第十七話 王都裏社会
栄えある要塞都市、王都エルランジにも貧民区というものは少なからず存在する。貧民区は環境のせいか犯罪率が高く、一般の人であれば寄り付かない場所になっている。王都を警備している兵も単身で乗り込めば無事に帰ってこられない場所だ。
そんな王都の貧民区の地下――そこは闇ギルドのアジトとなっていた。
闇ギルドのアジト内、薄暗い地下室を壁に掛けられた灯りがぼんやりと照らしている。
部屋の中に居るのは闇ギルドの元締めと幹部が数名。王都の情勢や貧民区の揉め事等について会議をしていた。
「今日の上がりはどのぐらいだ」
円卓テーブルの上座に座る闇ギルドの元締めが幹部に問いかける。顔の前で手を組んでいるため表情ははっきりと見えないが鷹の様な目をギラつかせていた。
「今日は金貨約八百枚ですね、去年は五百枚弱でしたが今年にはいってからかなり金が集まってきます」
幹部の一人がそう答えると、元締めは瞑目して考える。最近闇ギルドに流れてくる金の流れが良すぎるのだ。最近では裏の金貸しから闇ギルドに金が大量に流れてきていた。
国家間で戦争が始まるでもないし、農作物が凶作で値上がりしたという話も聞かない。情報屋の殆どは闇ギルドの傘下なため、そういった話はすぐ耳に入る様になっている。
では何故――。そう元締めが考えていると幹部の一人が口を開く。
「やはり、あそこが原因ですかね」
その言葉を聞くと元締めは目を開け、何処だと問う。
「今年出来た魔導遊技機専門店『ハデス』ですよ。カジノよりはレートが低いですがあそこも結構金が動きますからね。カジノのスロットマシン部署にいるリバルって奴が、客を取られた腹いせにうちに従業員襲撃の依頼をしてきたこともありましたし」
そして依頼は失敗に終わっている、一度だけならまだしも数回襲撃して全て失敗だ。闇ギルドとしても苦い記憶なので語る幹部も苦笑いしていた。
「依頼失敗の件はさほど気にするな。あそこには元SS級冒険者アルゼリオ=サミックがいる。他にも副店長や主任、店員も全てが実力者だ。うちのギルドでも実力者を出せば対抗できるかもしれんが――出来ればあそことは揉めたくはない」
過去、貧民区の平定をするために王が差し向けた軍と闇ギルドは争ったことがある。その時、冒険者ギルドから要請を受けたアルゼリオは助っ人として王国軍の中に居た。一騎当千の働きをするアルゼリオは誰も止められるものはいなく、元締めと闇ギルドの実力者十人がかりで相手するのがギリギリだった。それを思い出すと、二度と戦いたくはない相手だ。
「しかし、レートが低いハデスにカジノから客が流れたとして何故金貸しの収入が増えるのか――普通は低いレートに客が流れる場合、金を借りたとしても少額だと思うが」
普通、レートが低い方に行けばつぎ込む金額も減る。カジノのスロットマシンとハデスの回胴式魔導遊技機は、最低でも十倍近くレートが違うのだ。それなのに金を借りに来る人が多くなっているのは矛盾している。
「いえ、カジノから流れた客が原因ではありません。金を今借りてまで遊んでいるのは、カジノで元から打っていたギャンブラーや中毒者などではなく、カジノで遊んだことが無い低所得者――貧困層の庶民が多いです」
「なるほど、新しく開拓された客層がそのまま中毒者になっているというわけか」
ハデスはオーナーの意向もあり赤字営業をすることが多い。しかし、店が赤字になるほど出していても負ける人は負ける。儲けているのはイカサマ師やプロ等がほとんどだ。設定の良し悪しを見定めず、適当に打っていて勝てるものではない。
カジノ見たく直接金をやり取りするギャンブルとは違い、メダルや球を借りる遊技であることも大きいのかもしれない。遊びだからという言い訳をして湯水のごとく使う客も多い。さらには音と光の演出である、刺激の無い日常で生活している人には毒だろう。こういったこともあり遊技機の中毒者が増えてきているのである。
自業自得と言えるが事は単純ではない。闇ギルドが平定している貧民区だが、最近人が急激に増えている。金を借りたまま返せなくなった人たちが貧民区に身を落としているのだ。そのせいで揉め事の件数も増えている。
「収入が増えるのは良い事だが急激すぎる。何とかしなければいけないかもしれんな」
いろいろな意見を出し合いながら闇ギルドの会議はまだまだ続くのだった。
「はぁ……今日もかなり銀貨を使っちまった……」
ハデスから出て少し歩いたカジノ区画の裏通り、若い青年はため息をつきながら歩いている。足取りは重く、先日支給された給料は既にほとんど空に近くなっていた。次の給料までハデスで遊べないなと考えているが、思考が完全におかしくなっている。遊ぶどころか食料を買う金すらないのだ。
そんな青年に裏通りに座り込んでいた怪しげな男から声が掛かる。
「ヒッヒッヒ、お兄さんお困りの様ですな」
話しかけてきた男を無視しながら青年は横を通り過ぎる。臨時の仕事を探さないとハデスで遊べないのだ。青年の思考は金を手に入れる事一色で染まっていた。
「――金が必要って顔に書いてありますよ、お兄さん。金ならいくらでも貸しますぜ」
金――その単語を聞いた青年は男の方を振り向いて言う。
「金を貸してくれるのか?」
「条件はありますがね――返すときにすこーしだけ多く返してくれればいくらでも貸しますぜ」
ニヤニヤと笑う怪しい男だ、平常時であれば相手にもしないだろう。
だが、青年はまともな思考が出来なくなっている。金――それがあればまたハデスで遊べる――しかも増えるかもしれない。お花畑にいるような思考である。
「金貨だ――金貨一枚貸してくれ!」
目を血走らせ、男の肩を掴みながら青年は言う。
「ヒッヒッヒ、良いですよ。先にこの呪文書に後で返すと約束する署名をしてください」
「あぁ! そんなぐらいで金が借りられるならいくらでも署名するさ。だから早く金を貸してくれ!」
呪文書には規約や上乗せする利息などが書かれていたが、碌に読まず青年は署名する。
そして金貨一枚を男から受け取ると、安堵したようにまたハデスへと向かうのだった。
「全く中毒者は良いお客さんですね、ヒッヒッヒ」
青年がいなくなった裏通りに男の呟きだけが残るのだった。
三日後――青年は裏通りを歩いていた。たまたま大量にメダルが出て銀塊と交換し、道具屋に引き取ってもらい金が出来たのだ。
青年は男を目撃すると笑いながら小走りで近づいていく。
「おっさん、この前はありがとう!! 金を借りたおかげでハデスに行くことが出来たし凄い勝ったんだ。今日は金を返しに来たぜ」
「ヒッヒッヒ、良かったですねぇ。じゃあ返してもらいましょうか――金貨八枚をね」
「はぁ!? 俺が借りたのは金貨一枚だぞ!!」
「良く署名した呪文書を見てくださいよ」
呪文書には小さく利息の事が書いてあり、そこには完全に暴利どころではない利息が書かれていた。
「汚いぞ!! わざと小さく書きやがって!! 俺は金貨一枚以上払わないからな!!」
その言葉が引き金だったのか呪文書が怪しげに輝き、光が青年を包んでいく。
光に包まれた青年は地面に倒れ痙攣したまま動かない。契約を反故にしようとすると麻痺をする魔法が仕込んであったのだ。
「――運べ」
男が簡潔に告げると建物の影から男が数人出てきて青年を運んでいく。
「炭鉱ででも働いてもらいましょうか――魔石採掘の労働力はいつの時代も需要がありますからね、ヒッヒッヒ」
その後、同じような手口により行方不明者が多数出ることになるのだった。
青年が連れ去られてから一週間後、ハデスの事務所の中でアルゼリオとオーナーは話し合いをしていた。アルゼリオは深刻な顔をしている。これには先ほど王城より届いた通知が関係していた。
「最近うちに遊びに来ていた客の中に行方不明者が出ていまして、通知によると闇ギルドの金貸しがこの辺で何かやってるらしいんですよ。後は金貸しが必要なほどのめり込ませてるうちにも非があるとかで対策しろと言ってきてますね」
面倒なことになったとアルゼリオがぼやく。
「ふむ、闇ギルドの方には後程出向くとしましょう。しかし、こちらの世界でも金貸しが必要になるほどになるとは――よろしい、低貸しコーナーでも作りますか」
「低貸し?」
「もっと安い金額でメダルや球を貸し出す事です。今は銀貨一枚で五十枚、二百五十球ですが、低貸しでは銀貨一枚で二百枚や五百枚、千球や二千球と多く貸し出すことによって少ない金額で遊ばせるようにするんですよ」
「――なるほど、確かにそりゃいいかもな。自分の身の丈に合った所で遊ぶのが一番ってわけだ」
「ギャンブルじゃなくあくまでも遊技ですからね」
お互いに頷く二人、ハデスに低貸しコーナーが作られることに決定した瞬間だった。
「じゃあ私は闇ギルドの方へ行ってきますよ」
「オーナーだけで大丈夫ですか? 俺やエマも一緒に行った方が――」
「いえいえ、少しお話しに行くだけですからね。君たちはハデスに居てください」
そう言い残すとオーナーはハデスを後にする。
その後、闇ギルドとオーナーの間で『O・HA・NA・SHI』と言う名の肉体言語が繰り広げられ、闇ギルドの元締めにはトラウマが残りハデス周辺の金貸しは居なくなったという。




