464 別荘でお泊り
アーダルベルト公爵や農家の青年をまじえてわあわあ言いながらピザを何枚も作り、私が! 材料を! 載せた! と微妙な自慢をする公爵が農園の外で待機している護衛の騎士や御者などに焼き立てのピザを手ずから運び振る舞って、ピザを作る合間の雑談でピザの生地と似たような感じで発酵させたパン生地でふかふかのパンが焼けると知った青年がふわわと夢見るような顔をしたことから今日は別荘でお泊りとなった。
いや、そうなったのには厨房の大きい石窯を薪であっためるのに時間が掛かったことも理由の一つだ。なんかそろそろ夕方になるし、これから帰るのも億劫って言うか。
しかし同時にもっとダイレクトな感じで、王都ではふかふかのパンが少しずつ出回ってはいるのだがまだまだ数が少ないし、王都の外に暮らしていると手に入れるのも難しい。農家の青年やその家族らはいつも農園で朝早くから忙しく働き、王都に行く機会もないので話には聞くけれどどんなものかと思っていた。この農園で生まれ育ったと言う青年が少し恥ずかしそうに語り、だったら酵母菌あげるから自分で育てて焼けばいいじゃんと。料理に関して自分ができることは大体人もできると思いがちのメガネが軽率に提案。実演込みで指導を始めた酵母菌の培養と生地の発酵、その成果を見るために一晩待たなくてはならないことに途中で気が付いて、「……泊まるか……」となったのだ。
純粋なる無計画ゆえの当然の帰結。
「いいけどさあ、たもっちゃん。もっとなんか予定は前もってさあ」
「だって思い付いたんだもん」
やいやいと言い合うもののすっかりお泊りの構えになった我々は、残ったピザをかじりつついまだ決着を見ないどのチーズが一番伸びるか選手権などを開催しつつ非常にのんびりとしていた。
そんな中、ソファの上に倒れ伏すようにして嘆きの姿勢を見せているのはアーダルベルト公爵である。
「私も泊まらせてもらおうかな……」
「公爵様、準備がございませんので」
やだやだ私もお泊りしたい、を、大人、そして貴族に許される範囲でやんわり主張する公爵を、有能執事がやはり使用人に許される範囲で、しかしきっぱりとたしなめた。
公爵と執事だけならこの別荘に泊まれなくもないのだが、公爵がここに留まると公爵や我々を運んできた高級馬車の御者や馬、警備の騎士たちとその愛馬たちなど、そちらの宿や食料についても手配しなくてはならない。
農園の人たちも公爵が命じればなんとかなるかも知れないと言うか、多分なんとかしてくれるとは思うが、ここは王のための農園、そして先々代王妃の別荘である。
そこでムリを通すのははばかられるし、これからキミたちも世話になるのだろうから困らせてはいけないね。
アーダルベルト公爵はそんな聞き分けのいいことを唇に載せ、しかしめちゃくちゃ残念そうにしょんぼりしながら帰って行った。かわいそうだった。
食事ならメガネを頼ってくれればいいし、寝る場所もよく考えたらエルフの家をどっかに出しちゃえばなんとかなったなと思い付いたのはあとになってからだった。一軒家を出して平気な遊んでいるスペースが農園にあるかどうかは解らんが。
執事や騎士たちは一緒だが、公爵だけ帰しちゃって仲間外れみたいに寂しく思ってないかな。心配だな。次に会ったら公爵さんにちょっとだけ優しくしてあげような。
そんなことをチラッと思っていたりしたこともあったが、しかし、やっぱりそこは我々って言うか。
落胆しながら王都へと帰ったはずの公爵と、ぬるっと再会を果たすのは翌日を待たずこの日の夜の結構浅い時間のことになる。
「公爵さん、聞いて。寿限無が王妃の隠し部屋見付けた」
「……いやぁ。今日はもうさすがに君達の顔は見られないかと思ってたなぁ、私」
公爵は、メガネが手掛けた変なデザインのTシャツと足長仕様のジャージのズボンに身を包み、自宅の自室の自分のベッドと言う極めてプライベートな空間でくつろぐ所へどやどやとドアのスキルで遠慮なく急に押し掛けた我々を、しみじみとどこか遠い感じで眺めた。よくある。
慣れないお出掛けで疲れたのだろうか。
まだ午後八時くらいの、大人の夜はこれからみたいな時刻だが、よい子である公爵はもうなんか完全に寝る体勢に入っていたようだ。
我々との早すぎる再会になぜか若干疲れの度合いを深くて、公爵はしかし、スルーしたままにするにはなかなか濃いめのメガネのセリフを遅れて拾う。
「……王妃の隠し部屋? って言った?」
「言った言った。言いました。俺もね、隠し部屋とか嫌いじゃないんで。正直わくわくしてるんですけど、でも隠し部屋って隠してある訳じゃないですか? これ、中見てもいいと思います?」
「そう言う配慮は……あるんだね」
表情にはあまり出さないながら心底意外と言うふうに、公爵は少々歯切れ悪く言葉を選ぶ。
たもっちゃんはそれに、やたらと堂々と「俺もすねに傷があるタイプなんで!」と答えた。なんかすごくはきはきとしていた。
同じく私もすねに傷があると言うか、地球の日本の自宅に隠した本棚の奥の別の意味でのデッドスペースや、押入れのやたらと厳重に封印しておいた珠玉の段ボール箱。そしてなにより各種電子機器に内蔵された記録領域に溜め込んだ、非常にプライベートな闇のことなどをうっすらとした絶望と共に思い出している身だ。
あの辺、どうなったんだろうな……。私がこっちに転居してから。
多分メガネに聞けば解るとは思うが、ものすっごい気になる反面もうずっとこのまま知らずにいたい気持ちも強い。
なんでなんだろうね。
自分のあずかり知らぬところで自らのこれまでの所業、例えその断片だとしても人様に知られているかと思うとこんなことばっかしてた訳じゃないっすからと力いっぱい叫び出したい衝動に駆られる。
法に反することはしてないはずだが倫理に反していないかはちょっと自信ないなと思いつつ、せめて電子機器のほうだけでも一定期間ログインしないと勝手に全部消えるやつ仕込んどけばよかったと私が人知れず後悔している間に、たもっちゃんは興味を示した公爵を連れて別荘のほうへとドアをくぐって移動しようとしていた。
そもそも、偶然が重なった結果ではあるが、別荘で隠し部屋を発見したのはじゅげむだ。
いつの間にか公爵としっかり手をつないだじゅげむは、こっち! と一生懸命に公爵を全身で引っ張る。
スキルでつないだドアの向こうは別荘の二階、王妃のための寝室で、目的の場所はすぐそこだ。
「ここ! です!」
興奮気味にビシッとじゅげむが指さしているのは、本来ならばただの壁。けれども今はぽっかりと、普通のドアを左右に二枚並べたよりもいくらか大きな穴が開いている。
穴と言うか出入り口なのだが、そこにはちょうど穴と同じ大きさの造り付けの棚があり、それが観音開きの扉のように手前に向かって中央からぱかりと開いている状態だ。
ただしなにか魔法が施されているのか、中がどんな様子かは不思議と外から見ることはできない。
かろうじてプライバシーは保護しながらも、出入り口を隠蔽する棚は全開の。
もはや隠すつもりが微塵も感じられないその様に、公爵は困ったように首をかしげた。
「これ、最初からこうなってた訳ではないよね?」
「最初は普通の棚っぽく閉じてましたね」
たもっちゃんがうなずきそう答え、それがさ聞いて。と、じわじわとした笑いを浮かべて隠し部屋発見の顛末を語った。
我々が、公爵さんどうしよう、とドアのスキルで公爵家の寝室へ押し掛けるより少し前。
変な時間にピザを食べたので夕食はそれぞれ控えたり軽く済ませたりして片付けて、明日の朝はパン焼くからなと農園所属の青年と約束し帰宅させた我々は、とりあえず今夜寝る場所をどうするか話し合っていた。
まあ正直話し合うと言うか、別荘の二階を回って主寝室や客室をきゃっきゃと探検していただけに近い。
主寝室は王妃の居室でもあるらしく、素朴だが品のよいおもむきがあった。
ほかより広いその部屋で今日はみんなでここに泊まって恐い話でもしましょうよなどとロクでもない提案を私がしていると、大人が四、五人横になれそうな大きなベッドの上側の、やわらかな薄布が幾重にも垂れ下がる夢のような天蓋をふわわと見上げていたじゅげむがなにかに足を取られて転びそうになった。
ちょうど近くにいたメガネがなんとかじゅげむは支えたものの代わりに自分のバランスを崩し、なぜか手近な私をつかんだ。お陰で難を逃れたメガネの代わりに今度は私が転び掛け、なんかそこにいた金ちゃんと言う肉壁に衝突ののち弾き返された勢いで、吹っ飛ばされたカエルのように壁の棚へびたりとぶつかり床の上に落ちることになる。ひどい。
なお、潰れたカエルから人間に復帰した私の第一声は、「たもっちゃんさあ!」である。




