467 なんでや。
「それで、どうしてこんな事になってるの?」
我々がほぼほぼパンを焼くために滞在している別荘へ、いつも通りにきらきらしい姿で現れたアーダルベルト公爵はもはや逆に凪いだみたいな口調で問うた。
対して、「えぇ……?」と、微妙な顔で答えるのはメガネだ。
「割とそのままこっちのセリフですけど……どうしました?」
いや答えると言うかまあ、質問で返しているけども。しかしそれもムリはない。たもっちゃん、私はその気持ちめっちゃ解ってっからね……。
日は高くなっているものの、まだ午前中の内である。時刻としては午前十時や十一時、多分その辺だろうと思う。
アーダルベルト公爵が我々にどうしてと問うたのは、王妃のための別荘のリビングに大きく切られた透明な窓。その外側一面に窓と建物を保護するためにレイニーが張った魔法障壁と、魔法障壁のさらに向こうの裏庭に白いニワトリたちがコーッコッコとたむろしている光景をさしてのことである。
正直なところ、公爵の気持ちもよく解る。
小さなお花の散らばる芝生につきたてのおもちみたいにぼってりと、白い体でうずくまりぽかぽか日向ぼっこしながらに恨みがましくこちらを見てくるニワトリたちの集団は確かに、なにごとかと言った雰囲気がすごい。
なにが彼らをそうさせるのか。
我々もさすがに落ち着かず、早々に朝食を切り上げているのになぜか全然森へ帰らないまま時間ばかりがすぎている。
ニワトリたちのあまりの圧にちょっとだけ、子供特有の感じのあれでじゅげむがなんかあげたいとか言いだすかなとも思ったが、そうはならなかった。
たもつおじさんのごはんはぼくの。と主張して、朝食のパンやスープや玉子焼きなどをニワトリに取られる前にと急いでもりもりと食べていた。たくましい。
一方、たもっちゃんが公爵にこっちのセリフと返すのは、シンプルに昨日の夕方に送り出したはずが諸事情あってその夜ぶりの再訪となる公爵と、普通みたいに一緒にいるのが王様だったからだ。
なんでや。
そんな思いをいっぱいに含んで投げ掛けられたメガネからの疑問に、アーダルベルト公爵は少し肩をすくめて見せる。
「だって、王のお婆様の事だからね。研究室を発見したとお知らせしたら、ご自分の目で確認がしたいと」
「いやそうかも知れんけど」
「フットワークの軽さよ」
うん、そう。みたいな感じで公爵の横で鷹揚にうなずく高貴なおっさんに、我々は思わず突っ込んだ。
王族ってなんかこう、城から出るのに色々めんどうなこととかあるんじゃねえの。知らんけど。
王様専属の精鋭なのか、侍従らしき男性と共に一番近くで話を聞いてた護衛の騎士が「は?」とキレ気味の表情をしたのは我々の言葉がうっかり雑になってしまったからだろう。
こっちも色んな思いが全面に出てしまった結果だが、なんかそれはごめんやで。
まさかこんな不意打ちみたいにまた会うと思ってなかった王様は、まず本来の目的である王妃の隠し部屋を確認に行った。
入り口となる棚の封印を解くためにアーダルベルト公爵も別荘の二階へと上がり、我々はそれを大きな窓いっぱいに庭と森とニワトリの見える一階のリビングでぼーっとおやつを食べて待っている。
別にぼーっとしていなくてもいいようなものだが、王様に対する我々の言葉がうっかり雑になった辺りからめちゃくちゃ表情がキレている騎士に、妙なことはするな。と言うか動くな。ギリギリ死なない程度に息だけはしていい。みたいな感じで言われているので、仕方なく。そう。これはもう仕方なく、ぼーっとしているように見せ掛けて全身でアグレッシブに無害を主張しているのだ。
その騎士も王様と一緒に二階へ行って、誰も見てくれてないのがちょっとだけ寂しい。
外にはもっと護衛が控えているようだが、農園の中まで王様が連れてきた護衛はキレやすい中年の騎士一人だけだった。農園自体の警備がちゃんとしているとかで、あとは侍従がいればこと足りるらしい。
朝食を急いで食べたのでおやつだけでは物足りず、追加でなんか作るかとメガネが食パンとホットサンドを作るやつ、私が小型の燃料コンロを取り出して、素朴ながらに品のいい王妃の別荘のリビングで色々とパンにはさんでいると農園を管理する農家の青年がびくびくと隠れるように姿を見せた。
「あの……陛下がお見えだとうかがったんですが……。えっ、何されてます?」
最初は扉のないリビングの入り口から顔を半分覗かせて、めちゃくちゃ神妙な感じでぼそぼそと。それから我々の手元に気が付いて、あわてた様子で部屋の中に飛び込みながらに青年が問う。
彼にはパンを焼くために朝早くにも会ってたが、その時には割とぼさぼさだった髪の毛がなぜか今だけぴっちり横分けにされていた。服は普段通りのようなので、なんかすごく急いでがんばった感がある。
きっと王様が急にきたからせめて髪型だけでもと、かーちゃんかばーちゃんにむりやり横分けにされたに違いない。
私が勝手に理解を示してうなずいている間に、たもっちゃんが青年に答える。
「王様はね、今二階にいるよ」
「いえ……あの、何されてます?」
青年はしかし、最初の質問にのんびり答えるメガネから少しも視線を外さずに問う。
なにと言われると料理だが、改めて問われるとどう説明したものかメガネは一瞬バグったようだ。
「えっと、あの、スライスした食パンに食材を挟んでこちらのホットサンドメーカーでプレスしながら加熱する事により……」
「そう言った事はキッチンでお願いします」
「いやでも余計な事はするなって言われてて……」
「リビングで料理するのは充分余計な事かと思います」
「あっ、はい」
ど正論だった。
王様の存在にどうやら緊張していた青年の、緊張をかなぐり捨てた正論により我々はぞろぞろとキッチンへ移動。
なんとなく本腰を入れてホットサンドを量産していると、隠し部屋の確認を終えた王様たちが一階へとおりてきた。
「えぇ……?」
そしてこれはリビングに我々がいないので、キッチンまで探しにやってきた貴き人々の戸惑いの第一声である。
慣れなのかなんなのか、公爵がまず一歩踏み込んで問う。
「何してるの?」
「解んないです」
軽くなにか食べようとしていただけのはずなのに、キッチンで調理を始めるとなんか熱中してしまっていた。
本格的な厨房めいたキッチンの調理台の中央で、大きなお皿に山盛りになるホットサンドを前にして我々もまた「ええ……?」と理解に苦しんでいる。
ただなぜか、これをおもしろがったのは王様だった。
侍従が運んできたイスに腰掛けて、キッチンの調理台をテーブルにしてホットサンドにかぶり付く。
「うん、これもなかなか。城でも食べたいな。アーダルベルトはいつもこんな料理を馳走になっているのか」
「いつもと言う訳では。彼らに取って私など、都合の良い止まり木の一つでしょうから」
また熱いできたてのホットサンドを手に持って、きらきらしい王と公爵はいたずらっぽく笑いながらに軽口を交わす。
恐らく気心の知れた親しい二人のちょっとした冗談だろうとは思うが、主に公爵のほうの発言がメガネと私に穏やかならぬ危機感を覚えさせるものがある。
「あっ、王様にまでその解り難いジョーク言っちゃうんですか」
「またそうやって。あー、またそうやって都合のいい男扱いされたみたいなこと言う」
そんなこと思ってないですからね。どうしようもないことも、なんとかしてくれそうだなと思ってるだけで。
と、よく考えたら全然フォローになってないフォローをメガネと私は一生懸命していたが、じゅげむがホットサンドを食べることには忙しそうだが比較的ヒマそうなレイニーを見上げ、つごうのいいおとこってなあに? などと純真にたずね、レイニーがなんのためらいもなく公爵に指の先を向け「あの様な事です」ときっぱり答えてしまっていたのでもうなにもかもがムリだった。
じゅげむはよく解らないけどがんばっててすごいねと中にいっぱい詰め込みすぎてハムや目玉焼きの端っこがパンからはみ出しカリカリに焼けたじゅげむ特製のよくばりサンドを公爵にあげ、普通のホットサンドしか食べてない王様を寂しがらせるなどした。
我々もまた王様と同じく調理台を囲んで一緒に食べてしまっていたが、ここまでくるといかつい護衛や王様の侍従も不敬を責めるのも忘れ「なんだこれ」みたいな顔である。
そんな中、別荘の立派なキッチンの隅で、農園の青年がなぜか感極まって泣いていた。




