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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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事後処理

 お待たせしましたが、単純に前回の続きです。

 というわけで、気弱もとい賢木麻理恵ちゃんが出てきた理由を語ったのは病院なの。別にいらない包帯を巻かれて別に必要もないベッドの上で聞いたわ。ふーんって感じね。

「もう二度とあんなマネしちゃダメよ。何か出たらさっさと逃げなさい、ね?命あっての物種でしょ」

 たしなめると口を尖らせた。納得いかないみたい。

「衣川さんこそ……たまたま犯人の手が滑って傷が浅くて済んだけど、もうあんなことしちゃダメじゃん」

 ああ、そういう設定なの。

「私はいいのよ、しぶといから」包帯を巻いているだけの手をひらひらと振る。「現代の医学なめちゃダメよ。来週には退院できて傷跡も残らないそうだから」

 退院して……しばらくしたら失踪すると思うけど、は言わない。

 しっかし、むかつく奴だったわね。賢木さんが頷く。あまり気弱ってわけでもなかったみたいね、と驚いていると眉を下げてまたあの気弱フェイスになった。忙しい子ね。

「あの人どうなったのかな。捕まったけど、裁判とか……」

 裁判?証人なら実際に刺された私だけで済むと思うわよ。休日奪われないわよ。青春楽しんでらっしゃいな。

「そうじゃなくって。セキニンノウリョク?がないとか言われたら……ちゃんと捕まらないかもしれないって、お父さんが」

「なるほど、精神病とかの人だったら法が適用されなくなるやつね。あのお兄さんずっとブツブツ言ってたし、十分可能性はあるわ」

そう言ったらハの字がさらに深くなった。

「大丈夫よ。あいつの顔、腕、脚、胸、腰、首。全部覚えたわ。安心してちょうだい……かならず神罰が下るわ」

 ていうか、下すわ。刑務所に入ってりゃよかったと全身全霊で思い知れ。入ってても下すけど。

「ぜーんぜん、気にすることないのよ」

「そ、そうよね。罰が当たるよね……」

 賢木さんはこの後しばらく世間話をして病室を出て行った。あの子にはボロを出さないわ。次は完璧にやってやる。そうでないと私は、そもそも人間ですらなくなっているから、……。

 人がいなくなった個室は広く感じた。白い床も白木風の壁紙も天井も四角い電灯も、全部私から遠ざかっていくようだ。開けている窓から風が吹き込む。

 風が止むとカーテンが窓際へ逃げた。あんたも逃げるの?残念ね。

「衣川ー!」センチメンタルな空気をぶっ壊してクリーチャーが入ってきた。うちの制服を着ている。「大丈夫かお前!?」

 ゆで始まってげで終わる名字の人のようにも見えるけどきっと気のせいね。

「あら、お部屋を間違えてらっしゃるのかしら。病院では静かにするものよ」

「他人の振りすんな。するとしても躊躇しろや……俺はな、お前が変質者に刺されたって聞いて、世の中には理解しがたい性癖があることを再確認したんだぞ!」

「そういう変質者と違うわよ。しかも失礼よ」

「え?そうなのか?……ま、まあいいんだよ。とにかく、お前が心配で夜しか眠れそうにねーよ!」

「健康的ね。帰れ」

 しかし弓削は帰らなかった。魚兄さんの差し入れを持ってお見舞いに来たんだそうだ。だったら魚兄さんがよかったな。ああ、籤運ないわあ。

 早速跡は残らないのかとか聞いてきた。デリカシーのなさは一流ね。私は化け物だから残らないけど、普通の人間であの傷残るなら多かれ少なかれ発狂するわよ。

「最後には一つも残らないそうよ。最先端の医学ですって……文系脳には理解しがたいけどね」

「何だそりゃ。いくら何でもそんなのねーだろ」

 そうね。あんた理系だったわね。さすがにこいつは誤魔化せないかな。というより、誤魔化したままは少し心苦しいわ。

 頼れるかどうかはともかく味方でいてくれたし、完全に一致したかどうかはともかく似たような境遇を共有したし、親しいかどうかはともかく友達だった。それもおそらく人生最後のね。そんな相手にこんな不誠実を返すの?

 私は決心して、腕の包帯を剥いだ。

「なっ、……」

「わかった?」目を見開いて、口をパクパク動かして、こうしてると本当の魚みたいね。傷一つない乾燥肌を見せつける。「残らないのよ。消えるの。大した傷じゃないのよ、私には」

「お前、」

 お前の先には何があるんだそこをちゃんと言えよそちらさまで推定してくれってかチキショウ言うのが面倒くさいなら喋るな!とか言いたいところだけど、面倒くさいんじゃなくてほんとに言葉を失ってたわねえ。ね、そこは多めに見てあげましょうよ。

 しかも、何を言いたいのか何となく予想がついてしまうのよね。

「人間ならもう少ししたら完全に辞める予定よ」

 包帯を巻きなおすためにもう片方の指先から触手を伸ばした。タコやイカのように吸盤があって、細かい作業に向いている。

「怖いなら帰ったら?」視界の端で弓削がびくっと震える。「追いかけやしないわ」

 私は包帯を巻き終えた。まるで大けがをしているように仕上がる。触手を肌の中へ引っ込めた。

「……ああ、帰るよ。でもな、最後に聞かせてくれ」

「ええ、質問を許すわ。どうぞ」

 正面から見る弓削は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。またカーテンが逃げた。上の方、ホックで繋がれているから外へは逃げられないわね。

「お前は誰だ?」

 何を聞くのかと思えば愚問ね。私は微笑みを浮かべた。

「私は依。衣川依よ」

「……そうかよ」

 弓削は病室を出て行った――出て行って、入ってきた。何を言っているかわからないと思うけど、出て、入った。

「依」

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