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便箋小町  作者: 藤光一
第二章 失踪映画館編

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72執事VS雪女までおまかせを

 さて、流れに流れて突然始まったエキシビジョンマッチ。執事姿の犬神と銃器を扱う雪女との戦いである。それぞれがそれぞれの想いを高め、互いの目を噛み殺すように睨み付けている。執事の伏黒は主への度重なる馬耳罵倒を受けたから。対するレタはテンジョウの態度に不服だったから。正直、子供の喧嘩と捉えても差し支えないレベルだろう。だから僕ら三人は壁沿いによし掛かり、胡座を掻いて座っていた。ただ、ピリピリと伝わるプレッシャーは本物で、対峙する二人以外は、一切の部外者を寄せ付けない。仲裁に入ろうとしたティミッドは逆さまにぶら下がったまま気絶しているし、その元凶ともなるテンジョウといえば・・・。ループタイで目元を覆われて目隠し状態で、ふらふらと混乱したままだ。いや、普通にあれ取れば良いだけなのに。あの人、テンパるとあんな感じになるんだ・・・。いやしかし、冷静に考えるとこのままで良いのか?あれは普通の人間同士の取っ組み合いじゃない。どちらもれっきとした妖怪だ。普通の喧嘩で済む訳が無い。ここはリングでもなければ、闘技場でも広場でもない。テンジョウが普段使う応接室なのだ。そんなところで能力を使ったら。少なくともこの部屋は、彼らが暴れる事でめちゃくちゃになってしまうだろう・・・。そんな考えが僕の頭の中で過ぎっていた。



「あのさ、ジェニー。待つとは云ったけど、このままあの二人をこんなところで戦わせたら不味いんじゃないか?」


「ん?あー、それなら大丈夫でしょ。」


 彼は一度こちらに振り向いたが、数秒待たずして直ぐに彼らの方へと視線を戻した。変わらずコリコリと胡桃を捏ねるように小刻みな音を奏でている。なんでこの人は、こんなにも余裕そうなんだろう。いくら何でも周りもそうだけど、僕ら自身だって無事では済まされないし・・・。


「いやだって、君もレタの性格わかってるだろ?頭に血が登ったら、平気で能力を使うでしょ!」


「だから大丈夫って云ったんだよ。」


 すると彼は胡桃をガラス製で造られた馬のオブジェへと投げ入れる。丁度、僕らの傍らの壁に飾られていた。馬のオブジェは実に精巧に造られており、立髪までリアルに再現されていた。前脚を高く上げ、今にも飛び上がりそうな。その前脚に向けて、マナを込めた胡桃を投げ込んだのだ。本来なら、胡桃程度ではガラスが壊れてしまうことは無い。そこにマナをコーティングさせれば、質量的には弾丸程度の威力まで練度を上げる事は彼ら妖怪にとって造作無い。しかし、コーティングされた胡桃を投げ入れても、ガラス製のオブジェをするりと抜けていった。通常であれば有り得ない現象。これはもしかして・・・、彼の発言する自信っぷりから察すると何か手を加えたのか?


「これは・・・⁉︎」


「“トリックルーム”、僕の力だよ。僕がこの部屋に居る以上、如何なる攻撃も物を傷一つ付ける事も干渉も出来ない。」


 彼にそんな能力があったとは驚きだった。トリックルームと呼ばれたこの能力があるからこそ、彼の自信に繋がっているのか。さっき見せてくれた現象がこの部屋、この空間を覆っているのならば、物理的な干渉は無くなるという訳か。彼の云う事が正しければ、傷を付けるという概念が無い。触れるという概念が成立しない限り、壊す事が不可能なのだから。確かにこれであれば、ここにある物たちを傷付ける心配は無いし、この応接室が大事に至る事は無い。部屋に居る以上はって事は、彼らの攻撃が外部に漏れる事も無いって事だよな・・・。だから彼女はそんな事も見越して、あそこまで好戦的に啖呵を切ったって事なのかな・・・。いや、彼女の事だ。実際は、行き当たりばったりで深くは考えていないかも知れない。いずれにしても、ここまでベストタイミングな都合の良い能力は、お互い助かる話だ。


「ジェニー、そんな事出来るの?凄いじゃないか!」


「べ、別に凄く無いし。対人戦ではまず意味無いし、自分を守れる訳でも無いからね。それに制約もあるし。」


 彼は照れ隠しのつもりか、わしゃわしゃと前髪は少し大袈裟に掻いた。同時に隣に居たセンも首を傾げる。


「制約?」


「その部屋は密閉でなければならない。かつその空間に僕も居ないと持続どころか発動すらしない。この効力は当然、僕自身も影響を受ける。持続は外部から開けられるか、僕が能力を解除するまで効果は続くんだ。」


「つまりそれって、部屋に居る人たちは物に触れる事が出来ないって事かしら?」


「あぁ。だから、どんなに強靭な肉体を持った者でも卵だって割る事は叶わないのさ。」


 成程。これだけ物質の干渉を拒絶させた能力は、あらゆる物理法則を捻じ曲げるようなもの。それらの干渉を完全に遮断させるには、絶大な力が必要になる。正直云ってジェニーは戦闘向きのタイプではない。力もある訳ではないし、レタ曰くマナの総体量も決して高くはない。そこで登場するのが限定化させる為の制約。確か、メルも似たような事象を使っていたな。より強い練度を上げる為に、メルには時間という制約を設けていた。あいつの場合は言葉を具現化させる為に制限時間を設けて、限定的に能力を大幅に向上させる働きがある。ジェニーはこの制約を利用し、物質干渉の拒絶というべきか。それをこの空間内に実現させた・・・、という訳か。決して対人戦向けではないけれど、使い方次第では色々と活用法はありそうだ。


「それなら、レタたちがどれだけ暴れても問題無いって訳だね。」


「でも、この能力ってかなり限定されてるわよね?」


「あぁ。強いて使うなら完全密閉された独房とかに相手を閉じ込める時ぐらいだね。それだけの事。これで相手を倒せる訳じゃないし、さっきも云ったけど僕自身が守れる訳じゃないんだ。だから僕は、戦闘から退いてるんだよ。君の云う通り、あまりにも限定的過ぎるからね。本当にこういう時くらいさ。」


 それでも、今現時点で役立っている事に変わりはない。そこまで謙虚になる必要も無いと思うけど。妖怪や悪魔の血筋が故なのか、やはりパワーこそが全てなのだろうか。力と力のぶつかり合いこそ正義。彼のような変化をもたらす能力というのは、少し弊害があるのだろう。彼の謙虚さが滲み出るのは、そんな背景が為か。ジェニーは頭も切れるから、使い方次第でこの能力はいくらでも工夫出来そうだけど。


「さて、舞台は整ったみたいだけど・・・。リハーサルは、良いのかしら?」


「執事を舐めるな、雪女。坊っちゃまに必要なご奉仕は嗜んでいる。」


 トンっと踵を踏むように足を弾ませたレタは、静かに構え始める。首を軽く鳴らし、ミリタリージャケットをバサリと広げるように舞わせた。右腕を捲り、左手はその上腕を掴む。あの独特の構えだ。まだ(くう)を掴んだその手は、銃を持つ時の握り方。人差し指は銃口を相手に向けるように。その瞬間、辺りにヒヤリと感じる冷たい風は彼女の闘気そのもの。この冷気こそが彼女の能力をより向上させる。対するタキシードを羽織る初老もまた構え始める。中段をいつでも受け止められるよう、両腕に余裕はある。足を軽く開くと、片足だけ屈伸させた状態で硬直させた。彼が高身長なだけに、それだけで充分の威圧を感じられる。だが彼からは、レタのようなプレッシャーを与えるようなマナの放出は感じられない。ただ静かにじっと構えるだけである。


「じゃあーー、遠慮は要らないわね!六花(リッカ)ッ!」


 開始のゴングは無い。その代わり先に動いたのはレタだった。構えた右手に冷気を収束させると、氷の銃が生成された。氷のリボルバー銃は真っ直ぐに伏黒の身体に狙いを定めると、シリンダーが一段だけ回転し出した。


ダンッ


 彼女は何の躊躇も無くトリガーを引く。氷の弾丸は直線上の軌道に沿って、伏黒へと回転を加えながら飛んでいった。


「何⁉︎何⁉︎・・・発砲⁉︎ちょ、爺!大丈夫⁉︎」


 未だ目元が見えていないテンジョウは、まだ状況を理解していないようであった。まさか、自分の応接室で戦闘が始まっているとは思ってもみなかった事だろう。彼は手探りでウロウロと慌てていた。そんな中、伏黒はレタが放った弾丸に慌てる様子は無かった。それは、弾丸が当たるほんの一瞬の出来事。僕が目で捉えられたのは、その一瞬だけ彼の動きが消えたようにも見えた。超高速の立ち回り、とても初老が成せる業ではない。目視出来た頃には、氷の弾丸を踵落としで弾き飛ばしたくらいだ。


キシュン


 伏黒に弾き飛ばされた氷の弾丸は床に当たり、その弾痕からは氷の膜が出現し始めた。氷の膜は瞬く間に広がり、おおよそ半径一メートル前後の円状の氷がスケートリンクのように生成された。そういえば彼女が扱うあの氷の銃には、それぞれ特徴的な性質があったよな。確か、六花は拘束特化の銃弾だ。当たった場所に氷が張られ、相手の動きを封じる。これを行う目的は、よりエイミングを向上させる為である。また彼女の能力は気温が低ければ低い程、威力や性能が比例して向上する性質がある。六花は謂わば、その起点。レタは銃という遠距離タイプの戦闘を行う以上、意外にもトリッキーなのだ。


「いきなり飛び道具とは、相変わらず礼儀を知らん小娘だな。」


 彼は数回肩の埃を祓うように叩き、まだまだ余裕の表情を見せている。革靴の踵に付着した僅かな氷を床に勢い良く踏みつける事で無理やりひっぺ返し、レタの攻撃を無傷で受け切ってしまった。


「氷の弾丸を・・・、弾いた⁉︎しかも、足で・・・⁉︎」


 センもその光景を見て、目を大きく開きながら驚いていた。実際、現実的では無い。一般的な拳銃が放つ弾の速度は、秒速三百四十メートル程度。亜音速と呼ばれる極めて音速に近い速さで放たれている。それを彼は生身の足一本で、いとも容易く弾き返したのだ。


「あら?レディの誘いを足蹴にするなんて、エレガントに欠けるんじゃない?」


「ふん・・・。礼儀知らずに、上品さは伝わらんだろう。」


 お互い挑発を交えた会話はあったが、構える事だけはやめなかった。同時にいずれも力の全てを出している訳ではない、あくまで様子見程度。だがそんな二人を見て、センは何かを悟った。


「あの、イサム。あのお爺さん、何者なの・・・。」


「彼はテンジョウさんの執事、名前は確か伏黒ヤスオミだったかな・・・。正直、名前くらいしか知らないけど。」


 そう彼こそ、殆ど謎なのだ。名前と役職くらいしか知らない。けれど、センは別の角度から何かを見据えていた。恐怖とはまた違う。それは対妖怪というよりは、一人のアスリートとしての目線だったのかも知れない。そんな彼女は僅かに震わせた人差し指を伏黒に向けながら、言葉を更に続けた。


「あの人、今・・・、何したか見えた?」


「え、足で弾丸を蹴り落としたんじゃないの・・・?」


「そうだけど・・・、正確には違うわ。」


 センは強張りながら首を横に振った。結果的にはそうだったかも知れない。けれど、その過程は違う。彼女はそう僕に否定するように首を振った。確かに一瞬姿が消えたように見えていたけど、超高速の踵落としをしたんじゃ。それで弾丸を弾き飛ばしたものだと思ったけど、どうやら彼女には少し違って見えていたらしい。


「銃ってやつは弾丸を高速で回転させながら、真っ直ぐ標的に向かって進む訳でしょ?まず彼が行ったのは、弾丸の逆方向に回転させるように二回蹴りを入れて、弾丸そのものの威力を弱めたわ。その後に一瞬速度を失った弾丸に対し、踵落としで叩き落としたんだと思う。超高速の三連撃でね・・・。」


「人間業じゃないね・・・。」


「そりゃ、人間じゃないもの。」


 あまりの達人レベルの業に驚愕と合わせ、半ば呆れすらも生まれるくらいだった。これが妖怪同士の戦い。しかし何故、わざわざそんな事を。それだけの戦闘スキルがあるならば、純粋に避けるだけの方がスタミナ消費は少ない。ましてや六花は拘束用の技。下手に防御したりタイミングを誤れば、リスクの方が大きくなってしまう。だから彼女の六花に関しては、防御するよりも避ける方が優先される。それを伏黒は足一本で弾き返してしまった。それはつまり、この判断こそが挑発に等しい。躱わすでもなく、手を使って弾く訳でもなく。彼はわざわざリスクの高い足を使っている。これは即ち、それだけの力量差があるのだと見せつけているかのようだ。


「ならば、こちらからも行くぞ・・・ッ!」


 そう呟くように吐いた伏黒はトンっと踵を弾ませると、体勢を低く屈んだ。膝を床に付く程度まで屈ませると、弾かれたバネのように床を蹴りあげ、レタに向かって突進した。しかしその突進は直線上に見えて真っ直ぐでは無い。ジグザグに光の屈折のように高速で近付いていく。伏黒の射程範囲内に入った時、彼はくるっと体躯を捻るとその一瞬で生まれた遠心力から放たれる回し蹴りが完成する。回し蹴りは、丁度彼のつま先がレタの顔に当たるくらいの位置。彼のセリフからこの動作に至るまで数秒に満たない。だが、レタもノーガードという訳ではない。しっかりと相手を捉えており、一瞬の驚きこそは垣間見えたが判断は揺るがない。


「よッ!」


 彼女の動きは完全に伏黒の攻撃を見切っていた。身体を精一杯後ろに反らせる事で、繰り出された回し蹴りを回避する。そう、する筈だったが、実際には違った。完全に見切られたというのに伏黒の瞳に焦りは無い。むしろその表情は、好都合だと云わんばかりの顔色である。


「・・・月影(ゲツエイ)。」


「なっ・・・、ぐく・・・⁉︎」


 気のせいだろうか・・・。彼が繰り出した回し蹴りは確かに、届くリーチでは無かった。それは外野から見た僕らでも誰もが一目瞭然の筈。それなのに彼女は伏黒の攻撃を受けたような反応があった。寸前で構えていた氷の銃で受け切った事で致命傷には至らなかったが、明らかに可笑しい。


「あ、あれ・・・、今、変じゃなかったか・・・?」


「えぇ、不自然な当たりだった。」


 センもまた、伏黒の攻撃に違和感を覚えていた。本来ならば、届く筈の無い攻撃。それが防御されたとはいえ、確実に当たっていた。見えない攻撃・・・?高速で繰り出す事で生まれた突風とか?いや、もっと物理的な攻撃だった。気のせいでなければ、攻撃が当たる瞬間だけ足が長くなったような・・・。違う・・・、もっと正確に云えば、繰り出す足が分身したかのように一つ分飛び出してきた感覚に近い。


「小娘が、この技を見切れる訳があるまい。この月影にはな。」


「なるほどね・・・。マナでリーチを伸ばした訳ね。しかも、攻撃が当たる瞬間のみに発動するとか・・・。随分と執事らしくない技じゃない?」


 直に受けていたレタは、即座に伏黒の謎の攻撃に気付いていた。それは至極単純なカラクリ。レタ曰く、あの執事の攻撃は攻撃がヒットする直前に、真実のリーチを現す。一見、なんて事の無い技に見えるだろう。だが僕だってカイデンと血の気が抜ける程、鍛錬してきたんだ。今の僕には、あの技の恐ろしさが良く分かる。接近戦もまた心理の読み合い。あの攻撃は発動するかどうかでリーチが変わる。視界のみで頼るだけでは、まず躱せない。月影と呼ばれる技を発動するかどうかも、あの執事次第だ。一瞬の判断を見誤れば、クリーンヒットは待ったなし。つまり厄介極まりないと云う事だ。彼女もそう判断したのか、大きく数回ステップで距離を取り、伏黒の射程範囲外へと伸ばす。レタは片手打ちに構えていたところから、一転。左手も同様に人差し指を上げ、二つ目のリボルバー銃を出現させた。


「二丁・・・拳銃・・・⁉︎」


 僕は彼女に見惚れるように口を溢した。一対の氷のリボルバー銃。こんな事も出来るのか、この人は。


「六花が一丁だけとは、誰も云っていないわよ?元々の、六花の姿はねッ!」


ダダダダダダダダダダダンッ


 二丁になった事で彼女は、連続でトリガーをありったけの数だけ引いた。連続で降り注ぐ氷の飛礫(つぶて)。レタは躊躇無く、シリンダーに込められた弾丸を一斉に掃射させていた。それでも伏黒には当たらない。巧みなステップを使い、弾丸を確実に一つ、また一つと回避していく。寸前に当たりそうになっても得意の足技を使い、直ぐ様に弾き返す。六花の性質上、着弾してから氷の膜が生成されるまでに僅かなラグがある。拘束用の氷が発動する前に蹴り落とせば、直接凍らされる心配は無いと伏黒は判断したのだろう。二丁の氷の弾丸を持ってしても、彼を当てる事が出来ない・・・。彼女は何故、こんな事を・・・。


「ふん、闇雲に撃った弾丸で当たる訳が無いだろう!」


 そうだ、これは伏黒の意見に同意だ。一丁の拳銃で当たらなければ、数を増やせばという安直さでは埋まらない。もっと別の対策を練らない事には、彼に一撃を通す事は叶わないだろう。すると彼女はあろう事か、彼のセリフに対し小馬鹿にするようにクスクスと笑い出した。


「何云ってんのよ?攻撃を、当てるだけが戦いじゃないわ。」


 彼女がそういうと床に向けて指を差した。


「ッ⁉︎」


 気付けば、彼女の周りは・・・、いや、この応接室全体の床が氷の層で埋め尽くされている。それはまるで一晩で作り上げたスケートリンクのようになっていた。一面きらりと輝く凹凸を許さない綺麗な氷の床。触ってみると確かに冷たく、踏ん張りが効かない程かなり滑りやすくなっている・・・。


「氷の床・・・⁉︎そうか、六花は元々、拘束用の技。それを床に打って、無理矢理フィールドを変えさせたのか!」


「戦いは起点作りが大事なのよ!」


「上手いわね・・・レタ。」


 戦況を見ていたセンも舌を巻いた。


「さぁ、これで上手く踏ん張れないでしょ?あんたの技は、主に足技。最初のあたしの攻撃を足で弾いたのが、決定的な証拠。躱わすなり手で受け止めた方が遥かに楽なのに、あんたはそれをしなかった。それは、足技に絶対な自信があるからよ!」


 この起点は、かなりアドバンテージが高い。六花で作り出した氷の床のおかげで部屋の温度を下げる。レタの能力は気温が低くなればなる程、その効力は上昇する。謂わば一種のバフがけである。更にそれだけではない。氷の床になってしまっては、慣れていないとバランスが取りづらくなる。つまり通常の床では難なく行えた攻撃や防御も、上手く踏ん張りや重心を支える支点がズレてしまうのだ。彼女自身の能力を向上させるだけでなく、相手の攻撃、防御、回避に至るまで縛り付けるフィールドにした。まさに拘束技の極みでもある。これが彼女の起点作り。確かにこれは理に適っている。六花を二丁にしたのはこの為か。


「ふん、悪知恵を・・・!」


「さぁ・・・、こっからは第二幕よ!」


 伏黒の口元から、チッと舌を短く切る音が聞こえた。眉をひそめ、片側だけ垂らした前髪を掻き上げる。対するレタは、先ほどの動きとは打って変わっていた。水を得た魚のように高速で動き回る。いや、あれは走っているとは少し違う。まるでそう、踊っているような・・・、何かの演目に合わせて駆け抜けるように。


「速いッ!それにあの動き、まるでスケートで滑っているみたいだ!」


 通常の床では、まずあり得ない動き。片足で氷の床を蹴ると、スケートのような推進力を得ている。腕を広げれば花びらのように舞い、重心を低く構えれば突風のように氷の床を駆け抜けていく。


「六花にあんな使い方があったなんて・・・。この間の戦いで、彼女もこっそり練習してたのかしら。」


「けど、あのまま突っ込んだら・・・、折角リーチはレタさんの方があるのに!」


 そうだ・・・、彼女の最大の利点は遠距離から行われるリーチの長さである。そこから繰り出される氷の弾丸が彼女のアドバンテージ。あのまま氷の床を舞うように銃で攻撃した方が都合良い筈。なのにレタが取った行動はその真逆。散々踊るように氷の床を滑ったと思ったら、伏黒に向かって突進。これでは何の意味が無い・・・。一体、今度は何をしようとしているんだ・・・。

 いや、待てよ。この戦い、何か不自然だ。決定的にこの戦いには欠けているものがある。それは相手を本気で取るという殺意。彼らにはそれらが感じ取れない。どちらかというと、本気の取っ組み合いというよりは、互いに試し合っている。それが一番しっくりくる。レタもまた、何かを色々と試行錯誤しながら、新しい戦い方を見出そうとしているのか。一見、ちょっとした喧嘩に見えてしまうが、この本質は腕試し。要は組み手をしているようなものだろうか。そう気付かされた時、彼らの表情を見て何となく納得してしまった。彼らの表情は、いつに無く楽しげに見えたからだ。


「やはり悪知恵は、悪知恵程度のようだな。銃とは離れているから、意味があるのだッ!」


「じゃあ、意味のある武器に変えれば良いのよ!・・・雪花(セッカ)ッ!」


 レタは瞬時に二丁のリボルバー銃を投げ捨てると、今度は両手持ちに構える仕草を見せた。彼女の掛け声と共に、次に生成されたのは氷のショットガンだった。散弾銃、広範囲に散布される弾丸の特性。ある程度のエイミングさえ出来てしまえば、威力は弱いがまとめて相手に当てる事が出来る訳だが。レタはその特性を逆に利用した。僅か数十センチに満たない距離まで詰めた状態でなら、散弾銃の威力を最大限に発揮出来る。しかももう目と鼻の先の距離までなら、精度を求めたエイミングは不要。ただ純粋に銃口を目標に向かって放つだけ。至近距離だからこそ最大の効果を発揮させるのが、彼女の雪花なのかも知れない。


「くっ、散弾銃・・・だと⁉︎」


 彼女の予想外の行動に度肝を抜かれた伏黒は、一瞬体勢を崩す。防御はガラ空き状態。まずあの体勢では、防御は間に合わない。回避なんて以ての外だ。あの至近距離で回避するには、攻撃を百パーセント躱わす事は不可能。これは、レタの一本か?涼しげな表情からニヤリと笑いながら舌を出したレタは、ガチャリっと銃器を奏でながらトリガーに指を構える。


「ぶっ飛べ!」


ドゥンッ


 放たれた無数の(あられ)。一つに固まっていた飛礫は一斉に拡散され、一気に伏黒を丸々包み込もうとした。対する伏黒は大きく後ろへ飛びながら両腕を広げると、瞬間的に力を込める。マナがその両腕に目掛けて収束される。胸部から上腕へ上腕から手首へ、そして爪先までマナが移動するとまるで長く研ぎ澄まされた爪を模したマナが姿を現す。


「ふん、これしきの事ッ!」


ザンッ


 それは一瞬の出来事。伏黒はマナで伸ばした爪で、自分に当たる飛礫に対し切り裂いた。瞬間的に起きたこの攻防戦により、辺りは白い煙が巻き起こった。


「うっそ、至近距離のショットガンよ?」


三日月(ミカヅキ)・・・。小生の技が足だけだと、誰が云ったかな?」


 白い煙が過ぎ去ると、その影からは無傷の伏黒の姿があった。流石のレタも驚愕を隠し切れないでいた。それもその筈。彼女が繰り出した至近距離の散弾銃。元々、彼女はエイミングにおいては絶対の自信がある。防御はされても全てをかわすのは至難の業であり、ましてや気温の低いこの場においては威力やスピードも増している。それらの攻撃をあの執事は、あの一瞬の判断で全て防ぎ切ったのだ。あの澄まし顔からまだ余裕すら感じられる。


「今の斬撃・・・、いえ・・・、マナで伸ばした爪・・・、かしら?」


 傍に居たセンも息を呑みながら、まじまじと見つめていた。あのマナの動きは間違いなく彼女の思う通り、マナで伸ばした爪だ。それも凄まじく鋭利で強靭。一度にあの無数に放たれた氷の弾丸を全て彼の二振りで切り払ったのだから、当人の驚愕も無理はない。レタの頬にさらりと冷や汗が伝う。


「まさか全部弾き返すなんて、思わなかったわ。」


「ふん、貴様も少しはサマになってきているようだな。」


 伏黒は軽く肩を回しながら、短く息を吐いた。やはりそうだ。彼らは本気でやろうなんて思っていなかった。あくまで互いの力量を図り合う為に起きたもの。妖怪や悪魔は、力こそが絶対の上下関係となる。総じて“ギフト”たちは血の気が荒いものが多いし、この方法が最も互いを認め合う事が出来る手段なのだろう。シンプル故に見てるこっちからしたら、本当にヒヤヒヤさせる展開だ。


「レターー、もう解いて良いかいー?」


「えぇ、もう充分よ。少しスッキリしたし。あなたもそうでしょう?」


「好きにしろ。」


 すると、ジェニーが発動していた“トリックルーム”は解除された。同時にレタが振り撒いた氷の床ごと瞬時に消え、それに合わせるように彼女も握っていた雪花も消した。


「あら、執事ってストレス溜まりやすいって聞いたけど?」


「余計なお世話だ。それに、誤解を招くような云い方はやめろ。小生は好きで尽くしているのだからな。」


 伏黒は少し乱れたネクタイを締め直し、ふんっと実に不機嫌そうに言葉を返した。


「あらまぁ、忠犬もここまで来ると立派ね。」


 軽いステップでレタが後ろに手を組みながら伏黒の傍らまで近付き、薄ら笑みを交えながら白い歯を見せていた。伏黒がキッと目を鯨立てると彼女は口に手を当てながら、おほほほっと似合わない笑いを見せながら離れていく。


「爺~~、どこだい~?もう終わったのかい?この紐を解いておくれよ~。」


「はい、坊っちゃま。すぐに!」


 テンジョウの懇願する助けに我に返った伏黒は、ピンッと前髪を上げると物凄い速度で主の元へと走って行った。直ぐ様、テンジョウに掛けられたループタイを解き、元の位置に戻してあげている。当のテンジョウは半べそをかいてる。まるでその光景は、喧嘩して泣きながら帰ってきた幼稚園児に、母親が慰めながら着替えさせている様子と合致する。ずっと思ってたけど、この人執事とはいえ、テンジョウに対して過保護過ぎるような気が・・・。


 まぁ、それぞれ事情が色々とあるのだろう。とりあえずは一波が去ってくれたのだ。


「それじゃあ、本題に入ろうかしらね。これからの事を!」


 レタが応接室の中央付近でくるりと周り、大きく手を広げた。そう、まだ本題には入っていないのだ。この奇妙な事件を解明する為の扉の前に、僕らはまだ立ち往生している最中なのだ。

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