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バナームの第一王女がバゼルを好き? そんなことありえるのか? エレナは、これまでの人生で感じたことのないほどの衝撃を受けた。
「聞き間違いかしら……ゾフィー、あなた……バゼルが好きって言った? うちの騎士団長の」
「そうよ。エレナはバゼル様と話したことある?」
「あるもなにも……幼馴染だからね……」
「ほんと!? じゃあバゼル様に好きな人がいるか知ってる?」
バゼルに1000回以上プロポーズされていたが、それは子供の頃からの遊びのようなものだと、エレナは認識していた。バゼルに本物の恋心があるなど、このときのエレナは露ほども思わなかった。バゼルのプロポーズはエレナにとって、挨拶のようなものだった。
「いやぁ……どうなのかな……いないんじゃないかしら」
エレナはゾフィーに配慮して、言葉を慎重に選びながら答えた。
エレナの「いない」という言葉がゾフィーの心をぱっと明るくさせた。ゾフィーは純真な乙女のようになり、頬を赤らめた。
「よかった! ずっと想像してたの。バゼル様は今何をしてるのかなとか、バゼル様に好きな人はいるのかなとか」
「そうだったんだ……でも、ゾフィーとバゼルでは身分が違いすぎるわ」
エレナはゾフィーに向かって、首を軽くかしげるようにした。しかし、ゾフィーはエレナの訝しげな表情に対して気にもとめず、目を輝かせながら、恋の話をすることに興奮を隠せなかった。両手を胸の前で組んで、楽しそうに微笑んだ。
「あれ、エレナはまだ知らないの? バナームは自由恋愛、自由結婚を法律で定めたのよ」
「え! 王族や貴族でも平民と結婚できるってこと?」
ウィステリア王国では法律による制限こそしていないものの、身分を超えて結婚するという風習がなかった。友人関係や恋には寛容なウィステリアも、婚姻に関しては保守的だった。
「そのとおり! だから、バゼル様がバナームに来てもらえるなら、結婚できるんだけど……。難しいよね……」
「まあ……ねえ。バゼルはウィステリアの騎士だからね。身分とは違う点でも難しいかもね……」エレナは顔を曇らせるというよりかは、単純に困ってしまった。
一方のゾフィーはエレナの言葉にしっかり耳を傾けながらも、まったく諦めるつもりはないという様子で、話を変えた。
「お話聞いてくれてありがとう、エレナ! そういえばエレナはどうしてベガに来たの?」
「チャールズ様から婚約破棄の手紙が届いたの。それに対する返事を、こうして直接届けに来たのよ」
「自分で届けに来たんだ! すごい!」
「直接会って手紙を投げつけてやろうかと思って。でも、なんかゾフィーの話を聞いてると、会う気が失せてきたわ」
ゾフィーとの会話を経て、エレナはチャールズに対する気持ちを整理できつつあった。自分の幻想の中では輝いていたチャールズも、他人の中では逆の姿をしているのだと思うと、自分の恋心の萎みを感じた。
「むしろ婚約破棄されたエレナが羨ましい……。わたしも婚約破棄をする手はないのかしら。ごめんねこんなこと言っちゃって。わたしはバゼル様と結婚したいの」
「バゼルのどこが好きなの?」
エレナは、ゾフィーがバゼルにどのような魅力を感じているのか、半信半疑で尋ねた。バゼルと幼馴染のエレナからしてみると、魅力的な王女様であるゾフィーにバゼルはもったいないと考えた。
ゾフィーは自分の恋を語れる相手を見つけて、心底喜んだ。
「一度なんだけど、バナームに来てたんだ。護衛団の一人として。パーティーがあったときに、わたしが落としたハンカチを拾ってくださったの。ハンカチを手渡された瞬間、ビビッときた」
「それだけで!?」
「エレナは恋をするのに、大それたきっかけが必要なの? あと、バゼル様は周りの騎士たちにも慕われていて、優しそうだった。裏表がない感じで、見てるだけでもすごく安心できたの」
「なるほど……」
エレナは視線を空に向けながら、バゼルについて考えた。たしかに裏表はない(繊細さもないけれど)。ただ、男たちからの人気はあるし、ゾフィーの印象もあながち間違いではないなと思った。エレナはなんとなくではあるが、ゾフィーがバゼルに惹かれる理由を理解できるような気がした。
ゾフィーとの出会いを通じて、エレナはこの夜のひとときだけで、自分の心に明白な変化が生じたことを意識した。新しい運命の歯車が動き始めたかのようで、わくわくした。
エレナはチャールズに渡そうと考えていた手紙を取り出し、ゾフィーの前に出した。
「ゾフィー、悪いんだけど、この手紙をチャールズ王子に渡してもらえないかしら。お城まで持っていこうと思っていたんだけど、ゾフィーから渡してくれたら嬉しい」
「いいの? 自分で直接渡すために来たんでしょ?」
ゾフィーは気を遣うようにしてエレナを見つめた。
エレナはにっこり笑って、ゾフィーを安心させた。
「うん、大丈夫。考えがあるの」
「どんな?」
二人の関係が深まることで、ベガ、ウィステリア、バナームの三国が激動の時代を迎えることになるのだが、この時点では誰もそれを予測することはできなかった。




