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「帰る前に、確認しておきたいことがあるの。いいかしら?」
エレナは真剣な態度でゾフィーに問いかけた。バナームの重臣であろうギルベルトがこの場にいることも、エレナにとって好都合だった。
「何でしょう?」ゾフィーは応えた。
「先日、サウスブルクの海で砲撃事件があり、ウィステリアの国民が五名亡くなったわ。バナームの人たちにやられたという報告が上がっているんだけど、それは事実なの?」
ゾフィーはエレナのこの発言を聞いて、初耳だというような様子で、びくっとした。
「わたしは……知らないわ。ギルベルト、どうなの?」
ギルベルトは冷静だった。特に顔色を変えることもなく、腰掛けたまま落ち着いて返事をした。
「いいえ、それは我々バナームの仕業ではありません。最近、我々の名を騙り、海賊行為を行っている者たちがいるようです」
「……信じていいのかしら?」エレナはギルベルトの目の奥まで届くかのごとく視線を向けた。
ギルベルトはエレナの疑惑の眼差しを受け入れ「ええ、少なくともバナーム中枢の指示によるものではありません。バナームは、ベガおよびウィステリアとの平和を望んでいます。あえて戦争の火種を作るメリットはありません」と答えた。
エレナはゾフィーとギルベルトの態度を見て、いったんその言葉を信じることにした。しかし、彼女にはまだ疑問が残っていた。
「じゃあ……ただの海賊が砲撃してきたってこと?」とエレナはギルベルトに訊いた。
「いえ……まだ海賊についてバナームも調査中ではあるのですが……その海賊たちを取りまとめているのが、ベガ王国の人間という線もあります……」ギルベルトの顔にはわずかなためらいが見えた。
「え!? バナームを装った海賊たちに指示を送っているのがベガってこと?」
「はっきりしたことは言えません。先ほども申し上げましたが、バナームは平和と経済発展を望んでいます。そのため、バナームを装った海賊たちを、我々は厳しく取り締まりたいと考えています」
そこまで聞くとエレナは、ゾフィーのほうを向いて「実はね、ゾフィー……」と暗い顔を見せた。
「先日の砲撃事件で犠牲になった人たちの一人に、バゼルの従兄弟がいたの。バゼルと兄弟同然に育ってきた人だったから、バゼルのショックはかなり大きくて、悲しんでいたわ……」
ゾフィーは両手を口もとへ持っていき、「そんな……」とつぶやいた後、「ではバゼル様は、バナームに従兄弟を奪われたとお思いなのですね。なんてことでしょう……。いえいえ、それよりもバゼル様の心痛を考えると……ああ……わたしの愛しのバゼル様……今どれほどお苦しみなさっているか」と嘆き、かつて一度見たバゼルの姿を何度も想像の中で蘇らせた。
エレナはソラとサミュエルの失踪事件についても訊きたいと思っていたが、これもベガの仕業である可能性が高いのではと考え始め、胸がつかえる思いだった。もしかして、偽物のベルパールも、ベガが暗躍しているのだろうか……?
整理しきれないと感じたエレナは、ひとまずゾフィーに対しては、砲撃事件の調査を依頼しようと考えた。
「この砲撃がバナームによる行為ではないと証明されないと、バゼルはずっとバナームを憎んだままになると思うわ」
ゾフィーはうつむいてしまっていた顔を上げて、
「もちろんよ。バナームでしっかり調査します。そうでなければ、バゼル様のお心は癒えないでしょうし、亡くなった方たちも浮かばれません」とエレナに言った。
「バゼルには……私が説明しておくわ。ゾフィーとの結婚のことも、本人に話す必要があるし」
ゾフィーは「ありがとう、エレナ! 恩に着ます」と言いながらエレナに深く頭を下げた。
エレナとゾフィーが話を交わす横で、サリーの胸には悲しみの予感が忍び寄っていた。バゼルがエレナを本気で好きなことを、サリーは知っていた。それは、サリーがバゼルに恋しているからこそわかることだった。バゼルの振る舞いをつぶさに観察してきたからこそ、サリーは自分の恋した相手が遥か遠い存在であることを自覚していた。
今回のことでさらにバゼルが傷ついてしまうのではないかと、サリーは恐れた。まさかバゼルに恋されているとは思っていない鈍感なエレナが、それに気づかないだけでなく他の女性との結婚を提案するなど、彼にとって耐えられるものなのだろうか。加えてゾフィーは、バゼルがエレナに心を奪われているとまだ知らない……。もしゾフィーがこの事実を知ってしまったら、エレナとゾフィーの関係はどうなるのだろうかと、サリーはこの部屋で唯一真実を知る者として、心の痛みに苛まれた。
言葉にできない想いに押し潰されそうになりながらも、サリーはただエレナとゾフィーを見つめることしかできなかった。二人に気付かれないように、サリーはこらえる力を振り絞ったが、それでも魂の奥に響く切なさは拭い取れなかった。




