1.それは遠い昔の2人 -4-
「永…じゃ、ないか…平岸さんで合ってるよね?平岸レナさん?」
電話越しに聞こえたのは、少しだけ年を取った、男の声だった。
「はい、そうですけど…」
「良かった…ま、間違うはずもないか。俺は…浦和…パラレルキーパーでね、芹沢さんに言われて電話したんだ。伝言だよ」
「……芹沢さんから?」
「ああ、ちょっと芹沢さん、急用で別の世界に飛んでてね、電話できないから、代わりに俺がってわけさ」
どこか、親し気に話す声を訝しく思いながらも、浦和さんの声に耳を傾ける。
芹沢さんも…部下を持ってるのだろうけど、こうやって話すのは初めてだ。
「この間、そっちの世界の大まかなメンテナンスが済んだろ?だけど、ここから1年は別世界が混ざり込みやすい状態が続くから、気をつけろって話さ」
「それは、芹沢さんからも……」
その相手に、少しだけ、不信感を抱きながら私は答えた。
不信感というか…どこか私のことを知っていますよと言いたげな声色にイライラしたのかはわからない。
不思議と嫌悪感はなかったが。
「だろうね、その件で後でこっちの仕事が終わったら芹沢さんから君達に書面が行くはずだよ。いくつかの、混ざり込みやすい可能性世界をピックアップした資料だ」
向こうの、浦和さんはこっちの気も知らないで、口調も変えずに自然体で続ける。
「それはどうも……その可能性世界とやらは先に潰せてればいいのだけど」
「そうにもいかないのさ。死んだ人間が可能性世界を見てるんだけど、そっちの世界にもレコードがある。それの通りに世界が終わらないと、こっちの世界も終わりなんだってさ」
「へぇ……死んだ人が管理する……それは知らなかった」
何気なく出てきた、知らない言い方に思わず声を出す。
電話の向こう側の男は、少しだけ驚いた声を上げると、すぐに「まぁ、そっか」といった。
「なら覚えておくといいさ、可能性世界を管理するポテンシャルキーパーって。パラレルキーパーにもその世界専門の連中がいるんだ」
「……そんなのもいるんですね。この前みたいの防いでほしかったなって思うけど、きっと私達以上に人手不足なんでしょう?」
「ご名答。かくいう俺も死んでからパラレルキーパーになったが…ざっと数兆を超える可能性世界を捌き切れるわけないよな」
「……そう」
「ま、ちょっと話はそれたけど、伝言は確かに伝えたよ。コトさんにも言っておいて」
電話の向こう側の男はそう言った。
私は一瞬レンを見る。
レンは私を見返して首を傾げた。
「ねぇ」
別に、電話を終えてもよかったが、私は自然と声を出していた。
「レナ」
向こう側の男も、私に何かまだあったのか、ほぼ同じタイミングで口を開いていた。
不意に、名前で呼ばれた私は、ピクッと体を震わせる。
「…どうぞ」
私が先を譲る。
特に、何もないのにただ引き留めただけだったから、丁度よかった。
「ごめんよ。実は今ちょっと、特別にここの世界に来てるんだけど…で、君だけに伝言をもう一つ預かってきてるんだ」
「……?」
「芹沢さんから、どうせ親でも探し出してるんだろうから止めとけって釘を刺せってね」
「芹沢さんから?」
「ああ…ま、俺も気持ちはわからなくもないし、親の立場だったら…たとえ未来から来た娘だって知ったら嬉しいだろうけど。レコードが不安定な今、それはやっちゃダメだろうね。リスキーすぎるよ」
私はほんの少し目を見開いていった。
流石に、彼には殆ど見透かされていたらしい。
それと同時に、最後の浦和さんの言い草が少し引っかかった。
「芹沢さんには負けるよって言っておいてもらえます?後…浦和さん、死ぬ前は子供がいたんですか?」
「……いたよ、娘が2人。だいぶ早く死んでるから、父親らしくはなれなかったな。だから、成長した姿は見れずじまいさ…ま、大昔の話…じゃ、そろそろ切るよ」
「はい……それじゃ、どうも…」
「また、いずれ」
そういうと、電話が切れて、電子音が耳に聞こえるようになる。
レンにも電話の声が聞こえていたのか、どこかホッとした表情をしていた。
「聞いてたでしょ?帰ろう」
「ああ…」
そう言って、2人で歩いてきた道を引き返す。
駅の方向と、家の方向は真逆だから…ちょっと遠いけど、散歩気分だ。
「その…浦和さんだっけ?」
「え、うん…そういってたね」
「こっち来てるなら、会いに来てもいいのに」
「……まぁ、向こうも仕事でしょうし」
そういいながら、さっき出たばかりの学校前の交差点まで戻ってくる。
赤信号で止まって、少し肌寒い風に身を震わせた。
「まぁ…暇つぶしで来れるほど暇じゃないだろうしな」
レンがそういった時。
ふっと、前を濃い銀色のセダンが通り過ぎていった。
「あ……」
通り過ぎていく刹那、私は思わず声を出す。
中に乗っている人は分からなかったが…40中盤ぐらいの男だっただろうか?
「どうかしたか?」
「いや…」
レンに、下手に誤魔化すように笑って見せる。
レンは通り過ぎていった車の方を見ると、私の方を見て首を傾げた。
信号が青に変わり、歩き出したレンの横をついていく。
「レナん家、あのローレルだったな」
レンはきっと、殆ど察しがついたのだろう。
こっちを一瞬見ると、普段の調子でそういった。
「……よく、覚えてるね」
私は、感心したように言う。
だってもう10年も前のことだ。
「何回か乗っけてもらったから覚えてる。スキーに行った時もアレだったよな」
「……私よりもレンの方がずっと私の昔のこと覚えてそうだね」
「だろうな。いい父さんだったじゃない。若くてカッコよくて。ちょっと憧れてたな」
レンは暗い話題にならないように気を使ってくれているのか、少し普段よりも明るい口調で言った。
私も、こんな帰り道にどんよりしててもしょうがないから、彼の方を見て、小さく笑う。
「ありがと。でも、若いってのは誤解だよ。レンの親幾つだっけ?この前の2015年で」
「45か46歳…31、2の時の子供だから」
「でしょう?レンの親の方が私の親より3つは若いよ。お父さん、私が生まれたときでもう34だもん」
「え?……どー見たってありゃ20半ばだろ…」
そう言って、素で驚いているレン。
「母親は32。2人そろって童顔だから、若く見えたんでしょうけど」
「へぇ……知らなかった。…てか、そういうのは覚えてるもんなんだな」
「まぁね。プロフィールだけなら、何度も見てるから…お父さんは札幌生まれ札幌育ちで、道警の警察官…」
私は、お父さんが死ぬ前に一回だけ取った家族写真を思い浮かべる。
一番記憶に残ってる母親とは似ても似つかない母親の姿が違和感だが…
「母親は、台湾系移民の2世。どこ出身だったかは忘れたけど、中国訛りの日本語と、変な青森訛りみたいな喋り方してたな」
「浜言葉だろ?ちょっとイントネーション凄かったもんな…ってかハーフなのか、レナは」
「ハーフ。母親の旧姓は王だから。どこかの監督さんと同じだね」
そういうと、私はコートの内側からレコードを取り出した。
レンも、何かを察知したのか、私に合わせて…学ランの内ポケットから処置用の虹色の注射器を取り出した。
「さて…やっぱり落ち着かないね。違反者の数」
「俺はこれが普通になってっけど」
「ゴタゴタが終われば、暇に殺されそうになるよ」
そういって、レコードを開いて中身を確認して、レンに見せる。
「うちの学校の先生…知らないけど、資格なし。さっさとやってしまいますか」




