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便箋小町  作者: 藤光一
第二章 失踪映画館編

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83/92

83再開と遭遇までおまかせを

「エレ・ベー・タッ♪ エレ・ベー・タッ♪」


 ツヅミは陽気にスキップをしながら進んでいた。まるで陽の当たる丘へピクニックでも行くかのように。先ほどの騒動が何でもない出来事だったかのように、彼は全く気にせずマイペースを着飾っていた。だがそれは、彼の中で決して軽んじている訳ではない。真剣に楽しむ事。それが彼の歯車なのかも知れない。ただし、楽しげに弾ませるスキップの行き先は、的外れも良い所。本来向かうべきエレベーターとは真逆の方向だった。故に二分も掛からずに辿り着けるエレベーターも、真逆に向かったせいでどんどん距離が伸びる一方であった。そうして、漸く辿り着いた一枚の扉にツヅミは対峙した。次の瞬間、助走をつけた彼は徐々に速度を上げた。ダンっと強く床を踏み込むと、助走をつけた勢いをベースに繰り出すドロップキックが扉目掛けて放たれた。


「ドーーーーーーーーーーーーッン‼︎」


 扉とはドアノブを回して初めて開くもの。その扉もそんな常識を持っていた筈だっただろう。だが相手はツヅミという常識ブレイカーである。例えそれがデリケートなエレベーターであろうと、彼は躊躇なく突っ込む。蹴り踏み潰した扉は、原型を現代奇才アートのように激しく歪ませていた。そうして、開いたその部屋に見えた光景は・・・。


「んーー!んーーー!」


 ツヅミの目の前に飛び込んできたのは、ロープのようなもので椅子に縛り付けられたレタだった。部屋の周りにはいくつもの拷問器具や何かを制御しているのであろう端末があった。鉄製の椅子に座っているレタは猿轡で口を塞がれ、両手は椅子の背中に縛り付けられている。脚も同じく、椅子の足に添えるように無理やり両足を広げられながらがっしりとキツく縛られていた。またその縛り方は不必要な巻き方であり、身体のラインを強調させるように何度もロープを交差させている。それは胸の形すらも大きく誇張させるもので、更に彼女の股下には数個の玉結びが不必要に添えられていた。


「ありゃ、間違えちった・・・!ココ、エレベーターじゃないじゃん!」


 だがツヅミはそんな事よりもエレベーターの所と間違えた事に酷く幻滅していた。


「んーーーーーー!」


「てか、レタ嬢、何やってんスか⁉︎」


 レタはツヅミと目が合うと、必死に何かを訴えかけていた。少し涙目になりながらも言葉にならない叫びが、この狭い空間を響かせていた。因みに彼女が発した言葉は「エレベーター、じゃないわよ!あたしだよッ!」だ。だがそんな言葉はツヅミには通じていない。ポカンと首を傾げながら、呆気に取られている始末だ。


「んんーー!んーーーー!」


 しっかり縛られてしまってはいるが、彼女は出来る限り暴れ回り、ジタバタと訴えていた。床にピシリと固定された椅子が持ち上がってしまうのではないか、と思うほどの暴れっぷりである。そこでツヅミは何かを悟ったようだった。そうかそういう事かと、口元を手で抑えながら彼は口を開いた。


「え、まさかそんな趣味あったんスか・・・。緊縛放置プレイとか、結構ドギツイっスねーー!」


「ぶはッ!違うわよッ‼︎さっさとコレ解いてって云ってんのよ‼︎ていうか空気読みなさいよッ!」


 すると散々暴れたお陰が功を奏したのか、猿轡にされていた布が解け、口元からするりと抜け落ちた。解放された口から漸く息を吸えるようになった事で、一気に怒りをまとめ上げ、撃鉄に押し上げられた弾丸のように弾く。それもその筈である。あまりにも下心見え見えの格好をさせられた醜態に彼女の堪忍袋は限界を迎えていたのだ。そんな中、ツヅミの無神経対応である。恐らくこれをされて、怒らない女性は居ないだろう。だが、彼は常識ブレイカー。この程度で収まる代物ではない。顔を真っ赤に染めながら怒る女性に対して、彼は違う。何ともケロッとしたわがまま無垢フェイスで、頭を掻きながらこう発した。


「いやいやーー!ガニ股開きで椅子に拘束されてたら、そうなんスかねーって普通なるっスよ?」


「なる訳無いだろッ!良いから、早く解いてッ!」


 レタの激昂は業火の如く怒鳴っていた。鉄製でできている筈の椅子ですら、ミシミシと軋ませる程である。むしろこのまま放っておいても自力で、自分の身体に巻かれたロープすらも引き千切るのではないか。そう思わせる程の勢いだった。そんな火に油を大量に注いでいるツヅミには、勿論ノーダメージだ。


「はーーーーい!」


 彼はまるで偶然ピクニック途中で出会ったかのように、ルンルンとその無垢な笑顔を絶やさなかった。上機嫌のステップを踏みながらレタへと近付き、彼女の縄をせっせと解いていった。



「はぁ・・・、酷い目に遭ったわ・・・。」


 漸く本来の自由を再び手に入れたレタは、右肩をゆっくりと回しながらそう吐いた。かなり身体中をキツく縛られていた為か、まだその手首にはロープのアザがくっきりと残っていた。手首に残った赤紫色のアザを見て彼女は幻滅と共に、深い溜め息までも吐く。蜘蛛との戦いから漸く包帯まみれの指から解放されたと思えば、今度はこのアザである。年頃の女性としては、幻滅以外の他はないだろう。そんな時だった。無垢な常識ブレイカーは、街中で放たれる銃声のように思いがけない無意識を発した。


「それで、なんで急に縛りプレイ始めたンスか?」


ゴンッ


 その瞬間、彼女の中で沸点は最高潮へと達していたのだろう。無言の拳がツヅミの脳天目掛けて、鈍い一撃を与えた。彼女の握り拳は、マナが込められた為か怒りの業火とは対照的な絶対零度の冷たいゲンコツだった。周りの空気がその温度に耐えられない為か、シュウゥゥっと半透明なけ(・)あ(・)ら(・)し(・)をその拳から漂わせていた。


「あいっったーーーーーーーーッ‼︎」


 ツヅミは突然の痛みに耐えきれず、頭を抑えながらのたうち回っていた。足はバタ足泳ぎでもするかのように、高速で何度もバタバタと掻き回していた。あまりの痛みに一瞬だけパニックを引き起こしていたが、余震のように訪れる悪寒が追撃を畳み掛ける。その強烈な悪寒にツヅミは背筋を凍らせながら、ビクッと全身を震わせた。


「次言ったら、凍らせて粉々にするわよ?」


 彼女が見せた眼差しは修羅のように冷たく、柳眉を逆立てていた。レタの言葉には、並々ならぬ覚悟を持ち合わせていた。その言葉に嘘の味は無く、正真正銘の心からの怒り。どこまでも静かで心の先までも凍らせるようなそのプレッシャーが、ツヅミの全身の毛をビクつかせていた。


「善処するっスーー・・・。うぅ・・・。」


 ツヅミはぐすんっと鼻を啜りながら涙を流していた。まだヒリヒリと頭が痛むのか、脳天直撃された患部を少しでも和らぐようにとひたすら摩った。


「まぁ・・・、あたしも良く分かんないのよ。気が付いたらここに居て、椅子に縛り付けられて・・・。」


「何なんスかねー、ココーーー。なんかの秘密基地みたいっスね!」


 二人は改めて、自分たちの周りを観察した。明らかな人工物。機械的で誰がどう見ても、人が関与しているであろう代物。少なくとも妖怪や悪魔単体では成し得ない施設である。更に拍車をかけるのは、レタが囚われていたこの部屋である。完全に妖怪や悪魔を掌握する為に用意された拘束具に拷問器具。元来マナを使って戦う“ギフト”たちは持ち合わせない。だからこそ、彼女らの中で疑問が膨らんでいた。これは人間が行なっている事なのか、と。


「そうね・・・、ご丁寧に通信遮断まで完備されてるし・・・。」


「あぁー、レタ嬢もっスかーー⁉︎ボクもなんスよーー!」


 挙げ句の果てには外部との通信遮断、つまりジャミングまで備えた徹底ぶり。レタの中で疑問は、確信へと一歩近付いていた。耳にかけていたインカムからは砂嵐しか聞こえていない。拐われる際にカメラこそは抜き取られてしまったが、インカムだけは無事だったようだ。それは恐らく抜き取らなくとも、このジャミングにより元から外部との連絡を断つ事が出来るからだろう。故に敢えて残していたのだろう、とレタは思った。そして彼女の中でもう一つ今更ながらの疑問がポツンと浮かび上がる。そういえば、とでもいうように何度も瞬きをした後にふと首を傾げた。


「あんた、どうやってここまで来たの?」


「ん?さっき、この施設の奴倒したらコレくれたっス‼︎」


 するとツヅミが取り出したのはタブレット。この施設の地図を事細かに表示されたデバイスである。偶然と言うにはあまりにも出来過ぎた話だろう。デバイスを受け取ったレタは目を疑っていた。


「コレ・・・、この施設の地図じゃない・・・。」


 わなわなと手を震わせながら、ツヅミの顔を見つめる。なんでこいつがこんなものを、とでもいうように不思議がっていた。


「そうなんスよ!親切な人で助かったスよーーーー!」


「それであたしの場所を?」


「違うっス。エレベーターに向かおうとしてたンス!」


 その真実に三秒ほど時が静止する。彼女の中で一時停止を押されたというよりは、一気に真っ白に色落ちされた気分が立ち込めていた。レタは確信した。この子は狙って自分を助けに来たのではなく、間違ってあらぬ方向に進んでしまい、たまたま自分に出会したのだと。その事実に直面した瞬間、手渡されたデバイスをつい落としてしまいそうになる程力が抜け落ちる。レタは頭を悩ませた。この子は地図も読めないのに、誰よりも早くマップを手に入れてしまったのかと。


「あんた・・・、逆のところ進んでいたわよ?」


「え、マジっスか⁉︎どーーーーーりで中々着かないと思ったら!」


 あはははーっとツヅミは再び頭を掻きながら無垢な笑顔をどっと見せていた。


「まぁ、良いわ。お陰で助かったのは変わりないし。」


 しかしこれは、不幸中の幸いであろう。この謎の施設で闇雲に歩くのは、危険である。そんな中、偶然とはいえ地図を手に入れたツヅミと巡り会えたのだ。レタの中では仲間と再会できたというよりは少し違う。どちらかといえば、鴨がネギを背負ってきたの方が遥かに近い印象だった。


「プレイ中の邪魔しちゃいましたけどねーーーーーッ!」


 その笑顔を添える首元へレタの冷たい手が覆い被さった。マナを少し垂れ流し、キンキンに冷やした氷枕を首筋にピッタリと張り付くような感触がツヅミに襲いかかる。


「あひんッ⁉︎」


 堪らずツヅミは強制的に背筋を伸ばされ、爪先立ちでピンッと硬直していた。そのすぐ後ろには再び修羅のように凄ませるプレッシャーが、じわりと滲み寄っていた。


「云ったでしょ?次云ったら、凍らせるぞって?」


「ずびばぜん・・・・・・。」


 レタの手から放たれる冷気に当てられてか、彼は鼻水を垂らしながら今にも凍り付きそうな表情を浮かべていた。


「兎に角、地図が手に入ったのは好都合だわ!みんなと合流出来ないのは少し不安だけど、目的地には行けそうね!」


「目的地ってどこっスか?」


「大体、こういうのはちゃんとしたセオリーなところがあるのよッ!」


 レタはデバイスをくるくると回しながら、ウィンクを飛ばした。これで少しはマシに動く事が出来る。先手こそは取られたが、次はこちらの番なのだと。反撃の一手はゆっくりと、確実に二つの歩を進ませていた。



・・・。



・・・・・・。



「うー・・・ん、どうしよっか・・・。」


 思わぬ展開に呆気に取られていた僕らは、謎めいた施設の通路で立ち尽くしていた。まさか映画館の地下にこんなものが作られていたなんて、誰が思うだろうか。明らかに人工的に作られた壁や通路、そしてこの設備。この季節という事もあってか、辺りはひんやりとしていた。吐いた息が白くなる程ではないが、素肌を出したくなるような室温ではない。周りの壁は妙に機械的で無機質。そのせいか、似たような壁で構成されている為、一種の迷路みたいだ。まるでゲームのダンジョンにでも放り込まれたみたいだ。こんな時、せめて現在地がわかるようなマップがあれば助かるのに。生憎そんなものはない。それどころか情報収集の要でもあるインカムもご覧の通り・・・。


ザ、ザザザ・・・


「こっちの無線も駄目みたいね・・・。何云ってるのか全然分かんないわ。」


「この施設が電波障害の働きをかけているのかな?」


 傍らに居たセンは、何度も外部にいるジェニーたちへ連絡を試みるが、砂嵐のようなノイズに憚れるばかりだ。露頭に迷うというのとは訳が違うが、どこへどう進むべきかと迷うばかりだった。仮にもここは敵の根倉。さっきの巨大なタコみたいな脚も出てきたし、何が現れるかわかったもんじゃない。


「とりあえず、進むしかないわよね・・・。」


 センは溜め息混じりにそう云った。ただ、僕とは違って、表情に現れる程の恐怖は無かった。今は止むを得ず進むしかない、そんな出立ちだ。


「けど、随分機械的というか人工的というか・・・、映画館の下がこんな感じになってるなんて。」


「そうね・・・、てっきり化け物の腹の中を想像していたけど・・・。ここに一体何が・・・。」


「少なくとも、ここにチップが囚われているのは間違いなさそうだね。」


 やはり彼女もまた、この施設の違和感に不思議がっていた。飛び込んだ先が魔物の巣窟かと思いきや、全くの正反対の機械的な施設なのだから。ここは、何かの研究施設なのだろうか。もしここに拐った“ギフト”たちを収容しているのであれば、この施設の者たちは何を目的で・・・。


「だとしたら、ここよりもっと下かしら?」


 ふと、彼女は何かに導かれるように歩み始めた。というか何故、下?ここよりも更に下の階層があるって事?それよりもなんで彼女はそれを知っているのだろう?そう不思議がっていた僕は、思わず首を傾げた。


「どうして?」


「だって、ほら。」


 すると彼女は、そっと人差し指を差す。僕は彼女に賛同するかのように、その指先に目を向けると・・・。


「下りエレベーターはあちら・・・、ってここはデパートか何かかよ・・・。」


 壁に貼られていたのは、一枚の案内POPが記された看板。それもこんな仰々しく意味深な施設とは対照的に、ポップなフォントで書かれている。なんて不釣り合いな文字なんだ。


「似たような壁ばかりだし、この施設内で迷う人も多いんじゃない?」


「都合に合わせてくれたようで、こっちは助かるけどね・・・。」


 確かに彼女の云う通り、どこを見渡しても似たような壁ばかりだ。それにこの施設はなんとなくだけど、僕たちが思っているよりもずっと広いのだろう。数ヶ月通い詰めて漸く道を覚えられるくらいだろうから、わざわざこんなPOPまで用意したのかな。とはいえ、あまりに不釣り合いなフォントに僕は思わず言葉を失っていた。だが、いずれにしても助かった。こう、何も指し示すものも目印となるものもないよりは遥かにマシだ。多分だけど、あの劇場のトイレが正規の入り口なのだろう。そこからどこへ向かえばいいか迷うものも多いから、道案内の看板でも用意したんだろうな。僕らは特に疑う事もなく、ご丁寧にその看板に記された矢印方向へと歩みを進めた。




「あ!イサム、エレベーターあれじゃない?」


「こんなに早く見つかるなんて・・・。大丈夫か?一応、僕ら侵入者だよ?」


 矢印に沿って進むと特に迷う事なく、目的地のエレベーターまで辿り着いた。“ヤドリ”の簡素的に作られたエレベーターと違い、ここのは商業施設とかにありそうな一般的なエレベーターだった。丁度T字路にぶつかったところに面しており、やはり機械的でひんやりとした壁のせいか、どこか殺風景だ。これだけ広いと云うのに人の気配がまるでない。まるで患者の寝静まった夜の病院を歩き回ってるみたいだ。そう彷彿させていた理由は、所々で薬品のような臭いを仄かに漂わせていたからだろう。どこかツンとくる臭いというよりは、注意深く嗅ぎ分けると微かに嫌悪感を抱かせる刺激臭がしていた。まぁ、ここがどこかはわからないがとりあえず、下に行けば何があるか分かるかも知れない。そう思った僕はエレベーターを呼び出す為に下ボタンを押した。外見は一般的なエレベーターだが、若干違う部分もある。今現在エレベーターがどこにあるのかという現在地を示す階層もなければ、これが全何階層なのかも表記されていない。だから僕らはそのエレベーターが上がってくるのをただ待つ事にした。


チィ・・・ン


 程なくしてエレベーターがこの階層に辿り着いたようだ。これまた不釣り合いなベルの音を奏でているのが、かえって何だか不気味だ。ガゴンっと重々しい音を響かせながら、機械に染まった扉が開かれると最初に煌々とした光が差し込まれる。


「むむッ⁉︎貴様ら、何者だ!」


 エレベーターから現れたのは白衣を着た男だった。身長は僕よりも少し背が高く、細身の体型だ。白衣に合わせた真っ白な軍帽のような帽子を深く被り、僕らを視界に映すと少し驚いた様子で声を荒げた。


「げっ・・・、見つかった!」


 って冷静に相手を分析している場合じゃない!多分、この謎施設の人たちだよな?格好からして・・・。早速見つかってしまったぞ・・・。これって相手からしたら、普通に僕らは部外者だよなぁ。くそ、もう少し警戒しながら動きべきだった。しかし、やってしまった事は仕方ない。問題は、この先どう切り抜けるかだ。どうにか云い包めて丸く収めたいところだけど、状況によっては戦闘も不可避だよな。よし、まずは相手の出方を様子見してから・・・。


「貴様ら、どこから⁉︎いや・・・、どうやって、ここに入ってきたッ⁉︎」


「トイレからです。」


「ぐぬぬ・・・。だから、あそこに出入り口を作る事は反対だったのだ!」


 男は軍帽を強く握り締めながら、やり場のない怒りを露わにしていた。いやまぁ、あなたの気持ちは物凄く分かりますよ。というか、なんでトイレで決議したのか理由を知りたいくらいです。普通に気付かれないような鍵付きの出入り口作るとかで充分な筈なのに、なんだって“ギフト”は便所に作りたがるんだ?いや・・・、待て待て。落ち着け。なんだ、この違和感は?この人から、その“ギフト”の感じがしなかったぞ。“ギフト”の外見は、然程人と変わらない。だが、この男からは“ギフト”が放つ独特のオーラが無い。というか普通にこれは・・・、人間じゃないか・・・?だとしたら、まずはこう下手に出るように・・・。


「あのー、僕ら迷っちゃったみたいで・・・。外出たいんですけどぉー・・・、出口って、どこですかね?」


 ブッちゃけこんなんで誤魔化せるか、とは自分でも思ってる。無論、傍らにいるセンも「正気なの?」と云わんばかりの表情でこちらを見ている。この発言が嘘なのは、百も承知。なんなら「はい、これは嘘ですよー!」と公言しているようなもんだ。問題は、この人がどう立ち回ってくるかだ。男は僕の言葉に耳を傾けると、帽子の影から鋭い眼光を覗かせていた。


「そうか・・・、迷い人か。」


「えぇ。は、ははは・・・。」


 僕は不釣り合いな愛想笑いを浮かべておいた。頭を掻きながら三流役者宛らの演技で場をやり過ごそうとするが、首元は冷や汗でびっしょりだった。これで相手も釣られて笑ってくれたりでもしてくれたら、そうかそうかと出口まで案内してくれるかも知れない。そうなったら、また捜索再開に踏み出せばいいし。まずは侵入者じゃない事をアピールして・・・。


「なら、都合は良い。出口なら、今導いてやろう。」


 おぉ、まじか。案外行けそうなの、これ?男はコホンっと軽い咳払いをし、帽子の向きを少し直した。そして、そっと顔を上げる。


「貴様らの命を使ってな!」


 全然、ダメでしたぁぁーーーー!めっちゃ敵意剥き出しで、こっちに睨んじゃってるよ。なんなら白衣の下に隠していた銃まで取り出しちゃって、こっちに黒光りした銃口を向けているし。


「イサム!伏せてッ!」


ダンッ


 センの呼び声に反応し、僕は咄嗟に伏せた。センは躊躇無く放たれた銃弾を何かで弾き、軌道を逸らし壁へとめり込む。いや、いくら侵入者だからっていきなり発砲かよ。しかも弾道からして、確実にこちらの頭狙っていた。この男は、人を殺す事に戸惑いは無いのか・・・。


「ほう・・・、あれを躱わしたか。女、貴様は妖だな?」


 銃口からは鉄の焼けた匂いを帯びた半透明の煙を漂わせていた。今の発砲が軽い挨拶でもあるかのように。男は先ほどのセンの動きに興味を示したのか、彼女へと目を向けた。白衣のポケットからスマホのようなものを取り出し、それをセンへと向けていた。・・・なんだ?その端末を見ながら、何かを調べているようだけど・・・。


「だったら、何?」


「武器も持たずに、良い度胸だ。ほぉ、この反応は天狗か。女の天狗は、丁度良いサンプルだ・・・。」


 男は端末に表記されたデータを見て、彼女を天狗と云い当てた。まぁ正確には青天狗だから、完璧な正解では無いけれど・・・。見たところ、普通の人間だし・・・。黒羽さえ隠せば、センも見た目が普通の人と変わらない。それを見分ける事が出来たのは、あの男の手に持つ端末か。


「私は青天狗よ。もう少し正確なデータに更新するべきよ、その端末。」


「・・・サンプル?ここは、何かの実験施設か何かなのか?」


「人間の貴様には関係の・・・、いや待て。貴様は・・・?」


 すると今度は僕にもその端末を向けていた。だが、先ほどのセンとは少しリアクションが違っていた。叩き出されたデータに違和感を与えたかのような、その尖った眉を一瞬歪ませていた。あぁ、そうか。僕に“気”が無いからか。だから、異常値が叩き出されたか、エラー表記が現れたんだろう。だとしたら、これはチャンスだ。相手が油断している間に、一気に切り抜けるか!って結局、拳で解決か・・・。はぁ、僕も色んな人に感化されて、すっかり対処の仕方が変わったみたいだ。


「どうやら、普通には返してもらえないみたいだよ・・・、セン。」


「構わないわ。元より私たちはそのエレベーターを使いたいんだから。」


「じゃあ、道を作らなきゃだね。」


 センは僕へ目線を送った後、コクリと軽く頷いた。それは既に覚悟を決めていた証でもあった。


「減らず口を!貴様らまとめて回収してやるッ!」


ダンッ


 再び男は銃を放った。本来であれば、音速並みのスピードで飛んでくる銃弾だがセンに限って別である。


ギンッ


「な・・・、それは・・・、一体・・・⁉︎」


 彼女はどこから取り出したのか、刀を一瞬で取り出し、男が放った銃弾を真っ二つに両断してみせた。センが握るその刀はこれまた異様だった。刀身こそは以前に壊れた紙のように薄い刃、白凪ノ虚(シラナギノウツロ)。けれど柄の部分は、前回でまるで違う。まるでSF映画に出てきそうなサイバー寄りの見た目。鍔から尻にかけて機械的であり、純白な刀身とは対照的にその柄の色は黒で統一されていた。


「勝手に勘違いしないで、手ぶらなんて一言も云ってないわよ?」


「いや、てかセン。それどしたの?」


 僕は思わず指を差しながら、そう聞いた。いや勿論、戦闘真っ最中なのは承知の上ではあるのだけど。


「あ!コレ?ジェニーが作ってくれたの!前の戦いで白凪ノ虚(シラナギノウツロ)は柄が壊れちゃったから。その刀を参考に、全力で振っても壊れないようにカスタマイズしてくれたのよ!」


「なんか・・・、凄いメカメカしい刀だね・・・。」


「そうよ、一振りで刀身は自由自在!グリップも申し分ないし、かなりしっくりきてるわ!」


 彼女は実に嬉しそうにその刀をブンブンと振りながら、喜びを表現していた。だが、そんなほっこりとした環境を敵が黙って見ているわけがない。


ダンッ、ダンダンダンダダダダダンッ


 これ見よがしにと云わんばかりに、男は連続で弾丸を発砲した。やばい!いくらセンが剣に絶対的なスキルがあるとはいえ、相手はリーチで不利な銃が相手だ。一発でも当たれば本来は致命傷、それでいてその銃弾を何十発も!


「ちょ!せ、センッ‼︎前、前ッ!」


ギンッ、ギギギギギギンッ


 センは最初の放ってきた銃弾を切るのではなく、僅かに角度をずらし弾き返した。弾いた銃弾は軌道を変え、後を追いかけるように放たれた銃弾たちへと向かっていく。そうして一発、また一発と全ての銃弾を先に弾き返した銃弾が、まるで意思を持ったかのように跳弾となり撃ち落とした。いや、普通に考えてありえないだろ!壁や地面ならまだしも、銃弾をって神業プレイかよ・・・。


「な・・・、先に打った弾丸を弾いて・・・、残りを跳弾で・・・⁉︎」


 瞬間、男の足元を撃ち抜かれていた。それは先ほど、相手に向けて撃ったはずの弾丸。堪らずその光景には、男も流石に度肝を抜いていた。一瞬、何が起きたのか理解が停止する。それは僕もその一人でもある・・・。


「こんなレタよりも遅い鉛玉じゃ、私を討つ事は出来ないわよ?」


 ゆらりと空気を撫でるように刀身を振るう。その瞬間だけ、刀身は姿を眩ませていた。あの宝剣の性質は変わらずか。覚悟を決めていたセンは、並々ならぬプレッシャーを放つ。だが、その目はどこか嬉しそうだった。それはまるで、買い換えたばかりのシューズを履いたかのように。試さずにはいられないといった高揚感に満ち溢れていた。


「ちっ・・・!」


「さぁ、あなたが試し斬り第一号よ。この・・・、白凪ノ改(シラナギノアラタメ)のねッ!」


 手出し無用。そう云うように彼女は僕へアイコンタクトを送った。


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