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死者の価値


 悲鳴はまだ続いていた。

 瓦礫の街へ反響する子供の叫び声。

 叫び尽くし、掠れた声だった。

 長くは持たないだろう。


 ワイルドハントの面々は足を止めていた。

 黒煙が流れる空の下、誰もすぐには動かない。


「……どうしますか」


 アヴェンジャーが低く問う。

 レイヴンは煙の向こうを見つめたまま答える。


「放置する」


 即答だった。

 レイスが顔を上げる。


「え……」


「任務外だ」


「でも、子供が──」


「助ける理由にはならない」


 空気が凍てつく。


 レイヴンの声に感情はない。本当に理解できていない響きだった。


「救助へ向かえば損耗率が上昇する。補給が少ない現状、助けるという選択肢は合理的じゃない」


 レイスが唇を噛む。


「そんなの……それじゃ機械と同じですよ!」


「違いが必要か?」


 あまりにも自然な返答にレイスは言葉を失う。

 バスティオンが苛立ったように舌打ちした。


「相変わらずだなお前は」


「事実を言っただけだ」


「普通は助けに行くんだよ」


「普通?」


 レイヴンは僅かに首を傾げる。


「ここに普通の人間がいるのか」


 沈黙。


 誰も返せなかった。


 戦争。


 人体実験。


 兵器化。


 この場にいる全員が、既にどこか壊れている。

 正常な者など、1人もいない。


「……行くぞ」


 レイヴンが歩き出す。

 迷いのない足取りは、まるで悲鳴など最初から聞こえていなかったかのよう。


「……隊長の判断は正解だったかもね」


 グリードがぼそりと呟き全員の視線が向く。


「何がだ」


「死んじゃったよ、向こうの隊。全滅」


 グリードの言葉に呼応するように、遠くで銃声が途切れ耳にまとわりつく悲鳴も止んだ。


 静寂。


 風だけが瓦礫の街を抜けていく。


 レイスの顔が青ざめる。


「そんな……」


 次の瞬間、レイヴンの左眼が激しく痛み、最悪を知らせた。


「......ッ!」


 “嫌な未来”が見える


「──伏せろ!!」


 レイヴンの指示と同時に、あたり一体が爆発した。


 轟音。


 粉塵。


 瓦礫を突き破り、四脚型兵器群が躍り出る。


 ハウンド。


 一体ではない。


 二十機はくだらないだろう群れ。

 赤い光学センサーが、一斉にワイルドハントを捕捉した。


「お前らは体勢を整えろ!!」


 バスティオンが咄嗟に飛び出す。

 弾丸がバスティオンの義手装甲を削る。

 だが止まらない。ワイルドハント絶対の盾が死地を切り拓く。


「どけェッ!!」


 右腕装甲が展開される。


 先の戦闘の負荷はあるがそんなことを言ってられる状況ではない。


 軋む装甲が再び限界まで加圧を始め、拳打(バンカーフィスト)がハウンドを破砕した。

 衝撃は伝播し、複数のハウンドを巻き込む。


 赤いセンサーが砕け散る。


 舞い散る火花。

 滴るオイル。


「ッ゛……!!」


 バスティオンが苦悶の表情を浮かべる。

 右肩から先へ激痛が走る。


「さすがに連発はキツイな」


 義手接続部から血が滲む様子を見てレイスが叫ぶ。


「無茶しすぎだよ!」


「前出なきゃお前らが死ぬだろ!!」


 その横を、レイヴンが駆け抜ける。


「よくやった」


 弾道が見える。


 跳躍位置が分かる。


 敵がどこを狙うか、最初から理解できた。


 機銃弾の雨。


 しかし、レイヴンには当たらない。

 いや、当たる場所へ最初から立っていなかった。


 義足が地面を砕き、一瞬でハウンドの間合いへ侵入する。

 ハウンドは懐に侵入したレイヴンを押し潰そうとするが、その未来を、レイヴンは既に視ていた。


 回避。


 すれ違いざま、コンバットナイフが装甲の薄い関節部へ滑り込む。


 切断に成功。


 体勢を崩したハウンドへ拳銃を押し付ける。


 発砲。


 センサー部が吹き飛んだ。


「……相変わらず凄まじい戦闘能力だな、我らが隊長は」


 アヴェンジャーが戦いながら呟く。


 レイヴンは答えない。

 ただ敵機を破壊する、それだけだった。

 そこに生死の感情は介在しない。


 恐怖はない、高揚もない、敵を壊す。

 ただそれだけ。


 このまま敵を破壊し尽くすはずだった。

 しかし、そんな未来が訪れることはなかった。


 不意に、全ハウンドの動きが停止する。

 赤いセンサーが一斉に空を向いた。


「……なんだ?」


 アヴェンジャーが息を呑む。


 空。


 黒煙の向こう。


 そこに、巨大な“亀裂”が走っていた。


 空間そのものが割れている。


 紫色の光が脈動していた。


 レイヴンの左眼奥が焼けるように熱を持つ。

 頭痛、そして視界が歪む。


 “見えてしまった”


 裂け目の向こう側から覗く巨大な影。


 人ではない何か。理解できない形。


 それが、こちらを見ていた。


 グリードが小さく呟く。


「……あーあ」


 眠たげだった少女の瞳から、初めて感情が消えた。


「開いちゃった」

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