみたいだから、はっきり云って無害に等しい。それに周囲のマナを圧縮しているならば、かえって僕にとっては好都合じゃないか・・・?いや、そうだ。もし、この理論が正しければ・・・、最短ルートで打破出来る筈だ。僕はゆっくりと立ち上がり、背中に忍ばせていたナイフに手をかけた。


「なんだ、それだけの事か・・・。」


「何・・・?」


 まずは揺さぶりから。良し、男は少し驚いている。僅かだが、眉をぴくりと動かしていた。僕の技は同じ相手に何度も使える物じゃない。だからこそ、油断こそが最大のスパイス。絶対的に勝ち誇った瞬間に現れる僅かな隙と油断。そこに、ほんの一滴でも違和感を落とし込めば・・・。そうして男はその一瞬、辺りを警戒するように目線を逸らす。そう、その仕草だ。その仕草を、僕は待っていた。


「じゃあ・・・、僕には関係ないって事だよね?」


「貴様、何を云っ・・・⁉︎」


 僕は思いっきり床を蹴り上げ、トップスピードで男の懐へと飛び込んだ。同時にナイフを取り出し、男の胸元までその切先を触れさせる。キンッとセーフティを外し、スイッチに指を添える。男が気付いた頃には、もう遅い。ここはもう、完全に僕の間合いだ!


「陽炎(カゲロウ)・・・!」


ボシュゥウウウウウウウウーーーーッ


 一瞬にしてワスプ・インジェクター・ナイフの火が吹き、男は高圧ガスに包み込まれた。スイッチはいつもより短めに押し込んだが、やはり想定よりも高圧ガスの出力が上がっていた。


「ぶフェバババババババアバババババばばッ⁉︎」


「な・・・、何故貴様が、こんなに速く、動け、る・・・?」


 直接噴出させたけど、これは驚いた。人間相手だから、少し弱めにとは思っていたけどまだ立ち上がるなんて。さっきの攻撃はすっかり軍帽吹き飛び、衣服はボロボロになっていたけれど、片腕を押さえながら疲弊している。そうか・・・、センが青天狗だったから、こいつは僕の事を妖怪だと思い込んでいたのか。その勘違いのお陰で助かった。でも、これ以上仲間を呼ばれたり、騒ぎが拡大したら面倒だ。申し訳ないけど、ここは例になって、この男にはリタイアして貰おう。


「僕は、人間だから。」


カチッ


 僕はそう云いながら、再び彼の胸元に目掛けてナイフを向け、スイッチをさっきよりも強く押し込んだ。


ボシュウゥゥゥゥウウウ


 今度は断末魔を残す事なく、男は壁まで吹っ飛んでいった。丁度角度が良かったのか、先程センが倒した者たちの山へと積み重なり、そのまま男は気絶していた。


「ふぅ・・・。」


 初めて生身の人間に使ってしまったな。一応、これ正当防衛、だよな。相手、銃使ってたし・・・。けど、やっぱり僕の憶測は強ち間違いではなかった。こいつらは、きっと“ギフト”たちへの直接の対向手段は無い。だから、あの圧縮装置で強制的に無力化を図った。と、考えているとコロコロと僕の足元に例の装置が転がってきた。僕はそれを拾い上げ、さっきの男に倣ってもう一度スイッチを押す。すると、シュウゥウウっと装置の出力が低下していき、この空間にあった歪みが徐々に戻っていった。


「ありがとう、イサム。助かったわ。」


 歪みが戻った事で、漸く力を取り戻したセンは立ち上がった。恐らく、自分の体からマナが消える体験なんて初めての事だろう。まだ少し、足はふらふらと覚束無い様子だった。


「大丈夫。センも大丈夫そうかい?」


「まだ、少しフラつきはするけどね・・・。」


「けど・・・。まさか、マナを封印させるものを使ってくるなんて・・・。」


「えぇ、正直驚いたわ。」


「これを使って、“ギフト”たちを無力させていたとはね。」


 僕はその装置を握り締めた。だが、このマナを圧縮させた事が功を奏した点もあった。それは、このナイフに仕込まれた印が影響している。本来、このナイフから噴出されるガスの威力は歯止めがかかっている。社長の真改造により出力は通常の二倍以上となっているが、持ち主にダメージが無いように防壁が備えられている。噴出口に施された印が働き、制御を行っているのだが、このマナ圧縮により条件はひっくり返る。だから通常よりも強力な噴出でこのナイフは火を吹いたのだ。マナを圧縮すると云う事は、彼女の印も同様の筈。あとは僕の陽炎で翻弄してから、スイッチを押せば充分な効力を発揮できると踏んだからだ。だがそれは、あくまで僕に限った話。妖怪である彼女にとっては、驚異のほか無い。


「瞬時に無力化させ、拘束してしまえば・・・、誰でも簡単に妖怪や悪魔を捕まえられるものね。」


「こいつらは一体、何者なんだ・・・?」


 僕らは気絶した彼らへふと目を向けた。さっきは戦闘中だったから、こいつらがどんな組織かまで詮索出来なかった。山積みとなった彼らの元へ近付くと、彼女は何かに気付くと指を差した。


「わからないけど・・・、あれ?このマークは一体・・・。」


「漢数字の九に、菊籠目(きくかごめ)の模様・・・。これってまさか・・・。」


 白衣の襟元に施されていたのは、家紋のような物。それは寒気を引き立たせる程の既視感に襲われた。こんな、偶然があるのか・・・。これって確か、テンジョウが云っていたあの組織の事じゃないか・・・?


「イサム、何か知っているの?」


「もし、間違ってなければ・・・、こいつらは“九紋一族”・・・なのかも知れない。」


「“九紋一族”・・・?何なの、それ?」


「詳しくは僕も・・・。純血の妖狐たちが集まるヤバい組織ってくらいしか・・・。」


「純血の、妖狐・・・。聞くからに、穏やかじゃなさそうね。」


 その薄気味悪さは質が悪かった。センも重々しい程の険しい表情を拭い切れないでいた。特に彼女は“妖狐”というワードに対し過敏に反応を示していた。やはり、妖怪の中でもかなり上位に位置するのだろうか。ましてやそれが純血となると、よりその禍々しさから背筋が寒くなる。だが仮にこの施設が例の組織のものだとしても、今さっきまで戦ったこの人たちは間違いなく・・・。そう思いながら、僕はもう一度失神した彼らへと視線を落とした。


「そうだね。けど、こいつらは・・・。」


「えぇ、あなたの想像の通り、ただの人間よ。」


「もしこの施設が“九紋一族”のものだとしたら、こいつらは末端の末端の構成員って事かな。」


「恐らく・・・。それでも普通の人間よりマナの量はあったし、戦闘力もそこそこだったわ。さっきの面妖な装置もあるから、妖怪相手でも強く出れた訳ね。」


「施設の規模感、この物騒さ、それにテンジョウさんからの事前に貰った情報・・・。失踪事件に、“九紋一族”・・・。僕らはもしかしたら、とんでもないモノに足を踏み入れてしまったのかも知れないね。」


 徐々に、点と点が結ばれようとしている感覚があった。だがそれはまだ憶測に過ぎない点も多々ある。けれど、この施設は確実にあの組織が絡んでいる。すると、ふとテンジョウが云っていたとある言葉を思い出す。


〈彼ら九紋一族は妖怪の中でも特に飛び抜けた力を持つ存在です。願わくば、触れるべからず見るべからず。

明日を我が身と思うなら、これが最善であり鉄則です。〉


 これは、非常にまずい状況かも知れない。ただの奪還作戦とは思っていたが、これは思わぬ黒幕が尾を引いている。くそ、こんな時に限ってテンジョウと連絡が取れないなんて・・・。どうにか取れるようになれば良いんだけど・・・。いや・・・、待てよ。じゃあ、こいつらが使っていたマナ圧縮装置も提供しているのは九紋一族って事か?それに、よりによって人間を手駒にしているなんて・・・。これは想定しているよりも、ずっと厄介だ。


「どっちにしても得体の知れない連中が、ここに居るのは変わらないわね。そうなると皆が心配だわ。」


「あぁ・・・。早く合流して、チップたちも救出しないと。」


 僕は直ぐ様、ここから離れる為にエレベーターのスイッチを押した。なんとかしてテンジョウと連絡を取るか、最短ルートでチップたちを救出しないと心が急かしていた。すぐにセンを呼ぼうと思ったその時、先程まで傍らに居た筈の彼女は一瞬姿を消す。焦って周りを見渡すと、センは気絶した男の服をゴソゴソと弄っていた。


「って、あの・・・、セン?な、何やってるの?」


「ほら、こういうのって大体お偉いさんが、良い物持ってるでしょ?」


「良い物って・・・。」


 宛らその光景は、倒れた者へ物色をしている盗賊そのものだった。だが彼女の目は驚く程、キラキラと目を輝かせている。あれ、この子そんなキャラだったっけ?


「あ、なんかあった!」


 彼女はその何かを掴み取り、天井高く掲げていた。デレレレーンっと、宝物でも見つけた効果音でも流れてきそうだ。


「カードキーか何かかな・・・?」


「ライセンスキーって書いてあるわよ。きっと、何かに使えるやつに違いないわ!」


 彼女が握り締めていたのは、クレジットカード程の大きさをしたカード状のものだった。英語でライセンスキーと書かれており、同時に男の顔写真も表記されている。どうやら彼女の思惑通り、お偉いさんのみが所持する事を許される代物のようだ。ここは出来したとでも云うべきか・・・?ここを攻略する上で、大事なキーアイテムなんだろうけど。


「センってさ、時々行動が大胆だよね・・・。」


「ふえぇッ⁉︎そ、そうか、な・・・?でも、ソーアくんのゲームってやつ、そんな感じだったよ?」


 彼女は背筋を跳ねらせ、目をオドオドと困惑させながら必死に弁解していた。あぁ、やっぱそうか。これ、ゲームの影響か。そうだよなぁ、ゲームとの倫理観ってリアルだから現実に寄っちゃうんだよな。彼女もその違和感に気付き始めたのか、沸騰したかのように赤面させダラダラと冷や汗をかいていた。


「いや、まぁ、それはそう・・・。現実にやったら、犯罪だからね。」


 ・・・って、さっき人にナイフを向けた僕が云うのも、アレだけど。すると彼女は、どこか腑に落ちたようで瞬きをしだした。


「あ!でも、この人たちも犯罪みたいなもんでしょ。」


「・・・とりあえず、エレベーター行こうか。」


 どうして、そこで君は開き直れるんだ。“この人たちも”って云ってる時点で、“自分も”になっちゃうんよ。まぁ、僕も似たようなもんか・・・。これも正当防衛って事で、先を進めるとしよう。僕はそんな思いを全て喉奥にしまいこみ、二酸化炭素にして大きく吐き出した。


・・・。



・・・・・・。



「えっと、行き先は・・・。」


 エレベーター内部に入った僕らは、早速行き先を選択しようとした。だが、エレベーターに本来あるべきの行き先である数字のボタンが一つも無い。デジタルで表記されたB1と書かれた電光板のみで、あとはそれらしいボタンが無かった。すると何かに気付いたセンが、指を差す。


「イサム、ここになんかスロットあるわよ。」


「お、さっきのライセンスカードで反応するかな?」


 彼女が差した先にあったのは、カードを読み込むような機器がエレベーター側面に取り付けられていた。しかもその形状は妙に既視感があって、スーパーとかのレジにあるようなクレジットカードを読み込むモノに酷似している。一応これ、セキュリティキーだよな?良いのか、こんな庶民的なもので?などと煩悩が走り渡る中、僕は先程手に入れたライセンスカードをスロットに通した。ほんと、なんだかクレジットで会計している気分だよ。


ピッ


〈認証致しました。このエレベーターは地下四階直通となります。他の階には止まりませんのでご注意下さい。〉


 無機質な自動音声がエレベーター内で静かに響いた。妙に淡白な敬語で、余計に不気味だ。


ガゴンッ


「うお、動いた!」


 するとすぐに扉が閉まり、尻を叩かれたかように一気にエレベーターは動き出す。音はそれっきりで、確実に降下している筈なのに恐ろしいくらい籠内は静寂を気取っていた。ベルトの擦り切れる音も歯車が回っている感じも、モーターが回っている音もしない。恐ろしいくらい無音に等しい。僕らは思わず、息をゴクリと飲み込んだ。その一杯が仕事終わりの一杯だったなら、どれだけ気が楽だろうか。最初にその静寂を断ち切ったのはセンからだった。


「地下四階って云ってたわよね?」


「そうみたいだね。」


「まるでアリの巣ね。女王様の部屋にでも繋がってるのかしら。」


「だったら、話が早いんだけどね・・・。」


 女王様とはよく云ったもんだ。こんなセキュリティを積んでいるんだ。恐らくその先、このエレベーターの扉を開けた先は、それなりの部屋へと繋がっているのだろう。今はその僅かな安堵に、少しでも心の回復をしておこう。

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