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便箋小町  作者: 藤光一
第二章 失踪映画館編

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73事件検証までおまかせを

「それで・・・、なんでしたっけ。あの時の映像を見せれば良いんでしたっけ?」


 執事と雪女のスパーリングが終わって数分が経過した頃、流石に落ち着きを取り戻したテンジョウが口を開いた。乱れた髪を櫛で丁寧に整えながら、半ば不服そうに彼は訊いた。まぁ、彼が取り乱すのも無理はないか。突然自分の応接室でドンパチを繰り広げて、ループタイで目隠しという哀れな醜態を晒されたのだから。正直、スタイリッシュに腰掛けても彼への威厳はあまり感じ取れなかったし、今から取り戻すのも難しいだろう。実際に彼に向けられたのは冷たい視線というか、荒れだ養豚場を見るような視線ばかりだった。


「えぇ、そうよ。」


 レタは腕を組みながら、冷たい視線と共にその言葉を発した。


「それで少しでも、情報が掴めれば良いんだけどね。」


 そのレールに沿うようにジェニーも続く。確かに、現状で情報を知り得ているのはここだけ。大和コンツェルンの御曹司、大和テンジョウが握っている情報が最も有力。その事件現場を抑えた映像があるなら尚更だ。漸く掴んだ情報。“ヤドリ”のみんなは、藁にもすがる思いだ。その映像に、チップ達を救う手立てが見つかるかも知れない。


「爺、スクリーンを。」


「はい、坊っちゃま。」


 主の命に一礼を行った伏黒は、ポケットからリモコンのようなものを取り出した。ピッと弾むような電子音を奏でると、今度はこちらにも一礼をし、二歩下がる。


ウィーーーーー・・・ンン


 すると部屋の明かりが消灯すると共に、壁沿いに巨大なスクリーンが現れる。そう、丁度学校の視聴覚室なんかで見た事のあるあのスクリーンだ。天井からは映像を映し出す為の機械も現れる。再び伏黒がリモコンで指示を飛ばすと、真っ白だったスクリーンから何かが浮き出てきた。


「これは三日前に撮った映像です。」


 映し出されたのは、四分割にされた映像。場所は例の映画館だろうか。まだ上映は始まってない。映像の中の場内は明るく、決して満席とは云えないが何人か客も居るようだ。しかし、なんだ…この視点。まるでそれぞれの一人称視点となった映像を見ているようだ。そう、例えるなら四人対戦ゲームをしてるかのよう。それぞれの視点を無理くり一つのテレビ画面に収まるように、四分割された映像だ。


「何、この視点。」


「内部の状況がわかるように、眼鏡にカメラを仕込んでおいたのです。四人全員に装着して写したものをまとめました。」


 成程、だからこんな視点なのか。流石にガッシリとしたカメラを持ち込んじゃ目立ち過ぎるし。いざ戦闘となってしまっては戦い難いだろうし、肝心の映像も残し辛いだろう。テンジョウが用意した派遣部隊は四人。少数精鋭といったところか。中には普通の一般人も居るし、大人数は無粋か。しかしあまりにパッとしない。中の様子はよく見る普通の映画館。これといって気になる点は無い。


「見たところ、普通の映画館のようだけどね。映画を観に来た一般人も居るし、特に変わった様子は無いわね・・・。」


 レタはまるで僕の心でも読んでいるかのように、同じような意見を口にした。腕を組みながらじっとその映像を見つめ、半ば拍子抜けのように溜め息を吐いていた。なんだ、見せるのを躊躇った映像にしてはあまりにも普通過ぎる。この映像のどこにそんな要素が・・・。


「問題は、映画が終わる辺りです。少し早送りしましょう。」


 テンジョウが軽く手を挙げると、直ぐ様伏黒がリモコンを操作し始める。映像の早送りが始まり、倍速となった。二倍、三倍と再生速度が早まり、小走りに映画が進む。更に八倍へと進ませた映像から暫くして、テンジョウの合図が下された。ピタリと広げていた手を握り込む。それはまるで演奏を一斉に止める指揮者のように確実に、息を合わせるように伏黒は早送りを止め、通常の再生速度へと戻した。


「ここです。」


 映像には既にクライマックスを終え、エンドロールが流れようとしている雰囲気だ。だが彼の合図通り、異変は既にもう起きていた。


「あれ・・・?一人居なくなっている・・・?」


「映像が映っていないわね・・・、故障とかじゃなくて?」


 先程までしっかりと四人分見えていた映像の内、右下のカメラだけポッカリと黒く消灯していた。明らかに他の三人とは違う映像。真っ暗で何も見えていない。


「いえ、このカメラは特殊な周波数を使って送受信を行うカメラです。電波ジャックにも強いので、故障は有り得ません。」


 彼曰くそれなりの性能を持つカメラらしい。まるで軍隊みたいな装備だな。故障はあり得ない・・・。じゃあ、あそこに映っている映像は?故障じゃないとするならば、その内の一人は攫われたっていうのか?いや、けどほんの一瞬の出来事だった。予備動作やその予兆は感じられなかった。本当に一瞬の出来事。まるでブツリとその瞬間だけ映像を切り取られたかのように、派遣隊の一人が姿を消していた。だが、異変はこれだけでは無かった。


「あ、また一つ消えている・・・。」


 今度は左上。またしても、映像が黒く暗転している。どこかに連れ攫われたのであれば、その時の映像をと思ったが。こちらもまたブツリと途切れたかのように、いつの間にか姿を消してしまっていた。やはりこちらも先程と同様に何一つ予備動作は無い。忽然と姿を消してしまっている。そして映像からは、その光景を嘲笑うかのように哀しげなBGMが流れていた。映画の映像は暗転し、スタッフロールが流れる。


「映画はスタッフロールが流れていますが、このタイミングで派遣隊も異常に気付き、周りを見渡していますね。」


 映像に映る派遣隊も流石にこの異常なまでの異変に気付いたのか、慌てるように視点を切り替えている。右に左にと、先程まで居た筈の仲間が消えて焦っている様子だ。隠し持っていた銃を取り出している様子も見える。インカムを使い、仲間の名前を呼び叫んでいるが応答は無い。返ってくるのは砂嵐のような雑音だけ。もう一方の者も立ち上がり、辺りをキョロキョロと見渡している。一体、何が起きているんだ。彼らには何が見えているんだ。怯えるようにナイフを取り出す姿が見えている。残った派遣隊は一度合流しようとしていた。恐らく一旦態勢を整える為に、合流をしようとしたのだろう。だが・・・。


「消えた・・・。」


 センは映像を見て、時に置き去りにされたかのようにボソリと呟いた。


「はい、ここで全員消えてしまっているのです。」


 ピッとリモコンの電子音がなると、映像は再生する事を止め、一時停止状態で固まった。と云っても四分割された映像は、どれも真っ暗で映っているものが何なのかすら分からないくらいだ。


「これじゃあ・・・、何が起きたのかまるで分からないわね・・・。」


 分かった事といえば、一瞬にして派遣隊全員がいつの間にか消えてしまった事。何故、どのようにしてかなど全くの分からず仕舞いだ。消えた瞬間に何かされたという痕跡も無い。正直この映像を観ても、呆気に取られるばかりで空いた口が塞がらない。


「さて、ヤドリの皆さんはどう思いますか?」


 くるりと周り、テンジョウが投げ掛ける。しかし当の本人も眉をひそめ、どうしたものかと云った表情だ。一体この映画館で何が起きているんだ。そもそも何が目的なんだ・・・。しかも、嘲笑うかのように派遣隊全員が。ん?派遣隊全員・・・?なんで全員居なくなっているんだ?敵は何らかの形で、この潜入を見抜いていた?いや、そういう風には見えなかった。どちらかといえば“無作為”にと云った方が近しい。何か、法則があるのか?


「ちょっと、気になる事があるんですか・・・。」


 僕は徐に手を挙げた。もし、この考えが間違いじゃなければ、手掛かりを掴めるかも知れない。


「おや?君はコマチさんところの・・・、あぁ今は謹慎中なんでしたっけ?」


 すると僕の挙手に驚いたのか、テンジョウは漸く僕の顔を認識し、思い出したかのように声をあげた。手のひらで小槌を叩くようにポンと奏ではしたが、同時に不透明な僕の立ち位置に首を傾げながら訊いてきた。


「今更ですか、まぁ大体合ってるので別に良いですけど。」


「うちはいつでも大歓迎ですよ、密かに私は君に興味がありますので。」


 彼はスマートなお辞儀をしながら、舐めるようにこちらを覗き込む。確かにあの社長のところよりは待遇や給与面は良いだろうが、何となく僕の悪寒が警告していた。この人との距離は、ギリギリ触れない程度の長さが丁度良い。密接過ぎるといつ何処で掬われてしまうか分からない。だからこそ、この絶妙な距離感が大事なのだ。互いに深くまで干渉しない程度の距離。それ故に彼の下に着くのは、出来れば避けておきたいところ。同時にそれは、こちらにもメリットがある。彼自身の噂という情報網の広さには、先の通り期待を膨らませる勢いだ。


「その件なら、後ほど。僕も個人的にあなたに聞きたい事がありますので。」


 成程と、彼は何かを悟ったように頷き、それ以上の事は今このタイミングは聞くまいと云った表情だった。ループタイの角度を調節し静かに咳払いをしたテンジョウは、本題へと戻した。


「それで、気になる事とは・・・?」


「この映画館で消えたのは、派遣隊だけですか?」


「どう云う意味です?」


「いえ、この映画館には一般人も混じっていますよね。失踪したのが所謂“ギフト”だけだとしたらですよ。何故一般人は失踪していないのかって、少し不自然じゃないですか?本当に失踪したのは、この派遣隊だけだったのでしょうか。」


 そう、この光景はあまりにも不自然なのだ。映像にあったのは、確かに派遣隊全員が漏れなく消えた。だが、こんなに綺麗に四人とも居なくなるだろうか?少なくとも他の一般人に影響があっても可笑しく無い筈だ。僕の言葉を耳に入れたテンジョウは、改めて行方不明者リストに目を凝らし再度確認をしていた。一つ一つ丁寧に日付と名前、写真を見比べて照らし合わせる。


「うーん。確かにこの日の記録によると一般人の方も数名、行方不明になっている模様です。」


 やはりそうだった。予想通り、派遣隊が消息を絶ったこの日も、別の一般人も巻き込まれている。すると今度はセンが恐る恐る手を挙げ、何か意見を述べようとしていた。テンジョウがそっとエスコートするように手を差し伸べると、センは少し強張りながら声を発した。


「あの・・・、行方不明になった人とそうじゃない人の違いって・・・、何なのかしら?」


 それは僕も同じ事を考えていた。この行方不明者となった人たちには、何か共通となる何かがある筈だ。そこに無作為さは無く、ある法則性がある気がするのだ。ただ、それが何なのかという根底となるものが掴めていない。


「・・・・・・、確証は持てませんね。」


 テンジョウもまた歯痒い気持ちが表に出ている。確証が無い以上、断定する事が出来ない。恐らく彼の中でも、何種類か仮定を持ち合わせてはいるのだろう。だがいずれも確証は無い。そんな中、ただ一人。深淵の森の中に光を灯すように、これまでの過程から答えを導き出した者が居た。


「選別・・・、だろうね。」


 ジェニーの口元から溢れ出た言葉に、迷いは無かった。十中八九そうであろうと断定出来る程に自信がある。癖毛の金髪をくるくると弄り、カリッと一段と大きく胡桃を弾ませる音が応接室に鳴り響いた。


「選別?」


 それは、黄色く染まった楓がはらりと漸く落ちたように一同シンと静まり返る。ジェニーはコリコリと胡桃を鳴らしながら、中央へと歩む。


「社長さんが用意した派遣隊って、全員妖怪だよね?それってさ、もしかしてだけど・・・。僕らのような妖怪や悪魔を狙っているんじゃないかな。」


「でも、それだと矛盾しちゃうわ。さっきイサムも確認したように、消えたのは派遣隊だけじゃなく一般人も混じってるのよ。」


 センは喰らいつくように言葉を返した。そう、妖怪や悪魔ならまだ話は分かる。問題なのは、何故一般人もなのかだ。仮にもし、妖怪や悪魔を狙っているのならば、彼らのエネルギー源でもあるマナが狙いだというのは大凡予想が付く。だがそこに一般の人間も混ざると、この共通点から外れてしまう為、照合性が取れない。では何故、彼はあんなにもまだ自信に満ち溢れているのだろう。もう既に、そのタネは見つけていると云わんばかりだ。


「そんなの考えられるのは、二つだろ?」


 人差し指と親指を立て、くるくると回しながらジェニーはその数字に注目を集めさせた。


「二つ?」


「一つは人間に擬態した悪魔とか変化(へんげ)した妖怪という可能性と、もう一つは特異体質の人間の可能性がね。ほら、稀に居るだろ?僕らの事を認識出来るような、世間でいう霊能力者とか霊感が強い人ってやつが。丁度、シデのような存在が格好の的だよ。恐らく消えてしまった一般人は、それに類いする者か何かじゃないかな。」


「成程、ジェニーさんの仰る通り、その可能性が大いに有り得ますね。」


 確かに・・・、とここに居る誰もがそう頷いた。仮に攫う目的がマナを集めるのなら、それが妖怪だろうと人間だろうと関係ない。首謀者は、ある規定ラインに達した者を攫っているのだろう。それが無作為ではない理由。そしてこの行方不明者のリストも一見共通点が無いように見えるが、目的がマナを集める事ならば辻褄が合う。だがマナを集めるなら、いくら霊能力者でマナがあるとはいえ、より濃度の高い“ギフト”たちを狙った方が良いのでは?マナさえ手に入れば何でも良いのか?一体何の為に・・・。考えれば考える程、深海へと誘われているみたいだ。自然と僕は顎下に指を当て、先程からどうにもリラックスしない溜め息が混じり込む。


「あのー、吾輩。そろそろ、ここから降ろして欲しいところでしてなぁ・・・。誰か手を貸してくれませぬか?」


 と、思わぬ方角から声が聞こえた。ふと振り返るとそこには、コートハンガーに逆さまに掛けられたティミッドだった。どうやら絶妙な高さ故に、足が現代アートのように引っ掛かり自分では抜け出せなくなってしまったらしい。下手に動けば頭から床に落ちてしまうし、ジタバタする事を諦め、途方に暮れるように僕らが気付く事を待っていたのだろう。


「ごめんなさい、シンプルに忘れてました。・・・どうぞ。」


「おー、これはこれは垂殿!皆の者、酷いですぞー。吾輩、コンビニに掛けられたビニール傘の気持ちが少し理解しましたぞ。」


「そ、そうですか・・・。」


 僕は急いで彼に駆け寄り、現代アート化した足を解いた。コンビニに掛けられたビニール傘って。そんな使い捨てみたいなのは思ってなかったけど・・・。どうもこの人はすぐに自虐性を全面に出してくるなぁ。


「しかしあれですなぁ、こんな物騒では映画を観るのも碌に楽しめませんですなぁ。」


「えぇ、けど。何故その犯人は、特定した者だけを選別して攫うような事を・・・。やっぱり妖怪や悪魔たちが持つ、マナが目的でしょうか。」


「ふむ・・・、相変わらず中々に鋭いですな垂殿は。」


 あくまでまだ断定出来ない内容だが、やはりこれが一番しっくり来る。わざわざ他の妖怪たちを攫うのだ、正直これくらいしか思い当たらないのもある。では何の為に?食べる為に・・・?果たしてそれだけだろうか・・・。ただ、ティミッドの反応を見る限り、序盤は当たってる模様だ。彼はふふんっと軽快な鼻息を鳴らし、人差し指を立てた。


「ちなみに吾輩この手に関して、少し心当たりがありますぞ。」


「本当なの、ティミッド⁉︎どんな?特徴は?姿は?名前は?」


 心当たりというワードに反応したのか、レタは火でも点いたかのようにティミッドへと飛びかかった。この人、さっきまでぽかんとしていたのに・・・。ちょっと難しい考察に入るとすぐコレだ。まぁチップのようにアホ面で明後日の方向見ながら鼻くそ穿って、何も聞いてないよりは遥かにマシだけど。レタとの距離は、彼の口髭が当たるんじゃないかというくらいの急接近。ただし、彼に向ける眼差しは本物。一刻も早く彼らの救出に向かいたいという一心のみが、今の彼女の原動力となっている。だが広げた帆は大きく、ティミッドも流石に焦りながら手をわしゃわしゃとしていた。


「美女にグイグイと質問攻めされるのは悪くないのですが、まず落ち着いて欲しいですな。」


「あ、ごごめん。」


 我に返ったレタは直ぐ様身を引き、数歩だけ彼から距離を取った。あ、それでもさっきよりはだいぶ冷静になってる。テンジョウの時は、あんなに噛みつこうとしていたのに。なんだろ、あの人も女運悪いのかな・・・。ふぅっと一拍分の息をティミッドが吐くと、蝶ネクタイをピンと端を整えた。そして、上品に人差し指を立たせながら。


「まず、きゃつらの狙いは、捉えた者からマナを吸収する事でしょう。それもかなり大きな存在ではないかと。生憎、今回のきゃつがどんな姿かまでは吾輩も文献で読んだ程度ですので、存じ上げておらんのです。ただ・・・。妖怪や悪魔、果ては能力のある人間まで取り込んでいまする、故に巨大な何かが映画館に網を張って捕食しているのではと。」


「え⁉︎じゃあ、巻き込まれた人たちは食べられちゃったって事・・・⁉︎」


「あぁー・・・、正確には食べている最中、の方が正しいかもですな。胃が大きい者ほど、消化は遅いですからな。」


「なら、まだ・・・。」


「えぇ、しかし時間も充分にあるという訳ではありません。現にソーアたちがロストしたのは十日前。まだ意識を保っていると良いのですがなぁ・・・。」


 流石のティミッドも眉を細めながら困り果てていた。いくら食べるのが遅いとはいえ、それなりに時間は経過している。首謀者の気分次第というのと、本人たちの気力次第ではある。時間はそこまで待ってくれそうに無い。すると、レタはパンっと大きな音を両の手の平で奏でた。


「だったら話は早いわ。準備が出来次第、その映画館に向かうわよ!」


 何にしても、状況は理解出来た。それでも策なしで突入する訳には行かない。彼女だって、そこまで馬鹿じゃない。可能な限りの対策と準備はしようとしている。流石、“ヤドリ”を束ねてるだけの事はある。そんな彼女の傍らにコツンと革靴を鳴らしながら近寄るテンジョウ。一度レタの顔を見てニコリと笑うと、皆に視線を合わせながら声を張り上げた。


「そうですね。これは、弊社の人材に関わる異常事態でもあります。今回は利害が一致しているので、我々も向かいましょう。と、云いたいところですが私もここを離れる訳には行きません。そこで、弊社を代表する派遣部隊を用意します。」


ビダンッ


 テンジョウの一声で突然開かれた応接室の扉。それも勢い良く、扉に沿う壁がひしゃげてしまいそうな強さだ。何だか限度を知らないというか力任せに開けられた扉だったが、注目すべきはそこではない。開かれた扉の前に立っていたのは一人の青年。いや、恐らくはここに居る以上人間では無いのだろうけど。青年を模した姿は、赤い髪で緩やかなラインで巻かれている。ワンポイントとなるホワイトのインナーカラーが入っている。レタよりも少し濃い緑色の瞳をしており、大きな口から八重歯を覗かせていた。真っ白なスーツパンツに、黒シャツ。赤いネクタイを首に巻いてはいるがその童顔で無邪気な笑みを見せる姿からか、恐ろしく似合っていない。仕方なく着てあげているという感じである。彼は真っ直ぐに右手を挙げるとスゥーっと大きく息を吸った。


「あーーーーーーーーー‼︎どうもッス‼︎皆さんと同行する、ツ・ヅ・ミって云うッス‼︎お見知り置きをーーーーーッ‼︎」


 ビリビリと伝わる大音量。まるでボリュームを最大限まで上げてしまったスピーカーのようだった。あまりの音量に思わず両手で耳を塞いでしまうくらいだ。当の本人は、純粋無垢にニコニコと笑っている。え?何これ?新手の嫌がらせ?ドッキリ?そう困惑してしまうくらい、一同目が点になっていた。


「声、でっか・・・。」


 ボソリと呟くジェニーは明らかに怪訝そうな顔色を浮かべ、いきなり現れた青年に睨みを効かせていた。


「テンジョウさん、こ、この人は?」


 まだ耳がキーンとなっている。耳の中がヒリヒリとする最中、僕は改めてテンジョウに訊いた。


「あーー・・・と、まぁ、ちょっと訳アリかもですが・・・。」


 珍しくテンジョウは頬に冷や汗を滲ませながら、白いハンカチで額を拭いていた。どこか都合が悪いのか、仕方が無かったというのが滲み出ており、この瞬間だけ彼は目線を合わせなかった。


「こらッ、ツヅミ!坊っちゃまの前だぞ!もう少し節度を持って扉を開けろと何度も云っているだろうッ!」


 すると今度はテンジョウの傍らに居た伏黒が突如として現れたツヅミを叱っていた。もう少し・・・?いや扉もそうだけど、声量・・・。めちゃくちゃ音の大きさバグってません?学校の屋上で未成年の主張をしている訳じゃ無いんだぞ。この距離感での馬鹿でかい声量は、心臓が跳ね返りそうだ。ある意味この場だけに関してはシウンが居なくて良かったかも知れない。彼女が居たら今頃、ひっくり返って失神してるだろうし。


「済まない、これは小生の式神であるツヅミという童だ。どこで調整を間違えたのか、声だけが異常に大きくてな・・・。」


「え、伏黒さんの⁉︎」


 彼は非礼を詫びる言葉に添えて、こちらに淑やかな一礼をしていた。これが伏黒の式神?式神ってあれだよな、所謂使い魔的な子分みたいな奴だったよな。彼の佇まいと本来の礼儀正しさ、主への絶大な忠誠心から全く以ってあのツヅミが伏黒の式神だとは想像出来ない。むしろ全くの別物にすら見えてしまうくらいだ。彼には悪いけど、一体どこで調整を間違ったんだ・・・。


「大丈ーーー夫ッスよ、ボス‼︎ボクが居たら百人力で、すーーーぐに万事解決っスから‼︎」


 ドンっとツヅミは自分の胸を叩くと、大袈裟に笑って見せた。一体どこにそんな過大な自信が溢れ出てくるんだ。いや、でもこれ、大和コンツェルンの一員だよな。って事は信用して良いんだよな、それに一応、伏黒の使い魔って事もあるから期待は持って良い筈・・・。


「お前にもう少し並程の品性があれば、信憑性も期待も膨らむのだがな・・・。」


 あ、駄目だ。伏黒さん、思わず自分の式神の行いの恥ずかしさに頭抱えちゃったよ。普段は凛々しく見える筈の垂らした前髪が萎れた花のように、だらんと精力を失っちゃってるよ。


「声だけじゃなく、オツムも相当のようね?」


「云うな・・・。」


 ポンっと伏黒の肩に手を置いたレタは、慰めるようにそっと言葉を添えた。いや、絵だけで見れば慰めているようだけど、セリフは全然慰めになってなかったぞ。むしろ良い弱点見つけたと裏で笑ってるよ、あの雪女。


「まぁ・・・、弊社の伏黒とツヅミ二人が皆さんと同行致します。刻は急ぎますが、作戦も練ることも大事です。現在、我々にはまだ発生源しかわかっていませんし、実際の相手の能力も不明なのですから。」


「じゃあ、この後ミーティング!突入する時刻とメンバーを選定するわよ!」


 レタは二度手を叩き、一同を先導した。いずれにしても漸くこれで話が進みそうだ。このミーティングで今後どう動くかが決まる。一度は荒波のようにバラバラだったが、はらりと風を寄せられるように変わる。それぞれの決意が一点に集まり、思わず武者震いを起こす者も居る。それだけ重要なミッションなのだ。


「垂さん、垂さん。ちょっと・・・。」


「はい?」


 と、気が付けばテンジョウが僕のすぐ傍まで来ており、手招きをするようにこちらへと歩み寄る。なるべく周りには聞こえないように小声で声をかけてきた。まるで井戸端会議を始める前の近所のおばちゃんみたいだ。


「ミーティングが始まる前に、少しお話ししませんか?」


「・・・わかりました。」


 話・・・。そうか、確かにテンジョウと直接コンタクトを取れるのは中々無い話だ。今はこういった緊急性が高いからこそ、コンタクトをとれた訳なのだから、本来ならば滅多に無い機会だ。ならばこの機会、逃す訳にはいかない。そう、僕は知らなければならない。もっと、深く。便箋小町の・・・、あの飛川コマチの事を・・・。

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