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メイドの園  作者: しらせ


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2/4

温室のお姉様とハーブティー

「私はリアラ。こっちはアルヴェナ、Sランクのメイドよ」


Sランクを見るのは初めてだった何年もメイド室で暮らしてるのに…それにさっき、後ろのお姉様方をたった一言で黙らせた人だ本物だ…。


「あ、ナナです。こっちはミイス……二人とも、Cランクです」


鋭い赤い瞳と、澄んだ青い瞳。二人の視線から逃げるように、少しずつ顔を下げた。

お客様の白く艶やかなブラウス。その下には、マリーゴールドの花みたいな鮮やかで綺麗な色をしたスカートが広がっている。


「ねぇ、あなたたち何歳なの? 可愛いわね。お菓子とか好きかしら?」


「あ、えっと……多分9かじゅ――」


「答えなくていいわ、Cランク」


アルヴェナお姉様の声が割って入った。


「お嬢様。このようなお遊びはおやめください。今日はもう帰りましょう」


「ダメよ。今日こそシリスを私のものにするの」


え。


シリス?


「お、おねえしゃま!?」


身体が勢いよく前へ出た。


「あら、知り合いなのかしら?」


知り合いも何も、お姉様は小さい頃からずっと……。


いや、まってお姉様は薬草にもすごく詳しいし。


うーん……体調もどうにかできるかも。


「……お客様を治せるかも。でも、お姉様は私だけのお姉様だし……」


……………。


人がたくさんいるはずなのに、呼吸の音まで聞こえてきそうなくらい静かだ。


違和感を覚えて顔を上げると、お客様とアルヴェナお姉様が揃って私を見ていた。


「……私、どこかでミスでもしたかしら」


お客様の口元から笑みが消える。一瞬だけ、澄んだ青い瞳がひどく冷たく見えた。


「いえ、お嬢様は完璧でございました」


「そうよね。そのはずだわ……なんなのかしらね、この子」


気まずい……。


さっきもそうだけど、この二人の目。

……少し怖い。


「くふっ、くすくす」


笑いを堪えるような、聞き慣れた不愉快な声がする。


さっきまで緊張で固まっていたミイスが、口元を手で隠している。それでも肩だけは小刻みに揺れていた。


「出てたよ。全部、口から。ぐふっ」


「……何が。てか今、そんな空気じゃないよ!」


お客様に聞こえないよう、小さく呟く。


「あなた、本気で気づいてないの?」


アルヴェナお姉様の鋭い声に、頭の中が真っ白になった。


何が?


どうしてそんな顔するの?


ミイス、アルヴェナお姉様、お客様。


つい順番に顔を見回す。


「もう無理、ナナ。ぶははっ! 出てた! 全部口からー!」


ミイスがとうとう吹き出した。


その直後、お客様の肩も小さく揺れ始める。


「あなた、面白いのね。どうして分かったのかしら。それに……ふふっ、シリスはあなただけのお姉様なのね」


「こほっ、こほっ」


お客様は口元に手を添えたまま、まだ肩を揺らしている。


「ごめんなさい。少しむせてしまったわ」


「こんなに笑ったの、いつ以来かしらね、アルヴェナ」


「ええ、お嬢様」


むせながら笑う姿も、さっきまでの笑顔も、こうして見ると普通のお嬢様みたいで、とても可愛い。


まだ顔が熱いけど……もういいや、。


しばらくして、笑い声が静かになった。それでも部屋には、さっきまでの余韻が少しだけ残っている。


リアラ様は一度息を整え、姿勢を正した。


それだけで、さっきまで近くに見えた人が急に遠くなる。


「さて、決めたわ」


青い瞳が、まっすぐ私たちへ向けられた。


「私の我儘を聞いてくださるかしら?」


「は、はい!」


私とミイスは揃って背筋を伸ばした。


「いい返事ね」


リアラ様は楽しそうに笑う。


「シリスをここへ連れてきてちょうだい」


―――


リアラ様の笑顔と、一瞬だけ見せた表情がいまだに脳内に焼き付いて離れない。


「ねぇナナ、あの人なんだったの……」


廊下を歩きながらミイスを見る。まださっきのことが残っているのか、私と同じように少しふわふわしてるみたい。


「指名されちゃったり……」


指先を合わせ、胸元へ当てている。


初めて見たミイスの一面……ちょっと。


「きもいよ」


「何をー!」


今にも追いかけてきそうに前のめりになるミイスを横目に、長い廊下を走る。


等間隔に並ぶ茶色の扉を横目に通り過ぎていく。床には赤い絨毯が敷き詰められ、走る足音を柔らかく飲み込んでくれる。


減った靴底にも優しくて、ここに来るとなんだかんだ走ってしまう。


お姉様に早く会いたい。


角を曲がった先、廊下の突き当たりだけ壁がレンガ調へ変わっていた。近づくほど、湿気の混じった匂いが濃くなる。


いつの間に追い越したのか、ミイスが扉の前でぴたっと止まる。私も遅れて隣に並んだ。


ミイスが温室の扉をノックしようと、手を伸ばした。


その瞬間だった。


ドンッ、と扉が勢いよく開く。


「ううっ……」


顔をくしゃくしゃにしたCランクのメイドが、涙をこぼしながら飛び出してきた。


慌てて道を譲る。


ミイスはその背中を見送りながら、妙に落ち着いた声で呟いた。


「まーた被害者が出たか……」


「被害者?」


そう聞き返す前に、温室の中へ視線を戻すと広い温室の真ん中に、ぽつりとひとりのメイドが立っている。薄い緑色の髪。毛先だけが白く、前髪の隙間から少し悲しそうな目がこちらを見ていた。


「お邪魔しまーす、シリスお姉様」


けれどミイスは何も気にせず、スカートの裾をふわりと靡かせ、弾むような足取りで温室へ入っていく。


私も慌てて後を追った。


中へ入ると、湿った暖かい空気が肌に触れる。


一瞬、季節を疑うほどだった。


土と植物の匂いが一気に鼻へ押し寄せてくる。


知っている森とも違う。


異国の森の植物の匂いだ。


さっきまでの柔らかな絨毯とは違い、床にはごつごつした石が敷かれている。


減った靴底越しに凹凸が当たって、少し痛い。


その先を進むと、道を侵食するように根を張った木々や、分厚い葉をした背の低い色とりどりの植物が広がっている。気をつけないと、スカートに引っかかりそうだ。


さらにその一帯を囲むように、蔓を垂らした樹木や背の高い木々が並ぶ。


シリスお姉様専用の温室。

……やっぱり、何度来てもここが好き。


そんなことを考えているうちに、シリスお姉様の花と土の匂いが、すぐ近くまで来ていた。


「シリスお姉様、ごきげんよう」


「ええ、ごきげんよう。ナナ、ミイス。こっちへいらっしゃい」


いつもなら、穏やかな笑みを向けてくれる優しいお姉様。


「お姉様! 聞いて! 聞いて! ナナがね……」


ミイスは、さっきの出来事を楽しそうに話し始めた。


お客様のこと。私が気づいたこと。それから、シリスお姉様を連れてくるよう頼まれたこと。


シリスお姉様は優しい顔で最後まで聞いてくれた。


「……ごめんね。それでもダメよ。行けないわ」


そう言うと背中を向け、そそくさと木々の間をすり抜けていく。


「あ、お姉様!」


温室の隅にあるキッチンへ向かっていった。


私たちもつられて後を追う。服やスカートの裾を引っかけながら、お姉様を見失わないよう背中を探す。


「あーもう、お姉様! どこ行ったの!」


ミイスの声を背に、すかさず鼻先を上げる。


さっきのお姉様の匂いが、木々の奥へまだ細く残ってる。


こっちだ。


「あっ」


匂いの方へ視線を向けると、蔓と草花の隙間から綺麗に手入れされたキッチンが見えた。


その奥で、シリスお姉様が戸棚を開けている。


扉が開いた瞬間、中に詰め込まれた乾燥した花やハーブの瓶が姿を見せた。


ここからでも鼻の奥が少しくすぐったい。


「お姉様、またキッチン移動してるし。それに――」


「そんなことより、なんであんなに嫌がったのかな」


植物を傷つけないよう蔓を掻き分け、身体を隙間へ滑り込ませる。


「お姉様……」


思ったより小さな声が出た。


「どうして嫌なの? すごい美人じゃん」


「もう! ミイスは黙ってて!」


バカミイスの肩を押し、隅にある椅子へ座らせる。


「あの方にお迎えされるのが嫌なわけではないのよ。でもね、私はあの方の一番にはなれない」


シリスお姉様は背伸びをして、戸棚の奥へ手を伸ばした。


「何をもってしても……あのお姉様には勝てない。はい、これ」


瓶を受け取る。


蓋には埃ひとつついていない。大事にされている瓶だと、すぐに分かった。


顔を近づけた瞬間、鼻の奥に青い匂いがつんと来る。


「それが理由……?」


「えっ! てことは、お姉様は一番になりたいの? それじゃ両思いじゃん!」


ミイスを無視して、お姉様の顔を覗き込む。


「あの、本当にそれだけ?」


お姉様もこちらを覗き返した。


「あら、ごめんなさい。もちろん、それだけじゃないわ。ナナも、ミイスも。それに、ここも大好きだから」


そっと身体を寄せてくるお姉様。


耐えきれなくなったのか、ミイスが小声で囁く。


「だってさ」


お姉様の腕を取り、身体へ引き寄せて、めいっぱい抱き締めた。


「ならさ! 三人であの人のメイドになればいいじゃん! あの怖い目のメイドも三人でやっつけてさ!」


さっきから空気を読まないミイスに、だんだんイライラしてきた。

瓶を持つ手と、お姉様を抱く腕に力がこもる。


「さっきから! バカミイス! ほんっとう……」


「それは名案ね。いたた……」


「うぇ!?」


まさかのお姉様の発言に、怒りの矛先が分からなくなった。


変な声しか出ない。


言った本人は何事もなかったように、大きなすり鉢を片手に持っている。


……いつ出したの、それ。


「ナナちゃん、離してね。痛いわ」


「あ、すいません」


慌てて腕を離す。


「ねぇミイス。ナナの持ってるハーブを、このすり鉢で細かくしてほしいの」


「もう、お姉様! そこは『しなさい』でいいの!」


そう言いながらも、ミイスはすり鉢を受け取ると、瓶から乾いた葉を数枚ひっ掴んだ。

そのまますり鉢へ放り込み、力任せにぐるぐる回し始める。

お姉様は横目でそれを見ながら、かまどへ薪を一本くべた。


「てか、お姉様。さっきから何作ってんの?」


「解熱剤だよ、バカミイス。昔飲んだの覚えてないの?」

そう言いながらしゃがみ込み、下の棚にある小さな取っ手を引く。


瓶。


その隣も瓶。


……ここも瓶ばっかり。


カップとポット、どこだろう?


「右上に移したのよ」


「はーい」


ゴリゴリ。


「解熱剤……お姉様……ぶつぶつ……ぐふふ」


すり鉢を回しながら、ミイスがにやにやし始める。


何か良からぬことを考えてるみたいだけど……触れないでおこう。


右上の棚からカップを取り出し、机へそっと置いた。


「お姉様、準備できました」


「ありがとう」


バンッ!


突然、ミイスが机に両手をついて立ち上がる。


「いいこと思いついた! 二人とも、ちょっとこっち来て!」


お姉様と目が合う。


……多分、同じことを考えてる。


一応、聞いてあげないと拗ねる。


「えっとね……」


なぜか小声になったミイスに合わせて、お姉様と一緒に顔を寄せる。


この時の私はまだ知らなかった。


その小さな作戦が、巨大なメイド室全体を震撼させることになるなんて。

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