白銀樹の下で
森を進む一行を、重苦しい沈黙が包んでいた。
エルフ達は一定距離を保ちながら、ワイルドハントを囲むように移動している。
こちらが下手な行為に及ぼうとすれば、すぐさま弓による狙撃に合うだろう。あるいは、杖を持っているということは魔法を扱うのだろうか。
護衛。
というより監視であることは誰の目にも明らかだった。
先頭を歩くエルフィアは、一度たりとも警戒を解いていない。腰の剣へ添えられた手が、それを物語っていた。
バスティオンが鼻を鳴らす。
「随分な歓迎だな」
「人間種を聖域へ招き入れた前例はありません」
エルフィアが振り返りもせず答えた。
「当然の対応です」
「へいへい」
バスティオンは肩を竦める。
「怖ぇなら正直に言えって」
周囲のエルフ兵達が一斉に殺気立った。
弓を握る手に力が入り、空気が張り詰める。
「バスティオン」
レイヴンが短く制する。
「……了解」
不満げに頭を掻きながら、バスティオンは黙った。その後ろで、アルメイサが小さくため息を吐く。
「相変わらず短気だねぇ」
「誰のせいだと思ってんだ」
バスティオンが睨む。
「異世界人だったとか聞いてねぇぞ」
「聞かれなかったし」
「そういう問題か?」
アルメイサは眠たげな目のまま、面倒そうにフードを被り直した。
だがもう、エルフであることは隠しきれない。
エルフ兵達の視線が、何度も彼女へ向く。
畏怖。
困惑。
そして戸惑い。
死んだ筈の王族。
その帰還は、彼女らにとっても現実感が薄かった。
バスティオンはそんな空気に耐えられず、アルメイサへ疑問をぶつける。
「お前、本当に姫だったのか?」
「元、かな。お飾りの姫、みたいな?」
「軽っ」
バスティオンが思わず突っ込む。
アルメイサは悪びれもしない。
「まぁ、昔の話だし」
レイスが静かに口を開いた。
「つまり貴女は、幼少期にこちらの世界から日本へ?」
「多分ね」
「多分?」
「落ちたら裂け目があって、そのまま向こうに出た」
「説明雑すぎんだろ……」
バスティオンが呆れる。
だがアルメイサ自身、詳細を覚えていないのだろう。
当時を思い出し、瞳に僅かばかりの翳りが映る。
「気付いた時には研究所だったし」
人体実験施設。
そこが、彼女の始まりだった。
ワイルドハントの中にも人体実験の被験者はいて、何をしてきたのかは誰も語りたがらない。
エルフィアも僅かに目を細める。
だが何も言わない。
アヴェンジャーが低く問う。
「……何故、正体を隠していた」
アルメイサは少し考えた後、苦しげな笑顔で答えた。
「姫とか嫌いだったから」
森を吹く風が、銀髪を揺らす。
「毎日お勉強。礼儀。政治。魔法。王族としての在り方」
気怠げな声。
だがそこには、僅かな息苦しさが滲んでいた。
「つまんなかったんだよね。だから逃げ出したんだ。もっと広い世界を見てみたいって」
「……家出願望か」
「そんな感じ」
「で、本当に異世界まで行く奴があるかよ」
バスティオンが笑う。
アルメイサも少しだけ笑った。
「でもまあ、結果的には夢叶ったし?」
「人体実験付きでな」
バスティオンが返す。
「まあでも君達と出会えてよかったとは思っているよ」
「そりゃありがたいこった。お姫様」
「次その呼び方したら風穴あけるから」
短いやり取り。
だが、少しだけ空気が和らいだ。その様子を、エルフィアは複雑な表情で見ていた。
王族である筈の少女が、粗暴な人間達と軽口を叩き合っている。かつての聖域では、考えられない光景だった。
各々の感情が渦巻く中で、ふいに、レイヴンの視界が揺れる。
未来視の残滓が、一瞬を映した。
森の奥にて慟哭を上げる狼は、空間の亀裂へと去っていった。
「……隊長?」
レイスが気付く。
「問題ない」
「問題ある顔してますよ」
レイスの声には、珍しく苛立ちが混ざっていた。
レイヴンは返さない。
代わりに前を見る。
そして、一行の足が止まった。
「……なんだ、あれ」
バスティオンが低く呟く。
森が開けていた。
その中心に、巨大な白銀樹がそびえ立っている。
天を貫くほどの巨木。
淡く発光する枝葉。
根は大地そのものへ広がり、都市全体を包み込んでいた。
樹と都市が一体化している。
エルフィアが静かに告げる。
「聖域──アルヴヘイム」
森林の最奥に築かれた白亜の建築。
枝を渡る吊橋。
宙を漂う光球。
そして都市全体を覆う、半透明の光の膜。
レイスが目を細めた。
「あれはなんですか?」
「崩壊粒子の侵入を抑制する結界魔法です」
エルフィアが答える。
「完全ではありませんが」
その声音には、僅かな陰りが滲んでいた。
聖域ですら、崩壊獣の侵食を防ぎきれていないようだった。
一行が都市へ近付くにつれ、周囲の空気が変わっていく。
老いたエルフが、その場で膝をついた。
ある者は涙を流し。
ある者は、まるで災厄でも見るようにアルメイサを見つめていた。
ざわめきが広がる。
「まさか……」
「第二王女……?」
「生きて……?」
アルメイサは露骨に嫌そうな顔をした。
「帰りたい……」
「もう遅いですよ」
エルフィアが冷たく返す。
「銀枝会は既に貴女の帰還を知っています」
その瞬間。
「......最悪」
アルメイサの表情が、初めて明確に曇ったのだった。




