465 王妃の隠し部屋
よく考えたら私だけ二回も壁的なものにぶつかった上に結局ごろんと倒れているし、最終的に潰れたカエルになっているので本当にかわいそうで仕方ない。
「ねえ、公爵さん。そう思わないですか?」
「えぇ……?」
長々となんのエピソードか解らない話をなにも解らないままに聞かされている公爵に、なにも解ってないのをいいことに私が同情を強要している一方、そんなことにはお構いなしのメガネが左右に開いた棚の片側へと近付いて屈む。
「まぁ、それでね。公爵さん。ぶっ倒れたリコに大丈夫? って駆け寄った寿限無が棚の一番下の奥に何かあるっつって、見付けたのがこちら。隠し部屋を開ける秘密の魔法陣になります」
そう言ってさし示すのは言葉の通り、棚の一番下の端っこだ。
その段は高さが二十センチほどしかなくて、しかも開放型の棚となっている上のほうとは異なってぴったりとした引き出しの箱が収まっていた。
恐らくならば本来は、そこになにかあることを最初から知っていなければ存在に気付くこともないだろう。そう言う位置に魔法陣は隠されていた。
ではなぜじゅげむがそれに気付いたかと言えば、一つには潰れたカエルから人間に戻ろうとしていた私がなにかつかまる物がないかと手を掛けたのが花のような細工の付いた引き出しの取っ手だったことがある。
取っ手は半円のカーブを描く横長い棒状の金具で、半分カエルの私でも指を引っ掛けられたのだ。しかしまだ完全に人間ではないから、力任せに引っ張って引き出しを棚から完全に引き抜いてしまった。
あっ、引き出し床に落としちゃった。でもなんか取っ手の細工まで綺麗。
そんな感じで床にべちゃりと倒れたままで引き出しの箱を引きよせる私に、ピタゴラとした一連のなんらかの法則を引き起こした責任を感じたじゅげむが駆け付けた。
ごめんねと大丈夫? のまざった感じでじゅげむは寝そべる私にぺたりとより添い頭をくっ付けて、そうして極限まで下がった視点で引き出しの棚の奥に隠された秘密の部屋の魔法陣を発見することになったのだ。長い。
「いやー、俺もね。公爵さん」
だらだらと話した割には大体の感じで説明を終え、たもっちゃんは悩ましそうに表情をぎゅっとしかめて腕組みをする。
「隠し部屋とか、嫌いじゃないんで。むしろ好きなんで。できれば中見てみたいんですけど、やっぱり本来の持ち主の気持ち考えるとどうかなって。それと、俺らの判断でまーええやろって入ったあとで怒られたら嫌なんで、とりあえず公爵さんに報告しといてあとでまずくなったらそっちで関係各所と話してもらいたいなって」
「酷い」
人の気持ちに配慮してるみたいなとこからぼろぼろとこぼれすぎた本音に、公爵も思わずと言うような一言をこぼした。
まあそれで、隠し部屋を発見ののち探検よりも先に急いで公爵を呼びに行ったのは配慮って言うか責任問題みたいなものが発生した時になんとかしてくれそうな安心と実績のアーダルベルト公爵を巻き込むのが目的だったと露呈した訳だが、当の公爵は自らの便利に使われ気味の現状を受け入れた。
「最初に……報告してくれるなら、まぁ……。拗れてから知らされるよりは……」
いや、いつもきらきらしい顔をめちゃくちゃ渋くしかめてはいたが。そして言葉もめちゃくちゃに鈍いが。最終的に受け入れてはくれたのだ。
と言うかいつもきらきらしいはずなのにこんな感じの苦い顔も我々はよく見てしまってるので、いつもって形容はそろそろ言いすぎなのかも知れない。
こうして、責任逃れを図るメガネの底の浅い策略により王妃の隠し部屋探検隊に巻き込まれた公爵は、しかしメガネごときに都合よく利用されるだけの人間ではなかった。
「悪いけど、最初に私が確認させてもらうね。もう亡くなられた方とは言っても、王族に関わる事だから。王の意向も伺わなくては」
変な柄のTシャツとジャージのズボンにつるつるとしたナイトガウンを引っ掛けて、細かい刺繍で飾られたスリッパ姿の公爵は言う。
それを聞き、たもっちゃんはその可能性にたった今気付いた様子でショックを隠さず呟いた。
「えっ、て事は、それまでお預け……?」
しかも多分、報告を聞いて王が駄目って判断したら部屋の中にも入れないやつだ。
「えぇーやだぁー。俺も見るぅ。だって公爵さんだけじゃ危ないですよ。侵入者対策の罠とかあったらどうすんですかやだ心配。俺、公爵さんが心配!」
だから一緒に行きますね! といそいそ張り切り出したメガネだが、それはこてんと不思議げに首をかしげた公爵の問い掛けで止められた。
「あるの? 危険」
「……ないですけど……ない……やだぁ……」
すでにスキルでガン見してあったのか、たもっちゃんはしぼり出すように王妃の隠し部屋が安全であることを吐いた。
公爵には嘘が通用しないので、最初から勝ち目のない勝負でしかなかった。
公爵は崩れ落ちるメガネをその場に残し、さっさと隠し部屋へと確認に入った。
私は王妃の天蓋ベッドの足元にある布張りのベンチにじゅげむをはさんでレイニーと座り、床でカメのように伏して泣くメガネをなにか隠してるとでも思ったらしい金ちゃんが力任せに引っくり返していじめているのを完全なる傍観の姿勢で眺めながらにぼーっとしながらその戻りを待つ。
しばらくして、部屋から出てきた公爵は大判のぶ厚い本を一つだけ手に持っていた。
「王のお婆様は婚姻のために外からいらした他国の王族でね、こちらの城に馴染めず苦労されたとか。当時の王がそんな王妃の慰めにこの別荘を造らせたそうだけど、そうしたら王妃が農園から出てこなくなってしまってそれはそれで別の苦労ができてしまった」
そんなふうに聞いていたから異国での苦労や恨みつらみを書き連ねた王妃の日記でもあるのではないかとびくびくしたが、どうやら王妃は周りに誤解される人だったようだ。
と、そう言って先々代の王妃について急に語る公爵は、なにか思うところがあった様子でしんみりと古びた本へと視線を落とす。
そもそも、私の目には念入りに隠してあるように見えたが、魔法の世界の貴族によると王妃の隠し部屋の入り口はそんなに厳重に隠されている部類でもなかったようだ。
いやそんな。棚の一番下の引き出しの奥に魔法陣って割と念入りに隠してあんぞと思いはするが、確かに。解錠の魔法も、メガネが魔力を流しただけで普通にがっばがばに起動した。ちゃんと厳重なものならば、登録した人物に一致する魔力がどうのこうのと細かい制約があるらしい。
だから隠し部屋の内部もそんなに秘密と言った様子ではなく、公爵の証言によるとどうやらプライベートな研究のために作られた空間だろうとのことだ。
「王妃って研究するんすか」
ついそこが気になって口をはさんだ私に向かい、公爵は手にしたぶ厚い大判の本を少し重たそうに持ち直して答える。
「人によるかな。ただ、王族には公務もある。だからそればかりとは行かないが、先々代の王妃はかなり本格的に取り組まれていた様だ。……王城に嫌気が差して農園に籠ったと言われていたけど、きっと、研究に熱中なさっていたんだろうね」
アーダルベルト公爵家の当主であるこの人は、元々は公爵家に連なる遠い分家の出身だそうだ。そのために、先々代の王妃とは一度の面識もないと言う。
それでも。それか、だからこそ。
今になって思いがけず触れた、出会うことなく去ってしまったもう亡い人の面影になんだか深く感じ入っているように見えた。
しかし、そんな感傷も長くは続かない。
愛しいような悲しいような心の機微はどうでもいいメガネが、隠し部屋への未練もあらわに「王様によろしく!」と公爵のガウンにすがり付き「えぇ……そんなに?」と困惑まじりにドン引きさせていたからだ。
ははは、ばかめ。と私はその滑稽な様を愚かなるニンゲンをあざ笑う気持ちで眺めていたのだが、しかしほどなく自分もその愚かなるメガネの仲間入りをすることになった。
なぜならば、先々代王妃の研究は草に関することだったと知らされたからだ。
「有用な植物の研究、主に薬効を損なわない採集の手順や処理法の確立などだね。そう言った事をなさっていた様だ」
「公爵さんどうか一つ王様によろしくお願いします」
私はなにその研究めっちゃ見たいじゃんとなったし、公爵がずっと両手で持っているやたらと装丁の豪華な重たげな本が王妃の研究ノートだと解るとちょっとでいいからチラッと見せてとすがり付いてしまった。見せてくれなかったけど。
とりあえず最初に王様に見せて、報告し、判断をあおぐ。話は全部それからだそうだ。
王様……よろしく……王様によろしく……。
なにとぞお慈悲をと急にへばり付く我々に、「どうせ私は都合の良い男だよ……」と若干やさぐれた公爵はじゅげむの頭をもしゃもしゃなでてなにかをチャージしてから帰った。




