463 王妃のための
いやあ。
さすが王家の持ち物は由緒正しすぎてもう、付いてるいわくが具体的すぎるもの。
おっかねえな王家は。
高貴なる嫁と姑の確執から生まれた空き別荘をうっかり貸し出されてしまい、しかし私は逆にどうでもよくなってしまった。
選ばれし農家さんたちにより丹精込めて栽培された草もむしっていいって言うし、季節の収穫物はもらえるって言うし、いいじゃない。もらえるものはもらっておけば。
冷静になって考えてみれば保湿クリームの褒賞に家はもらいすぎなのだが、もらうって言うか借家だけども。
そもそも家がいわく付きであることに加え、できればこれからも継続的に保湿用品を王室へ納入してくれるとうれしいな。と言う、王様の下心込みでごほうびがやたらと過剰になっているらしい。
しかもこの、絶妙に「いらねえもん押し付けやがったなあいつ」みたいな気持ちが誘発されることにより、なんとなく遠慮しなくてもまあいいかみたいに思わせるやり口。
もしもこれが計算ならば、なかなかの策士ですよ王様ってやつは。
なんかやべえなと言うこの困惑の印象は、私の中でなかなか消化し切れないものだったようだ。
また王様と顔を合わせた時に、別荘のエピソードが強すぎて普通にごほうびを受け取ってしまったと、感心と文句がないまぜの気持ちがぽろりとこぼれたのはそのためだろう。
王様は「えっ……? あっ、そう。うん。完璧な……えぇと、あれ。そう、策略」と、意外なことにおどろきつつもなんか都合がよさそうなので乗っかったみたいな相づちを打ち、同席していたアーダルベルト公爵を死ぬほど笑わせたりしていたがきっとあれも完成度の高すぎる演技に違いない。
いや、こう言いながら私も全然信じてないが。ど天然じゃねえか。
どうにも素直にはよろこべない物件の、玄関の鍵は手の平ほどに大きく重い錆びたような金属で、アンティークっぽい飾りの付いたものだった。
ゲームのアイテムとして出てきそうなそれを農家の青年が取り出して、両手に載せるようにして公爵家の執事へと差し出し、日傘をたたんで腕に下げた執事は白い手袋をはめた手ですぐに主人へと受け渡す。
そうして回ってきた鍵を、アーダルベルト公爵は「はい」とこちらにバトンのように渡そうとしてきた。なんでや。
「ええっ、嫌です!」
なんと言うことをするんだと瞬時に拒絶した私に対し、公爵は蜜色の髪をとろりと揺らして首をかしげる。
「この別荘は君への褒美だ。一番に開けるのは主の役目だよ」
「いや、主じゃないんで。借家なんで。なんかこう、開けたらそこから家賃発生しそうじゃないですか? 破産しちゃう。やだー」
褒賞として別荘が貸されたはずなので家賃は多分発生しないとは思うが、なんかこう立派な建物を見ているとどうしても不安になるって言うか。
小市民の本能なのだろう。可能な限り責任を全力で回避したい私に、アーダルベルト公爵は言う。
「王はそんな騙し討ちの様な真似はしないよ。外交上でしか」
「急に恐い話始めるのやめてもらえます?」
外交上ではあるのかよ。
やだあ、王様にはできるだけ優しくするかなるべく近付かんとこ。みたいなことを口走る私が公爵をやたらと笑わせて、有能執事と農家の青年が「あっ、あんな所にめずらしい虫」とばかりに顔をそむけて聞いてないフリをする間に、話が長いと飽きたメガネが公爵から鍵をもらってさっさと別荘のドアをガチャリと開けた。
よくやった。
これで万が一家賃が発生しても、支払うのはメガネだ。法的根拠はないけども。
農地を突っ切るように歩いてきた体を休憩を終えたレイニー先生に魔法で洗浄してもらい、ぞろぞろとメガネのあとに続いて入ると建物の中は薄暗くなんだか空気もひんやりとしていた。
農家の青年がやはりレイニー先生の洗浄魔法を浴びせられ、強制ではあるものの一応綺麗にしてもらったことにぺこぺこと頭を下げてから別荘の中を回ってカーテンや透明なガラスの窓を開けて行く。
すると風と光が建物の中に満たされて、はっとするほど印象が明るく塗り替わる。
「手入れはずっとしてたので、すぐお使いになれると思います」
てきぱきと働きながらに青年が言って、長く主が不在の家の中、家具にかぶせた大きな布を次から次に取り払いまとめてかかえて忙しそうにどこかへ消えた。
先々代の王妃のための別荘は、素朴な造りでありながらやはり内部も品よく洗練されていた。
玄関を入ってすぐは吹き抜けのホールになっていて、クリーム色の土壁に柱や梁の太い木組みがまるでシンプルな装飾のようだ。
その空間の片側からは二階へ伸びる階段があり、吹き抜け側に開いた形の廊下と手すりが玄関からも見えている。
一階は主に、この玄関ホールと食堂や厨房、玄関扉の対面のクリーム色の土壁に切られた出入り口の向こうに独立したリビングで構成されていた。
ほこりよけの布の取られた家具の並ぶリビングは、庭に面した壁側に大きく透明な窓があり直接外へも出られるようだ。
家の裏に広がる庭もまた小さな花の芝生が可憐に足元を埋め尽くし、日陰を作る背の高い木やあちらこちらに自然に咲いたかのように様々な花が咲いていた。芝生と地面の向こうには人一人が通れる程度の桟橋があり、水の上へと張り出している。先ほど農園で見た池が、こんな所までつながっているのだ。
植物に一度当たってやわらかく差し込む明るい光とか、森と池を通り抜けさわやかに吹きよせる涼やかな風とか。
そしてそれらが開け放たれた大きな窓から贅沢なくらいに室内にあふれて、なんかもうこれ、どうしよう。
「べっそーじゃん」
「別荘だよ」
語彙力をなくして当たり前のことしか言えなくなった私に、リビングのソファで優雅にくつろぐアーダルベルト公爵がうなずく。
この不毛すぎる会話は別荘に対してなんかすごく別荘っぽいとしか言えない私が多分完全に悪いが、それにしても公爵この空間にめちゃくちゃ似合う。
生活ではなくゆっくりするために整えられた家の中、私はすっかり雰囲気に飲まれた。
見た感じだけならこれも全然違和感のないレイニーの隣でソファに座り、ぼんやりふええとすごしているとメガネと執事がお茶とお菓子を持って現れる。
「ねぇ、ここ結構ちゃんとしたキッチンあるよ。薪で使うオーブンもあってさ、パンとかピザも焼けるよ多分」
「へぇ、いいね。私、まだピザって言うの食べさせてもらってないかな」
素早く探検に出ていたらしいメガネに、かいがいしい執事のお世話を受けながら公爵が顔を輝かす。公爵の顔は大体いつも輝いているが、これはおねだりの輝きのようだ。
たもっちゃんは少しだけしかめたような表情で、はっとした様子で公爵を見る。
「あれっ? そうでしたっけ? それはよくないですね。すいませんでした。焼きましょう」
「そうですね、いけません。すぐに焼かなくては」
そして、すかさずこの流れに乗ったのはレイニーである。多分だが、自分もピザが食べたくなったのだろう。
麦わらみたいな帽子の代わりに手頃な布を頭に巻いて掃除道具を手にして戻った青年に、厨房を使っていいかたずねると畑で育てる季節の野菜をもらえることになる。
農家の青年にくっ付いて畑にお手伝いに行ったメガネとじゅげむと金ちゃんは、両手や背中のカゴいっぱいに野菜をもらってなんかやたらと青年と仲よくなって戻った。
「見て。すごいもらった。ぴちぴちの野菜いっぱいもらった」
「みて。ぼくもおてつだいした」
たもっちゃんとじゅげむが若干はあはあしながらに野菜を見せ付けてくる後ろでは、金ちゃんに背負わせた大量の野菜を農家の青年がていねいに下ろしてくれている。
金ちゃんは金ちゃんで新鮮ななんらかのお野菜をすでにそのままボリボリかじっているのだが、そんなワイルドな姿さえも青年はなんだかまぶしいような表情で見ていた。
どうしたのかと思ったら、畑での金ちゃんの働きぶりにときめいてしまっていたらしい。
「トロールって言うのは、随分よく働くものですね。力は強いし、子供の言う事も聞く。うちにもいたら助かるだろうなあ」
感心しきりと言った様子で金ちゃんをほめそやす青年に、私は「そうでしょ」と腕組みしながら仁王立ちで胸を張る。
石窯はあたためるのに時間が掛かるので先に火を入れていて、その番に残っていたレイニーと私は金ちゃんの活躍を見れてない。
でもなんとなく金ちゃんのほまれは私の手柄みたいな気持ちでキリリと気分よくうなずいていると、すぐ横でじゅげむもキリリと「そうでしょ」と腕を組んで仁王立ちしていた。




