第100章 途切れた足取り
榊原から追加の資料が届いたのは、翌日の昼過ぎだった。
主人公と直人は、宿の一室で書類を広げていた。
資料の中心は、かつて箱の調査を担当していた男の記録だった。名前は高瀬宗一。榊原の一団を離れたあと、いくつかの商家を渡り歩いていたらしい。
「最後に雇われた商家は、もう残っていないのか」
直人が資料を読みながら尋ねた。
「商家そのものは廃業している。ただ、帳簿の一部は別の家に引き取られたらしい」
主人公は、添えられていた短い説明書きを確認した。
「その家が、今も帳簿を持っているかどうかは分からない。まずはそこからだな」
「高瀬本人を探すより、記録をたどるわけか」
「本人が生きているかどうかも分からないからな。どちらか一方に絞る理由はない」
主人公は資料を二つに分けた。
一方には高瀬の足取り、もう一方には商家の記録をまとめる。
高瀬がどこへ行ったのか分からなくても、彼が働いていた場所の記録が残っていれば、箱の調査について何か分かるかもしれない。
逆に、帳簿が見つからなくても、当時の関係者から話を聞ける可能性はある。
どちらも確実な方法ではなかった。
だが、手元にある情報から進めるなら、その二つが現実的だった。
***
午後、二人はかつての商家があった町へ向かった。
町の中心部には古い建物が残っていたが、当時の商家の建物はすでに取り壊されていた。現在は別の店が営業しており、周辺の土地も何度か所有者が変わっている。
主人公は資料に記された住所を確認し、近くの古物商を訪ねた。
店主は、最初こそ二人の話に関心を示さなかった。
しかし、高瀬宗一という名前を聞くと、奥から古い帳面を一冊持ってきた。
「この名前なら、昔の取引記録に出てくるかもしれない」
帳面を開くと、確かに高瀬の名があった。
ただし、記録は短かった。
雇用された時期、受け取った金額、退職した時期。
それだけだった。
「このあと、どこへ行ったのかは分かりませんか」
主人公が尋ねると、店主は首を横に振った。
「ここに残っているのは、商売に関する記録だけだ。個人の行き先までは書いていない」
「高瀬が何を担当していたか、分かりますか」
店主は帳面をめくった。
「運送の手配や、預かり物の管理をしていたようだな。詳しい仕事内容までは分からない」
主人公は該当する箇所を書き写した。
預かり物。
その言葉だけで、黒箱との関係を決めることはできない。
当時の商家なら、商品や荷物を一時的に預かることは珍しくなかったはずだ。
それでも、高瀬が箱の調査を担当していたことを考えれば、確認しておく価値はある。
「この商家と取引していた相手の記録は残っていますか」
「一部ならある。ただし、全部ではない」
店主は別の帳面を取り出した。
そこには、いくつかの商家の名前が並んでいた。
主人公は一つずつ確認した。
見覚えのある名前はなかった。
しかし、記録の中に、ある期間だけ取引先の欄が空白になっている箇所があった。
金額と日付は残っている。
相手の名前だけが記されていない。
主人公は、その部分を指で示した。
「この空欄は、どういう意味ですか」
店主は帳面をのぞき込んだ。
「さあな。記入漏れかもしれないし、何か事情があって名前を書かなかったのかもしれない」
「当時の記録をつけていた人は?」
「もう亡くなっている」
それ以上のことは分からなかった。
主人公は空欄のあるページを写し、店主に礼を言った。
***
宿に戻る途中、直人が口を開いた。
「また、名前のない記録か」
「そうだな」
「箱に関係していると思うか?」
主人公はすぐには答えなかった。
今日見つかった記録には、預かり物という言葉があった。取引先の名前が書かれていない箇所もあった。
だが、それだけでは何も確定できない。
「関係している可能性はある。でも、これだけで箱の記録だと決めつけるのは危険だ」
「じゃあ、次はどうする?」
「空欄がある期間を確認する。ほかの帳簿にも同じ時期の記録が残っていないか調べよう」
直人は少し考えた。
「また別の町へ行くことになるかもしれないな」
「そうなるかもしれない」
主人公は資料を袋に入れた。
「ただ、今度は何を探すのかが分かっている。名前のない取引記録と、預かり物の記録。その二つを手がかりにできる」
***
夜、主人公は通信端末を取り出した。
新しいメッセージは届いていなかった。
彼は画面を閉じようとして、ふと手を止めた。
荷物の中には、あの男が残した手紙が入っている。
『自分の力で道を切り開けるようになったら、必ず戻る。』
主人公は、その一文を思い出した。
強くなるという言葉の意味は、人によって違う。
戦う力を求める者もいれば、金や地位を手に入れようとする者もいる。知識を増やすことを選ぶ者もいるだろう。
あの男が何を目指すのか、主人公には分からなかった。
ただ、彼は自分で決めて去った。
ならば、今はそれでいい。
主人公は手紙を確認せず、荷物を閉じた。
翌朝は、別の帳簿を探しに行く予定だった。
黒箱の謎はまだ解けていない。
高瀬宗一の行方も分からない。
それでも、調査は少しずつ先へ進んでいた。




