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極東戦争

 極東海域―南シナ海。


 かつて“世界の物流動脈”と呼ばれたその海は、今や無数の艦影と監視衛星に支配されていた。


 中国海軍南部戦区は、一週間前から海域通行管理を宣言。


 名目は海賊対策。


 だが実態は違う。


 日本籍タンカーの臨検。

 貨物船への航路変更命令。

 通信妨害。

 そして、拿捕。


 海は静かに封鎖され始めていた。


 ──────────


 日本時間、午前四時二十七分。


 海上自衛隊護衛艦〈あさぎり〉は、南西海域で民間輸送船団の護衛任務についていた。


 雨。


 視界不良。


 荒れた波が艦体を叩き、護衛艦〈あさぎり〉は大きく揺れていた。


「不明機接近。距離六千、速度上昇中」


 オペレーターの急を告げる報に艦橋に緊張が走る。


 艦長は双眼鏡を急いで下ろした。


 暗い海面。

 その向こうに、灰色の艦影。


 雨の帳の向こう。

 黒い海面に、巨大な艦影が浮かんでいた。


 平面化された艦橋。

 鋭角的な船体。

 闇の中でも分かる異様な威圧感。


 中国海軍055型駆逐艦。

 その後方にも艦影が浮かぶ。


 大型揚陸艦。


 その数──三。


「多すぎる......」


 艦長が呟いた。

 直後、警報が鳴り響く。


『レーダー照射を確認』


 艦橋の空気が凍った。


「艦長ッ!」


「落ち着け。まだ撃つな」


 艦橋の誰もが理解していた。

 真正面から撃ち合えば、勝てないことを。


 そして、夜空を白い光が横切った。


 高速飛翔体。


 次の瞬間、護衛艦後部で爆炎が噴き上がる。


 轟音、衝撃、そして怒号。


 無慈悲なる鏖殺は瞬きの出来事だった。


 誰も、“どちらが先に撃ったのか”を確認できなかった。


 死人に、語る口は無いのだから。


 ────────────


 その日を境に、世界情勢が一変した。


 衛星通信障害。


 大規模サイバー攻撃。


 金融混乱。


 海底ケーブル切断。


 日・中は互いを非難し、艦隊を動かし、戦闘機を飛ばした。


 そして三週間後、極東戦争が始まった。


 開戦から暫くして、世界各地で正体不明の空間振動が発生。各国政府はこれを中国の新型兵器による攻撃と宣言した。


 極東戦争。


 中国と日本による5年に及ぶ長期消耗戦。


 開戦当初、アメリカ合衆国は介入を試みた。

 しかし、タイミングを見計らったかのような国内暴動と大規模な通信障害によって太平洋戦力は混乱。

 各国もまた自国防衛へ移行し、極東は孤立した。


 戦争は終わらなかった。


 兵士は減り続け、都市は崩壊し、日本は人間を使い潰していくしかなかった。


 だから日本は、世界中から戦災孤児を集めた。


 全てを失った子供たちを教育して、兵器として戦地へ投入する為に。


           ▼△


 部屋には消毒液の臭いが染み付いていた。


 薄暗い蛍光灯、耳障りな換気扇の音、コンクリート建材に四方を囲まれた無機質な空間。


 5人の子供たちが、等間隔に並べられた椅子へ座らされている。


 誰も喋らない。

 視線すら合わせない。


 痩せ細った腕、火傷痕、包帯、義肢。


 ここへ来るまでに何を失ったのか。

 そんなものは、失意の底へ沈んだ瞳を見れば分かった。


 部屋前方。

 軍服姿の司令官が端末を操作する。


「これより識別登録を開始する」


 感情のない声だった。


「貴様らの戸籍は既に抹消済みだ」


 数人の肩が小さく揺れる。


「国籍情報も破棄されている。以後、貴様らは本名ではなく、識別番号及び戦術コードネームで管理される」


 管理。

 その言葉に、子供たちは反応しない。


 もう慣れていた。


 家畜のように扱われることに。


「識別番号J-001」


 司令官が視線を向けるのは部屋の中央。

 一人の少年が静かに顔を上げた。


 右腕は黒い機械義肢、左脚も機械化されている。


 それだけでも異様なのだが、その少年の異様の象徴は別の部位にあった。


 赤い左眼。


 およそ人のものとは思えないその眼は、上官をただ、無機質に捉えていた。


 研究員が僅かに息を呑む。


「戦術コードネームを申告しろ」


 少年は数秒沈黙した。


 感情の薄い瞳で、男を見返す。


「……レイヴン」


《識別番号J-001確認。戦術コードネーム:RAVEN。認証完了》


 神経接続インプラントを通じて機械音声が頭蓋へ直接響く。


「……あれが例の」


 この場に居合わせた研究員が小さく呟いた。


「生存記録がまた更新されてるぞ」


「黙れ」


 司令官の怒気がこもった低い声音に研究員は慌てて口を閉ざす。


「次、識別番号F-233」


 体格のよい少年が舌打ちした。


「バスティオンだ」


《識別番号 F-233確認。戦術コードネーム:BASTION。認証完了》


「識別番号F-234」


 小柄な少女が俯いたまま呟く。


「……レイスです」


《識別番号 F-234確認。戦術コードネーム:WRAITH。認証完了》


「識別番号G-094」


「アヴェンジャー」


 黒髪の少女が即答する。


《識別番号 G-094確認。戦術コードネーム:AVENGER》


「最後。識別番号X-000」


 返事がない。


「識別番号X-000」


 部屋の隅。


 フードを目深に被った銀髪の少女が間の抜けた欠伸をしていた。


「聞こえているのか」


「……お腹すいた」


 場違いな返答に部屋の空気が凍てつく。


「戦術コードネームを言え」


 少女はゆっくり顔を上げた。

 眠たげな瞳が男を映す。


「……グリード」


《識別番号X-000確認。戦術コードネーム:GREED。認証完了》


 静寂。

 やがて司令官は一歩前へ出る。


「以上五名を特務遊撃小隊へ編入する」


 背後モニターへ文字が表示された。


 ──WILD HUNT──


「貴様らの任務は最前線への先行投入となる。生還など望むな、貴様らは道具だ。ならば役目を全うしろ。滅びを退ける礎たれ」


 淡々とした声。

 まるで死ぬことが前提の説明だった。


「質問はあるか」


 誰も答えない。


「要するに、敵を道連れに死んでこいって話だな」


 バスティオンの悪態にも、司令官は眉一つ動かさなかった。


「理解が早いようで結構だ。だが早死にはするなよ。貴様らに費やした金が無駄になる」


 その場にいた全員が既に理解していた。

 自分達は、生還を前提とした兵士ではないことを。


           ▼△


 極東戦線・第三区画

 旧市街地跡──新宿


 崩壊した高層ビル群の間を、ワイルドハントは進んでいた。


 空は黒煙で覆われ、陽光はほとんど差し込まない。


 遠くで砲撃音が響いた。

 どこかの隊が、身命を賭して敵と戦っているのだろう。


 こんな国に尽くしたところで、何も報われないというのに。


「止まれ」


 レイヴンの指示に、全員が即座に停止した。

 眼前にあるのは劣化した風体の地下鉄入口だ。


 まだ何も見えない。


 だが、レイヴンは“来る”と分かった。


 暗闇の奥で、赤い光が一つ灯る。


 さらに一つ、また一つ、増えていく。


「散開!」


 直後、ワイルドハント隊を察知したハウンドによる機銃掃射でコンクリートが砕け飛ぶ。


《こちらレイヴン。敵性機械兵器ハウンドと接敵。戦闘許可を申請》


《TACCOMより通達。ワイルドハント隊の戦闘を許可します》


 地下通路から、四脚型兵器群が飛び出した。


 鋼鉄装甲を鎧った兵器。蜘蛛を模したであろうソレの赤い光学センサーが5人を捉えた。


 中国軍製自律兵器──《ハウンド》。


 現在では制御を失い、熱源のあるものを見境なく破壊する猟犬と成り果てている。


 レイスが廃車両の陰へ滑り込み射撃姿勢をとる。


 呼吸が乱れる。


 怖い。


 今でも戦場は怖い。

 だって、死にたくないから。奪いたくないから。


 けれど、想いとは裏腹に、銃を握る指だけは震えなかった。優しい少女には、殺しの才能が宿っていた。


 HSR-08《ブラックヘイル》の引き金を絞る。


 射出された漆黒の弾丸は電磁加速により一条の軌跡を描き、遠方のハウンドを撃ち抜く。


 一機。


 さらに二機。


 コアであるセンサー部を撃ち抜かれ、ハウンドが火花を散らす。


《こちらレイス、ハウンド2機の撃破に成功しました》


 神経接続インプラントを通じてレイスの声が戦隊各員の元へ届く。


《レイスはその場で待機。補給が少ない現状、弾薬の消耗は最小限に抑えろ。支援に向かえ、アヴェンジャー》


《了解》


 レイスの元へ迫るハウンドは3機。


 ブラックヘイルは5発装填式。込められた残弾は3発。この距離なら問題なく仕留めらるだろう。

 しかし、隊長であるレイヴンは待機を命じた。レイヴンの命令はいつだって正しい。だから、レイスは迫るハウンドを恐れない。


 アヴェンジャーは加速補助脚甲(ストライドフレーム)を起動する。


 脚部シリンダーが高圧駆動音を響かせた次の瞬間、アヴェンジャーの身体が弾丸のように射出された。


 人外の域へ達した加速がハウンド3機を間合いに捉えた。


 銃を持たず、手に握るのは無骨な長刀。

 一見すれば旧時代の軍刀にしか見えない。


 ──だが。


「......励起解放」


 小さな声とともに、親指が柄の安全装置を押し込む。


 ヴ――――ン……


 低く、獣の唸りにも似た駆動音が空気を震わせた。


 刀身が微細に振動する。


 それは、ただ純粋な“切断”のためだけに造られた、人類の工業兵器、高周波ブレードだった。


「鉄塊如きが我らの道を憚るな」


 銀閃。


 気づけばハウンドの前方を位置取っていたアヴェンジャーが刀身のオイルを払うと、ハウンドが爆発する。


《こちらアヴェンジャー。右翼制圧完了だ》


 左翼では、バスティオンとグリードが交戦へ入った。


 ハウンド4機が同時に跳躍する。


 バスティオンは避けない。

 正面から機械義手の右拳を構える


「駆動開始」


 義手内部でシリンダーが低く唸る。装甲隙間から赤熱する蒸気が吹き出した。


「砕けろ」


 次の瞬間、拳打と同時に油圧シリンダーが爆発的に収縮し、ハウンドが弾け飛んだ。


「ッ゛……!」


 苦悶に顔が歪む。

 右肩から肘にかけて激痛が走った。


 限界加圧をした義手外装が赤熱する。


《クソッ......毎回反動で痛すぎんだろこのクソ武装。 グリード、そっちにも4機行ったぞ》


 グリードが眠そうに背中から軽機関銃を引き下ろして膝をつく。


《……めんどくさい》


 無骨な黒鉄色の機関部。

 長く伸びた銃身。

 幾度も分解整備された痕が、表面に細かく残っている。


 特別な兵器ではない。


 旧軍製の分隊支援火器。

 ただそれだけ───ではない。


 正確には、“対ハウンド戦仕様”へ改修された一挺だった。


 高速機動兵器の殲滅を目標に掲げ、発射速度、弾道安定性、連続射撃時の制御性能、その全てが高水準で調整されている。


 グリードは気怠そうに弾帯を繋ぐ。


 金属音。

 給弾カバーが閉じられる。


 その間にもハウンドが敵を排そうと接近している。普通の兵士なら逃げ出している距離だ。


 だがグリードは欠伸混じりに照準を覗き込む。


「《グラッジ》、装填完了」


 静かな声。

 直後、凄まじい連射音が廃墟へ木霊した。

 曳光弾が一直線に走る。

 黒い装甲片と共に、粘ついたオイルが飛散する。連射反動で銃身が僅かに跳ねるが、グリードの射線はぶれない。


 薬莢が次々と地面へ転がる。


 硝煙。


 熱。


 鉄の匂い。


 その中心で、グリードだけが異様なほど冷めていた。


 《左翼、制圧完了したよ》


 レイヴンは周囲を見回した。


 敵影なし。

 だが、不意に左眼の奥が熱を帯びた。


 頭痛。

 ノイズにも似た違和感。


 そして、黒煙の空が一瞬だけ歪んで見えた。


「……なんだ?」


 その時、遠くで爆発音が響く。

 続いて、子供の悲鳴。


 全員の動きが止まった。


 グリードだけが、ぼんやりと空を見上げている。


 《……なんか変》


 《何がだ》


 レイヴンが問う。


 グリードは眠たげな目を細めた。


 《空だよ》


 沈黙。


 遠くで、また爆発音が響いた。

 レイヴンは煙の向こうを見つめる。


 悲鳴は、まだ続いていた。



挿絵(By みてみん)



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