第二十四話 ハデスロ
「おい、ウィル」
「なんです? 店長」
「俺の記憶が正しければ今日はイベントも何もなかったはずだがこれはどういう事だ?」
ハデスの事務所にある窓より顔を覗かせたアルゼリオは苦い顔をしていた。
まだ開店より時間がかなりあるはずなのだがハデスの前に人が集まってきているのである。
「いや、まったくわかりませんね。あ~仮病でも使って休めば良かった」
だるそうに返事をするウィルに向かってアルゼリオは振り返り殺気を込めて睨む。
「いやいやいやいや、冗談ですよ、冗談! そんな怒らないでくださいよ」
ウィルの返事に殺気を収めたアルゼリオはカレンダーを何度も確認している。
「王子来店イベントはもう終わっただろ、清龍達のスロット番組の収録も一昨日だったし、新台導入日もまだ先だ。じゃあ何故――」
こんなにも人が集まっているのか――。
懸念だけがアルゼリオの胸の内に残る。
ウィルを睨んだのには理由がある、今日はイベント日でもないし傾向だと集客が少し落ちる日だった。
なので、従業員のシフトを減らしてある。
そこに追い打ちをかけるように朝から病欠の連絡が続いたのだ。
普段の営業なら回りそうだが、現在ハデスの前に並んでいる人の集まり方は異常だ。何度考えても答えが出ない。
そんな時ウィルが呟く。
「ケンさん今日休みで精霊水晶買いに行くって言ってたっけ……いいなぁ俺も休んで買いに行きたかった~」
ピクリとアルゼリオの身体が硬直する。精霊水晶という言葉に聞き覚えがあったのだ。確かこの前の会議でオーナーが喋っていた気がする。嫌な汗が頬を伝ってきた。
「なぁ、ウィル。その精霊水晶ってどういうものだ?」
「あれ、店長この前の会議居ましたよね? 忘れたんですか?」
「俺だって忘れることぐらいあるさ。で、その精霊水晶は魔導具か何かか?」
「まぁ、確かに魔導具の一種ですね」
「どういったことに使うんだ?」
「それはもちろん魔導遊技機と連動させてに決まってるじゃないですか! 実装されたけどまだ使えてない機能、『ハデスロ』に使用する奴……ああああああああああああ!!」
「ちなみに、発売はまさか――」
「きょ、今日です……ハデスの前にある道具屋で……」
――バタン。
窓を大きく開きハデスの目の前に並んでいる人を良く見ると、列が道具屋の方に向かっている。
つまりこういう事だ。実装されたは良いが、個人用に記録する物が無かった為ハデスロは一旦凍結されていたのだ。
そして今日、精霊水晶と言う名の魔導具が販売開始されたことでそれと魔導遊技機を連動させて自分だけのカスタムが出来るようになるという話だ。
さらにはランク機能というものが着いていて、それは遊技の回数や出玉、プレミア演出等を見る事で上がっていく。
ランクはFから始まりE→D→C→B→A→S→SS→SSS→EXと上がるようだ。
最終のEXまで極めるとその台に登場するキャラクターを模した人口精霊と契約できるという触れ込みだった。
そんな物が発売されるということはそのままハデスに打ちに来る人が大勢いるという事だ。
列の先頭の方を見るとウィルと仲が良いカジノ区画で警備をしているケンやその同僚のサム、萌えスロと呼ばれる魔導少女サヤをいつも打っている常連の姿が見える。
そんな状況を見てがっくりと肩を落とす。
「店長、今日はハデス休業にしましょう! もう閉めて帰りましょう」
「……お前の首を絞めるぞ。冗談言った罰でお前の休憩時間は無しな」
「そんな~~!!」
縋りついてくるウィルを見ながらアルゼリオは今日はイベント日並みに忙しくなりそうだと思うのであった。
午前八時――道具屋の前には人で溢れていた。
開店は九時だが関係ないとばかり人は押し寄せている。
先頭の方に並んでいるケン達は寝袋を用意し、日付が変わる前から並んでいる始末だ。
「あ~、早く開かないかな道具屋。今日ぐらい早く開けてくれてもいいんじゃないか」
「ケン、もうその台詞十回以上聞いてるぞ……大人しく待てよ」
「いや~落ち着けないよ! 清龍も一緒に並べばよかったのにね。誘わなかったの?」
「龍は仕事の関係で必要だろうし先に渡されてるんじゃないか? 攻略雑誌に少し情報出してたしな」
「それ見たよ! ランク最後まであげると人口精霊と契約できる奴だよね。サヤちゃんが俺を待っている!」
「お前そればっかだな……」
若干あきれつつもケンの話を聞くサムだったが、自分も楽しみにしていた。
『ハリケーン』の目押し率とかも記録できると攻略雑誌に書いてあったのだ。
最近では清龍と互角のレベルまで目押しが出来るようになってきたので記録させ清龍と競い合う予定であった。
「お、開くみたいだぞ」
そして午前九時、ハデスの開店と共に道具屋が開店したのだった。
道具屋で精霊水晶を購入した後、ケンは走って『魔導少女サヤ』の方へ行ってしまった。
ランクアップする速度も知らないのに、今日中に上げきると息巻いていたのが印象的だった。
サムは『ハリケーン』に座ると購入した精霊水晶を取り出し、説明書を読み始める。
精霊水晶はまず所有者登録を行うらしい、血を一滴水晶に垂らすと水晶が淡く輝くのでそれが契約完了の証だそうだ。
なんでも他人に使われるのを防止するためだとか書いてある。
契約した精霊水晶を台の窪みに設置することで台に入れたメダルの枚数や出したメダルの枚数、小役や回転数、引いた特殊演出等様々な事を記録できる。
「よし、やるか」
気合を入れてサムは『ハリケーン』と向き合うのであった。
午後六時――。
「こんなもんか」
サムはカチ盛ったメダルに目を向け台を立つ。
「小役確率まできちんとカウントされるのはありがたいな」
記録した精霊水晶を見ると設定は四の近似値を記録していた。
出たメダル数は二千枚、閉店まで粘っても疲れて目押し率が悪くなるし切り上げ時だろう。
メダルを会員カードに貯め、カウンターまで行くとウィルがカウンターでげっそりしていた。
「よう、カウンターにいるなんて珍しいな。いつもここにいるのは女性なのに」
「あ、サムさん。今日は人が足りなくて……もう一日休憩なしでやってますよ……店長ノロッテヤル」
「た、大変だな。俺はもう帰るよ」
ウィルの後ろから店長が迫ってきているのを尻目にケンはそそくさとその場を離れる。
その後ウィルがどうなったかは言うまでもないだろう。
「あれ、そういえばケンはまだ打ってるのかな」
そう呟きながら『魔導少女サヤ』のコーナーに行くと人だかりができていた。
ケンが台に突っ伏したまま動かず、手に持った精霊水晶からは血が滴っている。
サムは人混みをかき分けケンに近づくと体をゆすりながら話しかけた。
「おい! どうしたケン、しっかりしろ!」
声をかけるとそれに反応してケンがうっすらと目を開ける
「サヤちゃんのランクが……なかなか上がらなくて……契約時に血を垂らしてたし、血を吸わせればランクもあがるんじゃないかって」
確かにランクアップの機能にはまだいろいろ隠されたことがあるという話は攻略雑誌にも書いてあったが自分の血を吸わせようとするなんてこいつは馬鹿だろうか。
軽く頭痛を覚えながらもサムは声を上げる。
「誰か店員を呼んできてくれ!」
その声を聞き弾かれたように野次馬の中から数人が走って店員を呼びに行く。
「早くサヤちゃんと契約……した……かった……」
体の力が抜け意識を手放すケン。
「ケーーーーーーーーーン!!」
サムの叫びがホールに響くのだった。
なお、仲が良いからという理由で倒れたケンをウィルが押し付けられ仕事が増えたのは別の話。




