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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
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1.そこは異世界の日本 -Last-

「あ…ああ、そういうこと」


階段を上り切った先には、一人分の人影が見えた。

パッと見の姿も、顔も、見た覚えのあるその人影は、景色に背を向けて…階段を上がってきた私とレンをじっと見つめている。


「前田さん……ですよね?」


レンが恐る恐るといった様子で言う。

そうレンが話しかけたのは、表情が一ミリも変わらない仏頂面の女の子。

手すりに背を預けて、細長い煙草を咥えたまま、何かに浸るようにそこに立っている

パッチリとした特徴ある猫目の瞳は、真っ赤に近い赤色で、その奥に私とレンを映し出していた。


「そう…久しぶりだね。ここのパラレルキーパーがいない間、監視役にって来たんだけど、必要なかったみたいだ」


前田さんはそう言って煙草を取って、柵でもみ消すと、柵の外に放り捨てた。


「来てたんですね…何時からいたんです?」


私とレンは2人そろって2階に上がって、ベンチに腰掛けた。


「ちょっと前さ。来て早々、怪しげな内緒話をしてるお二人さんに見つかった」


前田さんはそういうと、ふーっと息を吐いてクルっと私達に背を向けた。


「デートの途中だったのなら謝るし、仕事の話なら、相談に乗る…どうする?」


そう言った前田さんの言葉を聞いて、私とレンはベンチから立ち上がって、彼女の横に並ぶ。


「そうですね、ちょっと相談に乗ってもらいましょうか…私しか知らないことなので…そして、私しか今のところ腑に落ちていないので」


手すりに腕を置いて、それにもたれかかりながら言った。


「町の方から、トンネルを抜けて一番奥にある会社のこと、知ってます?」

「ああ…この町の汚れ仕事を担ってた所だね。可能性世界で何度かやりあったことがある」

「さっき、そこの会社にレコード違反が出て処置に回ったんです。処置自体は時間もかからずに終わりました…で、何気なしに事務所を見て回ってたら…芹沢さん宛ての茶封筒を見つけたんです」

「ほう……?」

「え…?」


淡々と、さっきのことを話す。

前田さんとレンは、芹沢さんという言葉を発した時に声を上げた。


「中身は、今も部長が使ってる拳銃でした。ドイツ製の…こっちの…1周目の世界の部長が若い時から使ってる拳銃です。でも、それがどうしてあの場所に…茶封筒に入れられていたのか…それが腑に落ちないんですよ」

「……良く分からんところで引っかかるな。それよりも…」

「もう一つありますよ…芹沢さんって分かっちゃダメだってことですよね?芹沢さんほど、表の顔がしっかりしている人が、裏と繋がるのに本名だって」


前田さんの言葉にかぶせるように言うと、前田さんは珍しく、ちょっとだけ驚いた顔をして私の方に顔を向けた。


「上出来…前の1件もあるから…たとえそっちが思ってる芹沢とは関係なくとも…気にはなるってことで合ってるかな?」


前田さんの、全てを察してくれたような言葉に私は小さく頷いた。


「そう…それは、ここが2周目の世界だからというのに尽きる」

「2周目…?」

「ああ、2周目…レコードは1周目のレコード違反者が再びレコード違反を犯さないように、レコードを改変するんだ」

「……それで…芹沢さんが?」

「ああ、ついでに彼について少し知っておいた方が良いかもしれないね。芹沢がいるのは、3軸と4軸…それに関わる可能性世界の全てだ。今、この世界のレコードキーパーたる中森琴と関りがあった、君たちの良く知る芹沢俊哲…彼は3軸1周目の芹沢だ」


前田さんは、そう言いうと、ポケットから煙草を取り出して口に咥えて火をつけた。

一度、煙草を煙らせて、煙をふーっと吐き出す。


「"レコード"に関わっている芹沢は、実は他にもいる。4軸の芹沢だ。こっちと同じように、78年の夏に死んでから、可能性世界を監視するポテンシャルキーパーになった…ビックリしたが、その芹沢の上司は、4軸のここ、日向で土砂に飲まれた僕だ」


前田さんの語り口調に、私はそのまま聞き入る。


「その2人の芹沢以外は…ハッキリ言って屑だ。人間の屑…4軸のポテンシャルキーパーになった方もちょっと怪しい…平気で人は騙すし、必要とあらば手を下すことも厭わない…それでいて、仲間には狂信的に信頼されるものだから、手に負えない…身分こそ、道警勤めは変わらないけれど…その裏の顔は、安いドラマに仕立てられるほどに黒いんだ」


そういう前田さんの言葉の裏で、この前、東京で撃ち抜いた、年老いた芹沢さんの顔が思い浮かんだ。


「それが、僕が知ってる…調べ上げた、芹沢俊哲という男。君たちと関わる芹沢は、屑じゃない。優秀でいい男だよ。僕が保証する…ただ…それ以外は、気を許さない方が良い」


前田さんはそこまで言うと、もう一度煙草を口に咥えて…少したってから離して煙を吐き出す。


「どうして、私とレンに芹沢さんのことを…?芹沢さん、自分のことを知られるのを嫌ってたような気が…」

「ああ、確かにあの男は少し秘密主義が過ぎるところがある…だけど…この夏が終わるまででいい。君たちはレコード違反を犯さない芹沢のことを知っておいてほしいんだ」

「…何故です?」

「いや…今の段階で、1周目にレコードを犯した人間のレコードは例外なく書き換わってる…大筋は同じだけど、細部が違う、そのせいで…歴史に少しだけ差異が生まれたんだ。芹沢もその一人だけど…言ったでしょう?人間の屑だって…平気で人を裏切り、売り物にする男…それでいて、頭は良く切れる…彼が何かしでかさない保証がないから、もし相手にするときはよく注意しておくことだ…っていう忠告と…」


そこまで言って、前田さんは煙草を咥える。

そして、ゆっくりと、私とレンの方に顔を向けた。


「?」


私が少し首を傾げると、彼女は煙草を取って、明後日の方に煙を吐き出す。

それから、もう一度私達の方に向き直った。


「可能性世界の中では…良く暴走する芹沢を…芹沢一派を見た。中森琴や高瀬湊…この世界のレコードキーパーのエース格を何度相手に回したことか…だから、今回の…この3軸の世界でも、道を外れない保証はない」


前田さんはそういうと、ほんの少しだけ、仏頂面の口元を笑わせた。


「とりあえず…この町は君たちに任せておいても良いみたいだし、僕は次の仕事に取り掛かっても?どうせあと半日。君達2人が居れば安心だから」


そう言った直後、彼女は煙草を口に咥えて手すりから体を離して反転させる。


「前田さんは…何処にいるんですか?…仕事で」


彼女の動きに合わせて体を回した私がそういうと、彼女は踏み出した足を止める。


「ああ…函館まで…ちょっとレコードにツマラナイ不具合が合ってね。その対処なんだ。大した仕事じゃない」

「函館?」

「そう…函館。芹沢俊哲と、中森琴の死に場所だよ…そうだ、平岸レナ、君に頼みが出来た」


前田さんは、私達の方に向き直ると、底知れぬ深い赤の瞳を私に向けた。


「明日からのRKC…出来ることなら銃を持って行くんだ」


そう言った前田さんを見て、私はちょっと驚いた顔を見せる。


「え?そんなこと…考えてなかったんで持ってないですよ?」


そう返すと、前田さんは一つ深い息を吐いて頷いた。


「…そうか…なら、手配しておこう…聞いておいて良かった」

「それってどういう……」


私は淡々と言った前田さんに尋ねる。


「使うかもしれないからさ」


前田さんは抑揚のない声でそういうと、煙草を持った手を振った。


「明日…1件の銀行強盗が札幌で発生する…そして、明後日…札幌でまんまと銀行強盗を成功させた一味は函館の船着き場に集まり…そこで仲違いを起こすんだ」

「……」

「その、仲違いによる騒動を終わらせたのは一発の銃弾だった。この前も、そうなるはずだったし…今回もそう…前回はそうなる前にレコードを外れたけれど、今回はそうならない…ただし」

「?」

「その銃弾を放つ人間が、この世界にいないんだ…再構築された中で、居なくなってしまった…なのに、一方で、レコードはそいつに仕事をさせようとしてる…ま、再構築された世界じゃよくあること…僕達パラレルキーパーの仕事は、その、居ないはずの誰かさんの代わりを務めることだよ……それじゃぁ、また」


そういうと、今度こそ、私達に背を向けて、展望台を降りていく。


前田さんの足音が、展望台の木の床を踏む音ではなくなった頃、ようやく私は横にいるレンを見た。


「前田さんって、思わせぶりな事言う人だったっけ?」

「さぁ…面識あんまりないし…でも、ま、平穏に行きそうもないぜ、ありゃ」


レンはそう言って展望台に寄り掛かる。


「ま、事なんて起きてから焦るもんだろ?」

「そうだけど…」


私はレンの横で、何をするわけでもなく立ちすくんだ。


「これ、部長に言うべきかな?」


そう言って、レンの右半身に寄り添うようにして寄り掛かる。


「どーだろ」


レンは何も考えていなさそうな声で、ボソッと言った。


静寂が私とレンの間をすり抜けていく。


背後から聞こえるのは、波の音と、カモメの鳴き声くらいだ。


「言わないでおくか…部長には」


ちょっとの静寂を破ったのは、レンだった。

私はその先を促すように、彼の横顔を見る。


「カレンに言おうぜ。部長に伝えるのは、ちょっと不味いかもしれない」

「……良いけれど、どうして?」

「勘だよ。何となくさ…部長に、芹沢さんの…今の2周目の芹沢さんのことを伝えるのは不味い気がする」


レンはそういうと、私の目を見返した。


「今のレナはそうじゃないけど、この前…1999年に居た頃の、レナが生まれる前の両親を見てた頃の目付きがな、この前の部長にそっくりだったってだけさ」


レンはそういうと、寄り掛かった手すりから離れて、私の手を引く。


「戻ろうぜ。遅くなってもあれだ」

「え、ええ…今夜は読書だね…」


私はレンに何も言わず、彼に引かれるがまま足を進めた。

展望台を降りて、獣道を下っていく。


「とりあえず、帰ったら明日の準備かぁ…」

「私達は終わってるけどね。キャリーに着替え詰めただけだけど」

「速水さん方にも、銃の1つや2つ、持ってきて貰うか…ヤバくなった時の保険として」

「そうしようか」


そういう会話をしながら、家へと戻る。


私とレンは言わずとも分かっていた。

明日以降に、何が起きるか…それは、言わなくても、分かっていた。


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