80上映開始までおまかせを
ビィィイイイイーーーー・・・・・・
スクリーン内に上映の合図が鳴った。館内はスーッと緩やかに照明を落とし、正面に映し出された大画面に注目が集まり始めていた。僕とセンはこの北側スクリーンに入り、中央寄りに位置するところへ座った。夕暮れ時ともあって、観客はがらんと少ない。殆どが空席となっており、本来の収容数の一割も満たないくらいだ。僕らは隣同士に座り、あくまでカップルを装っている。この閑古鳥がなくくらいに動員が少ない理由はもう一つあるだろう。画面に映し出されたのは映画の内容だ。『サメ男対シャークロボ』という、如何にもB級映画を絵に描いたような作品だからだ。正直、進んで観ようとは思わない。今回の作戦があって、強制的に観る羽目になった映画だ。俳優も正直初めて見る人ばかりで、冒頭からチープさを匂わせている。
〈良いかい、みんな。もう一度、状況を整理するよ。〉
映画はどのスクリーンも丁度十七時半から上映されている為、ジェニーからの合図は分かり易かった。ジェニーは、改めて作戦行動の内容をもう一度説明してくれた。上映中は警戒を怠らない事、バディとなった仲間を意識する事。そして三十分毎の安否確認として点呼を行う事。実際に犯行が行われるのは、映画の終盤からスタッフロールが流れるまでの間。だが決して油断は出来ない。これだけの数の妖怪や悪魔の類がこの映画館に集まっているのだから。しかもその殆どが非戦闘員のような戦いを好まない“ギフト”ではなく、いずれも戦いにおいても能力に長けた者たちばかり。相手からしてみれば、大物がかかる海に来たようなものだ。前のめりに食い込んでくるかもしれない。だからこその安否確認と警戒体制なのだ。
〈東西と北、いずれかのスクリーンに奴は現る。けれど正体は未だ不明だし、どんな方法で対象を連れ去るのも不明だ。だけど、社長さんの今までの映像を見る限り、一度に全員消す訳じゃなく、あくまで一人ずつだった。〉
そうこれがこの事件で最も厄介なところ。肝心の犯行方法や首謀者がわかっていないのだ。複数人で行われているのか、一個体によるものなのか、はたまたこの映画館自体がグルなのか。それすらも不鮮明だ。それ故に全員が囮となって、相手が食い付くのを待つしかない。一度でも仕掛けに掛かれば、残ったメンバーでフォローに回る。この作戦が可能だったのは、一人ずつ狙われるという穴があったからだ。勿論リスクはある。もしも首謀者が一度に全員に食いかかってきてしまったら、この作戦は一発でアウト。詰まるところ、ゲームオーバーだ。
〈なんで一回ずつなのかしら・・・?どうせ出来るんなら一度にやってしまった方が楽なのに。〉
インカムから流れてきたのはレタの声。彼女の疑問は同意できる点がある。獲物となる“ギフト”たちを連れ去るならば、一度に行った方が効率が良い筈だし足が付きにくいのに。
「確かにそうね・・・。その方が証拠は残りづらいし。ポリポリ……。」
それを疑問に思うのは、僕の隣でポップコーンを頬張るセンもその一人だった。仮にも作戦中だというのに彼女はどっしりと構えているというか、かなりリラックスしている。スキマ時間でも埋めるように、次から次へとポップコーンを口へと放り投げている姿は本当に肝が座っているな。正直、画面に流れている映画の内容は驚くほどチープで訳が分からない分、余計に隣のセンが気になってしまう。
〈あんた、絶対ポップコーン食べてるでしょ!〉
「ポリポリ。食べてないわよ。ズゾゾー。」
と、あろうことかセンは傍に置いていたコーラで先ほどのポップコーンを流し込む仕末だった。じっと目の前に広がる映像を眺めているし、その返事に感情は無かった。無理に緊張をする必要はないと云う事か。そう云う事で良いんだよな?ていうかもしもこれがカップルを装ってきているならば、少し話が変わるぞ。これじゃあまるで、彼氏に無理やり好きでもない映画を仕方なく付き添って、詰まらなそうに時間を潰しているみたいじゃないか。頼むからなんかリアクションしてくれよ、セン。
〈・・・まぁ、それでも情報はゼロに等しいけどね。〉
〈何か条件でもあるとか?それが出来ない理由でもあるのかしら。〉
レタの切り返しには僕も思う節はあった。一体ずつ連れ去っているのではなく、一体ずつしか出来ない。対象の者を自分のテリトリーに引き入れる為には、何か条件があるのではないのかと。うーむとレタの唸りながら考える声まで、耳元に少しだけ響いていた。
〈何でしょうなぁ、良く噛む方、なのでは無いですかな?〉
〈お行儀良くご飯でも食べてるって?いやいや、随分と律儀じゃない。〉
〈いや、ドラキュラの云う通り、強ちそれは間違いでは無いだろうな。対象が消えると云うのは何も殺す訳ではない。ドラキュラよ、奴は獲物を捕らえてマナを吸収し続けていると云っておったな?〉
するとティミッドとレタの間に伏黒が割り込んだ。首謀者の目的は、一度の食事の為ではない。如何に長く対象からマナを吸い続けられるか、と云う事。その為に”ギフト”たちを攫う。それは、決行前にティミッドが口にしていた事だ。となると、それがヒントになっている?伏黒はそう云いたいのだろうか。
〈おぉ、伏黒殿!その通りであります。〉
〈恐らくは、自分が居る異空間とでも云うべき場所に転移させておるのだろう。転移とはそれなりの技術とエネルギーが必要だ。一人ずつ掻っ攫う事しか出来ないのは、大方、複数に向けての対象が取れんからだろう。対象と座標を決めて引き摺り込む必要があるのだからな。しかし、全く厄介なものだ・・・。そこに一度連れてかれた者は、抵抗する事も出来んだろう。〉
「どう云う事です?」
伏黒の説明で、まだ憶測ではあるが一人ずつしか攫えない理由はわかった。けれど一つ腑に落ちないのは、その異空間と呼ばれるところでの話だ。僕はその言葉に思わず小首を傾げた。異空間に入ると抵抗する事が出来ないってどう云う事だ?自分の能力を封じられるとか、本来の力を出せないとか。そんなデバフでもかかってしまうという事だろうか?確かに、“ギフト”を捕えると云うのは容易ではない筈だ。それなりの対策や方法を用いらないと、こうも易々とチップたちも捕まえる事は出来ないだろう。するとセンは咥えていたストローを口から離し、そっと座先のドリンクホルダーに置いて、漸くこちらを振り向いた。
「自分が作り出した異空間だからね。自分の都合の良いように出来ているのが異空間の売りよ。だから、基本的に抵抗や反撃は敵わないわ。要はね、自分専用の何でもありなフィールドって訳よ。」
「成程・・・。」
詰まるところ、自分ルールに無理やり引き摺り込まれるって事か。確かにそれは、伏黒の云うように厄介かもしれない。あぁ、だからそうか。この作戦が決定されたのか。僕はそこで漸く、この作戦の意図が掴めた。
「それで・・・、ですか?この囮作戦を決行したのも。」
〈あぁ、どこから出るか分からないし、誰が狙われるかも分からない。だから、ここに居る誰かが囮と思った方が良い。一人が消えてから、次の動作まで数分のスパンがある。残ったバディは情報共有を。出来れば痕跡を残して欲しいけど・・・。〉
ジェニーがそう作戦内容を伝える最中、突然ガタッと何かが飛び出すような音が耳元に響いた。そして、そんな残響を追いかけるようにもう一振り。
〈ギャァああああああああアアアアーーーーッ⁉︎〉
⁉︎
「レタさん⁉︎」
それは紛れもなくレタの悲鳴だった。なんだ一体⁉︎耳の傍らで弾丸を貫かれたような劈く悲鳴。彼女の悲鳴に一同が騒つく感覚に陥る。緊張の糸が身体中を縛り付け、ピンと張られた感覚だ。
「何・・・!もう襲われたの・・・⁉︎」
余りに突然の大絶叫に、流石のセンも背筋を大きく飛び跳ねさせたせいか、ポップコーンを数個撒き散らしていた。そんなキリキリとした緊張が駆け巡る中、コホンっと実に申し訳なさそうにティミッドの咳払いが聞こえた。
〈失礼・・・、映画に蜘蛛がデカデカと出ましてな・・・、そのせいでありますな・・・。〉
「ほ・・・、何よ。紛らわしいわね・・・。」
どうやら、彼女の悲鳴の原因は映画本編が原因のようだった。そういえば、彼女たちが居る東側の映画は・・・。あぁ、そうだった。蜘蛛男の恐怖だったか。これまた随分と、昔の映画に感化されたようなB級宛らのネーミングだ。蜘蛛、嫌だって云ってたもんな。恐らく彼女はムンクの叫びを耳にしたあの絵画のように、絶望に満ちているのだろう。その悲鳴も、自分の部屋に窓ガラスを割って『恐怖新聞』でも投げ込まれたかのような絶叫っぷりだったし。いやしかし、このタイミングというか・・・、実に紛らわしい。一同は安堵の息を溢してはいたが半分は呆れていた。
〈全く、蜘蛛ぐらいで絶叫しおって。先が思いやられ・・・。〉
〈さぁ!みんなのハッピーパワーを集めてッ‼︎いっくよぉーーーー!プリティアーーーー・・・。〉
〈マックス、スペシャルハーーーーーーーーーーーーートッ‼︎〉
すると今度は伏黒のいる西側の方だろうか。とんでもなくキラキラとしたアニメ声の女性が叫んでいる。かと思えばツヅミの大興奮冷め止まぬ特大級のコール。プリティアの技名だろうかを恥ずかしげも無く、こちらも大絶叫だ。キーーンっとした耳が弾け飛びそうな爆音に、僕らは思わず意味もないのに耳を塞いでいた。そして彼らの決め台詞なるものに拍車をかけるように、これまた煌びやかなBGMが流れ込んできている。所謂、勝ち確演出のバックミュージックなのだろう。それが余計に、総員を唖然とさせる。
〈いや、何これ⁉︎うるさッ!〉
きっと今この瞬間まで気を失っていたであろうレタも、この音量に飛び起きたようで怪訝そうな声を漏らしている。
「音声、割れまくり・・・。」
傍らにいたセンも同様のようで、彼女に至ってはインカムを外していた。あまりの大音量に眉を歪ませながら、耳を摩っていた。これは何事かとセンが聞くので、西側の方だよと聞くと「あの式神ね。」と妙に納得したのか再びインカムを付け直した。
ゴンッ
〈・・・すまん。〉
インカム越しからは、鈍めの重低音が短く響いていた。伏黒の謝罪から察するに、自分の部下への制裁がたった今行われたところだったのだろう。
〈ちょッ⁉︎何すんスかぁーーー!ボス⁉︎ボクだって、真剣なンスよーーーッ⁉︎〉
〈お前が真剣なのは、映画を観る事だろうがッ!全く、坊っちゃまに顔向け出来ん・・・。〉
しかしここで食い下がらないのが、空気ブレイカーことツヅミである。彼はきっと本能のまま自由奔放に純粋無垢なのだろう。なんだかプリティアが好きなのが妙に納得出来てしまった。あぁ、でもあれだぞ。決して世の中のプリティアファンを貶すわけではない。こんな子もいるんだと云うだけ話だ。
〈まぁ・・・素直なのが取り柄なんですがねぇ、うちのツヅミは・・・、はは。〉
〈何度も云うけど、僕らは映画を観に来たんじゃないんだ。作戦は呉々も忘れないように・・・。〉
その声から察するに、流石のサポートオペレーター陣も思わずの苦笑いなのだろう。あと、テンジョウさん。それ多分、フォローになってないですよ・・・。
「ね、ねぇ・・・、イサム。」
「ん?」
彼らの会話に苦笑いをする中、傍らから一際緊張に溢れた声がした。ふとその声の先へ振り向くと、やはりその声の主はセンだった。さっきと比べて、妙に頬を赤らめ緊張している様子だった。それに、やけによそよしいというか、身をもじもじさせながらきまりが悪そうだった。なんだ・・・?さっきと打って変わって、様子が変だな。ポップコーンでも食べ過ぎたんだろうか?じっとこちらを見つめているかと思ったら、目が合えばすぐにサッと視線を逸らしているし。彼女はわなわなと僅かに唇を震わせると何かの決心が固まったのか、辿々しくもその唇に声を乗せた。
「あの、一応なんだ、けどさ・・・、手、繋いどく・・・?」
・・・?手を、繋ぐ・・・?どゆこと・・・?
僕は思わず、目が点になった。待て待て、これはどう云う状況だ?えっと、冷静になれ、垂イサム。ほら、今は作戦行動中だ。これはデートとかそう云うのじゃないし、というかそもそも彼女は青天狗で僕は人間だし。いやいや、今の時代なら種族も性別の垣根も関係ないと云うけれど・・・。あ、あぁそうか、そう云う事か。これも作戦の一つか。僕らはあくまでカップルを装ってここに来ているわけだし。よりそれっぽく見せる為に、そう演じていこうと云うわけか。なるほどなるほど。それなら話がわかるぞ!
「あ、いや!ダメなら良いんだけどさ・・・、ほら、繋いでた方が、居なくなっても直ぐに、わかる・・・じゃない?」
それにしても妙に気恥ずかしそうに提案してくるなぁ。別にそう演じるだけなんだし、役になりきれば良いだけなのでは?でも、彼女の云っていることには一理ある。手を繋いでおけば、カップル同士と装う事も出来るだけじゃない。それこそどちらかが居なくなった時に、直ぐに察知する事が出来る。うむ、これは確かに理に適っている。
〈おーおー、繋いどけ繋いどけ、青春は待ってくれないぞー。〉
「レタは黙ってて!」
センの提案を検討している最中、レタからは謎の野次が飛んできていた。どうやら、レタも冗談が云えるほどの冷静さを取り戻しているようだ。逆にセンは、自分の周りに飛び交うハエでも追い払うように疎ましく感じているようだった。けれど、ここは彼女の提案に乗ることにしよう。僕はそう思った。
「確かに、その方がお互い気付けるかもね。」
「う、うん!」
と僕は映画を観ながら、左手をそっと握れるように差し出した。座席同士に橋をかけるように最も短いアーチを模る。
「って・・・あれ?」
だがいつまで経っても、向こう側の岸からは差し伸べる手は来なかった。代わりと云ったらなんだが、彼女がとった行動は僕の着ていた上着をちょいと摘む程度だった。不思議に思った僕は、センの顔を伺う事にした。
「・・・セン?手を繋ぐんじゃ、なかったの・・・?」
「わわわわわ、私にはちょっと早いというか、烏滸がましいというか!ぅえっと・・・、これが限界というか・・・。こっちの方が落ち着くかも・・・。」
僕の上着を摘みながら、映画を観る事も出来ずにひたすら俯く仕末だった。ブツブツと震えながら早口で、自分の感情と言動がごっちゃごちゃになっているようだった。なんで、こんな緊張しているんだ?さっきまであんなにどっしりと構えていたのに・・・。まぁ、良いか。摘む方が落ち着くのなら、ここは彼女に合わせてあげた方が良さそうだな。
「そっか、じゃあ・・・。これで。」
「あふぇェェええええええええええーーーーッ⁉︎」
「いや、手繋ぐのダメなら、僕もセンの服を摘んでいれば良いかなって・・・。」
本日、何度目か絶叫が鳴り響いた。それは驚きと嬉しさなのかが相まった絶妙なラインの絶叫。
〈ちょっと、セン⁉︎大丈夫なの⁉︎〉
「ふぁい・・・。らいじょうぶれすぅ・・・、センは今日も元気れすぅ。」
〈不味いな、センが少女漫画みたいなベタな青春展開に昇天しかけている・・・。〉
〈ぬぬぬ・・・、ここには真面目に任務を遂行する者はおらんのか・・・。〉
するとどうだろうか、センは想定外のエクスタシーに達したのか放心状態で築き上げたキャラが崩壊していた。なんか、僕不味い事をしてしまったのだろうか。インカムから流れてくる周りの反応は呆れている様子だし。これ、大丈夫なのかな。人員配置間違ってしまった?いや、僕の行動が間違ってしまったのだろうか。
〈あ、ボス来ましたよ!これ、ボクの推しキャラなんスよぉ‼︎いやーー、カワイッスよねぇーーーーッ‼︎〉
〈頭が、痛い・・・。〉
ツヅミといえば相変わらずの超マイペース思考だし。彼の主人である伏黒も頭を抱えているみたいだし。やっぱりちょっとはシャッフルすべきだったのかな。いや、でもパワーバランス的にはこれが適正らしいしなぁ。この配置がベストだと、ジェニーもテンジョウも云ってたわけだし、本当に大丈夫なんだよな。なんか無性に心配になってきた・・・。
〈君たち・・・、いつもこんな感じなのですか・・・?〉
〈いや、ちょっとそれは……、平常運転だとは云いたくない……、かな。〉
流石のテンジョウもこの光景にはタジタジのようだった。対するジェニーでさえ、なんと返せばといった具合で言葉を濁らせていた。それでも映画は進み、刻々と時計の長針も左へと回っていった。
・・・。
・・・・・・。
それから時間は進み、映画はラストシーンを迎えていた。正直映画の内容は、驚くほど意味が分からない展開ばかりで呆気に取られるばかりだった。敢えて声には出さないが、ここまで時間が過ぎるのが遅く感じてしまう映画は他に無いだろう。あまりのくだらなさに、何度か寝落ちしてしまいそうにもなるくらいだ。それでも重い瞼をこじ開けながら、僕は喰らいついた。時にはセンのポップコーンを頬張りながら眠気を誤魔化したり、しばしば軽い談笑を挟みながら時間を潰していた。一方その頃のセンといえば、映画館での鑑賞が初めてだったのか、後半からは食い付くように観ていた。一体どこに感情移入してしまったのかは分からないが、時折手に汗を握らせたり、僕の上着を摘む地がらが強まったりしていた。しかし、肝心の犯行は未だ来ない。それも拍子抜けしてしまうくらいだ。周りの気配も特に変わりはないようだし・・・。
「意外と来ないわね・・・。」
「そうだね・・・。」
けれど、メインとなる首謀者の犯行はここから。そう、ここからが僕にとっては本題なのだ。そう合図を送るように、ジェニーはコホンっと軽い咳払いを発した。
〈奴が動くのは、映画の終盤からだからね。時刻は十八時半・・・。開始から、およそ一時間ってところか・・・。〉
〈皆さん、三回目の安否確認を・・・。〉
そして、作戦決行から三度目の安否確認の点呼が入る。恐らく、これが最後の点呼。この先から犯行が行われ、誰かが囮となり、首謀者の尻尾を捕らえるのだ。皆のゴクリと息を呑む音がインカム越しに響いた。
〈はい、坊っちゃま。こちら西側スクリーン、小生及びツヅミに異常無しにございます。〉
「北側スクリーン、僕とセンも異常無しです。」
僕は傍らにいたセンを確認した後に、そう報告した。彼女は一瞬だけ目が合うと、コクリと小さく静かに頷いた。だが、この安心し切った暗闇に包まれた映画館に、不穏の波が押し寄せる。
〈む・・・?むむ・・・、むむむむむむ⁉︎レタ殿⁉︎どこぞに⁉︎〉
声の主はティミッドからだった。その異変に慌てふためき、動転しているようだった。
「まさか・・・!東側に⁉︎」
僕とセンは目を合わせた。こんなに急に訪れるのか。いやテンジョウに見せてもらった映像でも、何の前触れもなく突如として犯行は行われていたけれど・・・。けれど、今回は充分に警戒はしていたはずだ。それに僕らが見ているこの視界だって、ジェニーたちも見ているのだ。胸元に仕込んだ隠しカメラでリアルタイムでモニタリングまでしているのだ。仮に攫われた事が分かれば、ジェニーたちも把握出来る筈なのに・・・。一体、どうやって・・・。
ダンッ
〈くそ・・・、モニタリングしていた筈なのに、なんで・・・・・。〉
インカム越しからは机を叩きつけるような鈍い音が聞こえていた。
〈・・・やられましたね。〉
〈カメラだけ・・・、座席に・・・。〉
カメラだけが座席に・・・?じゃあ、何だって云うんだ。首謀者は気付かれないように、レタだけを攫った?しかも隠しカメラの存在も知っている・・・。という事は、これって不味いんじゃないか・・・。これを俯瞰的に考えれば、奴らにはもう僕たちの行動が見えているって事になるんじゃないのか?だとしたら不味い!このままでは、作戦をこのまま決行し続けるのは得策ではない。それに東側にはまだティミッドが居る。本来ならフォローに回るべき役割だが、もし相手がそれを逆手に取っていたとしたら…。
〈まさか、抜き取る事を学習しているとは思いもしませんでした・・・。皆さん!緊急事態です‼︎直ちに東側へッ‼︎」
火急を帯びた伝令が飛び交うインカム。僕とセンは座席から立ち上がり、互いに合図を送る。
「セン!」
「えぇ、東側ね!」
スクリーンではクライマックスのサメ男のラストバトルが繰り広げられていた。そんなシーンをそっちのけで僕らは走り出し、北側スクリーンの出入口の扉を開けた。
〈ツヅミ、起きろ!事が動いたぞッ!〉
〈んあ⁉︎もうっスかーーー⁉︎〉
いや、ていうかツヅミはあれだけ推しがどうのとか云ってたのに寝てたのかよ。やけに静かだと思ったら・・・。とりあえずそっちは、伏黒が居るからツヅミを叩き起こしてくれたみたいだから、まぁ安心か。
問題は・・・。
〈ティミッドは、注意を払って!〉
〈いやはや・・・、これは何とも・・・。〉
彼の声は、何かに怯えるような重そうな声でもあった。まるで巨大な何かを見上げているような、想定外の事態に遭遇してしまったかのような声だった。
「ティミッドさん?」
彼へと声をかけるが、こちらへの返答を送る余裕も無いくらいだった。なんだ一体・・・、東側に一体何があるって云うんだ・・・。とにかく、今は彼の無事を確認しないと。お陰で眠気はすっかり覚めている。僕らは全力で東側スクリーンを繋ぐ廊下を全力で走り抜けた。そんな中、再びティミッドから通信が入る。ゴクリっと大玉の生唾を飲み込んだ音から追いかけるように・・・。
〈皆さん・・・、もしかしたら吾輩たちは・・・、とんでもないものに足を踏み入れたようですな・・・。〉




