聖域の守人
崩壊獣の群れが雪崩れ込んだ。
咆哮、そして地鳴り。
大軍による侵略。
木々をなぎ倒しながら二体のグレイヴが突進する。
上空ではシュリーカーの群れが旋回し、木々の上ではノーフェイス達が枝から枝へ飛び移っていた。
「弓兵隊、放て!」
エルフィアの号令が響く。
無数の矢が空へ舞い上がった。
白銀の矢雨がシュリーカーの群れへ降り注ぐ。
けたたましい悲鳴。
翼を貫かれた一体が墜落する。
だが終わらない。
地面へ叩き付けられたはずのシュリーカーが奇怪な挙動を見せると、黒い粒子が傷口から溢れ出す。
砕けた骨が鳴る。
引き裂かれた翼が再生する。
「やはり無駄か。黒角を狙え!」
追撃の矢が放たれ、黒角を貫いた。
崩壊獣の身体が崩れ落ちる。
砂のように粒子となって消滅した。
「魔法部隊!」
後方で魔法陣が展開される。
幾重もの光輪、膨大な魔力。
そして──解放。
光弾の雨が森を飲み込んだ。
余波で木々が吹き飛び、シュリーカーとノーフェイスが弾き飛ばされる。
再生中の硬直を狙い、黒角を的確に破壊していく。
「来るぞ!」
巨体が迫る。
速い、見た目からは想像できない速度だ。
騎士達が盾を構え、グレイヴが激突した。
鈍い音が響き渡る。盾はひしゃげ、衝撃でエルフ達が吹き飛ばされ、最前列が大きく押し込まれる。
「耐えろ!」
エルフィアが叫んだ次の瞬間。
グレイヴの前脚が振り下ろされた。
複数のエルフが砕かれた。
身体も、命も。
嫌な音が響いた。
動かない。
「穴を埋めろ!」
エルフィアが叫ぶ。
陣形が崩れる前に騎士達が前へ出て、槍が突き出された。
魔力を纏った穂先がグレイヴの脇腹へ突き刺さる。
黒血が穂先を伝い乾いた大地を湿らせた。
グレイヴの猛攻それでも止まらない。
そのまま騎士へ噛み付いた。
悲鳴。
兵士の身体が宙へ持ち上がり、地面へ叩きつけられる。
骨が砕ける音。
真っ赤な血飛沫が森へ散った。
「くそっ!」
騎士達が一斉に攻撃を浴びせる。
腕を切り落とす。
脚を砕く。
だが。
肉が蠢き、骨が繋がり、崩壊獣は立ち上がった。
「角を破壊しろ!」
その時だった。
木々の上から黒い影が飛び降りる。
3体のノーフェイスだ。
「上だ!」
その声も虚しく、高速接近したノーフェイスが魔法兵の一人へ飛び掛かった。
爪が振り下ろされる。
肩口から胸部まで肉が裂けた。
魔法兵が絶叫する間もなく倒れる。
さらにもう一体。
別の魔法兵の喉笛が切り裂かれた。
戦場が乱れ始める。
「後方警戒!」
エルフィアが叫ぶ。
だが崩壊獣は止まらない。
戦況が傾く。
その瞬間。
白銀の光が走る。
一閃。
ノーフェイスの角が砕け散り、霧散する。
ルシアンは白銀の剣を片手に前へ出る。
ノーフェイス達が一斉に飛び掛かる。
四方八方から迫る殺意。
だが、ルシアンは笑った。
剣を振るう。
白銀の軌跡。
二体。
三体。
黒角だけが正確に切り裂かれる。
崩壊獣が粒子となって消えていく中でルシアンは肩を回した。
「退屈な議会ばかりだったから戦場は久しぶりだよ」
足元に魔法陣が広がると白銀の光が剣へ収束した。
そして振り抜く。
極光が戦場を駆け抜けた。
森を切り裂く一太刀はグレイヴの身体を呑み込んだ。
「押せ!」
エルフィアが叫ぶ。
騎士達が前進し、弓兵が援護する。
魔法が、矢が降り注ぐ。
崩壊獣が倒れ、黒角が砕かれる。
一体。
また一体。
長い戦いだった。
犠牲も出た、血も流れた。
それでも、最後のグレイヴの黒角が砕け散る。
巨体が粒子となって風へ溶けていった。
静寂。
戦場から全ての崩壊獣が消えると、生き残った兵士達が安堵の息を吐いた。
勝利した、そのはずだった。
空間を軋ませる遠吠えが響いた。
禍々しい瘴気が、木々を、大地を、漆黒へ染め上げていく。
ルシアンから笑みが消えた。
エルフィアの顔が青ざめる。
アルメイサは震える声で呟いた。
「……ガルム」
大地が揺れる。
一本。
また一本。
巨木が倒れる。
何かが来る。
圧倒的な何かが。
森の奥。
闇の中で二つの赤い瞳が輝いた。
巨大な黒角。
崩壊に侵された漆黒の毛並み。
守護獣ガルム。
最悪の崩壊獣が、ついにその姿を現した。




