第99章 置き去りにされた手紙
朝、主人公が部屋を出ると、直人が一人で荷物をまとめていた。
「早いな」
「昨日の資料を整理していたんだ。榊原から届いた分も、もう一度確認したい」
直人はそう答え、机の上に置かれた書類を袋にしまった。
主人公は部屋の中を見回した。
いつもなら、少し離れた場所に復讐者の姿がある。先に起きて外の様子を確認していることもあれば、黙って刀の手入れをしていることもあった。
しかし、今朝は姿が見えなかった。
「もう出かけたのか?」
「誰が?」
「彼だよ」
直人は手を止めた。
「そういえば、まだ見ていないな」
二人は建物の中を探した。
寝具は片づけられていた。昨日まで彼が使っていた荷物も、いつもの場所にはない。
ただ、机の隅に一通の封筒が残されていた。
主人公の名前が書かれている。
差出人の名前はなかった。
主人公は封筒を手に取り、中の紙を広げた。
そこには、見慣れた筆跡で短い文章が書かれていた。
『勝手に出ていくことを許してほしい。
お前たちと行動して、俺は自分の力が足りないことを何度も思い知らされた。
俺は復讐を終えたあと、お前についていけば、いつか新しい目的が見つかると思っていた。
だが、今の俺は何かを調べるにも、判断するにも、お前に頼ることが多い。戦いになれば助けられることもあるかもしれないが、結局、お前は俺のことまで気にかけなければならない。
これでは、俺がそばにいる意味がない。
俺は、もう誰かに守られるだけの人間でいたくない。
自分の力で道を切り開けるようになったら、必ず戻る。
そのときは、今度こそお前の役に立ってみせる。
それまで、俺のことは気にするな。
世話になった。
また会おう。』
主人公は最後まで読み、紙を折り直した。
直人は、主人公の手元を見ていた。
「行ってしまったのか」
「ああ」
「昨日まで何も言わなかったのに」
「言うつもりがなかったんだろう」
主人公は封筒を机に置いた。
腹を立てているわけではなかった。
ただ、もう少し早く話してくれてもよかったのではないかとは思った。
あの男が自分の力不足を気にしていたことには、気づいていなかったわけではない。
しかし、主人公にとって、同行者がすべての問題を解決できる必要はなかった。できることをすればいいし、できないことは別の方法を考えればいい。それだけの話だった。
とはいえ、彼が同じように考えていたわけではない。
十八年もの間、復讐だけを目的に生きてきた男だ。
その目的を失ったあと、今度は誰かの後ろを歩いているだけだと感じれば、何かを変えたくなるのかもしれない。
主人公には、その判断を止める理由がなかった。
「追いかけないのか?」
直人が尋ねた。
主人公は首を横に振った。
「本人が決めたことだ。無理に連れ戻しても意味がない」
「戻ってくると思うか?」
「さあな」
主人公は少し考えた。
「戻るつもりで書いたんだろう。それ以上は、本人にしか分からない」
直人はそれ以上何も言わなかった。
***
昼前、榊原から新しい連絡が届いた。
行方が分からなくなっていた二つの箱について、過去の調査担当者の足取りが少しだけ判明したという。
主人公は直人とともに、届けられた資料を確認した。
担当者は一団を離れたあと、しばらく別の商家に雇われていたらしい。しかし、その商家はすでに廃業しており、本人がいつまでそこにいたのかは分からなかった。
記録に残っていたのは、雇用された時期と、最後に確認された町の名前だけだった。
「ここへ行くか?」
直人が地図を広げた。
主人公は地図上の町を確認した。
今いる場所から、それほど近くはない。
「行く価値はある。ただ、先に榊原から、雇われていた商家について詳しい資料をもらおう」
「見つかる保証はないぞ」
「分かっている」
主人公は地図を閉じた。
「だからといって、手当たり次第に探し回るつもりもない」
直人はうなずき、地図を片づけた。
昨日まで三人で進めていた調査は、今日から二人で続けることになった。
人数が減ったからといって、調査の目的が変わるわけではない。
むしろ、これから向かう場所や、必要な準備を改めて考える必要があった。
主人公は机の隅に置かれた封筒を手に取った。
しばらく眺めたあと、他の重要書類とは分けて、自分の荷物の中にしまった。
あの男が戻ってくるかどうかは分からない。
戻ってきたとき、どれほど強くなっているのかも分からない。
それでも、いつか再会することがあれば、そのときに話せばいい。
今はまだ、探さなければならない箱がある。
主人公は荷物を背負い、直人とともに部屋を出た。
戸が閉まる直前、机の上には何も残っていなかった。
一通の手紙を除いて。




