79潜入までおまかせを
桐花町。大和コンツェルンが立つ中心街から数キロ離れたところにこの町はある。僕らはテンジョウが用意してくれた車で現場へと向かった。流石、大手企業というだけあって、この送迎車。自動車メーカーには疎かったが、六人を乗せる大型の車の乗り心地は、今までで一番良かった。シートもふかふかで運転中の振動も少なく、送迎用の運転者はテンジョウの使い付きだ。離れの町ではあったが、中心街からの移動となればものの十数分で目的地へと辿り着いたわけだ。各々が車から降り、錆びれた映画館を見つめる。ふんっと鼻息を立てたレタは腰に手を当てながら口を開く。
「で、ここが例の映画館ね・・・。」
「まぁ・・・、改めて見るとだけど、随分廃れてきているわね・・・。」
そう返したセンは目の前に映るシネマ桐花座と写真を見比べていた。やはり、外観は綺麗とは云い難い。看板の文字を照らす照明はいくつかが点灯していないし、手すりやドアは茶色く変色した鉄錆が目立つ。窓ガラスも掃除が行き届いていないのか、手垢や水垢でベッタベタだ。一応、駐車場を設けてはいるが・・・。平日の夕方ともあって、この駐車場には片手で数える程度しか停まっていなかった。
〈いえいえ。レトロブームの一環と思えば、悪くない風貌ですよ?私はこういうの好きですけどねぇ。〉
そう耳元で聞こえてきたのはテンジョウの声だ。例によって今回も全員、インカムを着用している。それも某ネットショッピングで買えるような安価な物ではなく、軍使用の優れ物だというらしい。何でも大概の妨害電波も擦り抜けて、広範囲でも会話ができるんだとか・・・。良く分からないが凄いらしい。今回は別行動を大前提にした作戦行動だ。離れた場所でも即座にコンタクトが取れるインカムは必須なのである。そして各員には小型の隠しカメラを胸元につけている。暗闇でもしっかり見える優れ物だ。これにより現場の映像をリアルタイムで、バックアップとして控えているテンジョウらにも状況がわかるのだ。というかテンジョウがレトロ好きなのは、なんか意外だな。あぁ、でもそうか。何百年も生きてきた妖怪だもんな。むしろこれくらい錆びれた方が、落ち着きやすいのかも知れない。僕は勝手に腑に落ち、映画館の扉を開けた。
久々に訪れたシネマ桐花座。中は子供の頃の記憶と配置が殆ど変わっていなかった。変わったのは、過ぎ去った時間で風化した姿だ。ベースは変わっていない。けど本当に久々に来たもんだ。歳を重ねる度に、いつの間にか映画館に来なくなってしまったからだろうか。だが、今回は訳が違う。映画を見に来た訳じゃない。仲間を、助けに来たんだ。それにここは、今や敵の根城。何があるか分からない。中に客は少ない。暇潰しに寛ぐ中年男性に、映画のパンフレットを眺める者、あとは椅子に寝てる者・・・。それと中央にある受付で事務をしている店員と、掃除用具を持って歩く店員が見えたくらい。ここも手で数える程度だ。
「まずは受付で、チケットを手にしますか・・・。」
受付の上部には、五十インチ程のモニターが二つあった。そこには、これから上映予定の作品たちがずらりと表記されている。うん、でもここからだとまだなんて書いてあるか見えないな。今、何やってるんだろ?そう思い、僕は中央へ歩き出すと。
「そうですな、丁度見る限りどのスクリーンも十七半時から上映開始のようですし。」
とティミッドがそのモニターの文字を読み上げる。思わず僕はピタリと足取りを止めた。え、結構距離あるよ?出入り口から受付までざっと三十メートル弱。その距離で文字読めるのティミッドさん。モニターのあの細かい文字読めるとか、どんだけ視力良いんだよ。あぁ、そうかこの人ドラキュラだったか・・・。
「この際、時間なんて関係ないわ。私たちの目的は映画を観る事じゃなく、事件の元凶に入る為なんだから。」
レタはシュラグで返した。それはグゥの根も出ないド正論。しかし、妙にクールだな。テンジョウとの対峙の時は、あんなに起伏が激しかったのに。それも伏黒とのスパーリングでだいぶ落ち着いたのかな。それでも彼女の目はずっと研ぎ澄ませている。まるで落ち着いた青い炎でも見ているかのようだ。うん、彼女は雪女なのに、なんだか変な比喩表現だけど。なんとなくではあるが、そう見えてしまったんだ。
〈えぇ、そうです。ですがチケットを買わない事には当然入れませんから、まずは皆さん受付に回ってください。〉
テンジョウからのインカムがザザっと流れてきた。今の所インカムの感度は良好。流石は凄いインカム。前のヤドリが用意したインカムとは段違いで、ノイズもほぼ無くクリアに聞こえる。とりあえずはチケットの購入か、それもそうか。今回の件、事情を話して中に入る訳には行かないし。映画館のあの店員や、受付に居る者ももしかしたらグルという可能性もある。これは敵城への潜入作戦でもある。だから僕らは、あくまでも何食わぬ一般客として入らないと自然ではない。一同は受付近くのモニターを眺めた。
「えーと、なになに・・・。」
「サメ男対シャークロボ、サダオの輪廻、マイティヒーロー・ステイホーム・・・。何よこれ、B級映画ばかりじゃない。」
何ともまぁ絶妙なラインナップだ。レタが苦言を呈すのも無理はないか。そして、絶妙に唆られないのは何故だろう。仮にその映画のDVDを渡されても、素直に喜べる自信が無い。この場合、どれを観ようでは無くなっていた。どちらかといえば、どれを観ればまだマシか・・・、の方が正直勝ってしまっている。
〈まぁ、殆どの収益が新しい映画館に持ってかれてしまってるからねー、こうやって継続してるのも奇跡でしょ。〉
昔は憧れの映画館だったんだけどなぁ、ここも。今じゃジェニーの云うように、営業を続けられているだけで精一杯。それを体現させているかのような状況だ。ノスタルジックに浸る・・・とはまた少し違った感覚だ。例えるなら、近所の商店街が時代と共にシャッターが閉まる店が増えてきた感じに近い。憧れと思ったものが実は肥大に補正され、現実を目の当たりにした喪失感かな。何とも云えない感じだ。そんな中、センは映画のパンフレットを手に取り、あらすじを眺めていた。最近、思ったけどこの子もマイペースだよな。いや、よりによって手に取ったのが“サメ男対シャークロボかよ。なんで鮫の魅力にみんな惹かれるんだよ。
「けど、この三か所のスクリーンのどこかに居るって訳ね。」
とパンフレットを眺めながら、センは語るが全く緊張感が伝わらない。もしかして彼女も、あくまで“私は一般客だ”と演じる為にそうしてるのか?だったら良いんだけど・・・。すると今度は、スタスタと彼女はポップコーン売り場の方へと向かっていった。演技、だよな。いや、にしては妙に上機嫌なスキップを刻んでいたぞ。なんか不安だ・・・。
「そうねぇ・・・こんな時シウンが居ればある程度の探知が出来たんだろうけど・・・。」
〈それはどうだろうか。彼女の探知はあくまで殺気を感知するものだから、彼女でも受け取れないのかも。現に彼女も捕まってしまっているって事は元凶に殺気は無く、現れるギリギリまで気付かなかったんじゃないかな。〉
そういえばこの前チップが云っていたな。狛犬の妹であるシウンは索敵能力に長けているんだと。けれどそれに反応するのは、あくまで殺気のみに限られる。その代わり広範囲に索敵が可能で敏感でもある。それでも、今回は別。そもそもシウンも居ないし、居たとしても今回の首謀者の犯行では索敵も厳しいか。索敵、そして素早さにも定評があるシウンですら捕まってしまっていると云うのが、現況を物語っている。
「小生らの先遣隊も易々と捕まってしまっているからな、不甲斐無い部分ではあるが油断は出来ん。」
まじまじと伏黒も客のフリを演じているのか、そう呟きながらモニターを眺めていた。そうだ、それに僕らよりも戦闘経験のあるテンジョウの先遣隊も、漏れなくやられているのだ。この中で彼こそ、最も緊張を解く事が出来ないだろう。だが、今回は用意したメンバーが悪い・・・。
「ねぇーーーー⁉︎ボスーーッ!ボクら、どの映画観るンスかーーーーッ⁉︎」
「お前は、もう少し声を慎まんか!我々は西側のスクリーンだ。ここに来る前に決めた事だろう。」
「あははっはーーッ!ボク寝てたんでー、えへへ。」
彼はヘラヘラとした表情で頭の後ろに手を組み、大声で笑っていた。彼こそ最強のマイペースかも知れない。センのマイペースとは圧倒的な差。天然素材をふんだんに盛り込んだ、我が道を行くタイプだ。よりにもよって彼のお陰で、伏黒の調子を最高に狂わせている。本当にこの人の式神なのか、と疑いたくなる。伏黒は大きめな溜め息を吐き溢し、額を手で抑えていた。クールなロマンスグレーもタジタジのようだった。
「全くお前という奴は。仮にもここは、敵の巣窟でもあるんだぞ⁉︎」
「いや、そっスけどーー。どうせ中入るんなら、面白い映画みたいじゃないっスかーーーッ‼︎」
ツヅミは「あははー」と爽やかで純粋無垢な笑顔を飛ばす。悪気は無いだろうな、きっと。
「わかった・・・、わかったからもう喋るな・・・。」
ついには呆れ疲れてしまったのか、伏黒はツヅミの前に手を添えながら頭を悩ませていた。
「さて、私とティミッドは東側ね。今やってる映画はー・・・。」
そんな最中、レタは改めてモニターを眺めていた。彼女が配置される東側スクリーンの映画を確認しているようだ。しかしこれは偏見かも知れないが、妖怪たちも映画には興味があるんだなぁ。なんだかんだ云って楽しでいるみたいだし。
「おぉ、レタ殿!これですぞこれ。」
とティミッドは既に受付を済ませ、チケットを用意していた。まもなく上映される映画を握り締めていたのは。
あぁ・・・、まじか。
「“蜘蛛男の・・・、恐怖”・・・。よ、よりによって・・・・・・。」
レタの顔が一気に蒼白となっていた。まるで空でも落ちてきたとでも云わんばかりである。逆にティミッドは上機嫌だ。仕事が早いだろうと褒めちぎられるのを持っているかのように。
「チケットは二枚で良いですな?吾輩、空気だけは一丁前に良いですからな。最前列の席を取っておきましたぞ!」
「空気とは・・・?」
受け取ったチケットの手はわなわなと震えていた。彼女の額に浮かんだ汗が、氷を溶かすみたいに溢れていった。あ、その辺は雪女ならではなんだ。するとレタはくるっと僕の方へと振り向き、両の手を合わせて頭を下げ始めた。
「お願い、イサムくん。一生のお願いを今ここで使って良いから、変わって頂戴・・・。」
「いや、それだとフォーメーションが崩れますよ・・・。」
瞳を潤わせながら、悲願を静かに語っていた。けどこれはあくまで作戦だし、崩す訳には行かないからなぁ。許せ、レタさん。ここは申し訳無いけど、耐えてくれ。と僕が遇らうと、ギリっと彼女は歯軋りを鳴らした。
「なんでよッ!あたし、こんなの観る為にここに来たんじゃ無いんだからねッ⁉︎蜘蛛が出る映画なんて!仮に三百年に一度の国宝級イケメンと同席したって、あたしは嫌ぁぁぁああああああああッ‼︎」
どういう例えだよ、それ。彼女は床に膝を突き、叫びながら身体が崩れていった。
「そうよ、レタ。これは作戦なのよ?デートしに来た訳じゃ無いんだから、少しは緊張感を持って欲しいわ。」
と、そこに割り込んできたのはセン。いつの間に戻ってきたかと思ったら、彼女も彼女である。
「説得力ねぇぇえええええええ!おいこら、センッ!じゃあ、その両手にこさえてるポップコーンとコーラは何なのよッ!」
そう、彼女が握り締めていたのはLサイズのポップコーンに、シュワシュワと奏でるコーラの入った紙コップ。その姿は完全に映画鑑賞モードだ。とても潜入作戦を決行するようには見えない佇まいだったのである。当然、そんな光景を見てレタが反論しない訳がない。怒りをぶつけるようにセンへと指を差していた。
「え・・・、いや、これはその・・・、戦闘前に糖分補給は大事、じゃない?」
いやいや、目線逸れてますよセン。それこそ説得力無いし、何を云っても手遅れだろう。
「あんたイサムくんと一緒だからって、浮かれてんじゃないわよ⁉︎むしろ、あんたがあたしと変わりなさいよッ!」
「ぜーーーーーーッたい、やだッ!私はイサムと、サメ男対シャークロボを観るのよ。」
彼女は僕の背中に隠れながら、舌を出していた。何だこれ、何でいつもこう収拾つかなくなるんだ。時折センは小狡い瞬間がある、今がまさにそう。こう云う時は変に主張しないのが得策。なので、僕は黙って静観していた。どうにもやるせ無い顔は、拭え切れなかったけれど。
「だから、映画がメインじゃないって!作戦が第一だからね!」
突き出した人差し指は槍の如くセンへと向けるレタ。対するセンは、ふふふと嘲笑うように彼女を見上げる。ポップコーンを一摘みし、その一欠片をそのままレタの口元へと押し込んだ。
「あら。それなら、東側は任せたわよ?レタ。」
その顔色は、完全に勝利を確信していた笑みだった。女同士の冷戦を垣間見た僕は、思わず背筋が凍っていた。全く、作戦以外で緊張させないでくれよ。
「むぐ、ぐぬぬぬ・・・。そういえば、あなたは西側だったわよね。」
レタは無理くり押し込められたポップコーンを飲み込み、何とも煮え切らない様子だった。けれどこれは、あくまで作戦行動。そう割り切ってくれたのか、彼女は反復の溜め息を吐くと後ろを振り向く。彼女が声をかけたのは、伏黒へだった。丁度今し方、僕らが話している間に受付を済ませたらしい。彼の右手にも入場用のチケットを握り締めている。
「あぁ、小生らは予定通り西側に潜入する。」
「な・・・、それ、プリティアの劇場版・・・。ぷ・・・、あはははははは、ここまで似合わないと、クフフフフ。」
彼が掲げたチケットに記載された映画のタイトルは、『劇場版プリティア・奇跡のドリームランド!』とある。それを見たレタは堪らず腹を抱えながら、花火でも上がったかのように大笑いを見せた。流石の僕でも知っている。プリティア、所謂女児向けに作られたアニメだ。が、実際のところ、そのファン層は男性も多い。僕ですら、観るのに少し抵抗があるくらいだ。伏黒は感じているだろう、まさか自分が強制的にプリティアを観る羽目になるとは。その証拠に彼が握り締めていたチケットが震える握力により、みるみると萎れていっている。あ、これ絶対怒ってるやつだ。
「蹴り飛ばすぞ、雪女。ツヅミ、準備だ。」
「はーーーーい‼︎いや、ボス。この劇場版、意外と評価高いんスよ?ボク、ティアホワイト推しなんスよーーーーッ!やっぱなんだかんだ云ってー、黒髪ロングが王道ッスよねー?って聞いてますー?ボスーーーー?」
「知らん。」
どうやらツヅミはこの作品のファンらしい。・・・あれ?そういえば、この作品って結構昔のやつだった気がするけど。ツヅミも知ってる映画らしいし、営業上の関係で昔のフィルムを放映しているのかな。まぁ、そんなとこだろうな。スキップも刻みながらスクリーンへと向かうツヅミ。本当に変わった“ギフト”が多いな、ここは。そんなハイテンションをぶつけているツヅミに対し、伏黒は静かに遇らいながらゆっくりとツヅミの後を追った。すると何かに気付いたのか、ツヅミは突然くるっとこちらへと振り向いた。
「あ、皆さーーーーーん!そいじゃ、後ほどッスーーーーーーーーッ‼︎」
爽やか笑顔でブンブンと手を振っていた。本当に大丈夫だよな、あの人・・・。なんか伏黒さんの気持ち、少しわかるなぁ。似たような境遇がある為か、伏黒の背中を見て僕は静かに同情を送った。今度、時間があったら被害者の会でも誘ってみるか。僕は申し訳程度に彼らへ手を小さく振った。
「行っちゃいましたね・・・。」
「では吾輩たちも向かいますか。ほら、レタ殿もッ。」
そしてティミッドもまたチケットを握り締め、西側のスクリーンへとレタの腕を引っ張りながら向かう。目の前に映る光景は、もはや自分の行き先を悟った子牛のようだった。彼女の吊り上がった眉も、今じゃ完全に垂れ下がっている。
「うぅ・・・、また蜘蛛なんて・・・。」
「はっはっはー、大丈夫ですぞレタ殿。これは創りもの!前回の土蜘蛛に比べれば、まだファンシーなもんですぞ!」
「違うの、あたしは四本以上の足がある生き物がダメなのよ・・・。あぁ、具合悪くなってきた・・・。」
腹を括ったつもりが、やはりその苦手意識は簡単には拭い切れずと云ったところだろうか。蒼白したレタの顔は、地球最後の報道ニュースを観ているかのようだった。吐き気を催すように腹を抑えながら、ゆっくりとティミッドに引っ張られている。
「ははは・・・。」
「イサムくん、何かあったらインカムでね?」
トントンっと彼女は、自分の片耳を人差し指で軽く叩いた。そう、今回の作戦は少し特殊なんだ。首謀者を確実に炙り出す為には、こうするしかない。と限られた時間で絞り出した苦肉の策とも云える。だが皆それを同意し、賛同した。最も確実に、事件を解決させる方法を。このインカムと隠しカメラが鍵。そして、ジェニーたちのバックアップがあって成せる作戦。そうだ、緊張は解くな・・・、研ぎ澄ますんだ、常に。
「わかりました、そちらも何かあれば・・・。」
「あたしはもう、大問題勃発中よ・・・。」
レタはこちらに振り向く事は無く、こちらへ片手を振るうだけだった。なんだかんだ云っておいて、覚悟は決まっているみたいだ。まぁ、彼女なら大丈夫だろう。あれでも“ヤドリ”のリーダーなんだ。それにブレーキ役のティミッドも居るし、彼女に合った抑制を心掛けているだろう。それに完全に離れている訳じゃない。僕らはこのインカムで繋がっている。・・・大丈夫、不安がるな。異変に気付けば、モニター越しのジェニーたちがサポートもしてくれている。大丈夫だ、俯瞰を怠るな・・・。その俯瞰こそが、最初に手に取った僕の武器なのだから。
「それじゃ、私たちも向かいましょ。」
「そうだね。」
ポップコーンとコーラを握り締めたセンは、その時少し頬を赤らめながらそう云った。もしかしてだけど彼女、あくまで一般客のフリをしているって事は、映画デートか何かと装ってるつもりなのか?だとするとこの黒羽を隠した少女のどこか拭い切れないウブな赤らみは、そういう演技って事なんだよな。流石、青天狗だ。ってあれ、なんだ?そうかと思ったら、今度は膨れっ面で睨み付けている・・・。
・・・なんで?僕は少し気になって、小さく漏れた声に思わず彼女の顔を見る。
「どうしたの?」
「何でも無いですよー。」
そう云って、センはぷいっとスクリーンへ視線を戻した。
〈大丈夫なの、社長さん・・・。こんなんで・・・?〉
ザザっとインカムが入ったのは、少し不安げに声を漏らすジェニーの声。あれ?さっきよりノイズが強くなったような。気のせいか・・・?けど、ピリピリとするような感じはしない。もう少し様子見で構えておくか。ここから先、何が起きるかわからないもんな。念の為、留めておこう。
〈まぁ・・・、問題ありません。皆さん、わかっているとは思いますが呉々も無理はしないで下さい。こちらでもカメラを通して、モニタリングさせて頂きます。情報共有はこのインカムで・・・。〉
スゥーっと息が入る。
〈これは命令でもあり、私の希望でもあります!皆さんの無事を!〉
珍しく覇気の籠った言葉が宿っていた。その為か、不思議と心が軽くなる。小さな悩みがどこかに吹っ飛んだみたいだ。これも彼の一喝のお陰なのか?成程、伊達に誰かの上に立ってる訳じゃ無いって事か。彼のインカムを合図に、僕とセンは目を合わせた。そこに言葉は無い。けれど、一心となる実感があった。これから云う事は、皆わかっている。口裏を合わせるまでも無い。各々の息遣いが一瞬だけ、同じ刻を重ねる。
『了解ッ!』
重なり合った言葉が、集結する。同時にドクンっと打たれる胸の鼓動。それはただの武者震いではない。
・・・決意を表明した、起動音だ。




