家庭科のはず
主人公ぼっち。
家庭科室は私が入ってくるまで盛り上がっていた。私が一歩足を踏み入れた瞬間に静まり返る。
ずいぶん嫌われたものね。席はないようだけど、その辺の空いてる椅子でも隅に持っていって座ってましょう。怖がらなくても何もしないわ。こう見えて寛大なの、私。
今度は私を遠巻きにして話し出したわね。こういう空気嫌だわ。うまく話に入れないかしら。
うーん、内容は聞こえるんだけど、それに答えるほど私はこのクラスに詳しくないのよね。誰だよ山本さんって。五月くらいから行方不明?あっそ。何でかしらねっと。
先生はまだ来ないのか?ああ、そうね、もう授業は始まっている時間ね。入る話題としては悪くないかしら?軽く周囲を探る。気配はあった。
「先生ならもう来るわよ。今、一つ上の階にいる」
ざわっと波が広がるのを感じたわ。あーはい、失敗。失敗したわね。そういえば人の目で上の階は見えないわね。ドンマイドンマイ私ドンマイ。まだどうにか切り返せるわ。
「か、カンよ、カン。女のカンってやつ」
カンなら何でわざわざ言ったのかなんて考えないでほしいわ。思い付きを言いたくなる時もあるのよ。そういうことにしておいて。
――気まずい!
さっさと先生が来ればいいのに、あの中年女どこで油売ってるの?そもそも売るほど脂あるの?あんたパッサパサじゃない。もう一度あたりの気配を探った。
――まずい!
今回はまずい、よ。気まずいじゃなくてよ。私に伝わってきた気配はパサついた中年がぐちゃってる気配。メッタ刺しね。
もちろん、若い子には少し刺激が強すぎるのではなくて?とかそういうことじゃないわよ。だってあれどう考えても他殺死体でしょ。
首切りと同じよ。どこの世界に自分で自分をメッタ刺しにしてお亡くなりになるおバカがいるの。……え、いるの?世界って広いわね……。
ああ、もう、閑話休題。他殺ってことは、犯人がいるわよね?油不足の中年教師をメッタ刺しにして殺しちゃった犯人さんが。刃物を学校に持ち込む異常者さんが。
それも見えたのよ。しかもこっちに向かってるわ。よくもまあまっすぐ来られるものね。私より土地勘があるのね。彼、ここの卒業生か何かかしら。まあ、それはいいとしましょう。そういうこと調べるの、警察の仕事だわ。
私は席を立って、クラスメイトの皆さんにこの教室から出ないよう忠告して家庭科室を後にした。広い廊下の真ん中に立つ。
こうすれば向こうは真っ先に私を狙ってくれるはず。そしたら……そうね、消火器でも投げつけましょう。ぎりぎり事故に見えるんじゃないかしら。
ほら来た来た。めちゃくちゃ返り血浴びてるわね。私は触手を消火器に伸ばそうとした。
「き、衣川さん」
背後から声がした。ばっと振り向く。クラスの……名前わからないわ。気が弱そうな子よ。眉がハの字なの。仮にこの子を気弱と呼んでおきましょう。
あとで聞いたところではこの気弱、先生が来ないのと私がわざわざ教室から出ないように言ったのがちょっと引っかかって見に来たらしいわ。
でもいい迷惑よ。
「何で来たの!?来るなって言ったじゃないッ!」
思わず怒鳴った私は背中に衝撃を感じた。刺さってないわよ。皮膚をそこだけとっさに硬くしたから。気弱が悲鳴を上げ、他のクラスメイトがわらわらと出てくる。人間あんまりびっくりすると悲鳴すら上げないのね。これだけ目撃者いるとこいつ殺せないじゃない。
いいえ、逆に利用させてもらいましょうか。私は背中の皮膚を元の状態に戻した。ナイフが刺さる。ええ、普通に痛いわ。
「あんたら携帯持ってるでしょッ」
刃先が内臓に達した。けっこう大きいナイフね。包丁ではないと思うけど。口の中に上がってきた血を吐き捨てる。喋るのに邪魔よ。ついでにその手も振り払う。痣ができたかしら。
「家庭科室に戻って、すぐ警察に連絡して!家庭科の先生はもう死んでる!」
ナイフが抜かれた。背中から血が噴き出す。悲鳴も噴き出す。後ろのこいつは楽しんでいるようね。腹立つ。
血に猛毒混ぜてやろうかと思ったけどやめておいた。あんたは私の残り少ない人生の充実のために捕まってもらうわ。でもさすがにふらつきもしなかったのは違和感かしら?背中メッタ刺しなんですけど。
まだ気弱が廊下に残っている。
「あんた何してんのッ!?さっさと戻りなさい!家庭科室に冷蔵庫とかあるでしょ!?あれ使ってドア押さえるのよ!あんたが出てたら他の人が籠れないじゃない!」
「で、でも、衣川さん」
「私はいいから!すぐ警察来るでしょ、心配しないで!」
背中メッタ刺しにされて「あんた何してんの」はないよなあと気弱が消えてから思った。怒鳴り散らすって、元気すぎるでしょ。
変質者は私の肩をつかんで振り向かせた。それなりに整った顔してるの腹立つわ。今度は腹を抉られる。だいぶ切れ味が落ちてきてるわね。相手は何かぼそぼそ言ってるみたいだった。耳を澄ます。うーん、「なぜ死なない」かな?
「何でかしらね?ええ、何でだと思う?」
へらへらと笑ってやったら今度は私を床に押し倒した。まだ刺すの?どうして無駄ってわからないのかしら?
さすがに喉突かれたら喋れないわね。刺さってる間はね。廊下は既にどう見ても一人分ではない量の血に染まっている。勝手に再生するのよ。
あら、鼻削いだって駄目よ。すぐ元通りになるわ。うふふ。首から下だって穴だらけなのは制服だけなことくらいあなたにだってわかるでしょ。さすがに人に見られたらまずいからとっとと閉じこもったクラスメイトの薄情さに感謝ね。
警察はほどなくやってきた。といっても犯人がひたすらな徒労で精神的にボロボロになった頃によ。廊下の血も一人分くらいになるように片づけておいたわ。
胴体以外も腕も脚もメッタ刺しにされて制服を破壊され血みどろの私はバスタオルを体に巻き付けてもらう。実はまったくケガがないが病院送りだわ。うぇーい税金の無駄遣いー。
かかりつけとして最初に触手を埋め込まれた病院を言ってやったからどうにか誤魔化せるでしょう。




