466 白いいなずま
しかしまあ公爵もさすがに、隠し部屋の発見された先々代の王妃のための別荘に我々をそのままノーガードで置いて行ったりはしなかった。
「……一応、念のためにね」
と、公爵はやんわり断ると、隠し部屋の入り口の左右にぱっかり開いた棚を元通り閉じて再び隠し、自分の手から大きめの指輪を抜き取って魔力の光をまとわせた。
なにをするのかと見ていると、なんでもいいから紙はないかと問い掛けられる。
こんなのでいいかと渡した葉っぱの紙を扉代わりの棚と棚の合わせ目に当て、公爵はそこへ魔力をまとわせた指輪を印章のように押し付けた。
指輪を離すとその紋様が魔力の光で紙の上に残り、そして紙自体もぴったりと棚の合わせ目に貼り付いて離れない。
魔力の紋様で淡く光る紙片を示し、こちらを振り返って公爵が言う。
「これ。丸一日くらいはもつだろうから、無理に破って入らない様にね」
その様に、メガネと私はおののいた。
「あっ、公爵さんの中に俺らへの信用がまるでない」
「ひどい。公爵さんが帰ったらこっそり覗こうとか思ってないのにちょっとしか」
なんと言う信頼感の欠如かと大げさに悲しがる我々に、公爵の宝石みたいな淡紅の瞳がなんとなく急に輝きを失った。
「うん、あのね。これ、公爵家の紋章だからね。普通は紋章を傷付けるだけでも罰を覚悟するものなんだけど、同時にね、わざわざ公爵家の名前で封じてあるものを破って入っちゃ駄目だからね。いや本当に」
あとね、君たちは割と気軽に接してるけど王族が絡んでくると割と横暴なことも平気で通るから本っ当にやめて。
そんなことを切々と、そして疲れた様子で言い含める公爵は「うんわかった!」と元気いっぱいに返事して、その代わり絶対王様にいいって言ってもらってねとしがみ付く我々にぐいぐい吸い取られて行くなにかをじゅげむをなでてチャージして、よろよろしながらスキルで開いたドアを帰って行った。
こう言うと我々ばかりがなんだかひどいように聞こえるし事実ひたすらひどいのではあるが、とりあえずではあるもののすぐそこにある王妃の隠し部屋を出禁にされてこちらも悲しかったのだ。
ちょっとだけでも見たかったよねとか言いながら、その夜はみんなで不平を持ちよって一階のリビングで雑魚寝した。
これはこれでなんか楽しかった。
翌朝。
どうして目が覚めたのか、自覚しないまま朝早くに目が覚めた。
目が覚めた理由はすぐに解った。
明けきらぬ朝の光が薄く青くほの暗く、外の風景を大胆に切り取る大きな窓から居間の中へと入り込む。
その透明な大きな窓の外側の、裏庭のさらに向こう側。
細い桟橋が伸びている、池の辺りになんかいた。
それはいまだ薄暗い朝にもまるで輝くように純白で、柴犬程度の大きさのニワトリたちの集団だった。
中でも一羽、ひときわ体の大きなものがいて、頭の上には赤く立派なトサカを付けている。これがなんの目的なのか、朝を告げるかのようにコケコッコーとうるさかったのだ。
まだ早いんだよと思いながらに見ていると、ほかのニワトリの頭にはそこまでの大きなトサカはないようだ。
ひときわ大きくうるさい奴がボスなのか、もしかするとハーレム状態なのかも知れない。
これだから勇者は。
よく考えたら勇者は全然関係ないのにハーレムのイメージに引きずられ、寝ぼけた頭で勇者のことをディスっているとコケコケうるさいニワトリの群れに動きがあった。
まだ淡い朝の光にきらめく池で、見事に白く美しい羽におおわれた全身を水に遊ばせていたそれら。どう見てもニワトリでしかないのだが、なぜだかいっそ優雅に見える天衣無縫の水浴びもそろそろ終わるようだった。
ニワトリなりの身づくろいを終えた彼らはどことなくキリッとキメ顔で、コケコケと先導するかのようなボスにしたがい引き上げる。
どうやら農園の対岸の、王の森が住み家のようで、ニワトリたちは白い羽をばっさばっさと暴れさせのた打ち回るような勢いで水面を泳いで池を渡った。いや……泳い……あれは、泳ぎ……?
ニワトリの騒がしい声に起こされていつしか全員目が覚めてしまった我々は、のたのたと寝具の中でうごめきながらに窓の外を眺め、泳いでいるのか走っているのか暴れながらに転がっているのか解らない、ニワトリの群れが去り行く姿をなすすべもなくぼーっと見送った。
そして真っ白なニワトリの影があっと言う間に森の緑に隠されて、最後の一つが見えなくなった辺りで思う。
なんなんだあれは。
ちょっとサイズ感はどうかと思うがニワトリだから朝の目覚めとしてはなんか非常に正しいような、いやでもまだそんな明るくないしやっぱり早すぎるような。そう言えばあんなのダンジョンで見たことあった気もするが、外でもあのサイズなのかよ。
と、矮小なる人間の尺度でぼんやり戸惑ってしまう我々。そしてそんな我々をよそに、金ちゃんだけは虎視眈々とまるでチキンのフライでも狙うみたいにニワトリを熱心に見ていたことはなんとなく誰かに伝えておきたい。
まだ全然早朝ながらせっせとパンを焼くためにこのあと割とすぐにやってきた農家の青年に教えてもらった話では、あの柴犬サイズのニワトリたちは元々、王の森で狩りの獲物とするために放たれていたものらしい。
それが本来の目的だからほとんどは狩猟のシーズンを越せないが、まれに運のいいものや逃げ足の速いものが生き残る。いつしかこの生き残りたちが野生化し、群れを作ってやたらとたくましく生きていると言う。
青年は、一晩掛けて発酵させたパンを慎重に食パンの型へと収めたものを王妃の別荘の台所に備え付けられた熱した石窯へ突っ込んで、ほっと肩の力を抜きながらに語る。
「今ではもう知恵を付けてきて、狩りに興じる紳士をお待ちのご婦人がたの前に現れてランチを奪って行ったりするらしいです。うちも作物をやられたり、家畜がおびえて困るんですが……王領の森の生き物を勝手に狩る訳にもいかなくて」
「それもう私の知ってるニワトリと違う」
パン作りに使った道具をレイニーに洗浄してもらい、別荘のものは元へと戻し、メガネの私物はアイテム袋に偽装したただのカバンにしまうと見せ掛けアイテム袋にぽいぽい放り込む手を止めて、私は思わず真顔で言った。
貴婦人のランチを強奪するニワトリとかちょっと見てみたい気もするが、なんかもう、全体的に強すぎるのではないか。ニワトリ。
野生化したニワトリのアグレッシブさにドン引きする間に次々とパンが焼き上がり、家族に食べさせたいとそわそわし始めた青年をふかふかのパンと共に送り出す。
この時分には外はすっかり明るくなって、我々も朝食はまだだった。
せっかくだから綺麗な庭で、焼き立てのパンでも食べようか。
そんな浮かれた話になったのも、自然と言えば自然な流れとも言えた。しかし。
愚かではある。
あんなにドン引きしてたのに、ランチに襲撃してくるニワトリのことが頭からすっかり抜け落ちていたのだ。
野菜がたっぷり入ったあったかいスープや玉子焼きなど軽い食事を芝生に広げた布の上に並べ、焼き立てそのままの食パンにクマの老婦人と共に作った花のジャムをたっぷり付けて。または軽くトーストしたパンにバターを溶かしてさっくりと。
それぞれが自分好みに整えたパンへ、あーんと一口かぶり付いた時である。
コケェッ! と、穏やかな空気をつんざいて鋭い鳴き声が辺りに響いた。
ニワトリどもの襲撃である。
それらは白いいなずまのように緑の森からほとばしり、丸い葉っぱや花の浮かんだ池の水の表面をのた打ち回って駆け抜ける。
そして別荘の裏に広がる芝生の庭の地面を蹴って、真っ白な翼をばさりと開くとパンを手にした我々目掛けて躍り掛かった。
「きゃーっ!」
――と。絹を裂くような悲鳴を上げたのは、誰だっただろうか。
私は「うおっ」と低く呻いていたので多分だが、メガネかじゅげむだと思う。
レイニーも違う。
襲いくるニワトリの姿にむしろ「きたか!」みたいな感じでいそいそと立ち上がる金ちゃんがそれと接触してしまう寸前に、両者の間に魔力の光がほのかに見える魔法障壁を展開したのがレイニーだったからだ。
自分のパンを奪おうとしたニワトリたちが魔法の壁にぶち当たり、その表面をずるずる滑って落ちて行くのをなんかめちゃくちゃ冷静に見ていた。天使とは。
自分の食べ物は絶対に守る。そんな強い意志を感じる。
レイニーの一分のすきもない障壁により人間も朝食も全部無事ではあるのだが、我々を囲む障壁の外からコケッコケッと悲しげなニワトリたちのじっとりとした視線を浴びながら食べる食事はなかなか精神力が試された。




