81もう一つの突入までおまかせを
「ティミッドさん、大丈夫ですか⁉︎」
僕はどっしりと閉じられた重い扉を、蹴り上げるようにこじ開けた。ついに異変が起きたのだ。それもよりにもよって、現場での判断力が高いレタが攫われた。誰か一人は必ず囮にはなると云ったけれども、まさかそれがレタとは・・・。最も引いて欲しくなかったカードだ。
「来てはなりません‼︎垂殿ッ‼︎」
扉を開けるとすぐにティミッドと目が合った。しかし、その光景はあまりにも異様である。観客は息を引き取るように静かに眠っているようだった。ティミッドは立ち上がっており、落ち着かない様子。それもその筈、映画館という舞台にあってはならない存在がそこにデカデカと存在しているからだ。座席から生えるように高く伸びていたのは、巨大なタコのような脚だった。それも数百年生きた大木のように大きく、太い。ウネウネと動かすその脚の至る所には、これまたタコのような吸盤がびっしりと付いている。
「こ、これは・・・、一体・・・。」
「みんな・・・、寝てるの・・・?」
〈ティミッドの能力で、少しの間だけね・・・。けど、問題は・・・。〉
恐らくこんな状況だ。ティミッドは観客のパニックを極力抑える為に、彼らを眠らせたのだろう。この巨大過ぎる相手に、震えながらも咄嗟の判断でそうしたのだろう。相手の狙いは、“ギフト”かある程度の霊感を持った人間だ。巨大な生物のその脚は、ゆらりと恐怖を植え付けるには充分だった。
〈想像よりもずっと、敵は大きかったみたいですね・・・。〉
流石のテンジョウも、この光景には驚きを隠せないような言葉を漏らしていた。いやいや、これは大きいとかそういう問題じゃなく、完全に物理法則を無視しておまんがな・・・。これってもしかして本体はもっと大きいって事か?ティミッドさん…、そりゃあ、肩も竦むわけだ。
「な・・・、ボス!何なんスかあれはーーーーーーーーーッッ‼︎」
「まさか、地下水に棲まうような化け物が居るとはな・・・。」
遅れて西側スクリーンから駆けつけた伏黒・ツヅミのペアも、思わずこの異常な光景に目を疑う。ツヅミは馬鹿でかい声で指を差す仕末だし、その大声で荒げる彼をノールックでぶん殴る伏黒。だがやはり、あの巨大ダコの脚みたいなものに思わず唖然としてしまっていた。それは彼らでさえ、想像以上の巨体さに驚いてしまった証拠といえよう。
〈いや、あれはほんの一部だと思う・・・。本体はきっと、この下の奥に・・・。〉
ジェニーの推測は恐らく当たっている。脚だけの生物がいてたまるか、本体はもっと下。奥の、奥だろうか。
「彼奴は、並の悪魔とは違いまするッ!ここは一旦、体制を立て直し・・・うぉわッ⁉︎」
すると巨大な脚に呆気に取られてしまっていたが、ティミッドはその場で引き摺り込まれるように消えていった。まるで土の中からゾンビにでも足を掴まれ、そのまま土の中へと吸い込まれていってしまうかのように。
「ティミッドさん⁉︎」
そう僕が叫んだ頃には、彼の姿は跡形も無く消えていた。こんなにも早く、あっさり捕えられてしまうものなのか。くそ、敵さんも見かけによらず仕事が早いようで・・・。
「ティミッドが・・・、目の前で消えた・・・・・・。」
センもその一連の動作に驚いていたが、すぐに切り替える。僕の前へと素早く移動し、刀を構えるように体勢を整える。そして後を追うように伏黒とツヅミが彼女の両脇に位置し、研いだばかりのナイフを照らすような眼差しを向けていた。
「こやつが元凶のようだな。ツヅミ、戦闘準備をッ!」
「いつでもオーケーッスよ、ボス‼︎」
気合は充分、覚悟も決まっていた。ツヅミが背中にある何かに手を掛けようとしたその瞬間だった。
シュッ・・・
「・・・って、あれ?」
「逃げていっちゃったっスよ・・・。」
あれだけ威圧していた巨大な脚は、忽然と霧でも撒いたかのように姿を消した。その光景に一同は拍子抜けしてしまっていた。今のは一体なんだったのか。あの巨大な化け物は、戦う気が無い・・・?いやしかし、ここで戦闘にならなくて正解だったかも知れない。ここにはまだ眠っているとはいえ、一般人も居る。もしこのまま戦闘になってしまったら、彼らを守りながら戦うのは恐らく不可能だっただろう。けれど、なんであいつは逃げた?戦うのが不利と見たのか?それとも相手にとって都合が悪かったから?幸か不幸かという結果論より以前に、イマイチ解せないところがいくつもあるな・・・。
〈どうしてこのタイミングで撤退を・・・?目的を果たした・・・、いやマナの補給か・・・。ジェニーさん、直ぐに解析を!〉
〈もうやってる・・・ッ!全く、僕らはどうしてこうもいつも貧乏くじばかり・・・!」
どうやらナビゲートチームであるテンジョウたちは、敵の解析に集中していた。文字通り漸く敵の尻尾が見えたのだ。まだ身体の一部とはいえ、相手を引き摺り込むという習性もある。それがどんな“ギフト”なのかを特定しようとしているのだろう。さて、現場にいる僕らはどうすべきか。このまま、ここに居るのは危険だろう。また奴が襲ってきてもおかしくない。彼らの指示を待つか・・・?くそ、咄嗟の現場の指揮能力があるレタを失ったのはかなり痛手だ。こんな時、彼女ならどう戦況を見定める?考えろ、何か、状況を、俯瞰して、考えるんだ・・・。そう周りの状況を見渡している時、センが僕の服を摘みチョイっと引っ張り出した。
「ねぇ、イサム!あそこ見て!」
「ん?ティミッドさんが居た位置か・・・、なんか光ってるというか、蠢いているというか・・・。」
彼女が指を差したところは、丁度今さっきまでティミッドが立っていた位置だった。その床には何かが蠢いている。パタパタと羽を羽ばたかせるような音も聞こえる正体は・・・。
「これは、ドラキュラの眷属・・・、蝙蝠か。」
「なんか引っ掛かってる感じっスねー。」
「これ、ひょっとしてさっきの奴の異空間に繋がる穴なんじゃない・・・?」
〈あぁ、どうやらそのようだ。攫われる前に、ギリギリでティミッドが遺したんだろう。〉
成程、ティミッドはしっかり痕跡を残してくれたんだな。あの人の事だ、この功績ですら自虐的に吾輩のダイイングメッセージですぞとか云いそうだな。きっとこれを元に、残りのメンバーが解析をし対策を練ってくれるだろうと信じて託したんだろう。よくあの土壇場でそんな判断を・・・。自力での解決は困難と踏んだのか、敢えて自らの犠牲を盾に後続へ託す方を選んだ。彼の功績は無駄には出来ない。しかしその穴はあまりにも小さ過ぎる。片腕が入るほどの大きさだろうか。それでもこの中で一番小柄なセンですら、通り抜けるには無理な大きさだ。
「む、こっちにも何かあるな・・・。これは氷・・・、あの雪女のか。」
「こっちも穴が閉じないように、氷で塞いでるって感じっスねーっ‼︎」
すると今度は伏黒も、彼らの痕跡を見つけたようだ。その痕跡はレタが残してくれたものだろうか。ティミッドが残してくれた穴と同じように、こちらはその穴が閉じないように氷で塞いでいた。しかし、ティミッドのものとは違って、ピシピシとひび割れるような音を氷が軋ませている。こちらもあまり長い時間は保てない様子だった。
「じゃあ、ここから入れば助けに行けるんじゃないかしら。」
「けど、これじゃ穴が小さ過ぎて、誰も入れないよ。」
確かに、この穴をうまく使う事が出来れば、彼らを救う手立てはだいぶ楽になるだろう。けれどこれは丁度痒いところに手が届かない。いずれの穴も片腕が入るくらいの幅しかない。穴を覗いてはみたがその先は何かが見えるという感じではない。強いていえば星の無いプラネタリウムを見ているようだ。グルグルと渦のようにその穴の中で何かが波を打って回っている感じだ。そう易々と手を突っ込むのは勇気がいる。これでは侵入しようにも出来ない状態だ。今はなんとかそれぞれの能力で、なんとか繋ぎ止めているところだが。
〈あぁ、けどちょっと待ってくれ。その穴、解析してみる・・・!もしかしら、他にも入口があるかも知れない。〉
〈お願いします・・・!〉
そうか、この穴は異空間への入り口。いわば鍵と扉が既にある状態だ。となればもしかしたら、これを解析すれば別の入り口もあるのかも知れない。それにもしこの下が奴の根城に繋がるとするならば、最も足跡を多く残した出入り口がある筈だ。そうだな、ここは一度ジェニーの解析を待つべきか。ここで首を傾げながら、ただ待つだけじゃどうしようもないし。
「ん?小さいなら、広げたら良いんじゃないスか?」
すると何とも不思議そうにツヅミが小首を傾げながら、そう言葉を漏らしていた。いやいや、そんなパンが無いならケーキを食べればいいじゃないみたいなスタンスで云われても。第一、この穴がどんな性質や能力かも分からないっていうのに、どうやってコレを広げようと思っているんだ。大体そんな簡単に広げられたら、苦労はしないっていうのに・・・。
「え・・・、そうだけど。そんなのどうやって・・・?」
「そうよ!広げるって物理的に無理じゃない。」
「いや、フツーにこうやって・・・、ほい。」
グニョン
「うわッ!穴が大きくなった⁉︎」
するとどうだろう。彼は何食わぬ顔で、その穴に両手を突っ込み、輪ゴムでも広げるようにその穴を大きくさせた。えー、何この子。もはや何でもアリじゃん。というかこの訳の分からん穴に躊躇なく手を突っ込みますかね?凄いけど、一般人の僕からしたらドン引きですよ。って、あ。どうやら傍らに居たセンも顔を引き攣っている。って事は普通の“ギフト”でもこんな事しないって事だよな。それだけの破天荒さがこのツヅミにはあるということだ。
「出来したぞ、ツヅミ!これで本丸に・・・ッ!」
〈いや・・・。それでも無理くり広げたからね、マナもそんなに通ってないみたいだ。穴の大きさは一人分サイズ。それも一方通行の一回切りが限度だろうなぁ・・・。〉
まぁ、無理やり広げた訳だからそれはそうだろうな。ジェニーの判断は恐らく正しい。センや伏黒が頷くほどだし、あの穴のマナ量からして一度通ればたちまち消えてしまうのだろう。
「と、なると・・・、この中から二人までしか行けないって事か・・・。」
レタとティミッドが残してくれた異空間への入り口は二つしかない。ジェニーの解析からその穴は一方通行。出入りも出来なければ、繰り返しの利用も出来ない。つまり、ここは再び選定が必要だという事。現場に残されたメンバーは全部で四人。僕とセン、そして大和コンツェルンからの伏黒とツヅミとなる。囮作戦として考えれば、まずは作戦通りである。だが残されたメンツでのフォローは失敗。しかし失敗となりそうな場合には、なるべく痕跡を残せるよう行動するという点では御の字だ。となると、次の作戦フェイズとしては…。痕跡から辿って追跡、そして全員の救出である。ここで勘違いしてはならないのは、僕らはあくまで捕らわれた者たちの救助が第一優先であり、異変解決は二の次だ。それを踏まえた上での作戦行動なのだから、勿論深追いは出来ないところだけど・・・。さて、誰を選定するか。と、こまねいていたところ、初老の執事が一歩前に出た。
「では、ここは小生らが行こう。」
「お、ボス!ノリノリっスねー!」
ふんっと軽く鼻息をたて、ネクタイの位置を整える伏黒。この穴の先は完全に敵の根城だ。少なからず戦闘は避けては通れないだろう。となると先の模擬戦で見せた伏黒や戦闘経験にも自信ありげのツヅミなら適任かも知れない。
「じゃあ、僕らは一旦ここで待機ですかね・・・。」
〈お待たせしました、皆さん。ジェニーさんが他の入口も見つけてくれたようです!〉
〈レタたちが残してくれた穴を解析したら、一箇所だけ常に開いている穴があったよ。君たちは、そこに向かってほしい。〉
なんと仕事の早いこと。僅か数分足らずでもう解析が終わったのか。流石、ジェニーというべきか。まさかとは思っていたけれど、本当に別の入り口があったとは。って事は、コレって完全に計画的に何かを企んでいるって事だよな。さっきのタコのような脚といい、相手を異空間へと引き摺り込む能力といい、何だっていうんだよ、この映画館は。けど、とりあえずこれで新たな作戦と選定が決まった。
「じゃあ、みんなで助けに行けるのね!」
〈えぇ、けど油断は禁物です。この穴の先は敵の手中である事。それと無理やりその穴を広げたのです。本来繋がるところから座標がズレてしまっているかも知れません。〉
テンジョウは口酸っぱくもそう繰り返していた。それだけ危険であり、安牌な道ではないという事だろう。そもそも当初の作戦から、安全策なんてものは無いに等しい。
「ならば、作戦は決まったようだな。小生らはここから侵入する。お前たちは、ケットシーの案内に従って進め。」
「わかりました!」
〈爺とツヅミは、レタさんとティミッドさんの救助を第一優先に。垂さんたちは別ルートから捕えられた人たちの救助に当たってください。我々もモニタリングをしながらサポートは致します!〉
互いに目を合わせ、同時に頷く。それは皆が覚悟を決めた瞬間でもあった。ちょっとした身震いも起こしたが、それが武者震いであって欲しいな。いやいや、こういう時こそマイナスに考えるな。僕は常に周りの状況を、戦況を俯瞰するんだ。しっかり見据えれば、落ち着いて行動すれば悪くはならない。気を引き締めていこう・・・。
「ボスー、お先どうぞー!」
「では行って参ります、ぼっちゃま。」
伏黒は音もなく静かにお辞儀をすると、躊躇う事なくティミッドが残した穴へと飛び込んだ。
〈頼んだよ、爺。〉
「んじゃー、ボクも行ってくるんでー!後で上手い事、合流しましょーッス!」
続いてツヅミもまた、レタが残した穴へと飛び込む。彼は最後まで手をブンブンと大きく振りながら沈んでいった。何というかあの人だけ凄くマイペースだよな。だ、大丈夫だよな、一応伏黒も居ることだし何とかなるだろう。さて、後は僕らだけだ。
「良し、僕らも向かおう!」
「えぇ。」
傍らに居たセンも漸くかといった様子で眉をキリッと立たせ、浅く頷いていた。
「ジェニー、案内してくれ。」
〈あぁ、座標まで案内するよ。〉
そうして僕らは次のフェーズへと突入した。少し予定とは異なってしまったけれど、大丈夫だ。大丈夫、今はそう云い聞かせるしかない。
・・・。
・・・・・・。
「で・・・、ジェニー。もっかい、確認して良いかな・・・。」
「んむぅ~・・・。」
僕とセンはジェニーのナビに従い、その目的地に到着した。しかし、その場所はあまりに倫理観が歪みそうになる。傍らに居るセンもそうだった。嫌悪感剥き出しに、言葉にならない苦言を露呈してしまう程だ。理由は何でかって?そんなのコレを聞いて目にしたら、誰だってそうなる。だって、僕らがその第一人者なのだから。
「本当に座標はここで合ってるんだよね?」
〈あぁ。間違いない。ここだ、だから今すぐ入ってくれ。〉
だから僕は口酸っぱくもジェニーに再確認をした。お願いだから、その座標が間違いであってくれ。そう神にでも懇願するかのように。だが彼から帰ってきた返答は、実に心のこもっていない合理的なものだった。
「入れる訳無いでしょーーーッ‼︎」
「そうよ!だって、ここトイレじゃないのーーーッ‼︎」
その瞬間、僕らの堪忍袋は一気に破裂する。緒が切れたとかそんな問題じゃない。中からはち切れたの方が正しい。何を隠そう、彼が指定し、ナビしてくれた場所は男子トイレなのである。そう、女性であるセンにとってはこの時点でアウトだ。そして追い討ちをかけるように、更に指定されたのは手前から三番目の“大”をする方のトイレ。故障中の札付きのね。これは男であろうと、入ることすら躊躇ってしまう。そう倫理的にだ。だって、そうだろ?誰が好き好んで故障中のトイレの中に足から飛び込めと云うんだか。そもそも嫌に決まっている、トイレの中に入るなんて。
〈大丈夫だよ。ほら、このトイレさ、故障中って札が掛かってたろ?だから、しばらく使われて無いんだから汚くないって。〉
「いや、そうだけど・・・。ほら、倫理観とかあるじゃん・・・。」
〈でも入口はココしかないよ?〉
おいおい、それを云われたらグゥの音も出ませんって。故障中だからとか、使われてないからじゃないんだよ!そりゃあ用を足した後のよりは百倍もマシだけど、いやいや何をいっているんだ僕は!けど、入り口はここだけだし・・・。僕らは奥歯を強く噛み締めていた。次に進む扉はすぐそこにあるというのに、倫理観がその一歩を妨げていた。
「ぐぬぬ・・・、・・・・・・・ふぅ、わかったわ。」
「セン⁉︎」
人一倍苦慮していたセンは大きく溜め息を吐き、何かの決意を漲らせているようだった。いや、ようだったって、ひょっとしてまさか・・・!
「私、飛び込むわ・・・、トイレに。」
「正気なのかい、セン・・・。」
「今が勇気を見せる時よ、イサム。」
おいぃぃぃぃぃー!いや何、その覚悟。そして、その清々しさ溢れる全てを受け入れる事を決意した表情してんの・・・?!さっきまでこっちサイドだったじゃん?さっきまでの羞恥心と嫌悪感と倫理観どこ行ったの?
何なら、明日世界が終わっても良いみたいな顔にまでなってますよ、セン?というかもっと別の勇気の見せ方があると思うよ。というか本当に行くの?いや、目線合ってないよ?もうその表情、死ぬ覚悟じゃん。全てを悟ったハムスターより整ってるよ?すると今度は大きく息を吸い込むと、鼻を抑え、頬に空気をめい一杯膨らませた。
「・・・えいッ!」
どぼん
覚悟を決めたセンは、垂直跳びで足からトイレへと飛び込んだ。さながら飛び込み台から、プールへと垂直落下するかのようにである。そして、どうやらジェニーのナビは正しかったようだ。座標はまさにこのトイレの中にあるようで、飛び込んだセンは頭まですっぽりとトイレの中に入ってしまい、姿を消した。
「うわ、本当に行っちゃった・・・。ていうか、え、本当に繋がってるのか・・・。」
そーっと僕はセンが飛び込んでいったトイレの中を覗き込む。パッと見は、どうみても何の変哲もない普通のトイレだ。さっきのスクリーンに残された穴とはまるで違うようだけど・・・、いや、でも現にセンは居なくなったし。そっちの方へと行ったって事だよな・・・。
「せ、セーーーーー・・・ン。大丈夫、そう・・・?」
僕は恐る恐る暗がりの洞窟の中で、怯えながらも仲間を呼ぶように口元に手を当てながら発した。
〈ほら、早く追いかけないと!〉
いや、あなたはちょっと黙っててくれよ。どこまでこの人は空気が読めないんだよ。
「イサムーー!なんか大丈夫そうよー!」
「うわ、トイレからセンの声が⁉︎どうなってんだ・・・。」
「早く来てー!」
驚く事なかれ、君たちはトイレの中から人の声が聞こえた事があるだろうか。あってたまるか。怪奇現象とかのような見知らぬ人物の声ではなく、つい先程まで行動を共にした仲間の声がである。わかっているけれど、敢えて云おう。当然、今この瞬間まで初体験の出来事だ。ぶっちゃけ、夢であればと強く願った。そんな現実逃避が僕の脳裏に駆け巡ったのが功を奏したのか、段々とどうでもよくなってきてしまった。そうだ、もういっそ無になってしまえ、逆に考えるんだ。トイレくらい入ったって良いじゃないかと。何を咎められる事がある。誰だって一度は便座が開いた状態で、そのまま座ろうとしてしまった事があるじゃないか。
「・・・えぇい、ままよッ‼︎」
どぼん
僕は飛び込んだ。故障中のトイレに。崖から飛び降りるが如く、トイレの中へ吸い込まれていった。
「うぉ・おぉオオオオオオオオオ、オオオオオぉオオオオオオオオオぉおおお⁉︎」
なんだこれ⁉︎何だこれッ⁉︎中はまるで水道管の中を滑り落ちるような構造だ。もっといってしまえば、角度九十度に設置されたウォータースライダーみたいだ。そう僕はただただ、重力に逆らう事なく下へと真っ逆様に・・・ただ落ちているのだ。それもかなり長い。え、ていうかこのまま床にでも落ちたら、死んでしまうんじゃないか⁉︎やばいやばい、何が大丈夫だ、あの猫野郎‼︎次会う事が出来たら、絶対胸ぐら掴んでウ⚪︎トラ怪獣を全部云えるまで帰さないからな!
べちゃり
「ぐへッ・・・。」
どうやら僕はその床に叩きつけられたようだ。しかし、その衝撃は思った以上に少なく、ベッドにダイブしたくらいの感触だった。
「うぐ、なんか惨めだ・・・。」
それが余計に拍車をかけているようで、その惨めさがより深く僕の心に侵食していた。するとタタタっと少女が駆け寄るような足音が聞こえてくる。
「大丈夫?イサム・・・?」
「な、何とか・・・。もうお婿に行けない・・・。」
「それ、先にトイレに飛び込んだ私の前で云う?」
最初は心配そうに手を差し伸べるが、僕の言葉にちょいと逆鱗に触れたのかすぐにその手を引っ込ませた。逆にムッと前に出てきたのは、明らかに怪訝そうな眼差しを向ける少女のナイフのような視線。そのナイフは僕の頸動脈を、いつでも簡単に切り裂けますよと云わんばかりの眼差しである。
「と、とにかく・・・!何とか入り込めたみたいだね・・・。」
僕はそんな命の危険を察して、すぐに立ち上がる。だが、僕の目の前に飛び込んできたその光景は・・・。僕の想像を、いや僕らの想像を斜め上に超えてしまうようなものだった。
「えぇ・・・、そのようね・・・。」
それは勿論、黒羽の少女も同様であり、改めて見た周りの状況につい息を呑んでしまうくらいだった。
「けど、なんだここは・・・。てっきり悪魔の腹の中とか、そんなの想像してたけど・・・。」
「ここまで人工的だと・・・、驚きは隠せないわね・・・・・・。」
そう、グニョグニョとした肉のようなもので覆い尽くされた壁ではない。明らかに人工的で、機械的な施設。宛ら研究施設とかそういうのに当てはめた方がまだしっくりくる。一体、ここは何なんだ・・・。




