↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

白銀樹の下で

 

 森を進む一行を、重苦しい沈黙が包んでいた。


 エルフ達は一定距離を保ちながら、ワイルドハントを囲むように移動している。

 こちらが下手な行為に及ぼうとすれば、すぐさま弓による狙撃に合うだろう。あるいは、杖を持っているということは魔法を扱うのだろうか。


 護衛。

 というより監視であることは誰の目にも明らかだった。


 先頭を歩くエルフィアは、一度たりとも警戒を解いていない。腰の剣へ添えられた手が、それを物語っていた。


 バスティオンが鼻を鳴らす。


「随分な歓迎だな」


「人間種を聖域へ招き入れた前例はありません」


 エルフィアが振り返りもせず答えた。


「当然の対応です」


「へいへい」


 バスティオンは肩を竦める。


「怖ぇなら正直に言えって」


 周囲のエルフ兵達が一斉に殺気立った。

 弓を握る手に力が入り、空気が張り詰める。


「バスティオン」


 レイヴンが短く制する。


「……了解」


 不満げに頭を掻きながら、バスティオンは黙った。その後ろで、アルメイサが小さくため息を吐く。


「相変わらず短気だねぇ」


「誰のせいだと思ってんだ」


 バスティオンが睨む。


「異世界人だったとか聞いてねぇぞ」


「聞かれなかったし」


「そういう問題か?」


 アルメイサは眠たげな目のまま、面倒そうにフードを被り直した。

 だがもう、エルフであることは隠しきれない。


 エルフ兵達の視線が、何度も彼女へ向く。


 畏怖。


 困惑。


 そして戸惑い。


 死んだ筈の王族。

 その帰還は、彼女らにとっても現実感が薄かった。


 バスティオンはそんな空気に耐えられず、アルメイサへ疑問をぶつける。


「お前、本当に姫だったのか?」


「元、かな。お飾りの姫、みたいな?」


「軽っ」


 バスティオンが思わず突っ込む。


 アルメイサは悪びれもしない。


「まぁ、昔の話だし」


 レイスが静かに口を開いた。


「つまり貴女は、幼少期にこちらの世界から日本へ?」


「多分ね」


「多分?」


「落ちたら裂け目があって、そのまま向こうに出た」


「説明雑すぎんだろ……」


 バスティオンが呆れる。

 だがアルメイサ自身、詳細を覚えていないのだろう。


 当時を思い出し、瞳に僅かばかりの翳りが映る。


「気付いた時には研究所だったし」


 人体実験施設。

 そこが、彼女の始まりだった。

 ワイルドハントの中にも人体実験の被験者はいて、何をしてきたのかは誰も語りたがらない。


 エルフィアも僅かに目を細める。


 だが何も言わない。


 アヴェンジャーが低く問う。


「……何故、正体を隠していた」


 アルメイサは少し考えた後、苦しげな笑顔で答えた。


「姫とか嫌いだったから」


 森を吹く風が、銀髪を揺らす。


「毎日お勉強。礼儀。政治。魔法。王族としての在り方」


 気怠げな声。

 だがそこには、僅かな息苦しさが滲んでいた。


「つまんなかったんだよね。だから逃げ出したんだ。もっと広い世界を見てみたいって」


「……家出願望か」


「そんな感じ」


「で、本当に異世界まで行く奴があるかよ」


 バスティオンが笑う。

 アルメイサも少しだけ笑った。


「でもまあ、結果的には夢叶ったし?」


「人体実験付きでな」


 バスティオンが返す。


「まあでも君達と出会えてよかったとは思っているよ」


「そりゃありがたいこった。お姫様」


「次その呼び方したら風穴あけるから」


 短いやり取り。

 だが、少しだけ空気が和らいだ。その様子を、エルフィアは複雑な表情で見ていた。

 王族である筈の少女が、粗暴な人間達と軽口を叩き合っている。かつての聖域では、考えられない光景だった。


 各々の感情が渦巻く中で、ふいに、レイヴンの視界が揺れる。


 未来視の残滓が、一瞬を映した。


 森の奥にて慟哭を上げる狼は、空間の亀裂へと去っていった。


「……隊長?」


 レイスが気付く。


「問題ない」


「問題ある顔してますよ」


 レイスの声には、珍しく苛立ちが混ざっていた。


 レイヴンは返さない。

 代わりに前を見る。


 そして、一行の足が止まった。


「……なんだ、あれ」


 バスティオンが低く呟く。


 森が開けていた。


 その中心に、巨大な白銀樹がそびえ立っている。


 天を貫くほどの巨木。


 淡く発光する枝葉。


 根は大地そのものへ広がり、都市全体を包み込んでいた。


 樹と都市が一体化している。


 エルフィアが静かに告げる。


「聖域──アルヴヘイム」


 森林の最奥に築かれた白亜の建築。


 枝を渡る吊橋。

 宙を漂う光球。


 そして都市全体を覆う、半透明の光の膜。


 レイスが目を細めた。


「あれはなんですか?」


「崩壊粒子の侵入を抑制する結界魔法です」


 エルフィアが答える。


「完全ではありませんが」


 その声音には、僅かな陰りが滲んでいた。

 聖域ですら、崩壊獣の侵食を防ぎきれていないようだった。


 一行が都市へ近付くにつれ、周囲の空気が変わっていく。


 老いたエルフが、その場で膝をついた。

 ある者は涙を流し。

 ある者は、まるで災厄でも見るようにアルメイサを見つめていた。


 ざわめきが広がる。


「まさか……」


「第二王女……?」


「生きて……?」


 アルメイサは露骨に嫌そうな顔をした。


「帰りたい……」


「もう遅いですよ」


 エルフィアが冷たく返す。


「銀枝会は既に貴女の帰還を知っています」


 その瞬間。


「......最悪」


 アルメイサの表情が、初めて明確に曇ったのだった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。