462 ごほうび
まだ六ノ月の始まりで、雨季には少しだけ間があった。
異世界の季節はいまだ春ではあるが、日差しはうららかでありながら少し汗ばむくらいには強い。
それでも日が暮れ夜になったら急に寒くなったりと全然油断ならないのだが、まあつまり、王様からのお招きがあったのはそんな時期のことだった。
いよいよ、ごほうびと言う名の保湿クリームの謝礼的なものもらう時がきたのだ。
とは言え、招かれたのは王城ではなかった。
ではどこかと言えば、庭である。
いや、荘園と呼ぶものなのかも知れないし、王室が所有するゆえに少し特別な農園と言ったおもむきでもあった。
それは王都の壁の外側の、王のおわす城や都市から遠すぎず、近すぎもしない場所。忙しい王が喧騒を離れ、たまに立ちよるのにちょうどよさそうな位置にある。
初夏かと疑いたくなるようななかなかの太陽が降りそそぐ、王のための農園は緑にあふれて隅々までよく手入れされていた。
土はこえてやわらかく、果実を実らせる木々が互いに栄養を奪い合わないように余裕を持った配置を考え植えてある。枝ぶりもムダなく剪定されて、今が収獲シーズンのものには栄養と人の手間を吸い取って丸々と太った果実が付いているのが見られた。
グワグワと騒がしいほうへ目をやればアヒルによく似た何羽もの家禽が好き勝手に歩き、その向こうには恐らく人工の池。
貯水池をかねているのか水の範囲は結構広く、その片隅には水生植物の清らかな花や円形の葉っぱ、そしてデート用みたいな小じゃれたボートが水面に浮かぶ。
池の向こうにもさもさと広がるのは王が狩りをするための森なのだそうで、ここまでくるともはや風光明美ですらある。
また、地上の農園へ視線を戻せばレンガで囲った花壇があちらこちらにあって、様々な草や薬草や花や草や草とか草が育てられていた。これもふくふくとよく肥えて、大森林は別としてその辺で見る野生の草と比べると葉っぱの大きさが倍以上違う。
なんだここはパライソか。草の。
人の手により育て守られた、野草とはまた違う緑にこれでもかと囲まれ、私はどうしたらいいのか解らない気持ちではわわと同行者たちを振り返る。
「すごい」
「リコ、落ち着いて。これ人の草。お金に換算したみたいな顔見せちゃダメ」
場所によってはむしってはいけない草もあるのだと、私をたしなめるメガネの後ろで金ちゃんがその辺の木から丸々としたなんらかの実をもぎ取って周りが「あっ」と言っている間に素早くかぶり付いていたのだが、もしかしたら私もああ言う感じに見えていたのかも知れない。やだマジ傍若無人じゃん。
さすがに、私も文明人として人様の庭の収穫物を勝手に取らないくらいの常識はある。あると思う。多分。
しかしそれを主張する前に、とりあえずメガネや一番近くにいたからか責任を感じているじゅげむと共に必死でぺこぺこと謝った。
相手は王の庭を管理する、選ばれし農家たちである。
我々を案内するために集まっていた彼らは麦わらっぽい帽子を脱いでくしゃくしゃの頭をよせ合うと、困惑にひそひそととしたあと一人の青年を突き飛ばすように押し出した。
そうして軽くつんのめりながら我々の前に出てきた青年は、どうやら今のやり取りで面倒な役目を押し付けられてしまったらしい。
つまりは我々の相手だが、彼は片手で麦わら帽子を胸に抱き、ぐしゃぐしゃの自分の頭をもう一方の大きな手でかきへらりと笑う。
「えーと……あー、大丈夫ですよ。収獲は王に献上しますが、全部ではないし、出来の悪いものははじくので」
「うっ、優しい」
むりくり大丈夫って言ってるような感じもするが、許しを欲していたメガネと私は胸を押さえて片膝を突いた。ありがたい。
急に崩れ落ちた我々に、さすがに付いてこられなかったじゅげむが「えっ、えっ、だいじょうぶ?」と無垢に心配する横から、「大丈夫だよ」と安心させているのはなぜか当事者の我々ではなくアーダルベルト公爵だった。
めずらしく王都の外までお出掛け中の公爵は、なにが違うのかよく解らないながらに普段とは別の、森歩き用に仕立てたアクティブな服を着て随伴している有能執事に日傘を差し掛けられている。優雅。なんかすげー貴族っぽいじゃん。
日傘だけならレイニーも同じようなものだが、奴はすでに我々のそばから離脱して農園の中にちらほら見られる休憩用のあずまやで一人勝手にくつろいで完璧に日差しを避けているところだ。
最初の頃にはレイニーが私を引きずって歩くこともあったのに、今ではこのていたらく。あまりにも我々に染めすぎてしまった。
なんでなんだろうね。
そんな姿を見ていると、団体行動を乱すなと中学の修学旅行でメガネや私に手を焼いていたクラス委員をやけに懐かしく思い出してしまう。元気かな。元気だといいな。ごめんやで、あの時は。全然話とか聞かなくて。
レイニーを見て我が身のサビをしみじみ反省していると、公爵が「では行こうか」とひざまずくメガネや私をうながした。
我々は王の農園に入ってすぐの、木や草や花であふれた農地の辺りですでにはわわとなっていたのだが、本題はまだこれからだ。
アーダルベルト公爵がわざわざ足を運んでいるのもその本題のためであり、農夫の青年に案内されてぞろぞろと移動した先はしばらく歩いた農園の一角。
やはりよく手入れされた庭先は豊かな草木で緑にあふれ、足元は芝生のようでありながら小さく愛らしい花が散らばるように付いていてもうなんか踏むのさえ恐い。
庭木をうまく配置して農地からうまく切り離し、そこだけまた別の庭としてある空間の、真ん中に建っているのは田舎ふうでありながらどこか洗練された一軒家だった。
その家を前にして、手にした筒状の書状を開いて示しながらに公爵が言う。
「王家の所有するこの家と庭を、王が君達に褒賞として貸し与えてくださるそうだよ」
このために王からの書状が届けられたのは、一昨日のことである。
うやうやしげに公爵家へと現れた使者は、二通の書状を持っていた。
一通は私に渡されて、中には「ほうびを決めたので詳しくはアーダルベルトに聞くように」とあり、もう一通は公爵へ。そちらにはくだんの家を貸すことに決めたと言うことと、その案内を任せると書いてあったようだ。
なんで公爵に頼むのかなとは思ったのだが、実際きてみてなんとなく解った。
さすが王の農園だけあって、警備は騎士だし農園の入り口には検問があり割と厳しめの職務質問を受けた。
多分だが、我々だけではこの家どころか農園の中にも入れなかった可能性が高い。
なお、本当は王様が自分で案内しようと考えていたらしいが、そうすると王妃様と武者姫が張り切って同行しようとするのでそれはそれで話が大きくなるし逆に迷惑になるかと思った。ごめんね。みたいな内容が、私のほうのお手紙にあった。王様、もしかするといつも苦労してるのかも知れない。
で、アーダルベルト公爵である。
いたずら心かなんなのか、公爵は王が貸し与えてくださると言うこの家にくるまで、ごほうびの内容を全然教えてくれていなかった。
そのせいで、私は今、引き気味のおどろきに大変混乱させられている。
「家? 王様の家と庭? 貸すとは?」
「本当は与えたかったそうだけど、先々代の王妃のための別荘だからね。さすがに譲るのは無理だった様だ」
「その家に他人住ませちゃダメじゃない? ねえ。先々代の王妃の別荘だとしたら、先代の王妃経由で今の王妃様が所有するのが筋じゃない? ねえ」
「いや、それが難しくてね。先々代の王妃と先代の王妃……今の王のお婆様と母君に当たられる訳だけど、このお二人の仲がそれはもう悪くて。お婆様はとうに亡くなって、今は隠棲しておられる母君も絶対にこの別荘には近寄りもしない。こうなると母君の手前、王や王妃が利用するのも憚られる。と、そう言った事情で手入れはされているものの長年放置されていて……」
「めちゃくちゃ持て余してる物件じゃねえか」
そうなってくるともうなんか、最初の感じと話が全然違ってくるぞ。
ここまで案内してくれた農家の青年が、ずっとへらへら困った感じを出しているのも我々を扱いかねていると言うより、物件持て余して参ってますみたいな顔に見えてくる。
「ええー……」
いやこれどうすんだよと思ったが、家と草に罪はない。
王都からもそこそこアクセスのいい立地であるし、外から王都に入りたい時にここのドアを使わせてもらえば便利かも知れない。
あと、別荘は王家の農地の一角にあるので管理は王様おかかえの農家の人たちがしてくれて、こちらは好きに遊びにきたり、季節の草や収穫をもらったりしていいらしい。
なぜなのか。
ごほうびをもらったはずなのに、至れり尽くせりがすぎていることさえ物件をどうにかしたいだけの強い意志に感じる。




