守護獣の残響
銀枝会議事堂。
巨大白銀樹を望む円卓の間には静かな空気が流れていた。
ワイルドハントも招集され、銀枝会からの値踏みされているような視線は相変わらずだった。
議題は崩壊獣。
そして守護獣ガルム。
昨日の話を受け、今後の対応について協議が行われていた。
「北西外縁部のラガナ村が崩壊獣の侵攻により壊滅しました」
エルフィアが報告する。
「シュリーカー、ノーフェイスの目撃情報も増加傾向。さらにグレイヴの活動範囲も拡大中」
虚空に投射された地図。
なんらかの魔法によるものだろうが、ワイルドハントの面々は一様に驚愕を浮かべているようだ。しかし、魔法を知っているアルメイサは特に反応を示すでもなく地図を見つめている。
聖域周辺には無数の印が付けられている。
崩壊獣の被害は思っていた以上に広範囲へ広がっている。外縁の殆どが赤く塗りつぶされ、侵攻範囲は内へと押し寄せている。
「最近は同時出現も珍しくありません」
「連携しているのか?」
アヴェンジャーが聞く。
「恐らくは」
エルフィアは首を振った。
「恐らくは守護獣ガルムが統率していると思われます」
「厄介だな」
レイヴンが呟いた。
「だろう?」
窓際に立っていたルシアンが笑う。
「だからボク達は何年も苦戦してる」
軽い口調だったが、その目は笑っていない。
崩壊獣は聖域を蝕み続けていて、日々同族の命が奪われている。
それが聖域の現状で、だからこそ、崩壊獣を倒せるワイルドハントの力がいる。
ルシアンの次の言葉を遮るように議場の扉が勢いよく開いた。
全員の視線が向く。
飛び込んできたのは一人のエルフだった。
着衣はボロボロで、呼吸は乱れ、肩には血が付着していた。
ただ事ではない。
「北西監視部隊より緊急報告!」
議場に緊張が走る。
ルシアンの表情が変わった。
「内容は」
短く問う。
「大型崩壊獣を出現!」
議場が静まり返る中で兵士のエルフは続けた。
「守護獣ガルムを確認しました!」
アルメイサの肩が僅かに震えた。
アルテリアは静かに目を伏せる。
ついに現れた。
誰もがそう理解した。
「位置は」
「北西結界境界線付近!現在監視部隊が追跡中です!」
ルシアンは数秒だけ考えた。
そして。
「討伐隊を編成する。あそこの結界を破壊されたら聖域の結界も崩れるからね」
静かな声だった。
「ワイルドハントを主戦力として投入」
「ボクの直下騎士団も連れて行こう」
異論は出なかった。
ワイルドハントの崩壊獣への対処能力は既に証明されている。
レイヴンが口を開く。
「出発はいつだ」
「今すぐにだ」
「了解した」
短い返答、それだけだった。
だが、アルメイサだけは少し俯いていた。
かつての友を討伐する任務。
その現実はあまりにも重かった。
「それから」
ルシアンが言う。
「ボクも同行する」
議場が騒然となる。
「第一席!?」
「危険です!」
「再考を!」
重鎮達が立ち上がる。
だがルシアンは肩を竦めた。
「ガルムは聖域の守護獣だ」
窓の外を見る。
白銀樹、聖域、守り続けてきた故郷。
「最後くらい見届けるさ」
誰も反論できなかった。
すると。
「却下です」
冷たい声が響き、全員が振り向く。
エルフィアだった。
ルシアンが露骨に嫌そうな顔をする。
「なんでだい?」
「昨日の書類が終わっていません」
「今その話する?」
「はい」
即答だった。
だが、ルシアンも引かない。こうなったら意地でも意見を通すのを、長年の付き合いだから知っている。
エルフィアは深く溜息を吐いた。
「はぁ、どうせ行くのでしょう」
「うん」
「知っていました」
再び溜息。
エルフィアは苦労人なのだろうと、ワイルドハントの面々は理解した。
△▼
議会は閉廷し、討伐隊は聖域を出発した。
森は静かだった。
あまりにも静かだった。
鳥の声もない、獣の気配もない、ただ崩壊粒子だけが薄く漂っている。
「嫌な感じだな」
バスティオンが呟く。
「元々こんな場所ではなかったのです」
エルフィアが答える。
「昔は子供達が遊ぶ森でした」
アルメイサが視線を落とした。
昔、ガルムと走り回った場所。
その面影はもうどこにもなかった。
しばらく進んだ後、ルシアンが振り返る。
「そういえばさ」
嫌な予感しかしない声だった。
「君」
アルメイサを指差す。
「何で魔法使わないの?」
アルメイサが固まる。
「……え?」
本気で意味が分からない顔だった。
「エルフでしょ、しかも王族」
「.........」
ルシアンが呆れる。
バスティオンが首を傾げる。
「待て、アルメイサって魔法使えんのか?」
「使えるに決まってるだろ」
ルシアンが即答する。
「エルフなんだからさ」
全員の視線が集まる。
アルメイサは少し考えた。
そして。
「あー、まぁ」
気まずそうに髪をひねる。
「忘れてた」
沈黙。
「忘れてた?」
アヴェンジャーが聞き返す。
「長い間使ってないし。そもそも日本じゃ使えなかったんだよ」
エルフィアが顔を覆った。
「本当に忘れていたんですね……」
「うん」
「貴女は昔、アルテリア様と並んで聖域最高の才能と呼ばれていたんですよ?」
「そうだっけ」
「そうです」
エルフィアは本気で頭が痛そうだった。
そんなアルメイサの醜態をよそに、先行していた斥候が飛び出してくる。
顔色が悪い。
「前方!崩壊獣群を確認!」
空気が変わった。
全員が武器へ手を伸ばす。
森の奥から咆哮が響くと、まず現れたのは巨大な2つの影だった。
灰色の体毛に巌のような巨体。
鋭い爪、覗く牙は数多のエルフを殺傷してきた。個体数こそ少ないが、その暴威はガルムに次ぐ崩壊獣、グレイヴ。
その後方。
木々の上を飛び回る7つの黒い影。
ワイルドハントが交戦し倒した猿型の崩壊獣、ノーフェイスだ。
そして上空から耳障りな鳴き声。
嘴が四つに割れ、嫌悪感を抱かせる鳥型崩壊獣、シュリーカーの群れ。
エルフィアが即座に叫ぶ。
「総員戦闘準備!弓兵はシュリーカーを撃ち落とせ!騎士はグレイヴを前へ出すな!魔法部隊は援護射撃!」
エルフ兵団が動き出す中で、ルシアンも前へ出た。
「さて」
軽く首を鳴らす。
第一席の瞳が細められる。
「仕事の時間だ。切り札である君達は見ているといい」
次の瞬間、森を埋め尽くす咆哮が轟いた。
木々が揺れ、大地が震える。
ノーフェイスが枝から枝へ飛び移り、シュリーカーが空を覆い、グレイヴが前進する。
その数──およそ五十。
エルフィアの表情が強張った。
「こんな数……!」
ルシアンだけが笑う。
「なるほど」
白銀の剣を抜き放つ。
「これが崩壊獣か、面白いね」
そして、崩壊獣の大群が討伐隊へ雪崩れ込んだ。




