82枝分かれた潜入までおまかせを
一足早く穴へと入った伏黒。そこは大きな管の中を滑り落ちるようだった。薄暗く目を凝らしても、その先はよく見えない。その管の長さは彼が想像しているよりも遥かに長く、地下深くまで誘われているようでもあった。管の直径は、およそ三メートル弱。ほぼ九十度に近い急勾配である為、ある種の違和感すら伏黒は覚えていた。
「これは、下に落ちているのか・・・?やけに深い管のようだ・・・。」
それはこの管の内部が薄暗く、長い時間落ち続けているが為に、今まさに落ちている事すら忘れてしまう程である。実際に落ちているというのに、そんな錯覚を与えてしまう異様な状況。しかし彼は冷静だった。物動じはせず、静かにただ一点に視線を定める。重力に逆らう事なく落ち続ける黒にも近い下の方へと。だがどれだけ目を凝らしても、感覚を研ぎ澄ませても本来あるべき者がいない。
「む・・・、ツヅミとは逸れたか・・・。」
そう先に穴へと入ったとはいえ、ツヅミと別れたのはほんの数秒の出来事。にも関わらず、ツヅミの姿も“気”も感じない。ツヅミは伏黒の式神である。その為、通常の妖怪とは似て非なる存在。式神であるが故に、ツヅミの“気”に関しては伏黒と同一体であり、それぞれがリンクしている。ある一定の距離感であれば、その“気”を元に互いの居場所がわかるのだ。現状として伏黒がツヅミの存在を察知出来ないとなると、考えられるのは二つ。
「時間差もある分、座標も若干のズレは生じるとケットシーは云っておったな。」
それはツヅミが無理やり穴を広げた事による座標のズレ。転移術は特にデリケートであり、数ミリの計算ミスで大きく外れる。実例として軌道修正を無しに地球から月へ移動する際が最もイメージがしやすいだろう。月との距離は三十八万キロの差がある。目的地までピンポイントに座標を定め、その座標までの誤差を十メートルまでとした場合と想定する。この時の進行角度は極めて精密性を求める必要があり、その誤差は0.00000一五度以下までしか許されない。ほぼ同じ位置に出現した穴であっても、ツヅミが行った穴の拡張こそは貢献ではあった。だが、そのズレが如何に大きく生まれたかは数字だけでも充分に判断出来るだろう。そして二点目に挙げられるのは、その穴に入ったそれぞれの時間により侵攻ルートがズレた事である。これらが重なった事により、物理的にツヅミとは全くの別となるルートを作り出してしまったのだった。それはある程度の覚悟は踏んではいたが、ツヅミとの合流が果たせないのが想定外の出来事であった。しかし、想定外とは常にもう一石、肩身を寄せるように連なってくる。
「おい。聞こえるか、ケットシー。ここは、一体・・・。」
ザ、ザザザ・・・
それは外との連絡や情報共有を可能とする無線の通信障害だった。耳元で酷く流れる砂嵐のようなノイズ音。ついその音は片目を閉じ、耳元を抑えたくなる程だった。
「ふん、無線は繋がらんとはな・・・。」
伏黒は実質単身で乗り込む事となってしまった。せめてナビゲート出来れば、心の余裕は何倍もあっただろう。
求められるのは、己の判断力と戦闘センス。彼の第一目標は、レタとティミッドの救出。伏黒はまず、この一点に集中する事にした。ここまできてしまえば、異常事態も異変もイレギュラーと捉えない事。培ったキャリアを型に、どれだけ冷静に目の前の事象に対処出来るか。これこそが彼の心拍を一定にさせる。まるで静か過ぎる湖の表面に凪が触れるように、彼は驚くほど酷く落ち着いていた。
「しかし、映画館の下に何故、このようなものが・・・。」
伏黒は尚も下に落ち続ける中、まず状況整理から始めた。腕を組みながら分析をする。この移動手段となるこの管自体も、先ほどのタコの脚のような物の通り道なのか。それともこれは映画館に居た者を引き摺り出す為の管なのか。それに無線はノイズまみれで遮断されている。現場には一切の証拠を残さず、レタを攫う時に至ってはカメラ視点を一切ズラさずにレタだけを抜き取った。それは敵側に学習能力があるという事。もしくは自分たちの行動が既に把握されている可能性もあるという事。可能性を広げるならばあの映画館全体がスタッフも含めグルだったのか、はたまた全く別の勢力か。ここまでの用意周到さに、一本の細い違和感を伏黒は覚えていた。これは一体の妖や悪魔が行う物なのか、と。本来の目的であろうマナの収集を行う為だけに、これだけの準備を行うだろうか。そう伏黒は何かの確信に迫ろうとした、その時であった・・・。
「ぬ・わ・わ・わわ・あああああああああああああああああああああああああ~!」
「む?この声は・・・?」
それは聞き覚えのある声であった。野太い声で、今にも泣き出しそうな中年男性のような悲鳴。パニックホラーであれば、充分な成果の助演男優ものである。まさかこんなところにまだ人が居るとは、と伏黒は思った。その思いは、すぐに行動に現れる。管となる面を強く蹴り上げ、落下速度を伏黒はより速めた。
「誰かァアアああああ、お助けをぉオオオオオオオオオ!」
「ドラキュラか⁉︎」
その喉の奥から魂が飛び出すような絶叫は、ティミッドだった。大きく高く手を広げようとしているが、何かに足を掴まれている為か強制的に下へと引き摺り込まれていた。顔はすっかり紳士の顔を忘れ、涙を豪快に流しながら阿鼻叫喚の如く悲鳴を響かせていた。そんな中、ティミッドもまた聞き覚えのある声に気付くと、ピタリと一瞬その悲鳴を一時停止させた。頭上を上げ深く目を凝らしていると、彼の視界に映り込んだのは見覚えのある老執事。
「お?おぉオオオオオオオオオ⁉︎その、声はああああ、伏黒殿オオオオオオオオオ!」
「何をしておる!早く上がって来い!」
「そ、それがいかんのですよぉおお!ガッシリ足を掴まれて、抜け出せないまま落ちるのでありますウゥゥゥゥゥウウウ!」
それでも彼は帽子が飛ばないように、がっしりと握り締めていた。余程お気に入りなのか、頑として離さない。足をバタバタと踠いたりと抵抗を加えてはいるが、足に掴まれた何かは同じく頑として離さなかった。伏黒は何度も管を蹴り上げて落下速度を上げてはいるが、一向にその距離は縮まらない。だが、一際冷静だった伏黒は気付いた。
「馬鹿者ッ!貴様、それでもドラキュラか⁉︎蝙蝠に変化するなり、脱出の方法はいくらでもあるだろう‼︎」
「おぉ!そうでしたそうでした!」
ティミッドは窪みにピッタリと球がはまったかのように、漸く気付かされると同時に手のひらをポンっと叩いた。あまりの突然な状況下に完全にキャパシティオーバーしていた彼だったが、伏黒の言葉に我に返ったようだった。すると「むむむ。」と唸りを上げ、ティミッドは何かを唱え始めた。
ぼむん
薄らとした白煙を立ち籠らせると、ティミッドは人の姿から一変。手のひらサイズの蝙蝠へと変化した。そのお陰で足に絡まっていた何かから逃れる事が出来、ティミッドは必死に羽ばたかせながら伏黒へと向かう。漸くティミッドに追いついた伏黒は一つ安堵の溜め息を溢した。結果はどうあれ、まずは第一目標の一つは確保出来たのだ。しかし戦闘面において最も頼り甲斐が薄いのは、このティミッドではないかと伏黒は思っていた。故に安堵に混じっていたのは、その後の作戦行動における不安だった。恐らく戦闘においては自分がカバーしなければならない。伏黒は眉を僅かに歪ませながら、そう悟っていた。
「いやはや、伏黒殿の機転のお陰で助かりましたぞ!ささ、吾輩に掴まって・・・。こう見えてナリは小さいですが、力はあります故ご心配無用ですぞー!」
ティミッドはパタパタと身体よりも大きな翼を羽ばたかせながら、伏黒へと近寄った。その姿は蝙蝠そのものだが、ティミッドならではのドヤ顔を見せていた。蝙蝠から発するその声がティミッドという存在を誇張しているが故か、余計に彼自身のイメージが際立っている。だからこそ伏黒は、一度は目を合わせるがすぐに彼を視界から逸らした。
「要らん。」
ドゴォォッ
代わり行ったのは、ティミッドにとって全くの予想外な行動だった。伏黒は徐に管を鈍器で叩きつけるかのように、思いっきり蹴り付けた。その動作に躊躇はなく、焦りもない。ただ無心に、これが最も合理的な脱出方法なのだと実行に走った。
「おおぉ、まさか壁に穴を開けるとは・・・ッ!」
伏黒はそのまま無理やり開けた穴へと手をかけた。するとその先に見えたのは、二人の予想の範疇を超えた物だった。
(やはり、妖怪や悪魔が作り出したものとは少し違う・・・。あまりに人工的だ・・・。)
「ドラキュラ、とりあえず抜けるぞ。」
「合点であります!」
伏黒は違和感を覚えていた。先ほど自分たちが通った道が妖術で作られた物だとばかり思っていた。だがそれは、微妙に異なっていた。確かにこの管に入るまでの穴自体は妖術や魔術の類であろう。けれど、実際に通ってきたこの管自体にマナは感じ取れない。そう、あまりにも人工的だったのだ。でなければ、伏黒の攻撃で簡単に打ち破れる筈が無いからだ。もしこの移動していた管が魔術であれば、物理攻撃は無効化される。更に言うならば、ティミッドが蝙蝠へと変化する事自体叶わないだろう。それ故に伏黒はこの違和感にいち早く気付き、ティミッドの変化出来た事を確認すると、その違和感は確信へと変わっていた。
「むッ・・・。やけに機械的な場所に抜けたな。」
彼が抜け出した先は、明らかな人工的な施設だった。何かを研究するような機械に覆われた通路。どれも無表情のような灰色で構成された壁、至る所でピッ…ピッ…っと信号のような電子音が流れている。それが一辺一メートルで作られたならば、幾重に同じような面がびっしりと連なっている。通路自体は先ほどの管とは違い、部屋の隅まで影を許さないほど煌々と明かりを照らしていた。
「ひゃあ!吾輩、急な光加減は苦手でしてな‼︎」
突然の強い光に驚いたティミッドは物陰に隠れるように伏黒の足にしがみついた。
「だからってくっ付くな、鬱陶しい・・・。」
伏黒はその言葉よりも先に足をブンブンと振り回していたが、ティミッドは決して離れなかった。その光景は宛ら、玩具屋で駄々を捏ねる子供とその我儘に痺れを切らした父親のようであった。
「しかし、ここはまるで異空間というよりは・・・、何か秘密裏に作られた施設みたいですな・・・。」
「そのようだな・・・。」
ティミッドの言葉にピタリと足が止まる。ここが異様な事に変わりはない。ここがどういうところなのか、何の為に作られた施設なのか、そんな不安を掻き立てさせていた。
・・・。
・・・・・・。
ーー同時刻。
「よっ・・・と。」
一方その頃、後に穴へと侵入したツヅミは伏黒とほぼ同じタイミングで、その施設に辿り着いた。やはり座標のズレが生じた為か、伏黒とは異なる位置に降り立ったようだった。ツヅミもまた管を最後まで滑り降りる事はなく、途中で穴を開けて無理やり侵入したようだった。それは野生的な勘も働いてだろうか。ツヅミは管を下っている最中に直感していた。これ以上、下に落ちてしまったら危険な気がする。自分も捕まってしまうのではないか。そんな直感が働いた。その直感から行動に移すまでスパンは驚くほど早く、すぐさま管に穴を開けて脱出したのだった。
「あれぇーーーーー?ボス、どこ行ったんスかーーーーー⁉︎」
ツヅミはその見知らぬ施設で声を上げた。その無垢で無防備さは通常のものであればゾッとする物であろう。だが彼の神経は、極端に図太い。仮にここが敵の巣窟だとしても関係無い。『我が道を行く』が彼のモットーなのだから。
「もう、ボクと逸れるとすぐコレなんだから、参るッスよねーーー!」
ツヅミは膨れっ面を見せながら、両手を腰に当てた。けれど彼の表情には困った様子は無く、あくまで結果オーライ。こんな事は良くある事、で済ませてしまっている。また敵の巣窟がここまで人工的な施設だというのに、彼は一切動じる事は無かった。細かい事は気にしない。あくまで彼に与えられた任務は、攫われた者たちの救出。この一点に絞っている。彼にとって仮定など、どうでもいいのだ。ただ目の前の事に振り回されず、目的を遂行する事。それを肝に銘じていたからだ。
「てか、ココどこっスか?テンジョウさーーーーん、聞・こ・え・ま・すーーーーーーー⁉︎」
ザ、ザザ、ざザザザー・・・
またも遠慮を知らないツヅミは大声で、それも大胆にインカムでのやり取りを行なった。だがその返答は、耳障りな砂嵐のみ。極地でも通信が可能とされる高性能な無線が使えない。
「ありゃりゃー、応答なしっスかーーーー。ま、適当にブラついてりゃ、誰かに会えるでしょーーーー!」
彼は楽観的に捉え、すぐに切り替えた。恐らく、インカムが使えないのは電波が届かないところという訳ではない。どちらかといえば、ジャミングされている方がしっくり来る。そう、彼は直感していた。ツヅミは最早使えないならば不要と判断し、インカムを耳から外した。その時だった。
「おい貴様、何者だ?」
「ん?」
ツヅミの前に現れたのは、研究員のような白衣を着た者たちが数人。だがその白衣の下には武装もしている。彼は違和感を覚えていた。自分の目の前に現れたその者たちは、妖怪でも悪魔でもない。いずれも只の人間だったのだ。武装は銃器と拘束具。それも非戦闘員が扱えるような癖の少ない武器であった。その内の一人は軍帽のような白と青で配色された帽子を被っていた。ツヅミに声を掛けたのもこの人物である。
「貴様、侵入者だな⁉︎」
「侵入者、発見!直ちに拘束するッ!」
白衣を着た者たちは一斉に銃器を手に取り、銃口をツヅミへと向けた。彼らとの距離は僅か三メートル程、小銃の引き金に指を添えている。本来であれば、手を挙げるところだろう。ツヅミ一人に対して、相手は六人と多勢に無勢。ましてや相手は銃では圧倒的に不利。だがツヅミは、一切動じなかった。それどころか頭の後ろをわしゃわしゃと掻きながら、退屈そうに眉を和らげる。
「なーーーに云ってんスか、アンタら?」
「何・・・?」
逆に後退りを始めたのは白衣の者たちだった。それは戸惑いでもあった。何故、こいつは銃口を向けられているのに平気な顔をしていられるのか。その疑問が深く脳裏を過ぎる。
「人に名前を尋ねる時は、まずは自分の名前から、っスよ?」
「答える義理は無い、構わん!あのガキを捉えよ!」
帽子を被る者は痺れを切らし、右手を高く挙げ隊に命令を下した。その言葉に合わせて、チャキっと金属の弾む音が一斉に響かせた。
「あー、そっスかーーー。じゃあ、ボクも答える義理は無いっスよね?」
それは一瞬、彼だけがまるで倍速になったかのような光景だった。ツヅミは瞬きも与える隙間すら与える事なく、白衣の者の一人に詰め寄った。彼の常軌を逸したスピードにまだ誰も気付けていなかった。だが彼の握り拳はその白衣の者の顎下まで迫っていた。
ドンッ
「え・・・、は・・・?」
そう彼らが気付いた時には、もう遅かった。既にその一人は、天井スレスレまで吹っ飛ばされていた。
ドシャ・・・
吹っ飛ばされた者がそのまま重力に逆らう事なく、床へと叩き付けられた。見事にクリーンヒットしたその者の顎は、拳で殴られた痕とは少し異なっていた。まるで超高速で回転した何かに思いっきり殴られたような、そんな捻れるような痕がくっきりと残っていた。当然、もうその者に意識はない。秒速の一撃ノックアウト。ピクピクと痙攣を起こしながら、白目を向いていた。
「まずはひとーーーーーーつ・・・!さぁ、カウント始めるっスよ?」
そのあまりに一瞬で行われた惨劇に、白衣の者たちは驚愕していた。目の前に佇むこの青年は何者なのかと。そう、彼らは決定的な勘違いをしていたのだ。この瞬間まで。ツヅミが式神であるが故に、妖怪や悪魔とはマナの波動が異なる。それは限りなく人間に近く、特殊な存在。その為、彼らが身に付けている妖怪や悪魔に反応するセンサーに反応が無かった。だから彼らは勘違いを起こしていた。この目の前に人間離れした青年が、人間ではないのだと漸くここで知る事になる。
「な、何をしている!奴を拘束しろ!」
「はッ!」
ダダダダダダダダダダダッ
対象が人間ではないと判断した帽子を被った者は、掃射の号令を飛ばした。一斉に放たれる銃弾のファンファーレ。それは豪雨のようにただ一点の目標に対して集中された。勿論その弾は只の弾丸ではない。相手を拘束させる為の捕獲銃。一撃でも身体に当たれば麻酔が全身を駆け巡り、動きを封じる。その濃度は熊のような猛獣ですら、半日は動けなくなる程のものである。
「ヒー、ふー、みー、結構なお客さんの数っスね。あっ、この場合はボクの方がお客さんかーー!」
だがツヅミはその弾丸の軌道を瞬間的に読み、必要最低限のステップで軽やかに躱した。音速に近い速度で放たれる弾丸をツヅミは意図も容易く、弾の一つ一つを丁寧に掻い潜った。それにも関わらず、改めて相手の数を数える程の余裕っぷりすら見せていた。
「何を、ブツブツと!大人しく捕まってい・・・ッ⁉︎」
「あれぇー?知らないんすかーーー、お客様は、神様っスよ?」
ツヅミはただ避けるだけではなく、その最低限のステップで弾丸を翻弄し相手へと近寄っていた。そして背中から何かを取り出すと、クルクルとその獲物を手のひらで回しながら走り込む。
ズドゴォォォオッ
「ぐはっ・・・。」
そうして繰り出されたのは、渾身の右ストレート。先ほど取り出した武器を握り締め、その武器ごと相手の鳩尾へと巡り込ませた。白衣の者は大量の唾を吐き溢し、その激痛に耐え切れず気絶してしまった。やはりその者にも独特の痕跡を残させていた。衝撃を与えたその腹部はぽっかりと服が破れている。更にその者の腹は螺旋を描くように酷く捻じ曲げられたような痕があった。
(さ、さっきから何なのだ・・・⁉︎こいつの攻撃は⁉︎皆、一撃で倒されてしまう、だと⁉︎しかも、この捻じ曲げられるような痕・・・、どんなパンチをしたら、こんな痕が付くというのだ⁉︎)
帽子を被った者は驚愕を更に深く染め上げていた。ツヅミが繰り出す異常なまでの攻撃に。
「あ、でも、それって語弊があるんスよね?いやーー、言葉の表現って難しいっスよねーー!」
「くそ、なんだあいつ!めちゃくちゃだぞ⁉︎」
「この拳で殴り合えばーーー、スッゲーーーー簡単なんスけどねぇ・・・⁉︎」
と、ツヅミは自分が握り締めていた武器を掲げた。それは鋼鉄で作られた棒状のもの。およそ四十五センチの長さになる棒で、その端近くには握りになるよう垂直に短い棒が付けられている。ツヅミはそれを両手に装備しており、自分の腕から肘を覆うように構えていた。
「鈍器・・・、いやあれは、トンファー・・・か?」
トンファー。近接戦において特化された武器の一つである。空手の要領で攻撃を受けるだけでなく、長い棒の部分で突き出したり、相手の攻撃を受け流し最速の反撃に転じれる。手首のスナップを利用すれば攻防は自由自在、回転させれば想像以上の打撃力を誇る近接戦闘武器である。
(いや、ちょっと待て。あいつ、トンファー使ったって。あれは確か・・・、直接殴ってなかったか?棒の部分じゃなくて、ほぼ柄の部分の握り拳で殴ってたよな!違うじゃん!トンファーの意味ないじゃんッ‼︎無茶苦茶だ、こいつッ‼︎)
帽子を被っていた者は事の寸劇を思い返していた。彼の言う通り、ツヅミはほぼトンファーで殴っていない。握った拳の部分で相手をぶん殴っていたのだ。
「そうなんスよ。本当はボクも剣とか銃が良かったんスけどねーーーー!ほら、主人公みたいで格好良いじゃないスか!けど、剣は直ぐ刃こぼれするしメンテナンスも面倒だし、銃はそもそも射撃センス無かったし。んで体術とスタミナだけは飛び抜けたボクにピッタリだったのが、コレだったんスよ‼︎」
「ほ、ほう・・・。良いのか、自分の事をそんなにベラベラと?」
帽子の者は虚勢を張った。流石に悟っていた。これは圧倒的な戦闘力の差があるのではないのか、と。だがそれはあくまで一人一人の能力差と比べた時に限る話である。数はこちらがまだ有利であるに違いない。そう彼は思っていた。だが、対するツヅミは止まらない。未だ彼らが見た事の無い独特な覇気を見せるツヅミに。青年からは笑顔が浮かんでいる。それもまた独特で、言うならばそう不敵な笑みと捉えるべきだろう。
「いやいや、そっちこそ知らないスか?結構、ベタな展開だと思うスけどねぇ・・・。」
「何⁉︎」
その瞬間、帽子の者に背筋が凍り付くような悪寒が全身を駆け巡らせた。驚愕は一気に恐怖へと変貌する。確信する絶対的な戦力差に。ゴクリと息を呑むことすら、実に息苦しい。心臓が一打強く弾かれると、ツヅミの視線に確実な恐怖を植え付けていた。
「ベラベラと自分の事を話してる時って、もう勝負はついてるんスよ?」
ドゴォッ ドゴォッ べゴォッ
「ぬわぁッ⁉︎」
それはあまりにも呆気なく、三秒という短い時間すら強烈に印象を与えさせた。刹那の間に一人、そしてまた一人。ツヅミは丁寧に一人ずつ目にも止まらぬ速度で渾身の一撃をお見舞いさせた。断末魔と共に次々に倒れていく仲間たちを残し、たった一人帽子を被った者だけがぽつりと立ち尽くしていた。だが、周りの光景に恐怖した彼は足が竦み、ぺたりと尻餅をついた。彼にはもう武器を握る勇気も抵抗も失っていた。せめてもの一矢を、仲間がやられる前までは思っていたのかも知れない。だがそれすらも圧倒的な戦力に打ち砕かれる。
「お、おい・・・、ちょちょとちょ、ちょっと待て!めちゃくちゃだ!なんなんだ貴様は⁉︎」
彼は抵抗をすっかり忘れ、空っぽになった手で彼への静止を促していた。それでもツヅミの前進は止まらない。一歩、また一歩とゆっくりと足音をコツリコツリと奏でながら近付く。その度に帽子の者は後退りをし、遂には壁の方までと追い込まれてしまっていた。
「んじゃあ、お約束の展開をもう一つーーー!」
「は・・・、はぁヒィ・・・ッ‼︎」
ジャギ・・・ィリリリ・・・
トンファーを強く握り締める音を耳元で響かせ、彼の鼻先まで近付けていた。それは先の戦闘から強く印象を与えてしまったせいだろうか。彼にとっては銃口を向けるよりも何倍も恐怖に侵されていた。
「・・・ここで黙って死ぬか、道案内してから死ぬか・・・、良く考えてから選べ・・・!」
「ひ、ひぃッ‼︎」
ツヅミが見せたその眼差しはどこまで鋭く、どこまで冷たかった。序盤に見せていた飄々とした態度とは天地をひっくり返したように、今は殺人鬼のように冷たい目をしていた。そうして、帽子の彼が決断したのは・・・。
・・・。
「で、ここが今の現在地でして・・・、下のフロアはこの通路に入って、その奥にエレベーターがあります。」
「おー!めちゃくちゃ便利ッスねー‼︎」
それは投降だった。武装していた銃器という抵抗を投げ捨て、彼はこの施設内の地図が記されたデバイスを見せていた。デバイスの形状はB5サイズ程のタブレットで、現在地に加え各部屋の名称などが詳しく記載されていた。施設内は地下一階から四階までが立体的に表示されており、捕獲エリアでもある地上階の各スクリーンまで描かれている。
「なにぶん、施設内がこうも入り組んでますから、はいー。」
帽子の者は先ほどの態度とは一変し、今では粛々と猫背寄りに頭を下げるばかりである。彼は組織のメンツよりも情報を売ることで自分の命を選んだ。それもそうだろう。一瞬にして自分の仲間を一撃ノックアウトに追い込んだ、無邪気な化け物に遭遇したのだから。情報を売ることで自分が助かるなら、安いものだと踏んだのだった。
「お、しかもこのストラップ!ティアブラックじゃないっすか‼︎もしかして推しっスか?」
彼の持つデバイスにはキーチェーンで括られたラバーストラップが付けられていた。それは先程までツヅミたちが観ていた、プリティアのキャラクターがデフォルメ二頭身にアレンジされたものだった。ツヅミの反応に気付いた彼はそのラバーストラップを摘み、「あぁ、これか」と胸の高さまで掲げた。
「えぇ、そうなんですよ!やっぱり元祖が至高ですよ、はいー。ホワイト推しとか在り来たりというかわかってないなーって。ニワカ風情が調子乗んなって感じですよねぇー、そんなに黒髪清楚系が良いんかってー、はいー。」
「あー、まぁーー。で、この地図、っていうかデバイス借りて良いっスかーーー?」
彼の発言にツヅミは、少し顔を歪ませていた。だが彼は、その歪みを愛想笑いで影に潜ませる。ギリギリ聞こえない程度の舌を切る音を小さく弾ませた後に、ツヅミはころりとまた飄々とした表情を見せていた。
「えぇ、えぇ!存分に使って下さいまし!」
「んじゃ、ありがたーーーッく!」
ドゴォッ
「ぐべらッ⁉︎」
ツヅミはデバイスを受け取った瞬間に、帽子の者の脳天目掛けて拳の鉄槌をお見舞いさせた。その突然の行動に帽子の者は下された鉄槌により舌を噛み、断末魔を途切れさせた。
「ダメっスよーーーー!敵に情報漏らしたりしたらーーー!組織として失格っス。」
ドサッ
軍帽は木っ端微塵に破れ、ツヅミの拳をモロに受けた為か彼の髪はその痕を中心にクレーターのように消え去っていた。
「組織ってのは、例え拷問を受けても、死んでも口を割らない!それが組織の鉄則っスよ‼︎」
鉄槌を振るわせた拳を開き、埃を祓うようにパタパタと仰ぎながらツヅミは吐き捨てた。当然ダイレクトアタックを受けた彼はすっかり失神しており、その声はもう届いていない。本来であればこの失神してしまった者を捕虜にして、利用した方が幾分も攻略が楽になるだろう。だがツヅミはそれを選択しなかった。どうしても割り切れなかった、たった一つのシンプルな理由があったからだ。
「あと自分、ハコ推しとティアホワイト推しなんで。推しへの侮辱は、一番許せないッスからッ‼︎」
それは自分が崇拝する推しと呼ばれた絶対的存在を侮辱された事に、怒りを抑えられなかったからだった。実際に初代プリティアには派閥がある。黒か白かその二択。だがファン同士には暗黙の了解がある。それは互いに相手を見下さない、侮辱しない、そして推しは認め合う事だった。謂わば帽子の者はファンの間で最も触れてはならないタブーに触れてしまったのだ。それもよりにもよって、最もその逆鱗を逆撫でてしまってはいけない人物に・・・。
「えっとーーーー・・・、エレベーターは・・・、こっちっスね‼︎」
ツヅミは向かった。下へと向かうエレベーターとは真逆の方向へと。そうツヅミは壊滅的に学が無く、地図の読み方など最初から理解していなかったのだ。




