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エレナは興奮を抑え、なるべく冷静でいるために呼吸を整えた。自分が本気であることを、自分の過度な情熱が邪魔してしまわないように、落ち着いた口調でゾフィーへ提案をした。
「ゾフィーがバゼルと結婚できるように、全力を尽くすわ。その代わり、バナームはベガとの同盟をやめて、ウィステリアと組んで」
三人の間に張り詰めた空気が漂い始めた。個人の恋の話から国どうしの話へと変わり、関わる人間たちの命の重みが彼女たちの肩にのしかかったからである。
エレナは、これからのウィステリア王国を支えていかなければならないと自負していた。偽物のベルパール事件やサウスブルクでの船の沈没、ソラとサミュエルの失踪など、様々な危機がウィステリア王国に重大な岐路を迎えさせていた。それゆえに、この時期にバナーム王国の王女と出会ったことは偶然ではなく、ウィステリア王国をより良い未来へ導くための運命だと、エレナは解釈した。
エレナの大胆な提案に、ゾフィーは気持ちの高ぶりを感じた。このような夜中の街角で、国家間の重要な取り決めが行われるとは想像もしなかった。ましてや、ベガ王国の首都で。
「いいわ! その話に乗った!」
ゾフィーの迷いのない即答に、エレナもサリーも思わずズッコケるようにしてバランスを崩した。
ゾフィーは髪をかきあげながら「なによ、あなたたち。そっちから提案してきたんじゃない」と口を尖らせた。
エレナは姿勢を戻しながら、
「さすがに即答されるとは思わなかったわ。国と国との話なのに。まさかこれが愛の力ってやつなのかしら……?」と言った。
真剣な表情をしているゾフィーから、覚悟の気配が姿を現していた。
「わたしはね、エレナと違って誇り高い感じではないの。国を背負っているつもりもない。自分の欲望に忠実で、バナーム自体もそういう欲望を肯定する国のはず。それぞれが欲望に沿った行動をして、あとは衝突すればいい。バゼル様を手に入れられる可能性が少しでもあるなら、わたしは迷わずその選択肢を選ぶわ」
ゾフィーの考え方はエレナに衝撃を与えた。エレナの考える自由は、あくまで国や領地という枠組みあっての自由だった。しかしゾフィーはバナーム王国の第一王女でありながら、国が進めている同盟よりも、己の欲望を優先している。それぞれが己の欲望を叶えようとする先に国家がある。そういう考え方なのだ。
「……わかった。あと、確認しておけなければならないことがあるわ。失礼だけど、ゾフィーはベガとの同盟を決裂させるほどの権力があるのかしら?」
ここまでくると、ゾフィーに対する遠慮は要らないとエレナは判断した。
ゾフィーはゾフィーで、(そう思われるのも無理はないわね)と受け入れつつ、余裕の微笑みを見せた。それは、自分が世界を動かすことに何の不思議もないという、王族のある種の高慢さでもあった。
「交渉は使節の人間がやるけど、最終決定はわたしがやることになっているの。唯一の王族帯同者だから。そういうところは古いよね。だからそこで突っぱねればいい。明日、そうする」
「そんなことをしたら使節の人たちが納得しないでしょう? もしかしたら無理やりサインさせられるかもよ?」
「それもそうね……まためんどくさいことになるよなあ……。あっ、わかった! もしわたしが無理やりサインさせられそうになったら、エレナが助けてよ」
「そんなの無理よ! だってベガに来ていることはお父様にも内緒だし……」
「わたしの護衛の兵士に変装すれば大丈夫だと思う! なんとかするから! ベガとバナームの軍事同盟、止めたいんでしょ?」
「……しょうがないなあ」
エレナが珍しく他人のペースに巻き込まれる様子に、サリーは驚きを隠せなかった。ゾフィーが矢継ぎ早に決めていく様子は、第一王女だからこその胆力を示しているようにも見えた。
兵士の鎧が擦れる音が遠くから三人のもとへ届いてきた。そのかすかな音は少しずつ大きな音となり、それに伴って三人は歩みを速めた。
サリーはエレナとゾフィーの二人の強い意志に心を打たれ、彼女たちを羨ましく思った。実はサリーも密かにバゼルに惹かれていたが、その気持ちを告げる勇気はなかった。国境を越えて自分の想いを伝えようとするエレナや、国の政策を捨ててまでバゼルを手に入れようとするゾフィーを見ると、サリーは自分の非力さを痛感した。別邸に時折訪れるバゼルを遠くから眺めるだけの自分。ヴァレンタイン家に仕える者としての誇りを保ち続けてきたサリーだが、真っ直ぐに目標や想いに向き合うエレナとゾフィーを見て、自分にもできることがあるのではないかと考え始めた。そして、バゼルへの告白の可能性について、自分は身を引くべき立場であることを理解しながらも、心の奥で諦めきれない気持ちが渦巻いていた。この葛藤は、自分が仕えるエレナから学んだ、大切な気持ちを持ち続けることの矛盾とも重なっていた。




