60止めたくて
エンドロールが終わって明るくなるまで、二人は余韻を感じ続けた。
去っていく人々を見ながら、まだ立てずにいる。
劇場内から誰もいなくなってから、二人はやっと立つ。
「行くか」
「うん」
映画が終わったのだから、このままカフェかどこかに寄るものだと思っていた。
しかし、解散を切り出したのは凛のほうからだった。
「今日はもう終わりにしよう♡」
「え、もういいのか? まだ小説も全部は」
「うぅん♡ もうイーちゃんには十分してもらったから。今日はこれで終わりにしよ♡」
「そっか。凛がそういうなら、そうしようか」
「……ありがと」
いつもの凛に戻っている。
その表情も態度も、いつもの凛の姿だ。
ビルから出て駅へと急ぐ姿。でも、どうしてかその背中は寂しく感じてしまう。
「カップルらしく改札でバイバイしよ♡」
「あ、じゃぁ凛先に行くか。俺少し経ってから電車乗るから」
「ありがと♡ ……そうだ、最期に一個、いいかな?」
「なんだ?」
「カップルってさ。きっと相手がいないときも相手を感じたいと思うんだ。だから……イーちゃんの匂いがするもの、欲しいな」
「匂いのするもの……うぅん、何かあるかな?」
「なんでもいいよ♡」
なんでもいいと言われても、何がいいのかと迷う。
匂いのするもの――ハンカチじゃ物足りないだろうし、やはり欲しいとなると衣類か何かだと思う。
「んー、衣類とかがいい?」
「でも、今着てるの脱いだら大変だろうし。イーちゃんハンカチとかはある?」
「あるよ」
「じゃぁ、ハンカチがいいな♡ でも、たっぷり匂いが欲しいから、それで汗拭いて」
「わかった」
取り出したハンカチで汗を拭う。
腕や谷間の汗を吸収したハンカチを、凛に手渡す。
「ありがと♡ んー、イーちゃんの匂いだ♡」
「なんか、はずいな……じゃ、今日はこれでバイバイだな」
「うん……今日はありがとう。本当にありがとうね、イーちゃん。バイバイ」
「……」
「……」
ぎゅ。
凛がイヴに抱き着く。
イヴの腰に回した腕。抱きしめた状態で5回、力を籠める。
「じゃぁね! イーちゃん」
「おう、またな」
去っていく凛。
まるでいますぐにこの場から消えたいかのように、凛はすぐにでも走っていってしまう。
振り返ることはない。すぐにでも改札を抜けてホームへと消えていく凛。
(ハァ……ハァ……)
凛は階段を全速力で駆けた。
止まっていた電車に乗り込むと、万が一イヴが乗ってきても大丈夫なように車両を一番奥へと移動した。
受け取ったハンカチを強く握りしめ、荒い息で逃げた。
(ずるい、ずるい、ずるい!)
イヴではなく、自分へ向けた言葉。
(小説のためなんて言って!!! 言い訳つけてずるい!!! 凛はずるい!!! 凛はばかだ!!!
おばかだ!!!)
やっと電車が動き出す。
もう動き出したのに、早く走れ、早く遠くに行けと願う。
そう思いながら、最後尾のホームを見つめてしまう。
ホームには金髪の少女が次の電車を待っている。
(イーちゃん。凛ずるくてごめんね。凛最低でごめんね。凛ばかでごめんね)
最初は小説のためだった。
本当に、小説のためを思っていた。
でも、デートという理由を得て、凛はその気持ちを止められなくなっていた。
その言葉が、その指先が、その体温が――。
欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて。
仕方なかった。
止められないから。止められない気持ちで、一人がってな気持ちだけで何か間違いが起きないように。
凛は去った。
(言い訳をつけて、イーちゃんとちゅーした。イーちゃんのお手々を噛んだ。イーちゃん……)
言い訳をつけることで相手を思うままに動かした。
それが情けなくて、辛くて、切なくて、悲しかった。
本当は言い訳なんか欲しくない。
言い訳なんかなくてもそうしたい。
本当に――
(大好きなのに)
――カップルだったらよかったのに。
ピロン。
ラインの通知がなる。
でも、今はラインの通知でさえ怖かった。
凛の中には消化できない気持ちが溢れると、凛はスマホの電源を切った。
もらったばかりのハンカチを、イヴの汗が染みたハンカチが、濡れていく。
涙がぬくもりを消していく。涙が匂いを消していく。
(こんなんじゃダメだ。こんなんじゃちゃんと凛になんて向き合ってくれない)
だって、それは小説のためにしたことだから。
言い訳を続ける限り、そこにイヴの心はない。
言い訳を続ける限り、凛は報われない。
言い訳を続ける限り、結ばれることなんてない。
◇ ◇ ◇
ピロン。
『今日はありがとう♡ すっごく参考になったよ♡』
『おう、こちらこそありがとな。楽しかったよ』
『小説の結果出たら教えるね♡』
『一次通るといいな(祈る絵文字)』
『ほんとだよー。通って欲しいよー(泣いてる絵文字)』
『また参考にしたいのあったら言ってくれや』
『うん、そのときはお願いする笑』
『あとさ』
2分の間。
『今度は小説以外でも付き合ってほしいな』
『いいよー』
『姫と騎士じゃなくてさ』
『うん』
『凛とイーちゃんでデートしよ♡♡♡』
『いいよ』
『イーちゃん』
『好き』
『大好き』
『愛してる』
『ありがとよー』
『今度デートしてね』
『おやすみ』
『今度は映画以外もしてみようか』
『おやすみ』
既読はされなかった。
でも。
多分。
気持ちは。
「おやすみ、凛」
「おやすみイーちゃん」
寝る前の一言は、同じ言葉であった。
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