表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter2 世紀末クライシス
37/125

1.それは遠い昔の2人 -5-

「あら…レナだけ?……結局喫茶店には行ってなかったのね?」

「ええ。浦和っていう人から芹沢さんのお言葉を伝えていただいたので…どのみち、その後の高校で起きた違反者処置のために諦めてたでしょうけど」


日付が変わって、今は放課後。

空き教室の椅子に座って、小説を読み進めていた私に部長が話しかけてきた。

丁度今来たばかりらしい。


レンはチャーリーとどこかへ出かけたし、リンとカレンは…わからない。

というわけで、広い教室には私と部長しかいない。


ほんの少しだけ、小説の文面から彼女の方へと視線を移すと、ほんの少し怖い顔をした部長がいた。


「ま、来たところで私がいたんだけどね。嫌な予感がしたから」


小さくため息をつき、普段の表情に戻ると、安堵したような声色で言った。

私はそんな彼女を見てから、読みかけの小説に視線を戻す。


「いたんですか、あの場所に」

「ええ、昨日偶々学校ですれ違ったじゃない?昼休みに。その時に久しぶりにレナの怖い顔が見れたから、もしかしてって思ってね」


私は目を少しだけ見開くと、苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。


「芹沢さんも、部長も嫌に鋭いですよね。勘違いかもしれないですけど、私の時だけ」

「まぁね。あんなに扱いに困った子なんて、レナくらいしかいないし…今はこうなったけど、色々大変だった分気にかけてるのよ」

「…それはどうも」


私はほんの少しの気恥しさを押し殺して言った。


そこからほんの少しの沈黙。

静かになった教室内に、次に響いたのは部長の声だった。


「さて、レナ。私達もどっか行かない?」


私は小説から目を上げる。

部長は私の前に座ったとはいえ、コートも脱いでない。

…元々私を誘う気でいたらしい。そして、私に拒否権がないことも、顔を見れば物語っていた。


「?…レンとチャーリーは2人してどっか行ってますけど、リンとカレンは来るんじゃないです?」

「いえ…そっちの2人は札幌の街中まで放課後ショッピングだって」

「……珍しい組み合わせですね…でもなんで部長が行かないんです?」

「誘われなかったのよ。カレンが"お前ずっと80年代から進んでないし、いいだろ?"なんて言ってさ」


私はそう言った部長の髪型に目を向け、それから制服の着こなしに目を向ける。

聖子ちゃんカットにされた髪型に、ちょっと長めのスカート丈。

まぁ…どう贔屓目に見ても平成11年現在の女子高校生とは言えない。


私はどんな顔をしていいかわからず…苦すぎる苦笑いを顔に浮かべた。


きっと、カレンからリンに、この時代の流行りでも教わりに行ったのだろう。

リンは何時だって流行をうまく取り入れて、彼女に合った格好をしているから。

金銭的には気にしなくてもいいのだからって言って、札幌まで行ってくることにでもなったんだろう。きっと。


…で、部長はこういうの興味なさそうだし今回はパスされたと。


「だから私は今日の夜遅くまでフリー!レナも丁度1人だし、どっか行きましょうよ。レンも遅いんでしょう?」

「まぁ…いいですけど、どこまで行くんです?高校生だし、免許ないですよ?」


そういいながら、小説を鞄に入れると、席から立ち上がってコートを羽織った。

普段のレンの位置に、部長が並ぶと、2人揃って教室を出る。


「ま、そうね。だから徒歩圏内だけど。そういえば、アップルスターって最近行ってる?」

「昨日も、処置終わった後に行きましたよ。最近は2,3日に1回ペースです」

「あら、そうなの」

「あそこのマスターも昔っから変わってないみたいですから。味も変わりなく美味しいですし」


そう言って、横目で部長を見る。


「そうね。相変わらず」

「部長がまだ普通の人だった時の知り合いです?」

「さぁ?どうでしょうね」


部長は、小さく笑いながらそういうと、私の肩をちょんと突いた。


「ま、レナくらいの年からあったから。あそこ。学校帰りによく行ってたのよ」

「芹沢さんと一緒に?」

「まさか!俊哲はもうその頃は社会人。そりゃ偶には行ったけど。普段はカレンと一緒にね」

「……ってことは、部長…いや、止めときましょうか」


昔話をする部長は珍しいから、そのまま話を広げよう…なんて思ってた頃。

横目に見る部長の目が少しづつ真顔になっていったのを見て、止めにする。


「昔話といえば、レンが私のこと覚えてるんですよね」


ほんの少しの沈黙の後、私は不意に昨日のことを思い出していった。

玄関まで降りてきて、靴を履き替えて、外に出た時、ふと頭に浮かんだのだ。


「レナの?」

「ええ、私は…断片的にしか覚えてないんですけど」

「それは…記憶障害らしいからしょうがないけど、レンもよく覚えてるものね」


部長も、話題にするにはちょうど良かったのか、元の優し気な顔に戻って言った。


「昨日、ここの交差点で、前を通り過ぎてった車見て私の家の車だってすぐ気づきましたからね。何だっけ、濃い銀色のローレルだかって車」


そう言って、赤信号で止まった交差点を指す。

今も車が行き交いしていたが、この前見た車は通り過ぎなかった。


「へぇ…ローレルか。俊哲の部下にも銀色系のやつ乗ってたのいたっけな。童顔で…名前知らないけど……でも、レンだって4歳でしょ?よほどレナのこと、印象に残ってたんでしょうね」


部長は、最初は感心した感じで…それから徐々に顔をニヤニヤさせながら言った。


「私と違って、友達多そうなんですけどね」


私は、そんな部長を見ながら少し首を傾げて言う。


「……そう。そういえば、レナ。この前家でレンと抱き合ってたけど、あれから進展はあったのかしら?」

「え。え。ええ!?」


何の脈略もなく、この前のことを言われた私は、顔を一瞬にして赤くさせると、一歩部長から後ずさる。


「いや、あれは抱き合ってたというより、寝てて勝手にしがみ付いてただけで!…そんな、わけじゃないですよ?」


青になった信号を見て、歩き出した部長の横についていきながら、顔を赤くして言う。

そんな私を横目に見ていた部長は、私の方を見て、ほんの少しだけ固まると、すぐに笑って噴出した。


「…フフ…そう?あんなに人嫌いな貴女が?」

「知ってるでしょう!…その、寝るとき何かに掴まる癖があるって…あの家にいた時だってしょっちゅう部長に掴まってたんですから…」

「ええ。でも、起きてからもレンにベッタリ抱き着いていたのはねぇ…」

「良いでしょう!…その…幼馴染との感動の再会だったんです」


笑って、余裕綽々で言う部長。

私は普段よりは少し大きな声で反論した。


「派手に大立ち回りした後にね。まぁまぁ、レナもちゃんと女の子な一面があったって知れただけでも安心したのよ」


一通り部長も私を弄り終わったのか、笑い顔を優し気な笑みに戻すと、揶揄うような口調から、元の口調に戻って言った。


「……もう…」


もっと何かが来ると思っていた私は、顔を赤くしたまま、何も言い返さずに押し黙る。


「ま、いいか…」


部長から顔を反らして、車道の方に目を向ける。

向かい側の歩道脇にフキノトウが咲いているのが見えた。


春だな…なんて思っている私の目の前を、この前も見た濃銀のローレルが通り過ぎていく。


3度目。流石に私も驚かなくなってきた。

それもそうだ。この時代には私のお父さんが乗ってるし…何よりも、レン曰く、そう珍しい車でもないらしいから。


「あの車ですよ。たまたま、お仕事の都合とかでこの時間に通るんでしょうね」


過ぎていった車の方を見ながら、ポツリと言った。


「…でしょうね。レナのお父さん、いい車乗ってたじゃない。何やってた人だっけ?」


部長も、私が目で追いかけている車の方を見ていった。


「道警にいた警察官。そこそこ地位はあったみたいですよ」

「俊哲の後輩…か」

「そうなんですか」

「ええ、彼も警察官だった」


部長は"だった"の部分を強調して言うと、私の手を引いた。

このまま真っすぐ行けばアップルスターがある商店街だったから、ちょっと驚いた顔を見せて部長を見る。


「え?」

「知らないの?アップルスターへの近道」


そう言って、商店街につながる、1本前の小路に私を引っ張っていった。


「そこから、ホラ、アップルスターの看板、あるでしょ?」

「本当だ…裏口なんてありましたっけ?」


部長が指さす先にあったのは、見慣れたアップルスターの看板。

雑居ビルの入り口付近にポツリと置かれていた。


ビルを見ると…丁度商店街の方まで伸びている建物だから、きっと中で繋がっているのだろう。


「この道も、変わらないのよね」

「2015年でも、少ししか通った記憶ないですけど…案外、変わってないものですよね」


狭い小路を並んで歩く。


小さな、アップルスターの看板の目の前までやってきて、その先にある重そうな引き戸に部長が手をかけた。


「ちょっと待った!」


その声と共に、私達は動きを止めて振り返る。


「え?」


振り返った私は、思わず声を上げた。

濃い銀色のローレル。その助手席の窓が開き…中から中年くらいの男が私達をじっと見ていたから。


「……」


私と部長は、一瞬顔を合わせると、すぐにローレルに乗った彼の方に向き直る。

レコードキーパーに話しかけるのは、どう考えても一般人じゃない。


「あの…どちら様でしょう?」


私を守るように、前に立った部長が物腰柔らかな声で言う。

警戒しながらも…それでも相手を刺激しないような優しい言い方。


「すまないね、急だったから。俺は…パラレルキーパーの浦和だ」

「え、浦和?」


浦和と名乗った彼は、思わず口を開けた私の方に目を向ける。

電話越しで、そこそこ年が行っていると思っていたから、ここまで若いとは思わなかった。


「ん?…もしかして…平岸さん?」


そういった彼に、私は驚いた顔のまま頷く。


「そうか…じゃ、こっちの彼女がコトさん?」


彼は少し緊張感のある声色を少し優しいものにして言った。

相手への警戒感が一気に薄れたような、そんな声。


部長も、彼の素性を察したのか、何時もの"仕事中"の部長に切り替わった。


「ええ。浦和さん…どっかで一度お会いしましたっけ?」

「10年前に一回…ってそんなことはいい。芹沢さんから緊急で連絡が入ったんだ。調べたら丁度近場にいたから…そんなことはどうでもいいか…今すぐ装備整えて空港に集まってくれ」


部長の空気が変わったことで、彼も自然と仕事をしているときの彼になっていったのだろう。

少し緊迫した声でそう言った。


「空港?」

「ああ、さっき可能性世界からの侵入がある予兆が確認された。それも規模がヤバい。今のこっちの人員じゃ賄えないから、君達にも手伝ってほしいんだ」

「え?」


私は部長を見る。

部長も、少し苦い顔をしていた。


「…分かったわ。他の面々の招集は少し遅れるけど、大丈夫かしら?」


そう言って、部長は躊躇なくローレルの助手席の扉を開ける。

私も、部長の後ろの扉を開けて中に入っていった。


「ああ、1時間以内に来てくれれば問題ない」

「そう、案内するから、まずレナの家まで送って。次に私…レナはレンに電話!私はカレンにかけるから」


そう、部長が言ったと同時に車は動き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ