第二十話 店長の休日
今回ちょっと長いです。
カジノ区画に存在する魔導遊技機専門店『ハデス』。その付近には従業員用の寮が建てられている。男性と女性で棟が別れ、間には共有スペースとして食堂や娯楽施設があるハデスの寮だ。食堂は従業員なら無料で利用でき、娯楽施設では新台と交換されて外された遊技機や貴重な書物が置いてあるこの寮は従業員の中でも人気である。
夜になるとこの娯楽施設ではウィルやライズが何かにつけて勝負事をしており、エスカレートするとエレックが必死になって仲裁している姿をよく見かける。
もちろん従業員全員がこの寮に入っているわけではない。副店長の北泉瑞穂は魔導学園に招かれることもあり、ハデスと魔導学園の中間の位置にある宿に部屋を借りているし、主任のエマは何処に住んでいるのか謎である。一度エマの後をウィルが尾行しようとしてライズとエレックが必死に止めていたこともあった。
そしてアルゼリオ店長はハデスの寮の一角、管理人室と書かれた部屋に住んでいるのだった。
――ジリリリリリリリリリリリ!!
早朝――けたたましい音が部屋の中に鳴り響く。決められた時間になると周りにいる人を起こす魔法を使用する魔導具だ。何故音まで出るかというと、弱い魔法なので人によってはレジストしてしまうからである。アルゼリオも弱い魔法はレジストしてしまう体質のため、普通の魔導具ではなかなか起きられない。何かないかと考えていた所で音も一緒に出すタイプの魔導具を見つけ三つ購入したのだ。
数分置きに違う音で鳴る三つの魔導具は耳障りな不協和音を醸し出し、周囲の人を目覚めさせる。この音を聞きたくない人が多いためアルゼリオの両隣の部屋は空き室となっていた。
鳴り始めて数分後、アルゼリオはベッドから体を起こすと魔導具を片っ端から止めて窓を開ける。空気を浄化する魔法がかけられているのに合法葉巻の匂いが若干するハデスの店内とは違い、気持ちの良い空気が室内に入ってきた。
冒険者時代は決められた時間に起きる事なんて全くなかったため最初は辛かったが、同じ生活を繰り返すうちに徐々に慣れ、一年近く経った今ではこの生活も苦にならなくなっていた。
シャワーを浴び、着替えて共有スペースにある食堂へ向かう。この時間共有スペースは静まり返っており、食堂のおばちゃんの料理を作る音だけが聞こえていた。
おばちゃんに食事を注文し、王都で発刊されている新聞に目を通すアルゼリオ。これが日課だった。
食事をしていると共有スペースにエレックが現れた。まだ学生な彼は、朝は魔導学園に通って夕方から夜ハデスで働くという生活をしている。
「よぅ、エレック。今日も魔導学園か?」
「あ――おはようございます店長」
話しかけられたからかエレックが食事を持ってアルゼリオと同じテーブルに腰を掛けた。
「これから学園ですね。今日は課外実習でダンジョン探索があるので気が重いです……」
「冒険者みたいなこともやんのか魔導学園は――何処のダンジョンだ?」
「王都付近のパルサ洞窟だそうです」
パルサ洞窟――王都付近のダンジョンの中では中級のダンジョンだ。駆け出し冒険者が飛び込んでそのまま帰ってこないこともある。
「パルサ洞窟か、奥は強力な魔物もいるから気をつけろよ」
「はい、学園の先生にも深く潜らない様に注意されてますので。ただ――」
言いかけてエレックの表情が曇る。いつも明るいエレックがこういった表情を見せることは珍しいのでアルゼリオは続きを促した。
「どうした? 不安でもあるのか?」
「はい、同じクラスにいるイルドって人がですね……調子に乗って深い階層まで行かないかが心配で……」
「心配しすぎだろ、そういう奴はなんだかんだ深い階層まで行っても生き残るさ。俺はお前が一緒に着いていかないか心配だ。そいつが先行してもお前は戻って教師の指示に従うようにな」
「それはわかってるんですが……どうもこういう性格なもので」
「お前はもう少しウィルを見習った方がいいな」
そんなアルゼリオの台詞を聞いて笑うエレック。少しは緊張が解けたようだ。その後も会話をしていたが時間が来たのかエレックが席を立つ。エレックが学園に行く時間が大体アルゼリオの出勤する時間と同じだ。
「じゃあそろそろ僕は学園に行きます。店長は今日の休み何するんですか?」
ハデスへ出勤しようとしていたアルゼリオがその言葉にピタリと硬直する。
「まて――エレック。今日俺は休みなのか?」
「はい、今日は瑞穂副店長とエマ主任がいるのでたまには休みを取れと……昨日オーナーが言ってたじゃないですか」
「マジか――」
ほとんど休日を取らないので何をすればいいのかわからなくなったアルゼリオは天を仰ぐのだった。
正午前、アルゼリオはエルランジ城下町のメインストリートを歩いていた。メインストリートの先にあるのは冒険者ギルドだ。昔は毎日の様に来ていたがハデスに勤めるようになってからはほとんど来ていない。そのため、偶には顔でもだすかと思ったのだ。
冒険者ギルドに行く途中、一軒の薬屋が目に入った。ライズが前に話していたハデス常連のクレマンという男がやっている薬屋である。数週間前、泥棒に荒らされて店を休業してたらしいが再開したらしい。時間もあるし暇なので入ってみることにした。
――チリンチリン
ドアを開けるとつけられたドアベルが控えめに音を鳴らす。
「いらっしゃいま――ッ!?」
この店の店主であるクレマンは言葉に詰まる。
(何故ここにアルゼリオ店長が――。まさかイカサマがばれて私を捕まえに――)
そんなことをクレマンが思っているとアルゼリオは驚いているクレマンを不思議がっていた。アルゼリオからしてみればただの客なのだ、逆にその反応に吃驚である。自分がここに来るのが初めてだからだろうか――そう思いながらとりあえず話しかけることにした。
「よぅ、ライズに聞いたよ。泥棒に荒らされて大変だったんだって?」
「え、えぇ……今日からようやく再開できました。ライズ君にも心配をかけたみたいで――ところでアルゼリオ店長は、今日はどういったご用件で?」
「あぁ、今日は急に休みになって暇でな。偶然通りがかったから入ったのさ。城の兵士に評判のポーションも見ておきたかったしな」
その言葉を聞き、安堵するクレマン。
「なるほど――でしたら是非見ていってください。何なら鑑定スキルを使っても構いませんよ」
「ずいぶんな自信だな――」
近くに陳列されていたポーションを手に取り、スキル『鑑定』を使用する。どのポーションも良質であった。それを普通のポーションと同じ値段で販売しているこの店が流行るのはあたりまえだろう。
(冒険者ギルドにいくつか買っていくか――)
ポーションを十本手に取るとクレマンの元へ持ってくるアルゼリオ。
「じゃあこのポーションを十個ほど貰おうか」
「――ありがとうございます」
そういって会計を済ませ袋に入れるクレマン。アルゼリオが店から出ると胸に手を当て一息つく。
(イカサマがばれたのかと思いましたよ。全く――いきなり来ないでほしいものですね)
クレマンはアルゼリオが出て行った店の入口を数分間見つめ続けるのだった。
薬屋を出た後メインストリートを歩き、冒険者ギルドへ辿り着く。酒場も兼ねた冒険者ギルドは昼間から外まで声が聞こえるほど賑やかであった。
木でできた扉を開け中に入ると賑やかだった声が静まり中に居たほどんどの人が入口から入ってきたアルゼリオを見ていた。
カウンターにいる酒場と冒険者ギルドのマスターを兼任している男の前まで歩いていくと周りの視線がそちらへ着いていく。
ざわざわと周りの話しが再開されるが、話題はアルゼリオのものに変わっていた。元SS級冒険者アルゼリオ=サミックがここを訪れるなんて何があったのかという話題がほとんどである。
「久しぶりだな、マスター」
周りの話題にも全く気に留めないかのような自然体でマスターに笑顔で話しかけるアルゼリオ。
「お前がここにくるなんて……今度はどんな厄介ごとだよ……」
昔からアルゼリオが来ると厄介なことが起こるというイメージが根付いているマスターはうんざりした顔をしていた。
「急に休みになったんでな。暇なのさ――あぁ、これお土産だ」
さっき購入したポーションを渡すアルゼリオ。受け取った物を確認してマスターは少し驚く。
「薬屋は再開していたのか」
「あぁ、今日かららしいぞ」
「そりゃ助かる。冒険者ギルドでもあそこのポーションは重宝してるからな」
持ってきたお土産が効いたのかうんざりしたマスターの顔は笑顔へと変わっていた。
「それで? お前は飯でも食いに来たのか?」
「まぁな。後、食事が終わったらパルサ洞窟の依頼があればまわしてくれ」
「それはいいがあそこはお前が行くような所じゃないだろ。何かあったのか?」
「いいや、私用で行くついでだ」
マスターは不思議がっていたがしばらくして食事と依頼を持ってきた。
「せっかくだしお前には一番下の階層まで行ってもらうとしよう。パルサエンペラーの封印が問題ないか調査してきてくれ」
その言葉を聞いたアルゼリオは二つ返事で了解する。パルサ洞窟最下層の調査――ランクAのパーティ推奨の依頼であった。
正午過ぎ――薄暗いパルサ洞窟内で魔導学園の生徒達が四人一組のグループを組んで探索を行っていた。パルサ洞窟は十階層からなるダンジョンで六層以降は難易度が上がるため教師よりきつく行かないように言われている。
エレックが今回一緒になったグループはイルド、マリカ、中吉とのグループだ。五層までのパーティ探索難易度はランクD。駆け出し冒険者でもパーティを組めば何とかなるレベルであった。
このパーティは全体的に能力の高い者で集まっており、前衛にイルドと中吉、後衛にエレックとマリカといった配置で動いている。
現在の階層は五層、出てくるモンスターをイルドが一撃で沈めているので危険な気配は感じ取れていない。むしろ六層、七層とサクサク進めそうな感じがパーティ内で漂っていた。
そして何故かイルドの洞窟探索の動きに迷いが無い事がエレックの頭に引っかかっている。
イルドは分かれ道に辿り着くと間違いないとばかり進む道を全て主張し、結果それが全て正解の道であった。何でそんなに正確に分かるのかと一度イルドに問いかけたが、逆に何でお前が分からないんだと言われてしまった。
「なぁ……思ったより楽だし六層まで行かないか?」
先頭を進んでいたイルドが振り返り三人に話しかける。
「駄目だよ! 先生も六層以降進まないようにって言ってたじゃないか!」
エレックはそう言い返すがイルドは進む気満々だ。自分の意見を通したいのか他の二人にも問いかける。
「マリカと中吉は行ってみたくないか?」
「私はイルド君が行くっていうなら……」
「いくでチュー!」
マリカと中吉はイルドにつられ、先に進もうとしている。マリカはイルドなら大丈夫と思っている所があり、中吉は緊張感に欠如しているため二人に問いかければこうなることはエレックもわかっていた。
六層目の階段がある場所、そこに着いた時エレックは言う。
「僕はここに残るよ、先生からも注意されているからね。そして皆も行って危なくなったら直ぐ戻ってきてほしい」
「わかった。じゃあエレックはここに残ってくれ。まぁ俺がいる限り最下層でも余裕だと思うけどな」
イルドはそういうと二人を連れ六層へと降りて行った。
そして数十分後――マリカと中吉がエレックのいる場所へ走って戻ってくる。
「大変よ!」
「イルドが穴に落ちたでチュー!」
二人の話によると順調に六層を探索していたようだが、分かれ道で蛙の魔物――パルサが飛び出してきた時。
「分かれ道でパルサがいたらそっちに行くのがパルサ洞窟でチュー!」
とか言いながら間違いの道に突っ込んでいった中吉を助けて自分が穴に落ちたらしい。二人から事情を聴いたエレックは焦っていた。自分がもっときつく行かないように言っていればと振り返っても仕方がない言葉ばかりが頭に渦巻いている。
その時――ジャリッと小石を踏みしめるような足音が三人の背後で聞こえたのだった。
――ポチャン
水滴が顔にあたって目を覚ましたイルドは辺りを見渡した。周りは地底湖になっており奥には祭壇が築かれている。
全く見覚えの無い場所だ。イルドはハデスでよく『ダンジョンマスター』を打っている、そして大当たりモード中のダンジョンがパルサ洞窟であることに来た時から気付いていた。なので、大当たりモード中に進む道に従って進んでいたのだが、九層までしか進んだことが無い。
なので――見たことの無いこの場所は最下層と予想をつけることが出来たのだ。
「痛ッ――!」
見ると左腕が折れていた。恐らく穴に落ちたときにぶつけたのだろう。回復魔法を使うが完全には治らない。ココナの方が回復魔法は得意であったため自分ではあまり勉強しなくなってしまった事が関係していた。
――ゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ
断続的な音が聞こえ、音のする方を見てみると地底湖には渦巻が出来ていた。渦巻の真ん中は穴になっておりそこから音が鳴っている。
――ゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ
二度目の大きな音が鳴った時、穴の中心から大きな蛙の魔物が飛び出してくる。宝箱部屋の守護者であるパルサキングと同じぐらいの巨体で、王冠こそ乗っていないものの似ている魔物。目は少し半目になっている。恐らくパルサの新種だろう。
「まさか、ニューパr――」
言いかけた所で口を噤む。その先は言ってはいけないという事を出てきたパルサの魔物は視線でイルドに訴えていた。
気付かれたイルドは直ぐ様、魔物に解析の魔法を掛ける。読み取ったステータスと自分のステータスはかなりの差があった。ランクAの冒険者パーティが二組は必要な強さだろう。
ゲロゲロと鳴き声を発すると魔物の腕に魔法陣の様な物が描かれる、イルドにはそれがチェリーと七の模様に見えた。地底湖がそれに共鳴し水柱を上げる、恐らく水の上級魔法だろう。
六層までに先頭を進み、自分一人でほとんどの魔物を倒してきたイルドは魔力が底を尽きかけていた。あれを防ぎきる余力は残っていない。
「エレックや先生の言う事聞いておけば良かったな――。まだハーレムも作っていないっていうのに……ハデスで今度入る新台も打ちたかった――」
言い切る前にイルドを水柱が襲う――。目を瞑り最後の時を待つイルド、だが何時まで経ってもその時は訪れなかった。
恐る恐る目をあけると大剣で水柱を切り裂く男――アルゼリオがイルドを守る様に立っていたのだった。
「ギリギリでも反省できたなら上出来だ。生き延びて新台でも打ちに来てくれや、今はゆっくり休め」
そう言うとアルゼリオはイルドに睡眠の魔法を掛け、大剣を振りかざし魔物に斬りかかる。イルドが意識を手放す前に見たのはアルゼリオが大剣で魔物を真っ二つにする光景だった。
夜、冒険者ギルドに戻ったアルゼリオはマスターに報告していた。
「しっかし、お前が行くと何かしら問題が起きるな! 新種のパルサとか……頭が痛いわ。もう当分来ないでくれ」
「せっかく討伐してきてやったのに酷い言いぐさだな。ま、飯ぐらいはたまに食いに来てもいいだろ?」
「そのぐらいならな。お前はハデスの店長やっててくれた方が平和だわ」
そう言いながら麦酒を持ってきてアルゼリオの前に置くマスター。
「こいつは奢りだ。魔導学園の坊主も助けてもらったみたいだしな。まぁお疲れ」
「おう、お疲れ様」
二人の交わすジョッキの音が人の少なくなったギルドに響く。こうしてアルゼリオの休日は終わるのだった。
パルサ洞窟――挑戦者にはあまり難易度の高くないダンジョンとして知られているが、人類が未だ知らない奥深く、そこには古代禁呪プラネットが眠っているという……。
惑星召喚禁呪であるメテオの何百倍もある質量の星を落とす古代禁呪。
初心者でも大丈夫!パルサ洞窟案内書
1:パルサ洞窟のメインは蛙の魔物であるパルサです。
2:パルサ洞窟で分かれ道があったらパルサがいるほうへ行きましょう。
3:注意!パルサがいる道が必ず正解とは限りません。(統計では70%)
4:パルサが5匹いる道は宝箱がある道です。やったね!
5:宝箱がある部屋にはパルサキングがいます気をつけましょう




