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ゾフィーのいる部屋の前までエレナたちを案内し終えると、案内係は挨拶をして去って行った。


ゾフィーから遣わされた使者の女が扉をノックした。


「ゾフィー様。頼まれたお二人を連れて参りました」


中から反応がない。かすかに男女の言い争いのような声がしていて、女の声の主はゾフィーのようであった。エレナとサリーは戸惑いの表情で顔を見合わせ、部屋の外から耳を澄ました。


使者の女は慣れた様子で、再び部屋を強くノックし、息を整えた後「ゾフィー様! お二人をお連れしました!」と力強い声で呼びかけた。すると言い争いのような声が止んで「入りなさい!」というゾフィーの返事があった。それは怒りを多分に含んでいて、イライラが容易に感じられた。


使者の女はためらうことなく、堂々と扉を開いた。部屋に入った瞬間、エレナとサリーの目は豪華な家具に引き寄せられた。どれも美しい彫刻や装飾が施されているが、その年代を感じさせる古さも漂っていた。大国ベガは、かつては栄華を極めたが、最近は力を失いつつある。その憂いが、部屋の家具にも刻まれているかのようだった。


ゾフィーは深い紫のゴージャスなドレスに身を包み、膝丈のスカートが床に繊細なレースの裾を描いていた。青色に輝く長い髪は、繊細な銀の簪で上品にまとめられている。エレナはゾフィーの姿を確認して話しかけようとしたが、彼女は男と向かい合って立っており、眉間に皺を寄せたまま、彼を不機嫌そうに睨んでいた。


「何度言えばわかるの!? バナームはベガと軍事同盟を結びません!」ゾフィーはものすごい剣幕で目の前にいる男に主張し、断じて引かないといった様子だった。


男は部屋に入ってきたエレナたちにちらと目をやると、ため息をつきながら目を閉じ、首を振った。ゾフィーに対して(本当にお前は何もわかっていない)といった呆れ顔をしている。


ゾフィーはエレナたちの姿に気づくと、表情をすっかり変えて、笑顔で出迎えた。


「ご苦労だったわね! 今日はよろしく!」


エレナはさっきまで行われていた言い争いを目の当たりにしたので、まずそれが気になった。


「喧嘩してたように見えたけど……大丈夫なの?」


ゾフィーは冗談ぽく笑いながら横目で男のほうを見つつ、

「うん。大丈夫大丈夫! わからずやの男をなだめてただけ。彼は、バナームの使節の主幹を務めているギルベルトよ。今回の交渉の進行役ってところね。最終決定はわたしだけど」とエレナに明るく言った後、「ほら、挨拶なさい」とギルベルトを促した。


ギルベルトは三十手前くらいの年齢に見え、男の中でも長身の部類であった。彼の体格は頑丈で、筋肉質の腕が細い袖から覗いている。彼の髪は黒く、短く整えられており、濃い眉毛が彼の真剣な眼差しを際立たせていた。彼の服装はバナームの使節団を代表するだけあって、黒地に金の刺繍が施されたフォーマルな衣装で、その責任が感じられた。


ギルベルトはエレナたちに対して苦々しい表情で身体を向け挨拶をしたが、彼の瞳からは疲労感と失望が滲み出ていた。軍事同盟を結ばないことに強い不満を抱えていて、ゾフィーの説得に疲れ果てている、といった感じである。彼はエレナとサリーを見つめながら、彼女たちがどれだけこの状況を理解しているのかを見定めようとした。その目は疑念が窺えるような鋭さで、エレナたちも少し緊張した。


「ゾフィー様。この方たちには別室に行ってもらい、話の続きをしましょう。あるいはわたしたちが部屋を変えましょう」


ギルベルトがそうゾフィーに提案すると、ゾフィーはまた頬を膨らませて、胸の前で両腕を組んだ。


「彼女たちがいても問題ないわ、わたしの味方なのよ? てことは、バナームの味方よ?」


ギルベルトは疎ましそうにエレナたちを見つめた後、自分は本気で言っているんだぞという態度をゾフィーへ全面に押し出した。


「ゾフィー様、いい加減に目を覚ましてください。ベガ王国との軍事同盟はバナームに利益があります。国境警備の経費が浮く分、経済活動に回せるのです。今ここで断ると、むしろ両国の関係は悪化し、政治経済の両面で悪影響が出ますよ」


ギルベルトとゾフィーの対立が続く中、エレナとサリーは困惑しながらもその様子を静かに見守っていた。彼女たちはまだギルベルトの意見について深く理解していないが、その場の緊張感から、二人が同盟に関して対立していることは感じ取ることができた。エレナは内心でギルベルトの主張に一定の理解を示しつつも、ウィステリアのためにはなんとしてでもベガとバナームの同盟を防がなければという使命感を忘れなかった。


熱のこもるギルベルトの声であったが、ゾフィーは少しも動じなかった。


「軍事同盟なんて結んでも意味ないわ。ベガは長い歴史の中で、何度も軍事同盟を反故にしたことがあるじゃない? 結局、力がなければ国なんて攻め滅ぼされる運命なのよ」


「確かにそうかもしれませんが、だからといって同盟が無駄なわけではありません。一時的であったとしても、憂いが小さくなる分だけ、他に力を注げるのです」


「同盟は宰相が賛成して進めているだけで、国王陛下は難色を示していたでしょう? 陛下の表情をあなたは覚えてないわけ? ……条件が納得できず、今回は結べない。それで帰国すればいいじゃない?」


ギルベルトは無言で腰に手を当てながら、痛ましげに微笑んだ。ゾフィーを見つめるギルベルトからは、彼女に対する愛憎入り交じる複雑な感情が漏れ出ていた。言いにくそうな様子で「お言葉ですが……」と口にした後、語気を強めて続けた。


「ウィステリアのバゼル騎士団長とはどんなに頑張っても結婚なんてできません! ゾフィー様は一国の王女なのです。色ボケで国を滅ぼすようなことをなさらないでください」


「ぬわんですっっっっっってえええええええ!!!!????」


ゾフィーは激怒し、部屋中に怒りのオーラが漂った。彼女は目を見開き、憤慨で身体を震わせながらギルベルトに掴みかかった。


それを見たエレナは焦ってゾフィーの腕をおさえ、力を込めて引き離しながら「やめて! 落ち着いて! ゾフィー!」と諭した。静まり返った部屋に、ゾフィーの荒い鼻息だけが空元気を見せていた。

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