返り咲く
話はラストスパートなのに筆にはスパートかからない。そんな今日この頃です。
そういえばもう一人、いたのよね。姿勢がよくて、喋りがジジイな方が入ってきた。どうしたの、と聞いてみる。
「少し、確かめておきたいことがある」
するりと私の隣まで近づいてきた。木漏れ日に照らされるクリーチャーな顔面に少し驚いて身を引く。そればかりかあの湿った手を私の手に重ねてきた。反射的に手を引いた。無理。感触がキモイ。
「嫌か……」
な、何かがっくりされている。それもそうかしら。今手が逃げたもんね。
「あの、えっと、別にあなたが嫌いとかそういうわけじゃないんだからね」しまった、ツンデレの文法に入れてしまった。これだと嫌いなことになる。「その……その手は湿ってるから嫌なだけで……」
「本当か……?」
ええ本当。頷いたけどおじいちゃんは納得してなさげだ。信用ないのかしら私。
「夏祭りの時頭を撫でようとしたら払いのけたではないか」
「うっ」
ほら見ろ……肩をすぼめてうじうじ言う。女々しい。女々しすぎるわよ男神様。ひょっとしてヒロイン枠は私じゃなくておじいちゃんだったのかしら。そっか。私、そんなに女子力低かったんだ……。
「だって、あの時はかわいく見えるようにおさげにしてたじゃない。だから、髪型が乱れるのが嫌だったの」
「……」
何だか静かになったなあと思って隣に目をやると、おじいちゃんが入っている弓削ボディが真っ赤になってうつむいていた。やめてよそういうの。私が恥ずかしくなるじゃない。
「てっきり嫌われていると思ったぞ」
「私は嫌いなひと助けるほどお人よしじゃあないわよ。ところで、顔色えげつないけど大丈夫?」
「たぶん」
それだけ言うとますます顔を赤くして、とうとうおじいちゃんは出て行ってしまった。
病室を出たすぐのところまで追いかけたけど、重傷設定の私は怒り狂った看護師さんに連れ戻された。こんこんと説教を垂れられる。すいません。すいません。
一つどうしても納得いかないわ。真っ赤になって逃げる?何なのその清楚で奥手な女の子みたいな動き。あなたむしろ益荒男でしょ。私はおっぱい……はないけど、イケメンじゃないわよ。他を当たりなさい。
でもどこの話でも囚われているのはいつもお姫様で、助けに行くのはいつも王子様なのよね。仕方ないわ……私は胸とかないけど、おじいちゃんには発達した胸筋、つまり雄っぱいがあるし。もういいんじゃないそれで。
めちゃくちゃ背が高くてムッキムキのお姫様を想像してぶふっと笑ってしまった。看護師さんに睨みつけられる。ごめんなさい、聞いていなかったわけではないはずなの。でも、その、さすがにあれは笑うわ。笑うと思うの。
魚兄さんの差し入れは『黄衣の王』の下巻だったわ。やっぱりあのひとはわかってる。私の記憶ではどこの本屋にもなかったはずだから、新刊かしら?にしては少し、本が古すぎるようだけど。
いいえ、細かいことは気にしない方がいいわね。やったぜ、本ゲット!思った通り本は面白かったわ。上巻で醸成された期待を裏切らないの。この作者ほんと、いい仕事するわ。
退院後、私の高校生活は一転華やかなものになった。それも有名人よ。新聞部が号外を出したの。英雄だってさ。告白なんかもされて……それはこの先に責任が持てないから断ったけれど、私の容姿以外妄想に近づいたわ。
褒められて、人に好かれて、悪い気分じゃない、そうでしょう?
へ?校内に現れた変質者はどうなったのかって?さぁね。おじいちゃんに聞いてみて、迷ったから効果ありそうな呪いトップ3を全部かけてみたのだけど、おかげでどうなったか、私にもおじいちゃんにもよくわからないの。
でもいいんじゃない?罰は当てたんだし。それに私の仕事よ。何らかの効果は発揮してるでしょうよ。
閑話休題。
一方で弓削とは距離が開いていった。他にいなかったから仲が良かったけど、陰キャラと陽キャラ、所詮住む世界が違うのかしらね。達者でおやんなさい。
そうはいってもお隣だから、時々魚兄さん特製魚の煮物なんかをおすそ分けしに来てくれたわ。すごくおいしかったから、今度レシピを聞こうと思ったけど、それっきり忘れちゃったわね。
休みの日に友達と出かけるなんて何か月ぶりだったかしら。映画も見に行ったわ。その時、ちょうど主人公が高校生の映画があってね、えっと……日本の高校の軽音楽部がイギリスに行くやつ。あれは面白かったわ。
私の服は諸事情からおじいちゃんセレクトのものしかないから、ちょっと不安だったのだけど、棒人間みたいな私の体にはよく似合ったみたい。可愛いねってほめられて、どこで買ったのかとか聞かれて、会話の弾むこと弾むこと。おじいちゃん様様ね。
おじいちゃんともうまく行っていた。言っておくけど変に照れたりしなければあのひと益荒男だからね。照れてないときはそりゃあ格好いいわよう。顔面が弓削でさえなきゃあね。先行配信されちゃった告白とか不倫とかが嘘みたいにプラトニックな関係だったわ。
例の、私をリンチに会わせてくれた皆さんにも一人一人ちゃんとご挨拶して、自己紹介もしたし、これで一件落着ね。
外国のひとにも会ってきたの。日本人の英語はネイティブにはよく通じないって聞いたから不安だったけど、ちゃんとお話しできたわ。誠意はちゃーんと伝わるのね。
おじいちゃんや奥さんはしたことなかったらしいけど、妙な妖怪がいないかちゃんとパトロールして、いたらミンチにして、迷子の子も光の速さで家に送り届けて、うちは本来縁結びの神社ではないけど縁結びを願いに来るガールズにも触手をニュルンとしてちょっとしたラブコメの種を蒔いてあげたわ。
まるで土地神よね、私。力もあり、仕事もしてて、あと足りないのは神格、つまり神としての椅子だけって感じだわ。
え?あー、確かに。そうね、言われてみればいわゆる二重生活だったわけだけど、大したことじゃないわよ。だって学校や遊ぶのには私の化身、いわゆる分身が行っていたから。
自分が複数体同時に存在できるって便利よ。面倒な仕事はこれで二分の一、三分の一。
もちろん、お礼参り・挨拶回りは失礼のないように本体の私がしたわ。でもねえ、一つ気になったの。
無病息災や商売繁盛みたいな、割と自己責任入ってくるような案件ならともかく、シチュエーションさえ整えれば9割どうにかなる縁結びとか、大体の願い事って化身がいくつかある私たちにとっては朝飯前なのね。
なのに、どうして人間がどうでもよさそうなおじいちゃんならともかく、人間が好きなはずの奥さんは願いを聞こうとしなかったのかしら。
人助け、気分いいのに。しかも大体人間同士でやるのと、募金なんかと違って自分の懐痛まないのに。好きなら聞いてあげればよかったのに。
祓い屋みたいなのに目をつけられる……?ありそうな気もするけど、どうかしら。だって無視すればいいじゃないそんな奴。目をつけてきたところで、彼らが何をできるというの?
神社に侵入してこられたところで困らないわ。だってそもそも境内出入り自由だし、不法侵入で警察沙汰がいいとこね。本体在住のジオフロントだって多分赤一色にしか見えないわよ。それに、あそこはオカルトじゃなくて科学者の領分だわ。
おっきなロボット作ったりピラミッド風の作戦本部置いたりするところでしょう、あれって?あんまりうるさければ実力行使でぶっ飛ばせばいいし。
そう、忘れていたの。きっとあまりに何もかもうまく行きすぎて、平和すぎて。私もおじいちゃんも、一番の脅威を忘れていたの。ええ、でもきっとそうでなくとも、問題を置き去りにした幸せな時間ってそう長くは続かないものだから。




